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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
魔獣決戦編
85/97

撤退


 突風が巻き怒り、辺りに砂塵が舞い上がる。

 突風の発生点からの距離的な問題で、パイライト帝国の兵士たちの一部──特に軽装の歩兵たち──がごろごろと吹き飛ばされていく。

 グランディスの周囲にいた僅かな騎兵たちも、驚いて浮き足立つ愛馬を諌めるのが手一杯。それでも陣形を崩さなかったのは、さすが近衛に取り立てられているだけはあるといったところか。

 ソリオもグランディスの傍へと移動してきて、舞い上がる砂塵から目を守りつつ、なんとかその場に踏みとどまっていた。

 この突風の発生源は、もちろん異界の魔獣である。

 魔獣のその身体から生えた、まるでトンボのような翅。四対八枚の透明な翅を激しく打ち震わせた魔獣は、その巨体をふわりと宙へ持ち上げた。

 しかも、身体のあちこちから出鱈目に生えた触手がうねうねと蠢いており、その姿は空飛ぶ蛇かミミズというよりも、空飛ぶ毛虫かゲジのようだ。

 魔獣の標的は『栄光なる我が息子号』。

 身体中に生えた触手を不気味に蠢かせながら、魔獣はゆっくりと『栄光なる我が息子号』へ向かって翔んだ。




 空に浮かんだ巨大な魔獣の姿を見て、オーリスは即座にヴェルファイアに指示を飛ばした。

「最大船速! 小型の魔獣どもを振り切れ!」

 その指示に応と答えたヴェルファイアが、飛空船の速度を最大まで上げる。

 船の周囲に群がる小型の魔獣を振り切り、大型との距離も引き離す。だが、飛翔速度に優れた小型の何体かが、『栄光なる我が息子号』に追いすがってその船体に取り付いた。

 爪や牙を船体の装甲に突き立て、ぎちぎちという音と共に食いちぎる。『栄光なる我が息子号』全体から見れば小さな傷だが、それでも積み重なると無視できないものとなるだろう。

「コルトっ!! 引き剥がせっ!!」

「承知っ!!」

 コルトの操作に従って、小型魔獣の腹の下に紋章が浮かび上がる。そこから迸る真紅の光が魔獣を貫いていく。

 『栄光なる我が息子号』の船体に取り付いた小型魔獣たちの数は多くはなく、コルトやポルテ、そしてスペーシアたちの必死の応戦で次々に船体から剥がれていった。

「ほう……船体の表面に自在に攻性の紋章を浮かび上がらせ、死角を殺しているというわけか……おもしろいアイデアだ。まるで憎らしいあの若造……魔道皇あたりが考えそうなアイデアだからして」

 巨大魔獣の鼻先。上半身だけを生やしたアコードが、興味深そうに空飛ぶ船を観察する。

 巨大魔獣と『栄光なる我が息子号』では、圧倒的に『栄光なる我が息子号』の方が速い。そのため、両者の距離はどんどんと大きくなっていく。

「くくくく。折角のご馳走だ。むざむざと逃がすわけにはいかんな」

 ミミズの口吻のような頭部が、ぴきんという音と共に四つに裂けた。

 裂けた口吻ががばりと開き、まるでヒトデのように広がる。その内側にうねうねと小さな触手か牙のようなものが蠢き、それを正視した者は思わず込み上げてきた吐き気を噛み殺すのに必死だ。

