第22話
試合終了です。
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闘技場を覆っていた白い水蒸気の霧がゆっくりと色を無くしていく。
誰もが固唾を飲み、いずれ現れ出る光景を今か今かと待っている。
やがて、白霧が消え闘技場に勝者の姿が現れ……。
「リュスラン殿下の勝利だ!!」
誰かが叫んだ。
同時に歓声がうねりとなって轟き周囲を支配していく。
観戦者の誰もが見たのは、闘技場を覆い尽くす青白い氷原と、その中央に己の足でしっかりと立っている勝者の姿、そして片膝をつき、左上半身と左腕に酷い火傷を追った敗者の姿だった。
「リュスラン殿下万歳!!」「リュスラン殿下!!」「殿下、おめでとうございます!!」
勝利を祝う声がどんどん大きくなっていく。
しかし、当のリュスランの表情は晴れない。
彼の指先には、彼を守り切った氷の壁の感触が凍傷の痛みとなって残っていたからだ。
「……守られて、おまけに譲られたか……」
彼にはまだ、この試合で何が起こっていたのか、全容はつかめていない。しかし、己が勝者ではないことだけは自覚があった。
「アーシュ!!」
ふと、勝利を讃える声に紛れて、少女の悲痛な叫び声を捉えた。声の先に目を向けると、闘技場の縁に縋って幼馴染の名を呼ぶ少女の姿があった。
――心配させてしまったか……。
ほぼ無傷の自分に比べて、アーシュリートの怪我は重い。多分、自分には防御魔術をかけなかったのだろうとは推測出来た。そう、彼には無理をさせてしまったと後悔もしている。
「殿下、お怪我は?」
少女に目を止めている間に友人が来ていた。
「ない。しっかり守られたよ。大した奴だ。私よりあいつの怪我の方が重い。治癒術師の手配を頼む」
「そちらはすでに手配済みです」
「早いな。さすがカミーユ」
「いえ、こちらもいろいろありまして、予想は付きましたので」
「そうか……」
「……心ここにあらずですか。何を見て……ああ、分かりました」
リュスランの視線の先にあったのは、青銀の髪の少女を突き飛ばすように押しのけ、嫌悪の表情で罵っているユリカ・アーベンスの姿だった。相手の少女、セラフィカ・アズリは彼女の勢いに押されたのか、へなへなと力なく座り込んで動かない。
「こんな場で何をしておいでなのでしょう。お相手の女生徒は……アズリの妹御ですね。ちょうどヒュイスに回収を命じてますので、後ほどお会い出来ますよ」
「……カミーユ……お前何を考えてる……? それはともかく、件のユリカ・アーベンスの目的は私のようだぞ。ほら、突進してくる」
リュスランが言ったとおり、ユリカ・アーベンスは静止を振り切り一直線に喜々として走り寄ってくる。怪我人もいるのだから少しは神妙にすればと思わないでもない。
「殿下、お怪我はありませんでしたか?」
「ない」
むべにもなくあっさり切って捨てたことに不服そうに表情を尖らせたが、ユリカ・アーベンスは挫けるという言葉を何処かに忘れてきたらしい。
「あの、私、治癒魔術が得意です。何かお役に立てたらと思いまして……」
「だったら、治癒所に手伝いに行け。ここは十分手が足りている」
「え、でも……分かりました」
不満を言いかけたが、隣のカミーユの顔を見てさすがにそれ以上は無駄と思ったのか、ユリカ・アーベンスはリュスラン達の前から去っていった。
「全くおかしなご令嬢ですね。まあ、これで殿下の気がかりが一つ消えたことですし。……お話ししたいことがございます。早速ですがお時間いただけますか」
「ああ、こちらも話したい事は山程あるしな」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
私の【風結界】はアーシュの氷を最後まで漏らさずに役目を終えた。
安堵を覚えながら、私はじりじりとした気持ちで、白い霧が張れるのを待つ。
やがて、彼等が姿を現して……。
「アーシュ!」
無惨な彼の姿を見て、叫ばずにはいられなかった。だって、アーシュ……左上半身が焼け焦げて赤黒い火傷が広がっていたのだ。しかも、どう見ても皮下組織まで達する深い熱傷だ。
――早く、早く処置しないと……。
焦って彼に駆け寄ろうとしたけど、疲れきって足が重い。それでも耐えて動こうとしていたのだけど、急に後ろに引っ張られてそのまま転んで尻もちを付いてしまった。
「セラフィカさん? あら、こんな所で何をしてるの? 役に立たないなら、道を開けてくれるかしら」
「……ユリカ様、あの」
「具合悪いの? 体が弱いならこんな所に出てきては駄目じゃない。他の方の邪魔になるわよ」
「あ、あの。別に具合が悪いわけでは」
「そうなの? 別にどうでも良いけど、だったら邪魔だから自分の席に戻ったら?」
悔しかったけれど、今の私は確かに足手まといだ。残念だけど席に戻って大人しくしていよう……と思ったのだけど。
「あれ?」
足に全く力が入らなかった。ペタンと地面に座り込んでしまう。何とか両手で体を支えて起き上がろうとしたけど、腕にも力が入らなくてそのまま蹲る。
――魔力切れ寸前?
