第20話
今回戦闘描写あり。
若干ですが流血表現があります。
ご注意下さい
「ウォウォン!!」
「……クロちゃん!! 分かったから顔舐めないで~」
朝、寮を出たら、全力で黒玉スピッツが突っ込んできた。相変わらずだね、クロちゃん。
クロちゃんもチーちゃんも出会ってから数年が経過するというのに、外見は全く変わってない。クロちゃんは黒玉スピッツのままだし、チーちゃんはハチドリサイズでポケットが巣状態のまま。 マーク先生が言うには、一応彼等の魔力も魔力共有率も上がっているようなので少しは成長している……はず。きっと、大人の聖獣になるには時間がかかるんだ……多分。
クロちゃんのもふもふを堪能していると、エリー兄に「制服が汚れる」とベリっと音を立てて引き離された。クロちゃんはエリー兄の手元でぶらぶらと揺れてる。エリー兄に遅れてアーシュも姿を見せる。
ここまでは三年前まで常に身近にあった光景だ。
「おはよう。二人とも。アーシュ、今日は試合の日だね。頑張って」
『模擬試合』は、毎年行われる上級学年の選抜者各四名、合計八名による魔術の模範を見せるイベントだ。下級学年はこれからどれほどの事を学ぶのか、上級学年は今までどれだけの魔術を学んできたのかを披露する機会ではあるのだけど。勝利条件に、「攻撃系、防御系を問わず上級魔術を必ず一回使用のこと」、禁止条件に「過剰な魔術を禁止する」って何の縛りプレイですか?
アーシュは第三学年の四人の代表のうちの一人に選ばれてる。代表の中でも特に魔力が高く、【水】【風】【地】の三属性持ちなのは彼だけだ。しかも、彼は多属性を複合させる魔術【雷魔術】【氷魔術】の最上位魔術を使用する事が出来る。だから代表の四人に選ばれて然るべきではあるけど。
「……怪我しないようにしてね」
「分かってるよ。怪我したらセラに治してもらうし」
彼は笑ってるけど。
「……わかってると思うけど、治癒魔術は万能じゃないよ。失ったら戻せないし、命落としたら蘇生なんて出来ないから」
この世界では、怪我に関してだけ言えば医術よりも治癒魔術の方が発達している。少しの傷なら治癒魔術であっという間に跡形もなく治る。けど、当たり前だけど失ったものは戻せない。蘇生魔術なんて、それこそ神の領域だ。学院の行事だし、アーシュなら大丈夫だと理性ではわかってる。
でも。
「心配しないで」とアーシュは笑って言うけど、無理だよ。
*****
試合が行われるのは騎士学部の練兵場だ。
魔術学部にある鍛錬場だと観戦席が少なすぎるので毎年こちらを使用しているらしい。場所が場所なので、騎士学部や総合学部からの見学者も大勢集まる。そんな人混みを掻き分けて、エリー兄が確保してくれていた観戦席に座る。最前席ではないけれど、選手に声が届くいい席だ。
「ねえエリー兄。この試合って毎年あるんでしょう? 危なくないよね」
「ああ、あるよ。去年までは危険なことにはならなかったな。今年も多分大丈夫だとは思うが」
「何かあるの?」
「ここが騎士学部の練兵場だからだよ。魔術学部の鍛錬場なら防御壁も結界も十分なんだけど、ここのはそこまでじゃない。去年までは大丈夫だったが、今年はなぁ……」
「どうして? 去年大丈夫なら今年も大丈夫じゃないの?」
「今年はリュスラン殿下が代表だ。殿下の攻撃魔術は強力すぎる。それにアーシュもいる。あいつの【雷魔術】は範囲も威力も絶大だ……。下手したら結界ごと吹っ飛ぶな」
「……それって危険じゃないの」
「一応、魔術の威力の規定水準もあるし、あいつも弁えてるから【雷】は使わないってさ。【氷】一本でやるとか言ってたな」
「それって、アーシュに不利じゃない?」
「お前ね……。あいつは心配しないでも大丈夫だよ。あっさり勝って帰ってくるさ」
さて、挨拶を含めた開会式の諸事が終わり、やっと出場者が試合場に姿を表した。
制服の生徒が四人と動きやすい騎士服に似たものを来ているのが四人。つまり、「魔術師」と「魔術騎士」が半々ってことだ。
一括りで「魔術師」と総称するけど、実際はタイプが分かれている。
遠距離から攻撃する純粋な「魔術師」と、剣やその他の武器を組み合わせ近距離から中距離で攻撃する「魔術騎士」とにだ。今回の試合は模範試合なのでそれぞれのタイプと戦うのだそうだ。
それを踏まえて、試合の組み合わせが発表される。
第一試合が「魔術師」対「魔術師」。第四学年の魔術師同士がかち合った。
第二試合が「魔術騎士」対「魔術騎士」。第三学年のヒュイス様と第四学年の先輩の組み合わせだ。
第三試合が「魔術師」対「魔術騎士」。第三学年のダングラル様と第四学年の魔術騎士の先輩が当たる。
そして、最終の第四試合が……。「魔術師」対「魔術騎士」の二戦目。アーシュとリュスラン殿下の組み合わせだった。
「殿下の【炎】と【光】の相乗魔術に、アーシュの【氷】の複合魔術か……。どちらも火力で物を言うタイプだから、派手な試合になるぞ……防御壁が持つかな……」
エリー兄が何だか不吉なことを言ってる。
そういえば、と私は「エタ☆プロ」のシナリオを思い出す。
この「模擬試合」は、共通ルート序盤の攻略対象の紹介イベントだ。試合の中で、攻略対象の実力や性格をヒロインにアピールする機会としての。だから、ゲーム内に於いては、攻略対象同士の試合はない。
――また、ズレてる。アーシュと殿下の試合なんてゲームにはない。もしかして……何か起こるの?
