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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
魔獣決戦編
84/97

再動

 辺りを支配したのは静寂だった。

 『栄光なる我が息子号』の極大魔道砲によって、黒こげになった異界の魔獣。

 巨大な身体の各所からぶすぶすと煙を吹き上げるその姿を見て、パイライト帝国の将兵たちは歓声を上げた。

 だが。

 その歓声は長くは続かなかった。

 黒こげになったはずの異界の魔獣が、ぶるりとその巨体を蠢かせたからだ。

 熱狂的だったパイライト帝国の将兵たち。だが、それが冷めるまでそれほど時間は必要ない。

 魔獣の身体の蠢きはどんどんと大きくなり、体表から焼け焦げた表皮がぱらぱらと舞い落ちる。

 そして、その表皮の内側には、紫がかった艶のある新たな表皮。

 焼け焦げた表皮がすべて剥がれ落ちた時、魔獣はその巨大な首をゆっくりと持ち上げた。




「おはよう、諸君」

 静まり返った辺りに、低い男性の声が響いた。

 パイライト帝国の将兵たちは、誰が言ったのかと周囲を見回した。

 やがて、将兵たちの視線が一点へと集まりだす。

 彼らの目の前で、鎌首を持ち上げている巨大な魔獣へ、と。

 ミミズのような口吻が不気味に蠢き、だらだらと得体の知れない液体が零れ落ちている。

 零れ落ちた謎の液体は、じゅうっと嫌な音と臭いを発しつつ地面をどす黒い紫へと変質させた。

 それは、瘴気だ。

 瘴気が凝り固まって液体となり、魔獣の口から滴り落ちているのだ。

 そして他のものに触れた瘴気は、その触れたものを犯しつつ気体へと変わり、今度は空気までもを犯していく。

 魔獣の身体の周囲には、すでに不気味な紫の霧のようなものがわだかまり始めていた。

「ようやく、思うように身体も動くようになってきた。ならば、こちらからもご挨拶せねばなるまいて。それが礼儀というものであるからして」

 その言葉が終わると、今度はずぬ、という言い表すのが難しい音が響いた。

 それは、魔獣の身体のあちこちに再び水晶のようなものが飛び出した音。魔獣の身体を貫き、透明な結晶体が体内から体表へと突き出した音だ。

 次いで、大小様々な無数の結晶体がからんと済んだ音と共に地面へと落ちる。

 それからは、すこし前と同じ。

 結晶体が割れ、その中から様々な外見の魔獣が姿を現す。

 だが、以前とは違う点もある。

 それは、割れた結晶体と魔獣の体表から、不気味な瘴気が漏れ出したことだ。




「コルトっ!! 先程と同規模の攻撃、続けて撃てるかっ!?」

 魔獣が蠢き出した時、ソリオに代わって艦長席に座っていたオーリスが声を張り上げた。

「む、無理ッスっ!! 魔素のチャージに時間がかかるッスっ!! 再チャージまであと約15分っ!! 小規模な攻性魔術なら撃てるッスけど、使った分だけチャージの時間も延びるッスっ!!」

 『栄光なる我が息子号』には膨大な量の魔素が蓄えられている。

 それは航行用のエネルギーであり、生活空間で消費されるエネルギーであり、攻撃に用いられるエネルギーだ。

 消費した分の魔素は周囲から集められるが、それでも使いすぎれば足りなくなるのは道理である。

 現在も、先程の大規模砲撃で魔素を多量の魔素を消費し、攻撃用の魔素はほぼ空に近い状態だった。

「航行用や生活用の魔素を流用できないかっ!?」

「やれなくはないッスけど……そんなことをしたら、最悪はこの船が落ちるッスよっ!?」

 船が落ちると聞き、オーリスは魔素の流用を断念する。

 この船はあくまでも彼の敬愛するソリオのものであり、オーリスにソリオの財産を損なうような判断はできるはずがない。

 ここはソリオとグランディス皇帝に撤退を進言すべきか? とオーリスが悩んでいた時。


「おはよう、諸君」


 その声は聞こえてきた。

「……な……に……?」

 オーリスは思わず、外の状況を映し出しているモニターを食い入るように見つめる。

 唐突に聞こえてきた、男性の声。

 その声に、オーリスは聞き覚えがあったのだ。




「スペーシア様っ!! 魔獣の頭部を拡大して映し出してくださいっ!!」

 切羽詰まったようなオーリスの声。普段の彼らしからぬその声に押されて、スペーシアは返事をすることもなくその指示に従った。

 スペーシアの指が操作パネルの上を踊り、オーリスに指示されたように巨大な魔獣の頭部を大写しにする。

 艦橋前面に設置されたモニターに映し出されたその映像を見て、オーリスは掠れるような声を零した。

「あ、アコード……アコード・ハイゼッド……ど、どうして奴が……」

 アコード・ハイゼッド。それはソリオの両親である魔道皇と竜王がまだ相争っていた時代に、異端の魔術に手を出した狂気の紋章術師であり、オーリスの生家であるアンバー家が本来仕えていた家系の人物でもある。

