瘴気
三陣の疾風が『真っ直ぐコガネ』へと迫る。
その正体は三体の獣の女王。
彼女たちは特に表情を変えることもなく、無表情のまま剣の如く長く伸ばした爪を振りかざして『真っ直ぐコガネ』へと駆け寄る。
そして、あっと言う間に爪の間合いにヴェルファイアとコルト、そしてオーリスを捉えることに成功した。
だが。
めきょ、と突然変な音がした。
音の正体は、上段から振り下ろされた戦槌が獣の女王の頭を見事に捉え、そのまま足元に叩きつけて潰した音だ。
同時に、柔らかい何かを貫く音が二つ。それはコルトの剣とオーリスの斧槍が、残る二体の獣の女王の心臓と喉を貫いた音だった。
以前あれだけ苦戦した獣の女王相手に、『真っ直ぐコガネ』は実にあっさりと勝利を収めていた。
「……何だよ? 似ているのは見てくれだけで、中味は全く別物じゃねえか」
「ま、所詮は再生魔人なんてこんなものッスね。お約束ッスよ」
実際、現れた獣の女王の戦闘力は、以前に戦ったあの獣の女王に比べるとかなり劣っていた。そのことを、ヴェルファイアたちは彼女たちの動きから見抜いたのだ。
「どうやら素の能力は獣の女王と同じようだが……この獣の女王たちには経験がないのだろう」
ぶん、と手の中の斧槍を回転させつつ、オーリスが冷静に分析する。
言わば、今回現れた獣の女王たちは赤子のようなものだ。
オーリスの言う通り、その基本的な能力はかつての獣の女王と遜色はない。だが、新しい彼女たちには、圧倒的に経験というものがなかった。
反面、『真っ直ぐコガネ』たちはかつて獣の女王と戦った時よりも、遥かに強くなっている。
強さとは、言い換えれば場数と経験と言えるだろう。
しかも、装備面でも以前よりも勝っている。加えて、ソリオとスペーシアの二つの系統の魔術による援護もある。
そんな今の『真っ直ぐコガネ』に、生まれたばかりの獣の女王が歯が立つはずがない。
「ほほう。なかなかやるではないか。伊達に私の元へと乗り込んで来たわけではないようだな」
自身が生み出した獣の女王たちを、文字通り一蹴した『真っ直ぐコガネ』にアコードが感嘆の声を漏らした。
「だが、これぐらいで我が最高傑作を倒したと思ってもらっては、困るというものだからして」
再びアコードの口角が釣り上がる。
それに合わせるかのように、魔獣の身体の上に横たわっていた三体の獣の女王たちが、糸を引かれるように起き上がった。
感情の篭もらない六つの瞳が、再び『真っ直ぐコガネ』へと向けられる。そして、彼女たちの口から黒い霧のようなものが吐き出されたのは次の瞬間だった。
獣の女王たちが吐き出したモノ。それは瘴気だった。
異界の魔獣たちが吐き出す、この世界の生物にとっては極めて有害なもの。それが瘴気だ。
かつて、ソリオの両親である魔道皇と竜王も、この瘴気には散々苦しめられた。特に竜王は、異界の魔獣との最終決戦の際に瘴気を浴びすぎ、結果としてその寿命を縮めてしまっている。
現在各地で起きている小型魔獣との戦いでも、魔獣そのものによる直接的な被害もさることながら、瘴気によって体調を崩すものが出始めている。
このまま各地の戦局が長引けば、アコードと魔獣側がどんどん有利になっていくだろう。
そんな濃密な瘴気が、『真っ直ぐコガネ』目がけて吐き出される。
瘴気は呼吸を通じて体内に侵入し、ゆっくりと身体を蝕んでいく。こればかりはいくらソリオの防御魔法も防ぐことはできない。
だが。
「甘いぜっ!! おまえたちが瘴気を使うのは事前に分かっていたからなっ!!」
「そう言うことッス!!」
「あのね? あなたには瘴気、始めから無害だからね? そもそもあなたって呼吸していないし」
「我々には魔道皇陛下と竜王陛下が遺してくださった、瘴気に関する知識があるからなっ!!」
『真っ直ぐコガネ』は平然と瘴気を突っ切り、獣の女王たちへと追撃を加える。
オーリスの言うように、彼らは瘴気について熟知していた。2000年前に瘴気によって苦戦を強いられた二人の王が、瘴気に関する情報をザフィーラに託していたのだ。
紋章術を以てしても防ぐことのできない瘴気。だが、神聖術ならば瘴気を浄化することができる。
今、『真っ直ぐコガネ』には神聖術を使うことのできるスペーシアがいる。スペーシアの行った神聖術の加護によって、『真っ直ぐコガネ』は瘴気を無効化しているのだ。
尤も、約一名ほど最初から瘴気の影響を受けない者もいるが。
濃密な瘴気を真っ正面から突っ切るとは思いもしていなかったのだろう。三体の獣の女王は、この時初めて感情──驚愕──を露にした。
頭部を半分以上潰された獣の女王がその首をオーリスの斧槍で斬り飛ばされ、喉を貫かれた獣の女王がヴェルファイアの戦槌で腰を砕かれ、心臓を潰された獣の女王はコルトの幅広剣で頭を割られる。