このイベントの後には何があったかな? 確か……確か試合終了後にヒロインが「殿下を癒やす」イベントがあったと思う。そして、側近の方々と急接近するのもこのイベント終了直後だ……。
胸騒ぎがする。でも、エリー兄も言ってたはずだ。去年までは大丈夫だったから、今年も大丈夫だって。私は何度も自分に言い聞かせる。
ふと気が付くと、試合場を挟んだ向こう側に座っていたユリカ嬢と目が合った。
*****
第一試合は、「魔術師」対「魔術師」。四学年の炎使いと同じ四学年の風使いの対決だ。
エリー兄が言ってた。「魔術師」対「魔術師」はどちらも最初から大魔術の詠唱から入るので、最初は地味に見えるのだそうだ。以下に早く正確に詠唱しきれるかが勝負を分ける、ということらしい。
ブツブツを詠唱を始めた先輩方を横目にエリー兄に訊いてみる。
「【風】と【炎】だと相性的に【炎】が上?」
「その分【風】の方が展開が早い。詠唱が同時に終われば【風】の方が勝つな」
ほぼ同時に詠唱が終わる。
赤い光と共に炎が地を駆け抜ける風使いの先輩を襲った瞬間、炎使いの先輩の膝が崩れ落ちた。見ると、炎使いの先輩は全身に傷を負っている。
「【灼熱波】と【千風刃】とでは風の方が速かったみたいだな」
炎使いの先輩はすぐに救護員に運ばれていった。風使いの先輩も勝者の宣言を受けてから自ら治療所に向ったようだ。やっぱり無傷ではいられなかったらしい。
分かっていたとは言え、流れる血に少しだけ気分が悪くなった。顔には出さないように我慢してたけど。
続いて第二試合「魔術騎士」対「魔術騎士」の試合だ。
第四学年の【地魔術】と主とした多属性使いの魔術騎士と第三学年のジノ・ベルナルディ・ヒュイス様が戦う。ヒュイス様は、殿下の側近候補の一人で、「Etarnal☆Promise」の攻略対象の一人でもある。
ゲームの攻略対象、「ベルナルディ・ヒュイス」。
真紅の瞳に真っ赤な短髪、派手なピアスに首飾りという細身のイケメンチャラ男風の外見をしてる。騎士団長の末っ子三男坊で、騎士になることが半ば義務付けられているのに体格に恵まれず悩んでる、中身は真面目脳筋の外見詐欺。性格的には明るく素直でお人よしで「エタ☆プロ」中では尤も攻略しやすく、彼のルートはチャラ男ならぬチョロ男ルートだって言われてた。
でも、彼のルートは一番初々しくてほのぼの出来た。遅く来た初恋がテーマだったせいでもある。実際のヒュイス様は知らないけど、ゲームと似た性格なら彼が好きになった人はきっと幸せになれると思う。
前世に思いを馳せている間に試合が始まっていた。
開始早々に、地魔術使い先輩が地面を【バインド】で唸らせる。ヒュイス様の足を封じようとしたのだと思うけど、魔術が届く頃には彼はそこにはいなかった。
と、思ったのも束の間、地魔術使いの先輩の剣が横合いから薙いできた剣を受け止めてた。
「な、何で、ヒュイス先輩、いつの間に移動したの? 転移」
「こんな乱れた場で転移なんて繊細な魔術が使えるはずないだろう! あれは、【風魔術】で加速したんだよ」
それを皮切りに、先輩とヒュイス様は剣撃を交わす。十合ほど撃ちあった所で、両者は一斉に剣を引いて下がった。
ヒュイス様が先輩になにか言ってる。先輩は顔を真っ赤にしてるからきっと煽るような事を言ってるのだろうと思う。と、その瞬間に、激しい水流がヒュイス様に襲いかかった。ヒュイス様は軽く避けたけど、着地した瞬間に彼の足が完全に止まった。
複合魔術の【氷結】。アーシュもよく使うそれは、他の属性魔術とはちょっと違っている。
元々【地属性】は地味である。攻撃魔術が極端に少なく防御魔術に傾いている。その防御も固くはあるが多様性には風魔術には及ばない使いでの悪さがある。だから、【地属性】主要四属性では敬遠されがちだ。
けれど、【地属性】の真価は多属性になった際に発揮される。複合し、より上級の魔術を使用出来るようになるのだ。