 裂けた頭部はどんどんと広がり、その中心部にはぽっかりと穴が。まるで冥府にでも繋がっているかのような、底の知れない深き穴。

 ごう、という音がした。

 それは魔獣の頭部の中心に開いた穴が、周囲の空気を吸い込んだのだ。

 空中を舞っていた砂塵が、魔獣の真下の地面から土くれや石や岩が、更には近くにいた不運な小型の魔獣までもが、空気と一緒に魔獣の胎内へと吸い込まれていく。

 まるで巨大な奔流のように、周囲の空気が魔獣へと向けて流れる。そしてその流れは、遠く離れつつある『栄光なる我が息子号』まで及んだ。




 がくん、という激しい揺れと共に、『栄光なる我が息子号』の速度が目に見えて低下する。

「どうしたっ!?」

「く……っ、何かに船体が引っ張れているようだぜ、旦那!」

「スペーシア様! 船の背後の様子を!」

 スペーシアが背後の様子を艦橋正面のパネルへと映し出す。そこには、頭を四つに裂き、その中心に巨大な穴を開けた魔獣の姿があった。

「……魔獣に……吸い寄せられているのか……?」

 周囲の空気ごと、『栄光なる我が息子号』が魔獣へと引き寄せられている。

 これだけの質量の飛空船を引き寄せるなど、どれほどの力が作用しているのだろう。

「ヴェルくん、振り切れそうか?」

「……正直、厳しいぜ」

 額に汗を滲ませながらヴェルファイアが答える。彼は必死に船を前へと進ませているが、それでもじりじりと速度は下がり続けていた。

 魔獣の吸引力がどこまで持続するのか分からない以上、このままでいるのは悪手だろう。

 オーリスは僅かに悩んだ後、とある決断を下した。




 巨大魔獣へと引き寄せられているのは、何も『栄光なる我が息子号』だけではない。

 地上で布陣していたパイライト軍も、その影響を受けていた。

「うわあああああああああああああっ!?」

 今も悲鳴と共に、数人の兵士が魔獣へと吸い込まれていった。

 兵士たちは必死に地面にしがみつくが、魔獣の吸引力は凄まじい。力尽きた者たちから、一人また一人と宙へ舞い上げられ、魔獣の内部へと吸い込まれていく。

 その光景を、ソリオはグランディスの傍らで見ていた。

 幸い、グランディスがいた本陣は魔獣から距離があり、引き寄せられずに済んでいる。

 だが、それでも腰を落として姿勢を低くしていないと、ごうごうと唸る風に飲まれてしまいそうだ。

 今もまた、兵士の一人が空へと舞い上がり、そのまま魔獣へと引き寄せられて行った。

 思わず駆け出そうとするソリオ。だが、その彼の肩を大きな手が引き寄せたて停止させる。

「…………」

 ソリオを引き止めたグランディスは、沈痛そうな表情でただ首を横に振るだけ。

 彼の顔を見たソリオが、悔しそうに自らの唇を噛む。

 彼とて、決して万能ではないのだ。彼の紋章術を以てしても救えない者はいる。

 そして、その悔しい思いはソリオだけではない。グランディスもまた、自らの身内である兵士たちの無惨な最後を、穏やかならぬ思いで見つめていた。

 悔しそうに空を仰ぎ見るソリオ。その彼の目に、仲間たちが乗る『栄光なる我が息子号』の姿が映る。

 『栄光なる我が息子号』は全速で巨大な魔獣から離脱していくが、その速度が突然低下したのだ。

「『栄光なる我が息子号』までもが……魔獣に引き寄せられている……?」

 ソリオがその空色の瞳を見開く。さすがに引き寄せられてはいなようだが、このままではそうなるのも時間の問題だろう。

 ソリオは反射的に指を動かし、空中に紋章を描こうとする。

 だが、それをまたもやグランディスが止めた。

「止めておけ! 今、お前が空を飛べば、間違いなく魔獣の腹の中だ。そんなこと、おまえの仲間たちは望んじゃいねえだろ?」

 確かにグランディスの言う通りだろう。現に『栄光なる我が息子号』の周囲にいた小型の魔獣たち──それでもヒトよりは大きい──が、次々に魔獣の中に消えているのだ。

 ソリオが空に浮かべば、『栄光なる我が息子号』に到達するよりも魔獣に飲み込まれる方が早いだろう。

「今は自分の仲間たちを信じろ。なぁに、あいつらはそう簡単にやられる連中じゃねえからな」

 真剣な表情でそういうグランディスに、ソリオも頷くことしかできなかった。




「コルトっ!! 魔素のチャージはどうなっているっ!?」

「現在、約半分ってところッス!」

「今のままで撃てるか?」

「撃てなくはないッスけど、威力は落ちるッスよ?」

「構わん! 紋章を集めて砲撃用意!」

「承知ッス!」

 ずびしっと親指を突き出すコルト。そのままパネルの上で手を踊らせ、砲撃の準備を整えていく。

 コルトの操作に従って、『栄光なる我が息子号』の船体表面に無数の紋章が浮かび上がる。

 紋章たちは船体表面を滑るように移動し、繋がり、重なって徐々に大きな紋章へと変化していく。

 そしてその紋章が集まるのは船尾。それはつまり、背後の巨大魔獣へと砲門を突きつけていることになる。

 『栄光なる我が息子号』の船尾に巨大な紋章が浮かび上がる。その数は三つ。それら紋章の輝きが徐々に増していき、その輝きが最高潮へと達する。

 三つの紋章から解き放たれる、空気の流れとは別の光の奔流。その奔流は先程放ったものに比べると弱々しいが、それでも周囲を染め上げるほどの光量を有していた。

 放たれた三条の光は、真っ直ぐに魔獣へと突き刺さる。

 いや、光は魔獣の身体の中央にぽっかりと開いた穴へと吸い込まれていく。

「ま、まさか……攻性魔術の砲撃でさえ飲み込むというのか……?」

 その光景を見ていたオーリスが、思わず戦慄する。

 光の奔流は暗黒に飲まれた。だが、一拍の後、魔獣が苦しげに身悶えをし始めたではないか。

 どうやら、さすがの巨大魔獣も内部に攻性魔術を取り込めば、無事ではすまないようだ。

 魔獣の身悶えと同時に、周囲に荒れ狂っていた颶風も緩やかになる。

「今だ! 最大船速でこの場から離脱する!」

 『栄光なる我が息子号』は、何とか速度を上げて戦場から離脱することに成功した。




「どうやら、『栄光なる我が息子号』は離脱できたみたいだ……」

 遠ざかる『栄光なる我が息子号』の姿を見ながら、ソリオは安堵の溜め息を吐いた。

「おい、ソリオ。安心するのはまだ早いぜ? 今の内に俺たちもここから撤退だ」

 グランディスの指示に従い、パイライト軍は速やかに撤退を始めた。

 魔獣は受けたダメージが思ったよりも激しかったようで、空中で苦しげに身を悶えさせるばかりで追撃してくる様子はない。

 しっかりと鍛えられた軍隊は、こういう時こそその真価を発揮する。

 統制を欠くこともなく、速やかに撤退するパイライト軍。

 こうして、『真っ直ぐコガネ』およびパイライト軍と異界の魔獣の初戦は、痛み分けという結果に終わるのだった。




 だが、ソリオたちはこの時には気づいていなかった。

 これからこそが、異界の魔獣がその恐るべき力を発揮するということを。

 それをソリオが知るのは、パイライト帝国で『真っ直ぐコガネ』の仲間たちと無事に合流を果たしてからだった。




 『無敵の盾』更新。


 初戦はまずは引き分け。

 本格的な魔獣との戦いはこれからってところです。


 あ、ちなみに、今回『栄光なる我が息子号』が受けた損傷は、ザフィーラがちまちまと直します(笑)。



 では、これからもよろしくお願いします。


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