強敵再び
それはにぃ、と嗤った。
頭部の半分近くを戦槌で吹き飛ばされながらも、尚もにぃと嗤ったのだ。
いや、それが損なったのは頭部だけではない。
頭部と同時に心臓も幅広剣で貫かれ、完全に破壊されていた。
破壊されていた────はずだった。
「くくく。それでは……そんなヌルい攻撃では、今の私は倒せんぞ?」
それなのに釣り上げた口元を更に釣り上げて。
それは、嗤ったのだった。
「では、これならばどうだ?」
それ──アコード・ハイゼッドが笑みの形に釣り上げた口元に、ずん、と大質量の物質が突き刺さった。
アコードの口から喉を貫通し、ぶちぶちという音と共に胸筋と肋骨を破壊して飛び出して足元に突き刺さったのは、上空から投擲されたオーリスの斧槍だ。
紋章術で跳躍力を増したオーリスは、アコードの隙を突いて上空に跳躍、高所による位置エネルギーをも乗せた重量級の一撃を見舞ったのだった。
ソリオの紋章術で攻撃力を増した斧槍は、露出しているアコードの上半身のほとんどを見事に破壊した。
だが。
「無駄だよ、無駄。この程度では今の私は倒せんのだからして」
だが、それでも尚、アコードは嗤っていた。
そして、アコードの身体の再生が始まる。
ヴェルファイア、コルト、オーリスが彼の身体に刻み込んだ破壊の痕跡が、見る見る内に消えていく。
「どうかね? 今の私は魔獣と一体化することで、既に人間を超越している。この程度の傷、瞬く間に消え去り全くダメージにはならないのだから────あばばばばばばばばっ!!」
得意満面な顔で言葉を続けていたアコードが、不意に意味不明な叫び声を上げた。
その原因は、後方より放たれた無数の鏃。その鏃は普通の鉄製ではなく氷でできていた。
もちろん、ポルテの精霊術による攻撃だ。いつかの屍の巨人を葬り去った、あの氷の散弾である。
氷の散弾はしばらく続いたが、やがて停止した。そして、それまで存在したアコードの身体は完全に消え去り、彼の上半身が生えていた柱のような角が残るばかり。
ソリオたちの顔に一斉に笑みが浮かぶ。だがそれは一瞬だけで、すぐに彼らは眉を顰めることになる。
残されていた柱から、再びアコードの上半身が出現する光景を目の当たりにしたのがその原因であった。
「……ふむ、なかなか威力のある攻撃だ。誉めてやろう。だが、私を倒すには及ばんよ?」
と、アコードはまたもやにぃと嗤うのだった。
「…………こいつは思っていた以上にやっかいだね」
手にした戦旗を握り締めながら、ソリオがぽつりと零した。
「どうするの?」
その呟きは傍にいたスペーシアの耳に届いたようで、彼女はどこか不安そうに自らの伴侶に尋ねる。
「……確かにやっかいだけど、全く手がないわけじゃない」
ソリオは視線をアコードから離すことなく、肩越しに彼女へと応える。
「それにはスペーシアの協力が必要だ」
「分かったわ。私は何をすればいいの?」
ソリオは振り返ることなくスペーシアに作戦の内容を伝える。そして、すぐにその作戦のための準備に取りかかった。
彼の指先が淡い光を灯し、ゆらゆらと揺れる。淡い輝きは幾つかの紋章となり、紋章はソリオの戦旗へと刻み込まれていく。
そして用意した全ての紋章を戦旗へと刻んだソリオは、足元に戦旗の石突きを突き立てた。
巨大な魔獣の身体──蛇でいえば頭部に当たるか──の上で、ソリオの戦旗が風を孕んでばさりと雄大に翻る。
紋章が刻まれたのは戦旗だけではない。ソリオの傍らにいるスペーシアの胸元にも、一つの紋章が刻まれて光を放っていた。
「スペーシア、頼む。君のことは必ず俺が守る」
「ええ。あなたが守ってくれるのなら、何も心配はないわ」
二人は信頼の篭もった視線を交わすと、それぞれの役目を果たしていく。
スペーシアはその場に跪き、自身を守護する代行者へと祈りを捧げる。そして、ソリオはそんな彼女を守るため、腰に佩いていた幅広剣を引き抜いた。
「さて、ここからが本番だな……!」
ソリオは幅広剣の切っ先をアコードへと向けながら、誰に告げるでもなく呟いた。
ソリオとスペーシアが何やら企んでいる間も、残りの『真っ直ぐコガネ』のメンバーは戦い続けていた。
彼らとて、ソリオとスペーシアが何やら始めたことには気づいている。そして、ソリオが何かを始めた以上、それには何らかの意味があるはずなのだ。
