反撃の秘策
淡く輝く光の盾が、迫る爪を阻む。
ぎぃん、という耳障りな音と共に、迫った爪が弾き返された。
だが、すぐに新たな爪が襲ってくる。
今、ソリオの前に迫っているのは三体の獣の女王。アコードが呼び出した十体の内の三体である。
残る七体の内、五体は既に『真っ直ぐコガネ』によって倒されており、最後の二体もまた、ヴェルファイアたちの連携と猛攻の前に防戦一方。
ソリオは左右から同時に二体の女王を冷静に見極める。
淡い輝きを宿した指が複雑な模様を空中に描く。その模様が完成すると同時に、ソリオの前に彼の代名詞とも言える絶対無敵の盾が出現した。
微妙な差を生じさせて襲いかかる獣の女王たち。だが、絶対無敵の盾は彼女たちの爪を的確に、そして完全に塞ぎ止めていく。
「おのれ…………おのれおのれおのれおのれおのれぇっ!!」
次々と倒されていく獣の女王たちを見て、アコードはぎりぎりと歯を軋ませる。
いや、彼が見ているのは自身が生み出した最高傑作ではない。アコードの目は、光の盾を巧みに操る真紅の髪と空色の瞳の青年に向けられていた。
「何をやっているのだ、バカ者どもがっ!! さっさとその旗を破壊しろっ!!」
アコードが指差すのは、青年の傍らで風を孕んで翻る濃紺の旗。そして、その旗には燦然と光り輝く紋章。
「あの紋章を……あの紋章をあのままにしておけば……かつての二の舞になるというのに……ええい、この役立たずどもめがっ!!」
アコードの脳裏に、2000年前の記憶が甦る。
それは彼の宿敵ともいうべき、二人の王の姿。そして、その二人の王が、彼を封印するために取った手段。
あの真紅の髪と空色の瞳の青年は、憎むべき二王と同じ手段で再び自分を苦しめようとしている。
「忌々しい……あの魔道皇が取った手段と同じだと……? こ、これは偶然なのか……?」
真紅の髪も。空色の瞳も。その容貌も。そして何より竜王の騎士であったオーリスが、二王の面影を色濃く残す青年を主と認めているのだ。間違いなくあの青年は二王の血縁なのだろう。
「魔道皇に竜王……今になってもこの私の邪魔をするか……」
自分自身はその場から動くことのかなわないアコードは、ただただ忌々しそうに翻る旗を見つめることしたできないでいた。
襲い来る三体の獣の女王。
彼女たちの猛攻を、ソリオは光の盾で冷静に捌いていく。
今、彼女たちを倒す必要はない。もちろん、倒せるに越したことはないが、無理にこちらから攻める必要はないのだ。
彼ら──『真っ直ぐコガネ』の目標は、あくまでも巨大な異界の魔獣、その魔獣と一体化しているアコード・ハイゼットの撃破である。
そのための仕掛けはすでに施した。この仕掛けに関しては完全にその場での思いつきで、それがかつて彼の両親が取った手段と同じことをソリオは知らない。
「……後はこの旗を守り抜けば……俺たちの勝ち、だからね……」
咄嗟の思いつきではあるものの、仲間たちがアコードの意識を引きつけている間に、ソリオはこの仕掛けをもっと進行させるつもりでいた。
だが、まさかアコードが獣の女王たちを何体も生み出すとは、完全に予想外である。しかし、先程も言ったように、目の前の獣の女王たちは必ずしも倒す必要はない。
戦旗とそこに刻まれた紋章、そしてその傍らで跪き、祈りを捧げる愛しい女性を守り抜く。それこそが彼らの勝利条件。
そして、こと「守る」に関しては、ソリオには自信があった。
コルトの幅広剣が獣の女王の首を斬り飛ばし、宙に待ったその首を無数の氷の鏃がずたずたに引き裂く。
同時に、振り下ろされたヴェルファイアの戦槌が獣の女王の一体の下半身を砕き、残る上半身をオーリスが放った幾条もの紋章術の赤光が次々に貫く。
「おっしゃぁぁぁっ!! 獣の女王、撃破ッスっ!!」
コルトが幅広剣を振りかざして勝利宣言をする。
ヴェルファイアはいつでも相変わらずなコルトに苦笑を浮かべながらも、前方のアコードと後方のソリオを瞬時に見比べて、だが、どちらへ向かうかを決めかねてしまった。
「おい、オーリスの旦那。どっちへ向かう?」
「ここは一旦下がって、ソリオ様と合流すべきだろうな」
「そうね。きっとソリオは何か仕掛けをしているだろうし。一度合流して今後の方針を確かめましょう」
『真っ直ぐコガネ』は意見を統一させると、前方のアコードを警戒しつつも素早く後退する。
現在残る三体の獣の女王はソリオと戦っている。そのソリオは危なげなくその攻撃を防いでいるが、それでも三体同時に相手するのは厳しいだろう。
「じゃあ、ソリオ様を援護しながら、さくっと残りの三体も倒すッスね」
「おいおい。油断するなよ? 慢心は何より恐しい強敵だからな?」
「う……だ、大丈夫ッス! 肝に命じたッス!」