完全に魔力が枯渇してしまうと昏倒してしまうけど、その寸前ではこういう体が言うことを聞かない状態になる。何度か経験しているけど、ここまで動かないのは初めてだ。思っていたよりも【風結界】の展開に魔力を持って行かれたのかもしれない。それだけ、アーシュの【氷】の魔術が強く、そうしないと抑えきれないほど厄介な魔法陣が展開されていたのか。
――ああ、私ってやっぱりお荷物だな。
こんな闘技場の真ん前で動けなくなるなんてお邪魔虫以外の何者でもないじゃないか。締まらなさすぎて涙が出てくる。
俯いたら涙がこぼれそうで、頑張って上を見ていた。
そうしてたら、いつの間にか赤毛の短髪の騎士風の人が見下ろしてきていて、手に持った紙片を見ながらぶつぶつ呟いてる。
「えーと、青っぽい銀色の髪に水色の目、髪の長さは腰ぐらい……って、髪結ってたらわからんだろ。で、美少女風? 風ってなんだよしかも疑問符付き? はっきりしろよ。何か、自分以外は美人に見えないとでも? さすが、自分しか愛さない男、カミーユ!!」
あの、そんなに大声で悪態ついてて大丈夫なのでしょうか……。カミーユ様は執念深いと伺ってますが……というか、どなたかをお探しでしょうか、ヒュイス様……?
「あ……あの……??」
「うん、あんたが一番それっぽいな。念の為に聞くけど、あんた第三学年に兄貴いる?」
「え、あの……います、けど?」
「そいつの名前は?」
「は? あの?」
「良いから答えて」
「エセル・アズリです……けど」
「おっしゃ、正解!! あんたアズリの妹だよな。悪いけどさ、一緒に来てくれる?」
「え? 何で?」
「なんかさ、カミーユがぐちゃぐちゃ言っててさ。あんたが必要なんだって」
「はあ? いや、でも」
「ほら、遅くなるとあいつ怖いから……って、あれ?」
ヒュイス様に引っ張られたけど、私はまだ立てない……ばかりか必死でバランス取ってたのにそれを崩されてしまったので、そのままこてんと倒れて動けなくなった。
「あ、あの、すみません。動けないみたいなので、後日改めてというわけには……」
「動けないの? 何で? って、聞いても無駄かな。よっしゃ、治療所に連れて行ってやるよ」
「え、えええええ。いえ、遠慮します。畏れ多いいので……」
「良いんだって、カミーユ怒らせる方が畏れ多いいぜ」
よいしょと掛け声かけられて抱き上げられた。荷物担ぎで……。いや、お姫様抱っこして欲しいとお思わないけどね。でも、荷物扱いは……どうかと思う。周りの呆れた視線が恥ずかしい……。
「遠慮しなくていいぞ。すぐに着くからなー」
って、ヒュイス様、走りだした……加速付きで。うううう、さすが風使い。速すぎて気持ちが悪いよ……。もうやだ……。
*****
治療所に入ったら、試合で怪我した人達が学校専属の治癒術師に手当を受けていた。だけど、その中にアーシュの姿はなくて、きょろきょろと探していると「あいつなら多分奥に隔離されてるんじゃないかな」とヒュイス様が教えてくれた。
「すみません。降ろしてください」
「良いけど、あんた、動けるのか? え、嘘。走れるじゃん……」
急いで奥の扉を開けたら「セラ?」と焦ったように私を呼ぶアーシュの声が聞こえた。
やっと見つけたアーシュの左手は白い包帯に覆われてて……。アーシュの髪の毛先も少し焦げてて、それを見たら今まで思ってきた事がわ~ってこみ上げて来ちゃって……。
気がついたら涙声で喚いてた。
「やだ……何でこんな傷……アーシュのばかっ」
「え、えええ? セラ、落ち着いて」
