裸族再び
ぎちぎちぎち。
牙の噛み合わされる音がする。
しゃくしゃくしゃく。
何かを咀嚼する音がする。
ざんざんざん。
幾つもの足音が響く。
巨大な異界の魔獣より産み落とされた、小型の魔獣たち。
それらは世界中にじわじわと広がり、ヒトと言わず動物と言わず、何でも齧りとっていく。
岩が。木が。水が。この世界にある全てのモノは、魔獣たちの糧なのだ。
正確に言えば、岩や木や水に含まれる微量の魔素こそが、彼らの求めるもの。魔素さえ含んでいれば、動物でも鉱物でもなんでもいいのだ。
そして、小型の魔獣たちが得た魔素は、眼には見えないラインでもって「親」である巨大魔獣へと集められる。
本来この世界には属さない魔獣たちが、この世界に留まるためには大量の魔素が必要なのだ。
様々なものから魔素を集める魔獣たち。そして、魔獣たちは魔素の代わりに瘴気を周囲に撒き散らす。
もしかすると、瘴気は魔物たちの排泄物なのかもしれない。
だが、魔獣があらゆるものから魔素を集めることは、ヒトにとっては救いとなっているのも事実だった。
もしも魔獣たちが木や岩に興味を示さず、ヒトなどの生物だけにその標的を絞っていたらば。ヒトには今以上の大きな被害が及んでいただろう。
それでも、魔獣たちはヒトの多くの町や村に襲いかかっていた。そこに住むヒトを食らい、ヒトが宿した魔素を己の糧とするために。
空を埋め尽くす無数の魔獣の群れ。その群れの中を、淡く輝く球体が猛スピードで飛翔する。
だがその淡い輝きは、魔獣たちが吹き出す瘴気で遠目には見えない。それほど、その球体の周囲には瘴気が満ち溢れていた。
無論、無数の魔獣の身体そのものも視界を遮る。
『栄光なる我が息子号』の甲板より飛び立った『真っ直ぐコガネ』。ソリオの「盾」の効果で魔獣の接近こそ許さないが、目標である大型魔獣までの道のりは果てしなく遠かった。
いや、物理的なことで言えば、それほどの距離はない。だが問題なのは、大型魔獣との間に無数に存在する小型魔獣の存在だ。
魔獣の身体が障害物となり、『真っ直ぐコガネ』の進路を阻む。
また、ソリオが「盾」を展開するということは、そこに魔素が集まるということでもある。
魔獣たちは魔素を求め、わらわらと『真っ直ぐコガネ』を包む球体に群がってくるのだ。
「くそぅ、前が見えないッスっ!! 本当に邪魔ッスね、この魔獣どもはっ!!」
輝く球体の内部で、コルトが忌々しそうに頭を掻き毟る。
それに合わせて彼女の金髪がくしゃくしゃと乱れる様を見て、残りのメンバーは相変わらず無駄に精巧な幻覚だなと感心するやら呆れるやら。
「とは言え、こればっかりはどうしようもねえなぁ」
進路上にひしめく魔獣の群れを見て、ヴェルファイアがぼやく。
と言うのも、魔獣からソリオたちに手出しできない代わりに、こちらからも魔獣に攻撃を加えることができないのだ。
今も球体の「盾」の表面に取り付き、がじがじと牙を突き立てる魔獣たち。だが、ソリオの強固な「盾」はそれを許さない。
結果、無数の魔獣に集られて、『真っ直ぐコガネ』は空中で立ち往生している状態だった。
「こうなったら球状のこの結界を解いて、確固で魔獣を撃破して進みますか?」
愛用の斧槍を手にしながら、オーリスがソリオの進言する。
しかし、その提言にソリオは首を横に振ることで応えた。
球状のこの「盾」を解き、それぞれで魔獣を撃破しながら進めば、確かに道は切り拓けるかもしれない。
だが、それにはソリオにかかる負担が大きすぎる。無数の魔獣の攻撃を、オーリスたちが全て躱せるという保証はない。
しかも、接近戦には不慣れなポルテやスペーシアもいるのだ。
それにヴェルファイアやコルトは、もともとソリオが背後から盾で守ることで攻撃に専念する戦闘スタイルだ。今更そのスタイルを変えて戦うことは、極めて危険と言えるだろう。
