2000年を超えた因縁
巨大な鷲の鉤爪が翻る度、魔獣たちがぼとぼとと地上へと落ちていく。
魔獣を狩り続ける鷲の行動は、良く言えば意欲的に敵を打ち倒す戦士の姿。だが、悪く言えば……八つ当たり。
どうやら鷲──プラウディアはソリオにいつの間にか配偶者を得ていたこと、そして、その配偶者の胎内には新たな命が宿っていることを知り、言い表しようのない感情を魔獣にぶつけているようだった。
「……そ、そうでしたか。ソリオ様には既に奥様と、生まれていないものの子供まで……そ、それはおめでとうございます……」
ソリオから事情を聞かされた時の光のない虚ろな瞳でそう応えたプラウディアの姿を、『真っ直ぐコガネ』の面々は忘れることができない。
「…………凄いな、あの姫様。魔獣相手に憂さ晴らしか……」
「……凄いと言うより、あそこまで行くとちょっと哀れね……」
「……そんなにソリオ様に未練があったンスね……」
「……正直、魔獣に対して同情するという感情を抱くとは思わなかったな……」
ヴェルファイアが、ポルテが、コルトが、オーリスが。
どこか生暖かい目を、ぼとぼとと落ち続ける魔獣たちに注ぐ。
そして、当事者であるソリオとスペーシアだけが、どこか困ったような顔で視線を宙に泳がせていた。
今、『真っ直ぐコガネ』が何をしているのかと言えば、彼らはひた走っていた。巨大な魔獣の身体の上を、頭部と思われる方へと向かって。
当然ながら彼らの周囲には無数の魔獣が群れ、隙あらば襲いかかってくる。
だが、そんな魔獣たちはプラウディア率いる吸血族の飛行部隊が、片っ端から叩き落としていく。
もちろん、吸血族の部隊も無傷というわけにはいかず、一人、また一人と魔獣の牙や爪にかかって命を散らしていく。
プラウディアを始めとした吸血族の戦士たちには、スペーシアの神聖術による防御魔法がかけられている。それでも、魔獣の攻撃を全て防ぐことはできない。
しかし、吸血族の戦士たちは死を恐れることなく、魔獣と激しい空中戦を演じている。
「急ごう。俺たちが少しでも早くあいつを倒せば……この戦いは終わるんだ」
そう告げたのはもちろんソリオである。
彼の両親たちが生きていた時代──今から2000年前から続く、因縁を終わらせるために。
巨大な魔獣の頭部から生えた柱。もしかすると、それは角なのかもしれない。
その角か柱か判断のつかないものから、上半身だけが生えているような奇妙な存在。それが現在のアコード・ハイゼッドの姿だった。
そんなアコードは、上半身だけを柱から露出させた姿で腕を組み、目を閉じて何かを考え込んでいるかのようだ。
「…………ふむ。我が分身たちはこの世界のあちこちから、順調に魔素を集めているようだな」
彼──と言うか巨大な異界の魔獣が産み落とした小型の魔獣たち。その魔獣たちが世界中から集めた魔素が、アコードが融合している巨大魔獣へと流れ込んでくる。
既に大量の魔素が巨大な魔獣の体内に集められ、今ある量の魔素だけで1000年は余裕で活動できるだろう。
「このままこの世界を食らい尽くし、その後は別の世界にでも渡るか。世界を渡る方法は……まあ、これからゆっくりと探せばいいことであるからして」
と、それまで閉じられていたアコードの瞳が開く。
アコードはずりゅっという不気味な音と共に、柱から生えている上半身を移動させる。どうやら、柱からは出られないものの、この柱だけならばどこでも移動できるらしい。
彼が移動したのは、それまで向いていた方とは真逆の方向。即ち、巨大魔獣の首から胴体に該当する部分の方である。
「おやおや。こんな所にお客様とは珍しいな」
