勝利への道
ソリオの眼前に舞い降りたプラウディアは、その視線をすぐに残る一体の獣の女王へと向けた。
と、そのプラウディアの身体が、不意に空気に溶け込むように消えてしまう。
え? という表情を浮かべるソリオ。そしてそれは、獣の女王も例外ではなかった。
獣の女王の表情は乏しいものの、それでも困惑したことは読み取れる。
そして、そんな獣の女王の背後に、消えた時と同じようにプラウディアが突然姿を現した。
「────遅いです」
消えた時と同様、突然現れたプラウディア。彼女はそのほっそりとした白い手を、何気なく獣の女王へと伸ばし、その後頭部に軽く触れる。
と、そのまま獣の女王の顔面を床──というか、巨大な魔獣の身体──に叩きつける。
一体そこにどれだけのエネルギーが秘められていたのか。獣の女王の頭部は、まるで熟れた果物のようにあっさりと粉砕された。
砕けた獣の女王の頭部から飛び散った血が、全裸のプラウディアの身体を斑に染め上げる。
白と赤のコントラストを身に纏いながら、それでもプラウディアは美しかった。いや、やはり血を纏ってこそ、吸血族の姫君は輝くのかもしれない。
「────他愛のない」
冷たい視線を足元に横たわる獣の女王へと向けながら、プラウディアが零す。
そのプラウディアが、ソリオへと顔を向ける。
途端、それまで冷徹だった彼女の表情が、一気に柔らかなものへと変化した。
「ご無事でございますか、ソリオ様?」
「うん、ありがとう。プラウディアのお陰で助かったよ」
獣の女王によってソリオは手傷を負っているものの、それほど深い傷ではない。後でスペーシアに癒してもらえばいいだろう。
そのスペーシアはと言えば、いまだに目を閉じて一心不乱に祈りを捧げている。
彼女が何をしているのか、もちろんソリオは承知しているので心配はしていないが、他の仲間たちはそうではないのだろう。
ソリオの元に集まってきたヴェルファイアやオーリスたちが、ソリオとスペーシアを守るように布陣しながら肩越しに彼へと尋ねてくる。
「おい、ソリオ。そろそろネタばらしをしてくれてもいいんじゃねえのか?」
「うん。別に秘密にしておく必要もないし、もうあっちも俺の意図に気づいているみたいだしね」
そう言うソリオの視線は、前方の柱から上半身だけを突き出したアコードへと向けられていた。
「もう、皆も知っていると思うけど、この巨大な……いや、全ての異界の魔獣がこの世界に存在するためには、魔素が必要だ」
視線をアコードから離すことなく、ソリオは仲間たちに告げる。
ソリオに見つめられているアコードもまた、忌々しそうな表情を隠すこともなくソリオを凝視していた。
「しかも、小型の魔獣たちが各地に散って、無差別に魔素を集めている。そしてその集められた魔素は、本体であるこの大型の身体に集積されている……ここまでは知っているよね?」
仲間たちからの返事はない。だが、返事がないのは肯定の証でもある。だからソリオはその先を続ける。
「言ってみれば、この巨大な魔獣は魔素を貯めるための大きな袋なんだよ。だけど……その袋に穴が空いていたとしたら……どうなると思う?」
ソリオの言葉に、仲間たちは一斉に一点を見た。ソリオの傍らで、風に雄大に靡いている彼らの「旗印」を。そして、そこに輝く一つの紋章を。
「この紋章がその『穴』ってわけなのね?」
「そう。この紋章は魔素を放出するんだ」
ソリオは使い古した空の魔素含有水晶に周囲の魔素を集め、再び利用できるようにしている。
仲間たちは当然それを知っているし、精霊術師であるポルテはその魔水晶を使用することもある。
今、ソリオの戦旗に刻まれている紋章は、それの逆の効果を持っているのだろう。
「だけど、魔獣の身体に一度集められた魔素は瘴気を帯びる。その魔素をただ放出しただけでは、この周囲に瘴気がどんどんと濃くなってしまう。だから……」
「スペーシア様の出番、ってワケッスね?」
ぱちりと指を鳴らそうとして──見た目はともかく実体は骨でしかないコルトの指は、かつんと乾いた音を立てただけだった。
「今、スペーシアは瘴気の浄化に専念しているんだ」
ソリオたちが話している間も、スペーシアは祈り続けたまま。今の彼女は、神聖術で戦旗の紋章から周囲へと放出される瘴気を帯びた魔素を、片っ端から浄化し続けているのだ。
「でもよ、それだとスペーシアの魔素があっと言う間にからっけつになるんじゃね?」
「大丈夫。それも考慮済みだよ」
ヴェルファイアの言う通り、魔術を使い続ければ術者の魔素は減り続ける。瘴気を浄化し続ければ、術者であるスペーシアの魔素はあっと言う間に底を突くだろう。
「スペーシアの胸元に刻んだ紋章……あれは魔水晶に魔素を補充する時の紋章なんだ」
「そうか! 今、この周囲には魔獣から放出され、スペーシアによって浄化された魔素が充満しているから……」
精霊術師であるポルテは、自分たちがいる周囲に充満している魔素に気づいていた。だが、余りにも濃厚な魔素の存在に、内心では首を傾げていたのだ。
ソリオによって魔獣の体内から放出された、瘴気を帯びた魔素。その魔素はスペーシアによって浄化され、この周囲に満ち溢れている。
その魔素を、スペーシアは再び自身へと取り込んでいるのだ。