となると、仲間たちをソリオが一人で守り抜くことになる。そうなるとさすがのソリオでも手が及ばなくなるだろうし、用意した無数の魔素含有水晶も足りなくなる可能性も大きい。
このまま球状の「盾」を展開し続けた方が、ソリオとしては負担は少ないのだ。
だが、このままでは道は開けない。
結局どちらを選んでも、このままでは『真っ直ぐコガネ』には闇が待つばかりであった。
だが。
目の前に広がる闇を、切り裂く存在が現れる。
そして、それは巨大な猛禽の姿をしていた。
突如、飛来した巨大な猛禽──鷲。
その鷲は鋭い鉤爪で、次々に『真っ直ぐコガネ』に群がる魔獣たちを引き裂いていく。
そして、飛来したのは巨大な鷲だけではなかった。
鷹が。隼が。そしてコウモリが。
他にもなぜか翼を持った角のあるウサギとか翼を有した猫や狼といった、よく分からない生き物たちが無数の魔獣へと襲いかかっていた。
そして、『真っ直ぐコガネ』に群がっていた魔獣の数が徐々に減ると、一番最初に飛来した巨大な鷲が、一行を先導するように巨大な魔獣へと飛翔する。
「……アレってまさか……」
「ああ。たぶん……な」
巨大な鷲の姿を見て、コルトとヴェルファイアが言葉を交わす。
いや、その二人だけではない。ソリオもポルテも、あの鷲が何なのか──いや、誰なのか見当がついていた。
分かっていないのは、『真っ直ぐコガネ』に後から参加したオーリスとスペーシアのみ。
「オーリス……あの大きな鷲、一体何なのでしょう?」
「私にも分かりかねますが……どうやら、ソリオ様やヴェルくんたちは分かっているようですな」
二人は顔を見合わせながら首を傾げる。だが、ソリオたちが敵だと判断していない以上、警戒する必要はないだろう。
「よし、彼女の後を追おう」
ソリオが決断すると同時に、輝く球体は前方を飛ぶ巨大な鷲の後を追いかけ始めた。
魔獣に打撃を与えた謎の飛行生物の部隊。
彼らは『真っ直ぐコガネ』を守りながら、先行する巨大な鷲の後を追う。
途中、襲ってくる魔獣たちは、統制の取れた動きで飛行生物たちが撃破していく。
「……あれは、完全に訓練された動きですな」
「そうだね。それもかなりみっちりと訓練されているみたいだ」
見事な連携を見せて魔獣を撃破していく飛行生物たち。それを見てソリオとオーリスはそう判断した。
「……どうやら、伯爵がパイライト帝国の要請を受け入れてくれたみたいだね」
ソリオがそう呟く間にも、飛行生物部隊は次々に魔獣を駆逐していく。
もちろん、飛行生物部隊にも被害は出ているが、その数は数えるほど。互いに互いをカバーするように、しっかりと訓練されている結果だろう。
鷹や隼が魔獣の周囲を飛び交って幻惑し、有角羽根ウサギがその角で魔獣を貫く。
かと思えば、数匹のコウモリがひらりひらりと華麗に舞いながら、その鋭い牙を魔獣の身体に打ち込み、徐々に魔獣を弱らせていく。
そして、先頭を飛ぶのは一際巨大な鷲。この鷲は単体で容易く魔獣を屠る。
ばさりとその翼が力強く大気を打ち、その巨体が軽々と翻る。その度、鋭い鉤爪で切り裂かれた魔獣が、一体、また一体と大地へと落ちていく。
「いやー、ノリノリッスねー、彼女」
「本当なだ。やっぱり、誰かにいいところを見せたいんじゃね?」
ヴェルファイアとコルトがちらりとソリオを見て、いひひと意味深に笑う。
対して、ソリオは顰めっ面。結界と飛行の二つの紋章術を制御しているから、がその顰めっ面の理由ではないだろう。
そして、そんなソリオの背後では、スペーシアがじとっとした眼でソリオの背中を見つめている。
「…………なるほど、彼女……ね。あれが以前にポルテから聞いた……」
どうやら、スペーシアはあの大鷲が誰なのか察したようだ。
「一体何なのでしょうな、あの大鷲は? どうやら味方には違いないようですが……」
「そうだね……」
唯一、大鷲の正体に気づいていないオーリスに、ソリオはげんなりとした顔で答えた。
地味に、背中に突き刺さる視線が痛かった。