アコードの口元が楽しげに歪められる。そして、彼が視線を向けた方向から、数人の若い男女が姿を見せた。
「んん?」
その数人の男女の中で、先頭を駆ける旗を手にしている若者にアコードは目を向けた。段々と近づいてくるその若者は、彼がよく知っている人物にとても似ていたのだ。
「竜王陛下……? いや、竜王陛下は女だ。だが、あの若者はどう見ても男性であるからして。それに……」
アコードはその若者を更に注視する。特に、その若者の燃え上がる炎のような赤い髪を。
「あの髪の色……憎き魔道皇を思い出させる」
自分を辺境へと追いやった憎きクリソコラ帝国の若き支配者。どことなくだが、あの若者からはその魔道皇と似通ったものを感じる。
一体あの若者は何者だろうか。首を傾げつつ、それでも若者たちから目を離さないアコード。
そして、遂に若者たちがアコードの目前に到達した。
巨大な魔獣の頭部に存在する、柱のようなもの。
その柱から上半身だけを生やした姿で、その男は腕組みをしつつじっとソリオを凝視していた。
「おまえが……アコード・ハイゼッドか?」
手の中の戦旗を握り直しつつ、『真っ直ぐコガネ』の先頭に立つソリオが尋ねる。
「如何にも。この私がアコード・ハイゼッドであるからして。して、どうして君は私の名前を知っている?」
アコードは自分がどれだけの時間を封印されていたのか、まだ詳しくは知らない。だが、相当長い時間封印されていただろうという見当はついていた。
彼が小型の魔獣を通して見聞きした今の世界は、彼が知っていた世界とはまるで違うものだったからだ。
それゆえの先程のアコードの問いかけだが、その答えは赤い髪と空色の瞳を持つ少年の隣に立つ人物を認識したことで、すんなりと答えを得ることができた。
「貴様は……オーリス……オーリス・アンバーか……? 我がハイゼッド家に仕える身でありながら、蛮族に尻尾を振った忌々しい裏切りの騎士……ど、どうして貴様が……この時代でまだ生きている……?」
「それに答える義理も義務もない。私はここで……貴様を打ち倒すのみ!」
斧槍を切っ先をアコードへと突きつけるオーリス。同時に、『真っ直ぐコガネ』は戦闘の体勢に入る。
ヴェルファイア、コルトを先頭に、その背後にオーリスとソリオ。そして、最後方にポルテとスペーシアが控える。これが『真っ直ぐコガネ』の戦闘フォーメーションである。
素早く戦闘体勢を整えた『真っ直ぐコガネ』を目の当たりにして、アコードはにやりとその口元を更に歪めた。
「ふ、まあ、いい。どうせこの世界は丸ごと私にとっては敵なのだろう? その敵の中に旧知の人間が一人いたところで、大差などありはしない。全ては────」
戦闘体勢を整えた『真っ直ぐコガネ』を、不意に震動が襲う。
宙に浮かんでいるポルテ以外は、突然の震動に戸惑った様子を見せるも、それでも視線は敵であるアコードから離れることはない。
「────食らい尽くせばいいだけのことだからして!」
アコードが両腕を振り上げる。それに合わせて、『真っ直ぐコガネ』の周囲に無数の触手のようなものが出現した。
最初に響いたのは、歌声だった。
いや、その歌声が聞こえた者は誰もいない。なぜなら、その歌声は精霊とその盟友である精霊術師にのみ聞こえるものだからだ。
その歌声が聞こえたと同時に、この場に新たな者が姿を見せた。
小さな、真っ白な姿。それは氷の精霊であった。精霊術師であるポルテが契約を結んでいる、氷精のエンジェライトが、ポルテの要請に応えて姿を見せたのだ。
小翅族であるポルテによく似た姿を持つ氷の精霊は、ポルテに寄り添いながら精霊の歌を歌い上げる。
歌声に応えて、彼女たちの周囲に氷の槍が出現した。その数はざっと50以上。
