第19話
遅くなってすみません!
何だかもやもやしてその夜は良く眠れなかった。しかもその翌朝、かなり早く目覚めてしまうし。
眠気はまだあるし目蓋も重いけど、ここで寝たら授業に遅れる。私は、チーちゃんを連れて早朝の散歩に繰り出した。
チーちゃんは久しぶりの一緒の外出に嬉しそうだ。寮生活だと普段はあまりかまってあげられないからなぁ。
女子寮を出て暫くあてもなく歩いて行く。
この学院は昔の王族が療養地として宮殿を構えていた歴史もあり、手入れされた庭園はそれは見事だ。
庭園内部を道なりに歩いて行くと、白樺の林に囲まれた湖が見えた。朝の完全には明るくなっていない光の中で、水面が周りに反射してるのか、林の根本が青い色に染まって幻想的だ。
「綺麗な所だね。チーちゃん、行ってみる?」
ピルル、と上機嫌に鳴いてチーちゃんは私の肩に止まった。これはそこまで運べってことですね、はいはい。
林の手前まで来てみて、何で青に染まっているのか分かった。白樺林の下生えに青くて小さい花が群生してる。それが淡い光を受けて更に白樺の白い樹肌に蒼い光を反射してたんだ。
もっと良く見たくて一歩踏み出したら、「それ以上は行くな」っていきなり腕を掴まれた。
チーちゃんは、ピィって一声鳴いて、声の主を突付いたと思ったら、私のポケットに逃げ込んだ。助けたいのか窮地に落としたいのか、よくわからないよ、チーちゃん……。
「っ!」
「ご、ごめんなさい!!」
「いや、大丈夫だ。針で刺されたような物だし。まあ、多少、針が鋭かっただけで」
「え、その声、エリー兄?」
声の抑揚がエリー兄に似てた。そして、振り返った際にちらりと見た瞬間の体格とかも。
でも、エリー兄じゃなかった。
「ほう、私を兄と呼ぶのか? まだ寝ぼけているようだな」
「あ、あの……」
彼の姿を見た途端に私は固まってしまった。
私の前で、苦笑を浮かべてるのは……王子様だった。比喩ではなく実際の。
このヴィンデュス王国の第一王子、ソル・リュスラン・ザフィリア様。
黄金の髪を持つ、「エタプロ」のメインヒーローだ。
「Etarnal☆Promise」のメイン攻略対象の「リュスラン王子」の設定は、完璧な外見と能力を持つ、まさにミスターパーフェクトと称される人だった。王家特有の黄金の長髪を後ろで一つに括り背に流し、青玉の瞳は鋭い。性格は少々強引な所もあるが、理性的で優秀な騎士でもある。
王子のルートは、これぞ王道のシンデレラストーリーだ。平民出身のヒロインの飾りも偽りもない言葉に惹かれ、やがて彼女に安らぎを見出す。身分差を乗り越え、圧力に屈さずヒロイン一人を「私だけを見て、私を信じろ」と守りぬく。彼のルートだけには国を巻き込むドラマチックな展開があり、さすがメインヒーローと思ったものだ。
その、「リュスラン王子」が目の前にいた。
実際に見る「リュスラン殿下」は、王子然とした完璧な人物というより、ちょっと気さくで何処か抜けた所のある、だけど隙を見せたら喰われかねない危険な一面を感じさせる人だった。”王子”というより”王様”といったほうが余程似合ってる。
現在十七歳、年明けすぐに十八歳の成人を迎える。側近の方々は殿下より一歳下なので、余計殿下が大人に見えるのもの知れないな……。
呆けて見てたら、リュスラン殿下が私の顔の前でひらひらと手を振ってた。
「おーい、しっかりしろ~。正気にもどれ」
「……」
「こいつは盛大に寝ぼけてるな。面白い奴」
リュスラン殿下が堪え切れないように笑い出したところで、私の意識が現実に戻った。
「……え、あ、あーーーーーっ。も、申し訳ありません!! 殿下」
慌てて謝罪の礼をした……と思う。もう、頭の中は真っ白で自分が何をしてたのか覚えてない。アナ先生の特訓で考えなくても体が動いているはずなのが救いだ……。
「やっと戻ってきたか……ふ、くく……お、面白い。そんなに慌てなくても良いぞ。取って喰うなんてしないからな。お前、新入生か? 名は?」
「あ、はい。一学年のセラフィカ・アズリです……じゃなくて、も、申します」
あー穴があったら入りたい。そして、大事なところで襤褸を出した私を叱らないで下さいアナ先生……。
くくくく、と殿下は一頻り笑ってた。その間私はずっといたたまれなかったけど……。
「ああ、笑って悪かったな。……アズリを名乗るってことは、フロワサールから来てるエセル・アズリの縁者か?」
「エセルは兄です」
「ああ、あいつの妹か。ということは、アーシュリートとも知り合いだな」
「はい」
「ああ、なるほど、お前があいつの”遠き地の君”なのか」
「……はい?」
とおきちの……なんだって? アーシュ、変なこと吹き込んでないよね……?