これらの飛行生物部隊のお陰で、『真っ直ぐコガネ』は進路を確保し、無事に巨大魔獣まで辿り着いた。
ソリオが結界と飛行の紋章術を解除し、『真っ直ぐコガネ』は魔獣の巨体の上に降り立つ。
そして、彼らを先導していた大鷲もまた、その巨体を魔獣の上へと落ち着けた。
途端、その大鷲の身体がぼわんとしたどこかコミカルな煙に包まれ、中から一人の女性が姿を見せる。
「ソリオ様。お久しぶりでございます」
その女性は、ソリオの顔を見ると輝くように破顔し、深々とその頭を下げた──全裸で。
「やっぱりプラウディアだったんだね」
「はい。パイライト帝国の皇帝陛下からの依頼を受けて、我がクリノクロア伯爵家の飛行兵団、『真っ直ぐコガネ』の皆様の援軍として駆けつけた次第です」
「ありがとう。お陰で助かったよ」
「いえ、ソリオ様と『真っ直ぐコガネ』の皆様は、我がクリノクロア家にとっては恩人。その恩人の窮地をどうして見逃せましょうか?」
輝くような笑みを浮かべてそう告げたのは、もちろんクリノクロア伯爵家の令嬢、吸血族のプラウディア・クリノクロアである。
そして、今もソリオたちの周囲を飛び交いながら、魔獣と交戦しているのは全て吸血族、それも飛行生物へと変身できる者たちだけで編成された、クリノクロア伯爵家の飛行兵団であった。
「兵たちの訓練が少々長引き、作戦の開始に間に合わなかったこと、ここに謝罪致します」
と、プラウディアは再び頭を下げた──全裸で。
「……相変わらず裸なンスね、この姫様は……」
「……まあ、吸血族がそういう風習だからなぁ……」
全裸でいることが普通である吸血族のプラウディアは、異性がいる中で裸でいても全く気にしていない。それどころか、その眩しい裸体を誇るように晒している。
対して、ヴェルファイアは嬉しそうに鼻の下を伸ばしているし、オーリスは顔を真っ赤にさせて視線を泳がせている。
そしてソリオだが、彼は以前とは違って堂々とプラウディアと接していた。
以前のように自分の裸をみて困った顔をするソリオ、というのをちょっとだけ期待していたプラウディアは、あれっといった表情を浮かべた。
そんなソリオの背後から、にこやかな笑みを浮かべて割り込んだのは、もちろんスペーシアであった。
「初めてお目にかかりますわ、プラウディア様。私、ソリオの妻でスペーシアと申します。以後、よしなに」
スペーシアが優雅に一礼する。だが、彼女の言葉の内、「妻」という部分が明らかに強調されていた。
「つ、妻……? そ、ソリオ様に妻……?」
どうやら、プラウディアはスペーシアの存在までは知らなかったらしい。と言うより、後から『真っ直ぐコガネ』に参入した二人までは知らなかったという方が正解か。
そして、ソリオに妻がいたことでショックを受けているらしいプラウディアを見て、ヴェルファイアやポルテ、そしてコルトはまだ彼女がソリオに未練を残していたようだと悟った。
「……案外しつこいッスね、この姫様は……」
「もしかすると、これも吸血族の習性なのかもなぁ……」
「以前はすっぱり諦めたようなことを言っていたけど……やっぱりそう簡単にはいかなかったみたいね……」
もしかすると、異界の魔獣を倒した後にもう一戦、それも魔獣相手とは違った戦いがあるかもしれないなー、と三人は他人事のように考えていた。
いや、実際他人事だった。
『無敵の盾』更新。
最終決戦目前なのに、なぜかシリアスになりませんでした(笑)。
そして、この『無敵の盾』の更新はこれが年内最後になります。年末年始は執筆を少しお休みしまして、年明けは1月6日以降から、また執筆に取りかかる予定です。
年末は大掃除とか、年始はあれこれといろいろありまして(笑)。
来年こそ、完結まで書ききろう。うん。
では、今年一年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。