そして、次に動いたのは二人。
その内の一人は代行者に加護を願う。もう一人は、指を宙にさらさらと踊らせた。
加護を願ったのは、選別者であるスペーシア。そして、指を踊らせているのはもちろんソリオだ。
選別者の祈りに応え、代行者は自らが選別した者とその仲間たちに加護を与えた。
代行者の加護は防御力の上昇と、敵が使用するであろう魔術への抵抗力を高める。
一方、ソリオが描いた紋章は、直接打撃組の攻撃力を高めるもの。加えて、周囲に満ちる瘴気への耐性も付与する。
代行者の加護が降り、紋章が各自の身体に染み込むように消えるのに合わせて、ポルテが氷槍を前方に向かって一気に解き放つ。
『真っ直ぐコガネ』の周囲に出現した触手たちは、この氷槍に撃ち抜かれた。
氷槍に撃ち抜かれ、千切れ飛ぶ触手たち。宙を舞った触手は、そのまま魔獣の体表に落ちることもなく、空気に溶け込むように消えていく。
そして、触手の群れにポルテが穿った穴を潜り抜け、ヴェルファイアとコルトが飛び出した。
「おおおおおおおおおおっ!!」
「ひぃぃぃやっはぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びと奇声を上げながら、『真っ直ぐコガネ』が誇るツートップが群がる触手をなぎ倒す。
しかし、巨大な魔獣の身体から出現した触手は無数。しかも、倒しても倒しても、次から次に新たに出現する。
ポルテの精霊術で前方こそやや層が薄くなったものの、それ以外には数えるのも面倒なほどの数の触手がひしめき合っている。当然、それらの触手がただ群がっているだけのわけがなく、触手たちは『真っ直ぐコガネ』へと襲いかかった。
触手の先端がぱくりと割れ、そこにぞろりとした牙が覗く。牙の間からは瘴気が立ち上り、何とも言えない悪臭が周囲に満ちる。
しかし、触手が『真っ直ぐコガネ』を害することはできなかった。『真っ直ぐコガネ』へと近づいた触手たちは、片っ端からポルテの精霊術によって駆逐されていったのだ。
氷の槍に合わせて、真紅の光も瞬く。その光は攻撃的な魔力を蓄えた紋章術。繰り出したのはオーリスである。
オーリスが次々に紋章を描き、紅光を放って触手を迎撃する。
氷の槍と真紅の光。この二つに遮られて、触手は『真っ直ぐコガネ』に近づけない。
時折、幸運に恵まれたのか、氷の槍と真紅の光を掻い潜った触手もいる。だが、それらはソリオが作り出した盾に阻まれ、勢いを削がれたところを彼の戦旗で貫かれて消滅していく。
一方、アコードへと肉薄したヴェルファイアとポルテは、立ち塞がる触手群をなぎ倒して突き進む。
紋章術と神聖術。二つの補助魔法を受けたこの二人を止めることは、例え異界の魔獣の身体の一部であろうとも簡単ではない。
ヴェルファイアの戦槌が触手を粉砕し、コルトの幅広剣が触手を斬り裂く。
その勢いは衰えることなく、二人は遂に標的であるアコードの元へと辿り着いた。
ヴェルファイアが戦槌を振りかぶり、コルトが刺突の構えを取る。そして、二人は見事なタイミングで、同時に攻撃を繰り出した。
ヴェルファイアの戦槌が唸りを上げてアコードの頭部を襲い、コルトの幅広剣が空気を切り裂いてアコードの胸を目指す。
ぐしゃりという音と何かを貫く音が、同時に辺りに響く。
それは、戦槌がアコードの頭部を熟れた果物のように粉砕し、幅広剣が正確にアコードの心臓を刺し貫いた音であった。
『無敵の盾』更新。
ようやくラストバトルです。
このまま春が来るまでに完結できるといいな。
あと少しだけ、お付き合いいただけると嬉しいです。
では、今年もよろしくお願いします。