そして、倒れた三体の上に無数の氷の槍が降り注ぎ、その身体を完膚なきまでに破壊した。
「なんだ。やっぱり呆気ないじゃねえか」
「だから言ったじゃないッスか。再生魔人なんてこんなものだって」
「ヴェルくんたち自身が以前より強くなったことだ。胸を張りたまえ」
以前のように炎を吹き上げて燃え尽き、塵となった獣の女王たちを文字通り乗り越え、『真っ直ぐコガネ』は改めてアコードに視線を定めた。
「うむ、素晴らしい。我が最高傑作をここまで容易く倒すとは。正直、君たちの実力を見誤っていたようだ」
ぱちぱちぱちと手を叩きながら、アコードがヴェルファイアたちを褒め称える。
「だが、これならばどうかね?」
アコードの言葉が終わると同時に、再び獣の女王が現れる。しかも、今度は十体。
それを見て、さすがにヴェルファイアたちも眉を寄せた。
「くくく。もしかして、私の魔素が尽きるのを待っているのかね? だが、その考えは甘いと言わざるを得ないぞ?」
アコードの指摘に、『真っ直ぐコガネ』は内心で冷や汗を流す。
アコード自身の再生能力も、こうして獣の女王を生み出す能力も、全ては巨大な異界の魔獣の内部に蓄えられた膨大な魔素によるものだ。
だが、その魔素も決して無尽蔵ではない。使えば、いつかは尽きる。
そして、それこそがヴェルファイアたちの狙いでもあった。
敵の攻撃を凌ぎつつ、相手に魔素を使わせる。そうすれば、やがてアコード──正確には異界の魔獣──の魔素も尽きるだろう。それが彼らの計画だったのだ。
「今、私の分身である小型の魔獣どもが各地に散らばっているのは知っているな? 小型の魔獣どもは、各地でありとあらゆるものを食らい、そこに内包されている魔素を取り込んでいる。そして魔獣どもが取り込んだ魔素は、母体である巨大魔獣の中に蓄えられていく。つまり、小型の魔獣を根絶やしにしない限り、私の魔素が尽きることはないのだからして」
自慢気に手の内を明かすアコード。だが、ここで手の内を明かしても、『真っ直ぐコガネ』に手の打ちようがないのは確かだった。
「さて、どうするかね?」
アコードがまたもや嫌らしく嗤う。
だが、笑ったのはアコードだけではなかった。『真っ直ぐコガネ』の面々もまた、笑みを浮かべたのだ。
そのことに気づいて、今度はアコードが眉を寄せる。
「何のために、俺たちの大将が前線に出張っていないと思っているんだ?」
「そういうことッス。あまりあっしらを……いや、あっしらのリーダーを舐めるんじゃないッスよ?」
「彼のことだから、とっくに何らかの手を打ってあるはずだわ」
「我が主君、甘く見てもらっては困るな」
『真っ直ぐコガネ』が、笑う。
彼らの笑みはアコードのような嫌らしいものではなく、心の底から仲間を信頼しているからこその自信の篭もった明るい笑み。
その笑みに釣られたわけではないだろうが、アコードは『真っ直ぐコガネ』の背後へと目を向けた。
そして、彼は見る。
風を孕んで悠然と翻る一本の旗と、その旗の下で祈りを捧げる女性。そして、その前に立ち剣を構えている燃え盛る炎の色の髪と、青空の色の瞳を持った少年……いや、青年を。
更には、翻る旗に輝く紋章。
「き、貴様……っ!! そ、その紋章は……っ!?」
紋章師でもあるアコードは、その紋章が何を意味するのか一目で理解した。
ソリオの足元が爆ぜ、そこから大量の触手が現れる。
風に翻る戦旗。そこに刻まれた紋章を見た瞬間、アコードはソリオこそが真っ先に倒すべき標的だと認識した。
現れた無数の触手は、あっと言う間にソリオを、スペーシアを、そして突き立てられた戦旗を飲み込む。
触手はぎしぎしと音を立て、内側に飲み込んだソリオたちを押し潰す。
その光景を見て、アコードが再び嗤う。だが、その嗤いはすぐに収まり、彼は忌々しそうな表情を浮かべる。
複雑に絡み合い、まるで黒い肉団子のようになっていた触手たち。その触手が解ける。
もちろん、アコードがそのように操ったのだ。
そして、解けた触手の中からそれは現れた。
先程同様に、翻る戦旗と何事もなかったかのように祈りを捧げ続ける女性。そして、剣を構える青年。唯一先程と違うのは、彼らの周囲を光り輝く半円形の障壁のようなものが覆っていることか。
「悪いけど……損害は皆無だよ?」
その障壁の中で。
剣を構えた青年がにかりと不敵に笑った。
『無敵の盾』更新。
いよいよ、ラストバトルも大詰め。
とか言いながら、もっと二転三転させた方がいいかなとも考えていたり(笑)。
ぶっちゃけ早く終わらせたいという思いもあって、正直頃合いを図りかねていたりもします。
さあ、もう一踏ん張りですな!
では、これからもよろしくお願いします。