例えば、【風】と【地】で【雷】に。
【水】と【地】で【氷】に。
【炎】と【地】で【溶岩】に。
地魔術使いの先輩の他の属性は【水】。【氷魔術】使いだったんだ。
氷はすでに、ヒュイス様の下半身を覆っている。ヒュイス様はじっと目を閉じて動かなかった。
地魔術使いの先輩は勝利を確信したのか、大魔術の詠唱に入っている。
と、その時。
地魔術使いの先輩の足が地面から離れ、見えない刃で切りつけられながら舞い登っていく。
「馬鹿な奴。足を止めただけでヒュイスに勝てるかよ」
どうやら、【氷結】を展開された時点で、ヒュイス様は詠唱に入っていたようだ。ヒュイス様が使ったのは【旋風刃】。小さな竜巻の内部に小さな風の刃を出現させる魔術だ。
「【氷】を秘策として持ってきたのは評価するが、ヒュイスはアーシュの友人だ。氷対策もばっちりしてたんだろうな」
見ると、ヒュイス様はあっさり氷の呪縛から抜け出ていた。
「本当はもっとあっさり型がついてただろうが、遊んだな。悪趣味な奴だ」
****
間に休憩を挟んで第三試合が始まる。
このカードは「魔術騎士」対「魔術師」。
四学年の炎使いの「魔術騎士」と水使いの「魔術師」、カミーユ・リュート・ダングラル様の対戦だ。
カミーユ様もまた攻略対象である。
「カミーユ・ダングラル」は屈指の美貌の持ち主だ。腰まで届きそうな雪みたいに輝く銀髪と柔らかな赤紫の瞳は、どんな美姫に勝るとも劣らないと言われていた。性格は怜悧・冷静・冷酷と「三れい」の見本市な人なんだけどね……。准王族の一つ「黒の公爵家」の嫡子で、弟と妹がいる。家族以外ではリュスラン殿下にしか心の中を見せない腹黒参謀だ。
ゲームの彼のルートは……非常に疲れたの一言だ。
元々、彼の言葉には虚実入り混じっていて、何が真実で何が嘘かがよくわからない。その上、ヒロインは言葉に裏を持つ者ばかりに囲まれてた。そんな中で、個人ルートは陰謀に次ぐ陰謀、トラップフラグも普通に登場してきてね、嵌ると即バットエンド行きになる……。そればかりか、カミーユ様、ヒロインにハニートラップ仕掛けてこいなんて、鬼畜ですか、って叫んだこともあった……。最後の「もう離しません」って言われた時は、「嘘じゃないよね、ほんとだよね……本当だったーーー」って感激した。
実際の彼がここまで捻くれていないことを望む……。
さて、彼の試合なんだけど。
始まる前のエリー兄さまの一言「一瞬で終わるぞ」。
本当にその通りになった。
敵の炎使いの先輩が巨大な【炎剣】を出現させ、カミーユ様に突っ込んでくる。
多分、カミーユ様に詠唱させないようにしたんだろうけど、その判断は甘かったようだ。
気が付くとカミーユ様は平然と【水】の大魔術を放っていた。
水と炎がほぼ中央でぶつかって、激しい水蒸気が巻き起こる。闘技場を覆う防御壁が今日初めて震えた。白く立ち上る水蒸気が消えた後の闘技場には悠然と立つカミーユ様の姿があった。
「エリー兄……ダングラル様、いつ詠唱してたの?」
「ああ、それか。あいつは闘技場に入る前に術式の展開を終えてたぞ。後は発動させるばかりにしてたな。気が付かなかったか?」
「……全然。……でもそれって、やっていいの?」
「……さあ、そんなこと普通は考えもしないからな……だがな、規定には触れてないと思う。しかも、それを見破れるのは学院の教師でもそうはいないし。つまりは、やったもん勝ちってことだ」
なんとも彼らしい勝ち方だ。カミーユ様はほとんど表情を変えずに舞台を降りた。
さあ、最終試合だ。
光属性で相乗強化された【炎魔術】のリュスラン殿下と、【雷】【氷】の複合魔術を得意とするアーシュの期待のカードが今始まる。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は1月16日午前0時を予定しています。よろしくお願いします。
注) 1月14日、一部表現を変更しました。大筋に影響はありません。