それが何かは今の彼らには分からない。だけど、彼らはソリオたちを信じて己の役目を全うする。
ヴェルファイアとコルトが前衛として攻撃を加え、ポルテも後方から精霊術で打撃を与える。
そしてオーリスは中衛として、時にヴェルファイアたちと共に斧槍をふるい、時にポルテと共に魔法での攻撃に加わる。
「だから、無駄なのだよ。いくら攻撃して私の身体を破壊しても、すぐに再生するのだからして」
ヴェルファイアの戦槌がアコードの頭を粉砕する。これで何度アコードの頭部を破壊しただろうか。
同じようにコルトの剣が腕を斬り落とし、内臓を貫く。後方より飛来した氷柱と赤光が、次々にアコードへと突き刺さる。
それでも、アコードは何度でも再生する。破壊された頭部が、斬り落とされた腕が、ずたずたになった身体が、見る間に元に戻っていく。
「……いい加減、諦めたらどうかね? 今の私は不死身なのだよ!」
それまで特に防御行動を取るでもなく──あれだけあった触手さえ、いつの間にか消えていた──、暴風のごとき攻撃を甘んじて受け続けていたアコード。
ずっと嗤っていた彼も、全く諦める気配を見せない『真っ直ぐコガネ』に、苛立ちを感じ始めていた。
嗤いが消え去り、変わりに不快そうな表情がその顔に浮かぶ。
「……本当に諦めが悪いね、君たちは。そろそろ私も飽きてきたよ。それに……その諦めの悪さ、あの忌々しい男と女を思い出してとても不愉快だ」
脳裏に浮かんだ一組の男女の面影を振り払うように、アコードは再生したばかりの両腕を振り上げた。
それと同時に、ヴェルファイアたちの足元からびりびりとした震動が伝わってくる。
「な、何だっ!?」
「もしかして、また触手どもが現れるッスかっ!?」
「何が起こるか分からん! 警戒は怠るなっ!!」
「ソリオたちが何かやっているみたいだから……ここが私たちの踏ん張りどころだからねっ!!」
一旦攻撃の手を止め、周囲に警戒の視線を走らせる『真っ直ぐコガネ』。
そして、それはそんな『真っ直ぐコガネ』の足元から現れた。
「ちょ、ちょっと待って欲しいッス。ここでコイツが登場するなんて聞いてないッスよっ!!」
辟易とした口調でコルトが言う。
見れば、口にこそしていないものの、ヴェルファイアもポルテも嫌そうな表情を浮かべていた。
そして、残るオーリスはと言えば、とても厳しい視線を現れた者たちへと向けている。
現れたのは、漆黒のドレスを纏った、人間で言えば二十歳少し前ぐらいの美しい少女。そして何より、『真っ直ぐコガネ』の面々はその少女のことをとてもよく知っていた。
「まさか、ここで獣の女王が再登場とはな……」
そう。ヴェルファイアたちの前に現れた者は、かつて死闘を繰り広げた獣の女王だったのだ。
彼ら『真っ直ぐコガネ』が、コーラルの街を守るために獣の女王と戦った記憶はまだまだ新しい。
そして当事者だった彼らは、獣の女王がどれだけ強敵であるのか、嫌というほど実感している。
しかも、現れた獣の女王は一体ではなく、三体もの獣の女王が『真っ直ぐコガネ』の視線の先、アコードの傍らに出現していた。
「くくく。彼女こそ、私が生み出した最高傑作! その最高傑作が三体だ! いかに君たちの諦めが悪くとも、これでは今度こそ諦めるしかあるまい?」
再び嗤いを浮かべたアコードは、心底楽しげに言う。
「では、君たちには死を。なに、君たちの身体はなかなか優秀そうだから、死んだ後は有効に使ってあげよう。そう……君たちの身体を魔獣たちに移植すれば、魔獣はもっと強力になるだろうからして」
アコードの言葉が終わると同時に、三体の獣の女王が動き出した。
文字通り獣のような速度で肉薄する獣の女王たち。
彼女のその動きを見て、ヴェルファイアとコルトの眉がきゅっと顰められた。
白く細い獣の女王の指。その指先にちょこんと乗っている形の良い爪が、ぎちぎちと音を立てて伸びる。
そして、剣の如くに変化した両手の爪──合計10本の剣呑な爪──を、獣の女王が『真っ直ぐコガネ』に向かってふるった。
『無敵の盾』ようやく更新できました。
活動報告でも告げましたように、現在は仕事の方が繁忙期に入っており、更新頻度が低下しております。
それでも何とか続けていきますので、気長にお待ち頂けると幸いです。
では、これからもよろしくお願いします。