「エセル・アズリもなかなか尻尾を掴ませない変な奴だが、お前も楽しい奴だな。アズリの一族は皆そうなのか?」
「……あの、殿下は兄をご存知なのですか?」
「さあな。言ったとおり尻尾を掴ませてくれないからな。まあ、評判通りではなさそうだってことは知ってるつもりだが」
驚いた。
エリー兄の評判は”落ちこぼれ”だ。全属性持ちのくせに、中位魔術しか使えない。魔力も多くない。突出した所が全然ない”落ちこぼれ”。最初、それを聞いた時、本当に腹が立った。
エリー兄は”落ちこぼれ”じゃない。だって、アーシュも私も、エリー兄が魔術師として才能を持ってることを知ってるから。
私達はエリー兄の噂を否定したかったけど、当のエリー兄がそれを止めた。兄様はむしろ、噂があったほうが楽で良いとか言ってる。
その、エリー兄を”落ちこぼれ”扱いしない人を始めてみた。
珍しくてついまじまじと見つめていたようで、気づいたらリュスラン殿下、眉を顰めてた。
「なんだ、その顔? 私を信じられないか?」
「いいえ……そんなことはありません。……不躾な振る舞いをいたしましてすみません」
「なんだ急に改まって。もっと砕けた口調でいいぞ。堅苦しい物言いお前には似合わんからやめろ。
ところでな、話は最初に戻ってしまうが、あの場所に行くのは止めろ。あそこは禁足地だ」
「え、本当ですか?」
「ああ、あの青い花はある病の特効薬なんだが、この場所以外ではまれにしか見れない貴重種なんだ。よって王家で保護している」
「そうなんですか……」
あの青い花、近くで見たかったな……、とちらりと思ったら。
「摘んだ後の乾燥した状態の花で良ければ、後で見せてやる。生花より色味は薄いが、その分香りが高い。一件の価値はある」
「いいんですか!」
「ああ、構わない……。ところで、そろそろ朝食の時間だぞ。行かなくても良いのか?」
「あ、ほんとだ。殿下、今日はありがとうございました。失礼します」
「ああ、またな」
殿下が笑顔で手を振ってきた。ちょっとだけ胸がどきどきする。思ってた王子様とは違ってたけど、いい人だ。
殿下がエリー兄を評価してくれてるのが、一番嬉しかった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
小走りで去る青銀の髪の少女の後ろ姿を見送る。
――あれが、アーシュリートの大切な幼馴染か……
彼の世代では多分随一の魔術師となるだろうアーシュリート・ブルムスターが大切に思っている少女。宝物を抱え込む様子に呆れつつ、どんな少女なのか一度見てみたいと思ってはいたが。
あっけないほど、ごく普通の少女だった。
容姿は儚げではあるが、整っている。長く癖のない青銀の髪は見事だし、大きな藍玉の瞳はまさに宝石のようだとは思う。ただしそれを加えても、リュスランの中で少女は普通の少女としか言えない。
ただ……酷く懐かしい。
あの子を見ていると、リュスランが忘れ去った”何か”を刺激する。遠い昔にどこかに置き去りにしてしまった何かを。
己が心を掴み切れていないまま、リュスランは苦笑を浮かべた。
「あいつの宝石に手は出せないからな……」
廻り巡る思考を追いやり、自室に変えるべく踵を返す。
その時、彼の耳が人の気配を捉えた。
「誰だ?」
「きゃーっ」
リュスランの目の前で派手に転げたのは、モスグリーンの制服姿がまだ初々しい茶色の髪の少女だった。
彼らしくもなく、突然の出来事に行動が取れない。
――何で平地の何もない所でこんなに派手に転べる?