「綺麗な髪なのに焦がしちゃったの? ひどい……。火傷も痛いし。治癒術師さんは? まだ来てないの? 一番酷い怪我してるのアーシュじゃないの? 何で治療してくれないの? 早く手当しないと、跡が残っちゃうよ……綺麗な手をしてたのに」
「わぁ、ちょ、ちょっと、セラ。泣かないで! 大丈夫だから。治癒術師は後から来るはずだから」
「……ぐす……何で、私、こんな時に魔力切れなの? 普段は有り余ってるのに……。私ってばかなの?」
「セラ、本当に落ち着いて。セラのせいじゃないから」
「……ひっく……アーシュも……なんで、防御魔術使わなかったの? 怪我しないでって言ったのに」
「あ、それは、えっと、【氷雪界】と【氷壁】一人分で手一杯だったというか。……甘く見ていて自分への防御が間に合わなかったというか……」
「……二人分同時に防御壁展開すればいいじゃない……」
「無理だから、エリーじゃないから多属性複数術式並列展開とか出来ないし。時間差おいて二つ術式展開させるのだけでも限界」
「……アーシュなら根性で何とかするはず!……アーシュのばか!!」
「……もう、仕方ないっ」
アーシュは起き上がって私の頭を自分の胸に寄せ、ゆっくりと私の後頭部をなでた。
「心配かけてごめん」
彼の言葉がゆっくりと私の心に浸透してくる。
「本当にごめんね」
「……うん。私も喚いてごめんなさい」
再び涙が零れそうになるのをなんとか堪えアーシュの服の裾を掴んで俯いたまま呟いた。
「アーシュ、無理しちゃ嫌だよ……。少しは自分を大切にして……」
顔を挙げて彼を見つめたら、アーシュの顔が心なしか赤くなり、顔をそむけてる。
「反則だよ……その顔……」
「え? 何?」
「そろそろよろしいでしょう?」
「おーい、痴話喧嘩終わったかーー」
治療室の外から声がかかった。アーシュが慌てて立ち上がって扉を開けたら、そこにはヒュイス様とカミーユ様がいた。
「カミーユ……。ヒュイス……」
「すみませんね。これでも随分と待っていたつもりだったのですが」
「もしかして、寸止めで邪魔しちゃったか、悪ぃな」
「いや、別に……なんでもないけどね」
えっと、アーシュ。ちょっと笑顔がいつもと違う気がするけど……。そこはかとなく怒ってます? ……怒らせると怖いのかも、アーシュって……。
「ブルムスター。話が進まなくなるのでヒュイスは放っておきなさい。……ああ、貴女がアズリの妹君セラフィカ嬢ですね。私は、カミーユ・リュート・ダングラル。この赤毛の軽い男がヒュイスです。」
「”軽い男”ってなんだよ。誤解させるような事言うんじゃないぜ。……俺はジノ・ベルナルディ・ヒュイスだ」
「貴女がブルムスターの”遠き地の君”なのですね。彼から噂は聞いてます。お会い出来て光栄です」
カミーユ様は探るような視線を私に向けていた。そういえば、ヒュイス様はカミーユ様が私を呼んでいると言っていたっけ。そして、カミーユ様も”十吉のきみ”って……なんだろう。
聞いてみたかったけど「カミーユの言うことは気にしないで良いからね」とアーシュは焦ったよう遮ったので聞けなかった。
「ぐだぐだしていても始まりませんので手っ取り早く。ブルムスター、もうすぐ治癒術師が到着します。治療が済んだら、その足でそこのアズリの妹君と一緒にサロンまで来なさい」
「……僕はわかるけど、何故セラまで?」
「それはおいおいに分かるでしょう。……よろしいですね、セラフィカ嬢?」
感情を含まない赤紫の視線に縫い止められて、否とは言えなかった。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は1月21日午前0時を予定しております。よろしくお願いします。




