第21話
ほぼ戦闘。
リュスラン殿下とアーシュの試合はすぐには始まらなかった。
カミーユ様の試合の後、審判の先生方が闘技場に上り、真剣な表情で話し合っている。その他の先生も闘技場の周辺を調べている。
「フェルプス先生がいる……。何かあったのかな?」
「……ヨランディ教官もいるな」
私の担任であるフェルプス先生は、今年転任されてきた先生で魔法陣作成が専門だ。エリー兄の言ったヨランディ先生は上級生の実技担当の先生である。その二人を加えて話し合ってるとなると。
「これは、結界に不具合が出たかな」とエリー兄がぽつりと呟いた。
エリー兄の一言が不安感を煽る。ただでさえ、頼りない防御壁が更に頼りなくなるなんて。
先生方の動きが慌ただしくなった。フェルプス先生達が手分けして魔法陣を回っている。どうやら応急処置をしているようだ。
「大丈夫かな……」
「さあ? でも補強と強化をしてるからむしろ前より厚くなったかも知れない」
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防御壁の補強を終え、闘技場に殿下とアーシュが上がって来た。
最終試合。「魔術騎士」対「魔術師」。高火力の魔術を持つ者どうしの対戦だ。
両者が向い合って挨拶の礼を送り、いよいよ試合が始まる。
リュスラン殿下が彼の象徴にも等しい黄金色の長剣を鞘からスラリと抜いた。それが始まりだった。
最初に動いたのは意外にもアーシュだ。
続けざまに数発【氷弾】がリュスラン殿下に襲いかかる。殿下はそれを難なく弾き落とし、いきなり後方に【爆破】を展開させる。
指向性を持たせて強化した爆風にのり、リュスラン殿下は、瞬く間にアーシュの目の前に現れて、剣を振りおろした。
――あ、危ないアーシュ!
息を飲んだ。でもリュスラン殿下の剣はアーシュの寸前で止まったまま動かない。アーシュも殿下の動きを読んでたんだ。眼前に【風盾】を展開していた。
追い打ちをかけるようにアーシュの背後から、水流が蛇のように唸りを上げ殿下を襲う。リュスラン殿下はそれを躱していたが、絶え間ない攻撃に態勢を立てなおそうと、数歩後方へ飛びのいた。
「セオリー通りの陣取りゲームだな」とエリー兄が二人の対戦を評した。
「魔術師」と「騎士」との戦いは、間の空間を如何にして支配するかが課題となる。魔術師は如何に距離を開け詠唱を間に合わせるか、騎士は詠唱が終わる前に如何に距離を縮められるか、それが勝敗を分ける。
【氷弾】も【水蛇】も距離を保つために展開され、【爆破】は距離を縮めるために使用された。
「あの二人がセオリーで終わるはずがない。よく見てろよ。これからが面白くなるぞ」
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黄金の髪と持つ男が不敵に笑う。
「これで終わりじゃないだろう? アーシュリート・ブルムスター」
応じて、黒髪の彼も口の端をあげる。
「この程度で殿下に勝とうなんて思ってませんよ」
「ほう、私に勝つつもりか」
「もちろん」
「ならば、私も本気で勝ちに行こうか」
アーシュリートが放つ十数本にもなる氷の投槍を、リュスランは【火球】一つで叩き落とした。あげる水蒸気が【氷結】され、霧状の氷刃をな再びリュスランを襲う。防御魔術をもたないリュスランは、さらなる火力でそれらを相殺し……。
際限のない【炎】と【氷】の応酬が続く。
しかし、誰も気がつかない。
炎と氷がぶつかる度に防御壁が悲鳴のように軋んでいるのを。
防御壁を支える魔法陣がひび割れ、ゆっくりと魔素が流れだしていくのを。
何度目かの応酬を経て、リュスランは己の剣に炎の魔力を込めた。禍々しさえ感じる【炎剣】。赤い軌跡を描きリュスランの剣が襲いかかった。それをアーシュリートは、【氷剣】で跳ね除ける。
打ち合い跳ね除けなぎ払う。
数合競り合って、炎剣は色を褪せさせ、氷剣は形を失っていく。
最後の一撃で、氷剣は消滅した。すかさず、リュスランの剣は追い打ちをかけ、更に火球を展開し放った。
守る術を失ったアーシュリートは、呆然と襲いかかる剣と炎を見つめている……。
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「アーシュ!!」
心臓が跳ね上がった。
彼が高熱の炎に包まれる瞬間を見たくなくて、固く目をつむった。
けれど、予想した悲鳴は聞こえたこない。
むしろ、歓声で闘技場がどよめいた。
「セラ、アーシュは無事だ。ほら見てみろ」
兄さまに促されて目を開ける。ああ、確かにアーシュがいる。耐熱を施してあるはずの制服がところどころ焼け焦げてはいるけど。
見上げたエリー兄の顔はいつになく蒼白だ。
「何が……起こったの?」
「……近距離転移だ……あいつ、馬鹿か……よくやるよ……」
「エリー兄、ここでは転移は使えないって」
「使えないはずなんだよ! こんな魔素が入り乱れてて、魔力のぶつかり合いで場が乱れてる場所では! それを、あいつ……なんて馬鹿なんだ……失敗したらどうするつもりだよ……」
エリー兄が半分蒼白半分興奮状態で罵ってる。それほどの事をやってのけたんだアーシュは。
あの、顔色一つ変えないエリー兄が、今、頭を抱えて悔しがってる。
「あいつが転移系の異能が得意なのは知ってたが……やれって言われても俺には無理だ……」
一方、闘技場では、さすがに二人の猛攻が止んでいた。