少女は、彼を見上げて瞳を潤ませているが。自分で立ててない怪我とは見えないが……。態とらしく思えてしまって手が出ない。
いつまでも声をかけないので少女は痺れを切らしたのか自分で立ち上がった。
「……おはようございます、殿下。あの……私、一学年のユリカ・アリス・アーベンスと申します」
彼は軽く眉を顰めた。学院では身分差はない。が、身分が上の者に自分から名乗るのは礼儀に反しているので敬遠されている。
「アーベンス男爵の息女か」
「父をご存知でしたか。嬉しく存じます」
少女は期待で瞳を輝かせた。
名前だけだとの言葉は口にしなかった。
ユリカ・アリス・アーベンスの名はよく知っている。彼の年下の学友からよく聞いているからだ。それもあまりよろしくない評判を伴って。
――マリーが大分苦労させられていると聞いているが
プレスクールでのユリカ嬢の評判は真っ二つに別れる。
成績がよく人当たりも良い生徒、というのが教師陣と男子生徒の言。それに対して、下の者を見下し異性に諂う傾向がある、と評したのがマリーと一部の女子生徒だ。
――まだ、判断するには早いが。
目の前の少女は厄介事の気配がする。
「ユリカ・アリス・アーベンス。悪いが時間がない。何か用なら後で使いをよこすといい」
「いえ、あの」
「まだ何か?」
「あ、……”模範試合”ですけど、応援してます。ですけど……あの、どうか……お怪我にお気をつけ下さい」
「何か、気にかかることでも?」
「いえ。何だか嫌な予感がして」
「ほう、お前は【先視】の異能があるのか?」
「……そんな大層なものではありませんけど」
少女が誇らしげに何か期待したようにこちらを見ているが、彼はそれを鼻先で笑い飛ばす。
「怪我するほど面白くなるなら本望だが、恐らくそうはなるまい。あれは”試合”とは名ばかりの茶番だからな」
そう、この「模擬試合」はあくまで新入生に対するデモンストレーションにすぎない。決して危険な行為に至らないように予め細かく定められている。
そう言った途端にユリカ・アーベンスは目を見開き、「……セリフが違う……」と呟いた。
が、リュスランにはその言葉の指す意味はわからない。
「殿下、時間がありません。ご用意下さい」と横合いから声がかかる。
見れば見知った銀髪の青年がいる。そろそろ現れる頃合いだろうと思っていた。
「殿下~。食いっぱぐれるぜ、早く飯に行こう」
銀髪の後から来た赤髪の青年が砕けた口調でそう促した。
「さすがにまだ時間はあるだろう、ベルノ、カミーユ」
「まだ、と言っている内になくなるのですよ、時間というものは。あなたも帰りなさい。下らない要件で殿下を煩わせないように」
「すみません……失礼します」
ユリカ・アーベンスは表情を無くした。そのまま、銀髪の青年の言葉に追われるように、礼をして足早に立ち去った。
彼女の後ろ姿に向けて、赤髪の青年が言い放った。
「あいつだろ、マリー嬢が言ってた、困ったちゃんって?」
「そうですよ、ヒュイス。彼女が、ユリカ・アリス・アーベンスです。マリー嬢の言う通りの人物のようですね。そういえば、昨日早速ブルムスターに接触したようです」
「へぇ、あの一途男にまで声かけたのかよ。……てか、カミーユ。昨日の今日で何で知ってるの? あいつが話したんか?」
「いいえ? 彼は結構鈍いので何を仕掛けられたか分かってないと思いますよ。……情報入手の方法はご想像にお任せします」
「って、怖っ」
「……全く、何を考えておられるのでしょうね、あのご令嬢は。殿下もマリー嬢を泣かせないように、あのご令嬢にはご注意下さい」
「……マリーは妹みたいなものだと何度言ったら分かる?」
「さあ? ……それはともかく、時間は押してますので早めにお支度を」
「食わないと持たないぞ! 腹が減って倒れても知らないぜ」
「お前じゃあるまいし」
一旦は立ち去ったと思われた少女が唇を噛み締め彼らをじっと見つめているのを、彼等は知らなかった。
「なんで、なんで、誰も彼も違うの! 名前も姿も言葉も! どうして……どうしてよ!」
やっと攻略対象の王子が出てきました。
残りの二人もちょろっと出てます。彼等が関わってくるのは次回かな……。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は1月14日を予定してます。時間は午前0時を目指しますが、遅れるかもしれません。