「いや……もう今更だけど、おまえに『肝』はないからな?」
ヴェルファイアのツッコミで、『真っ直ぐコガネ』の面々から適度に力が抜けた。
油断や慢心は確かに恐ろしいが、緊張しすぎても実力を発揮しきれない。それもまた事実である。
つまり、『真っ直ぐコガネ』は今の精神状態がベストと言える。
だが、そんな余裕もすぐに吹き飛ぶことになる。
なぜならば、獣の女王の一体がソリオの防御を掻い潜ってその懐に飛び込み、鋭い爪を彼の脇腹に刺し込む光景を目の当たりにしたのだから。
最初はばらばらに攻めていた獣の女王たちだったが、次第に連携のようなものを見せ始めるようになった。
元々、獣の女王の能力は高い。その高い能力をフルに活用して、この短い間に「連携する」ということを学んだのだろう。
そうなると、さすがのソリオも防御が苦しくなってくる。
ソリオの盾は、獣の女王の爪では貫くことはできない。だが、一度に三方から仕掛けられる攻撃を全て捌くのは、ソリオにとっても簡単なことではない。
冷静に敵の攻撃の軌道を見極め、局所局所に盾を展開。全方位に展開する盾は魔素の消費量が激しい上に、局所的な盾に比べると防御力に劣る。
獣の女王の攻撃は決して軽いものではない。その彼女らの攻撃を完全に無効化するならば、全方位よりも局所的に盾を展開するしかない。
ソリオは三体の獣の女王の動きを見極め、効率的に盾を展開してその攻撃を防いでいく。
だが、ここに来て獣の女王たちは連携のようなものを見せるようになってきた。そのため、ソリオにかかる負担は当然ながら増えることになる。
獣の女王の一体が五本の爪を一つに揃え、槍のように突いてくる。そしてその背後では、もう一体が身体を逸らして大きく息を吸い込んでいた。
──爪の攻撃は囮? 本命はその後ろからのブレスか!
以前の獣の女王との戦いで、彼女が吐き出した高熱の火炎ブレス。その威力を覚えているソリオは、決して無視できるものではないと判断した。
それでも、囮の爪もまた無視できない。ソリオは手にしていた幅広剣を手放すと、両手の指先で二種類の紋章を同時に描き出す。
一つは間近に迫った爪に対する盾。もう一つは後方から吐き出される高熱のブレスに対する盾。
盾の展開は迅速に行われ、二種類の攻撃を防ぐことに成功した。
爪を右手で描いた盾で弾き、ブレスを左手で描いた盾で防ぐ。
しかし、獣の女王が吐き出した高温の炎は、爪で攻撃をしかけた仲間をも飲み込みながらソリオを襲う。
だが、それでも盾を展開したソリオにダメージを与えることはできない。
しかし、ダメージを与えることこそできなかったものの、その激しい熱と輝きは一瞬とはいえ彼の視界を奪っていた。
そう。
この二体の獣の女王による連携攻撃は、最初からどちらも囮だったのだ。
激しい炎の奔流が消えた時。ソリオの視界の隅──足元にそれはいた。
獣の女王の一体が吐き出した激しい炎ブレス。そのブレスに半分以上身体を焼かれながら、それでもソリオが視界を奪われていた僅かな隙を突いて、別の一体が彼に肉薄していた。
足元から伸び上がるように爪を突き出す獣の女王。彼女が動く度に炭化した身体の一部がぼろぼろと崩れていくが、彼女はそんなことは意にも介していない。
既に盾の展開は間に合わない。それでも最後の抵抗で身体を捩るソリオだが、彼は半ば崩れ落ちた獣の女王の顔に、確かな笑みを見た。
それは勝利を確信した笑みだったのだろう。
身体を崩れさせながら、それでも尚鋭い爪先がソリオの脇腹を刺し貫く。
飛竜素材の鎧が爪先を阻むが、それも一瞬だけ。鋭い爪は易々と鎧を突破する。
鎧、鎧下、皮膚、筋肉、脂肪。それらの防御を全て貫いた爪が、ソリオの内臓へと到達した。
ぐしゃり。
確かにそんな音がした。
だが、それは獣の女王の爪がソリオの脇腹を抉った音ではなく。
皮膚、筋肉、脂肪といった全ての防御を突破した爪が、いよいよソリオの内臓へと差しかかろうとした直前。
それは真上から落ちてきた。
すらりとした白くて形の良い足。その足の踵が、半ば崩れかけていた獣の女王の頭を容易く粉砕。
そのまま身体まで粉々に砕きながら、それはソリオを守る壁となって彼の前に立ち塞がる。
「私にとって……いえ、我がクリノクロア伯爵家にとって、ソリオ様は大恩あるお方……そのソリオ様を傷つけることは、この私が許しませんっ!!」
それはまるで主君を守る騎士の如く。
美しき最強の吸血姫が、ソリオを守るために舞い降りたのだった。
やっぱり全裸で。
『無敵の盾』更新。
さて、遂に裸族の姫君も前線に参戦(笑)。
これでオールキャストかな?
なんとか、100話までに終わらせたいところです。
では、これからもよろしくお願いします。