必要以上に魔素に溢れたこの空間だからこそ可能な、限定的な魔素の循環サイクル。もちろん、通常の魔素の濃度の場所では、これほどまでに急速に魔素を回復することはできない。
「つまり────」
ソリオは手の中の幅広剣を改めて握り締めながら、仲間たちへ──『真っ直ぐコガネ』へと指示を出す。
「────この戦旗とスペーシアを守り抜くことこそが、俺たちの勝利への道だ!」
ソリオの戦略を聞かされた『真っ直ぐコガネ』。彼らはこれから自分たちが取るべき戦術をすぐさま理解した。
「つまり、積極的にアコードを攻撃する必要はないわけですね?」
「そうだよ、オーリス。守ることが勝利へと繋がるんだ」
「なるほど! さすがはソリオ様ッス! 『絶対無敵』らしい考えッスね!」
「…………その異名、恥ずかしいから止めてよ」
心底嫌そうな顔をするソリオを見て、仲間たちは笑みを浮かべた。
だが、コルトの言う通りだろう。「守る」ことに絶対的に長けたソリオ。その彼が選んだ戦術は、やはり「守る」ことだったのだから。
「よし、話は理解したぜ! ここから先、俺たちは攻めるよりも守る! いいな、旦那、姉貴、コルト!」
「私も及ばずながらご協力致します。何なりとご命令ください」
『真っ直ぐコガネ』の戦列に、プラウディアも加わる。完全武装するソリオたちの中で、ただ一人全裸でいるのはやはり奇妙な光景だが。
「よし、あと一踏ん張りだ! 皆で力を合わせよう!」
ソリオの宣言に、仲間たちは力強く応と答えた。
忌々しい。
全くもって、忌々しい男だ。
目の前の炎の色の髪の男を見ていると、かつてのあの男をどうしても思い出してしまって、アコードの神経は余計に逆撫でされていく。
「守る……? 守り抜く……? くくく、良かろう……良かろう! 守れるものなら守ってみるがいいっ!!」
アコードがそのまなじりを釣り上げた瞬間、『真っ直ぐコガネ』の足元が弾けた。
彼らの足元から現れたのは見慣れた触手ではなく、無数の小石のようなものだった。
咄嗟に足元に向けて、ソリオが盾を展開する。飛び出してきた小石モドキたちは、盾に激突してべちゃりと潰れる。
と、小石モドキが次の瞬間に轟音と共に爆発する。爆発の衝撃はソリオの盾で封じられたが、爆風までは遮ることは適わず、『真っ直ぐコガネ』の面々を吹き飛ばさんと荒れ狂う。
ヴェルファイアは戦槌を放り捨て、背負っていた大剣を引き抜き、足元に突き立てる。腰を落として突き立てた大剣を支点にし、この爆風に耐える姿勢を取った。
しかも、その巨体そのものを盾にして、背後にスペーシアを庇う。彼の隣にはいつの間にか羆に変身したプラウディアもいて、爆風に対して無防備だったスペーシアを守っている。
「ひゃああああああああああっ!!」
そのヴェルファイアの顔のすぐ傍を、小柄な何かが悲鳴を上げながら通りすぎる。
「あ、姉貴っ!?」
小柄な上に空中にいたポルテは、爆風の影響をまともに受けて吹き飛ばされてしまったのだ。
ヴェルファイアは必死に片手を伸ばして、飛んで行く姉貴分をぎりぎりのところで捕まえることに成功した。
「ひややややや、あ、ありがとヴェル……」
爆風にもみくちゃにされたポルテは、目を回しながら弟分に礼を言う。
姉貴分が無事だったことに安堵しつつ、ヴェルファイアが仲間たちを確認すれば、ソリオ、コルト、そしてオーリスが、彼と同じように足元に武器を突き立てつつ、爆風に耐えていた。オーリスは武器を持たない片手にソリオの戦旗を支えており、勝利の要をしっかりと守っているようだ。
そして、ヴェルファイアが敵であるアコードへと、闘志に燃える目を改めて向けた時。
彼は見た。
アコードの整ったその顔が、何とも嫌な笑みを浮かべているのを。
「おい、ソリオ! あの野郎、何か企んでいやが────」
結果的に言えば、ヴェルファイアのその警告は少しばかり遅かった。
彼が警告を飛ばすよりも早く、彼らを小さな揺れが襲った。
その揺れ自体はとても小さなもので、警戒していたこともあって、ソリオたちは誰一人として転倒どころか身体のバランスを崩すこともなかった。
しかし、その直後に聞こえた、ぴしりという乾いた破裂音。
その音の正体を探るより早く、それは起きた。
ぴしりぴしりと連続して破裂音が響き、再び小さな震動が『真っ直ぐコガネ』を襲う。
そして。
そして、どん、と大きな揺れと共に、ソリオたちが乗っている巨大な魔獣の身体の一部が剥離した。
魔獣の巨体からすれば、それは外皮の薄皮一枚ほどでしかないのだろう。
だが、魔獣に比べれば小さな存在でしかないヒトたちにとって、それは大きな影響を与えた。
「──────っ!!」
声にならない悲鳴。それが誰のものなのか咄嗟に判断したソリオは、その悲鳴を上げた者へと振り返った。
だが、彼が振り返るより早く。
魔獣の身体の一部が剥がれ落ち、そこにいた人物──スペーシアもまた、支えるもののない虚空へと放り出されてしまう。
「す、スペーシアっ!!」
ソリオが必死に手を伸ばすその先で。
驚きに目を見開いたスペーシアの姿が、どんどんと小さくなっていった。
『無敵の盾』更新。
随分と遅くなってしまって申し訳ありません。現在、仕事が極めて忙しく、小説を書く時間が激減しております。
このまま書くの止めてしまうことだけは絶対にしませんので、気長にお待ち頂けると幸いです。
では、これからもよろしくお願いします。