 そして、かつて『真っ直ぐコガネ』が戦った(じゅう)の女王を生み出し、2000年前のクリソコラの末期に異界の魔獣を召喚した張本人でもあった。

 一時は融和目前となった帝国と亜人たちが、結局は手と手を握ることなく再び別れ別れとなった原因。

 そして、ソリオが両親のいた時代から、今の時代へと送り込まれることになった原因でもある。

 オーリスにしてみれば、敬愛するソリオとその両親たちの小さな幸せを破壊した張本人であり、宿敵と呼んでも過言ではない存在。

 そのアコード・ハイゼッドが、2000年の時を超えて目の前にいるのだ。

 だが、今のアコードは、オーリスもよく知っていたかつてのアコードとはやや違う。いや、かなり違う。

 巨大な魔獣の頭部。そこに生えた角のようなものから、アコードの上半身が生えていた。

 確かに顔つきと声こそオーリスの記憶にあるアコードと同じものだが、今の彼は人間ですらないだろう。

 下半身は完全に魔獣と同化しており、上半身もあちこちから出鱈目に棘や触手が無数に生えており、それらが勝手に蠢いていた。

 今のアコードのその姿を見て、彼を人間と断定する者は皆無だろう。

 そのアコードの視線が、モニター越しにオーリスを射抜く。

 もちろん、そこにオーリスがいると分かっているわけではない。空に浮く巨大な船。その存在がアコードの興味を引かないわけがない。




「ふむ、何だね、あれは? 見たところ飛空船のようだが……ん?『栄光なる我が息子号』……? 船体に書かれた文字となれば、それがあの船の名前か……?」

 どんな馬鹿な親がそんな名前を付けたのか、とアコードは嘲笑する。だが、あの船から感じられる並々ならぬ魔素は、今の彼にとって見逃す手はないご馳走だ。

 魔道皇と竜王によって封印されて2000年。無論、封印されていた具体的な年数は今のアコードに知る術はないが、彼が異界の魔獣と一体化し、なおかつその意識を維持するには大量の魔素が必要なのだ。

 長年封印されていたせいで、その巨体に内包していた魔素も残り少なかった。このまま後200年も封印されていれば、魔素が尽きて彼の意識は魔獣に吸収されていただろう。

 目覚めてすぐに山や村を平らげたのも、そこに宿っていた魔素を吸収するため。そして、その後しばらく動きを止めていたのも、吸収した魔素を魔獣の身体に馴染ませていたからであった。

 その意味では、食べたものを消化していたというグランディスの推測は正しいと言えるかもしれない。

「丁度いい。ちまちまと小さなヒトどもを食うよりも、あの船を食った方が手っ取り早そうだからして」

 アコードはにたりと笑う。そして、魔獣の身体から無数の触手を生やすと、それを空に浮かんでいる『栄光なる我が息子号』へと伸ばした。

 いや、それだけではない。

 それまでパイライト帝国の将兵に襲いかかっていた、再び生み出された小型魔獣たち。その魔獣たちが、その身体から翼やら皮翼やら羽やら翅を生やし、一斉に空へと舞い上がったのだ。

 空に浮かぶ『栄光なる我が息子号』を目指して。




「む、無数の小型の魔獣がこっちに向かって来るわ!」

 ポルテの悲鳴のような言葉が艦橋に響く。

「ヴェルくんっ!!『栄光なる我が息子号』回頭だ! 全速力でこの場を離脱するっ!!」

「おうっ!!」

 このまま小型の魔獣に集られれば、小回りの利かない『栄光なる我が息子号』はただの的だ。

 蟻が群れとなって巨像をも倒すように、いくら『栄光なる我が息子号』の防御力が高くても、いずれは食い破られるだろう。

「スペーシア様、ソリオ様に伝えてください。我々は一時この場を離脱します。合流地点は後ほど連絡するので、それまではグランディス皇帝と行動を共にするように、と」

 スペーシアはオーリスの指示に頷き、ソリオへと通信を繋ぐ。その間にも、オーリスは矢継ぎ早に指示を出し続けていた。

「コルト! 魔素のチャージは気にするな! 今は小型の魔獣や触手を迎撃することだけを考えろ! 絶対にこの船に取り付かせるな!」

「しょ、承知したッス!」

 コルトの操作に従って、『栄光なる我が息子号』の船体のあちこちに攻性魔術を秘めた紋章が浮かび、迫る魔獣と触手へと砲撃を開始する。

 だが、いくら『栄光なる我が息子号』の攻撃力が高くとも、相手の数が多すぎた。

「す、スペーシア様! ポルテさん! 手を貸して欲しいッス! 敵の数が多すぎて、あっし一人じゃ手が回らないッスっ!!」

 コルトの要請を受けて、スペーシアとポルテも魔獣の迎撃に加わる。

 『真っ直ぐコガネ』の女性陣三人が必死に操作に専念することで、群がる魔獣たちは何とか迎撃できていた。

 このままなら何とか魔獣を振り切れそうだ。

 オーリスが内心で安堵の息を吐き出していた時。船の後方を映していた小型のモニターにそれが映り込む。

「な……んだと……?」

 思わず息を飲むオーリス。いや、オーリスだけではなく、ヴェルファイアも、コルトも、スペーシアも、ポルテも。

 『真っ直ぐコガネ』の全員が、息をするのも忘れてその光景に見入ってしまった。

 なぜなら。

 『栄光なる我が息子号』の後方にいる、魔獣たちの本体とも言うべき大型魔獣。

 その魔獣の背中がぱくりと割れ、そこから巨大な翅が姿を見せたのだ。

 そして。

 その翅が激しく空気を打ち、魔獣の巨体がふわりと空に浮かびあがった。



 『無敵の盾』更新。


 ついに黒幕が登場しました。いや、とっくにバレバレだったとか言わないで(笑)。

 果たして、『栄光なる我が息子号』は魔獣の追撃を振り切れるか?



 では、これからもよろしくお願いします。


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