穏やかにすら見える表情で二人は何か話している。微笑みすら浮かべて。
なのに、どうしてどんどん緊張感が増していくのだろう……。
そんな時二人を見ながら、エリー兄がぽつりと呟く。
「結界の魔法陣から魔素が漏れてる……?」
「エリー兄?」
「このままだと保たないぞ。何で気が付かないんだ? くそっ! セラはここにいろ。知らせてくる」
「私も行く。防御壁なら私も張れる!」
エリー兄は渋い顔で私を見たが、すぐにいつもの顔に戻った。
「わかった。もしもの時は頼む。……でも無理はするなよ」
人が見を掻き分け先生方の元へ向かう。
試合は止まらない。
「なんだあいつ。何か仕掛けてる? ああ、まずい!!」
エリー兄の悲鳴のような叫びが上がった。同時にガラスを砕いたような音を上げて、防御壁が砕け散った。
その時、私が聞いたのは。
リュスラン殿下の詠唱に呼応したように脈動する術式の音色だ。酷く不快に変調していく。それがどういう効果をもたらすのかは、専門家じゃない私にはわからない。けれど、このままだと殿下もアーシュも、ここにいる観客も無事ではいられないと感じた。
咄嗟に防御壁の術式を声に出さずに謡いあげる。
こんなに音が入り乱れている場ではあまりに不安定な術式だけど、私にはこうしか出来ない。普通の魔術師のように詠唱に力を与えられない。音に託すしか出来ないんだ。
術式が私の魔力を救い上げ編み上げ”風の壁”を厚く作り上げていく。
ふと、風の壁の向こうにいるアーシュと目が合った。彼が何か言っている。それは全然聞こえないけど、私は彼が何をしたいのか何故か分かった。
術式を重唱にし、アレンジを加える。
彼が使う氷を一欠片も外に漏らさないように。
やがて術式が完成し、【風結界】が戦場を包んだ。
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さすがに殿下だ、とアーシュリートは舌を巻く。
今出来うる限りの【氷剣】をあっさり消し去ってくれた上、巨大な炎で追撃までされた。苦し紛れに【転移】で逃げたが。
普段はこんなに不安定な場で転移は使わない。この術式に自信はあるが、絶対ではないからだ。それでも使わなければならないほど追い詰められた。
「【転移魔術】で逃げるとは思わなかったな。さすがだ」
「やっぱり力押しでは殿下に敵いませんね。こちらも多少は工夫しないと」
「そうか? 結構苦し紛れに見えたのだが?」
「そうでもありませんよ。すぐそこに”渡る”だけですから」
「意地っ張りめ……」
リュスランが楽しそうに笑った。それに呼応するようにアーシュリートも笑顔を浮かべる。双方とも、この”茶番”である試合がこれほど楽しめるとは思っていなかった。
「さて、小競り合いもう頃合いだな。そろそろ終わりにしないと観客に呆れられる」
「そうですね。では、とっておきの大魔術を……と言いたいですがお互いそれをやると迷惑にしかならない」
「保たないだろうなぁ、結界」
「保ちませんね」
「では、ぎりぎりの範囲を探ってみるか」
「では、受けて立ちましょう」
「ほう、敢えて受けるつもりか。焼きつくされるぞ」
「ご冗談を。押し返して凍結してみせますよ」
言い終えた途端に二人は詠唱に入る。
それが目にはいったのはただの位置関係にすぎない。
普段、アーシュリート達リュスランの側近候補者を毛嫌いする一部の生徒、そのうちの一人が彼を見て薄笑いを浮かべたのを。そして、その瞬間にリュスランの足元に赤い魔法陣が無数に出現した。
――これは……炎魔術の相乗と誘発の魔法陣か。
アーシュリートの知識が魔法陣の術式を迅速且つ正確に抽出し分析する。それはリュスランの魔術の威力を高める変わりに制御を効かなくするものだ。
リュスランも魔法陣に気がついたのか、詠唱を止め制御しようとするが、魔法陣に誘発された大魔術の術式はすでに走りだしていて止められない。
「くっ」とリュスランは苦悶の表情を浮かべる。
アーシュリートにも止める術はない。一つ一つの魔法陣の術式は単純で書き換えは容易い。が、これほどの数では時間的に無理だ。
「逃げろ、何とか治めてみる」
その瞬間、防御壁が砕け散った。
最悪の状態だった。
その時、アーシュリートは彼女と目があった。そして、彼女から流れる魔力に気がつく。
――セラが防御壁を張ろうとしている。
彼女はアーシュリートに軽く頷いてみせた。
きっと気がついている。彼等が置かれている窮地を。そして彼女なら……。
「セラ、【氷】を通さないようにしてくれ!」
彼はそう叫び、詠唱途中の術式に更に魔力を注ぎ込んだ。
リュスランの魔術が暴発する。
アーシュリートもほぼ同時に術式二つを展開させた。
一つは暴発し誘発炎上する【炎】を抑える大魔術【氷雪界】。もう一つは、防御魔術を持たないリュスランを守る【氷壁】。
猛る炎を氷が包み込んでいく。
激しくぶつかり蒸気を挙げた。
――セラ頑張ってくれ。もう少しでなんとか。
アーシュリートは、白煙の向こうにいる少女の顔が苦しそうに歪むのを捉えていた。彼は彼女を信じるしか出来ない。
やがて、白煙はだんだんと色を無くし消えた。
恋愛物のはずなのに、一話ほぼ戦闘ってどうなんでしょう……。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は一月19日の予定です。時間は未定ですが19日中には投稿します。
よろしくお願いします。




