『真っ直ぐコガネ』、介入
「グランディス皇帝陛下より連絡!」
『栄光なる我が息子号』の通信用魔具の前に座っていたスペーシアが、艦長席にいたソリオへと振り返る。
ソリオは慌てて艦長席から立ち上がると、そのままスペーシアの元へと移動して、通信用魔具の向こうから聞こえるグランディス皇帝の声に耳を傾けた。
「済まんな、ソリオ。どうもにも拙いことになっちまってな」
『栄光なる我が息子号』に設置された通信用魔具。この装置は親機と子機の間で声のやり取りを可能にする優れものだ。
通信できる距離に制限はなく、8台までの子機と接続可能。ただし、子機同士の通信はできないという制限もある。
しかし、基本的な伝達手段が限られているこの世界では、十分な能力と言えるだろう。
8台の子機は『真っ直ぐコガネ』の面々とザフィーラ、そして、最後の1台をグランディス皇帝が今回の作戦のために一時的に所持していた。
その通信用魔具から聞こえてくるグランディスの声は、苦渋に満ち満ちたものだった。
今回の異界の魔獣討伐作戦。その作戦の根底部分がいきなり変化し、作戦そのものが成り立たなくなったこと。そして、撤退中のパイライト帝国軍が、現在危機に陥っていること。
グランディスはそのことを通信用魔具越しにソリオへと伝えた。
「危機に陥った時ばかりおまえらに頼って情けない限りだが……それを承知で、敢えてお前に頼む」
撤退中のパイライト軍の殿を務めて欲しい。
それがグランディス皇帝からの依頼だ。
そして依頼である以上、冒険者『真っ直ぐコガネ』が動くには十分な理由でもある。
「承知しました。その代り、依頼料は割り増しですよ?」
「それは仕方ねえな。こっちが無理言ってんだからよ」
ソリオとグランディスが通信装置越しに笑い合う。伝わるのは声のみでお互いの顔は見えないが、それでも二人は相手が信頼に足る笑みを浮かべていると確信していた。
通信を終えたソリオは、ヴェルファイアやコルトに指示を飛ばす。
「おう、任せろ!」
「こっちも承知したッス!」
ヴェルファイアとコルトがソリオに向かって親指を突き立てる。
「じゃあ、後の指揮はオーリスが頼むよ」
「御意」
オーリスが頷いたのを確認して、ソリオは艦橋を飛び出して行った。
〈飛行〉の紋章を自分の身体に刻んだソリオは、甲板からそのまま飛び降りる。
地上へと向かって落下する彼の目に、無数の魔獣に追い立てられるパイライト軍の兵士たちの姿が映った。
ソリオは速度を上げて地上を向かう。彼が目指すのは、今しも狼頭で8本もの腕を持った、人型魔獣に止めを刺されんばかりの一人の兵士の元。
高速で落下しながらも、ソリオは淡い光の宿った指先をゆらゆらと宙を滑らせ、いくつもの紋章を描いていく。
狼頭の魔獣が8本の剣を振り上げる。そして、その剣が一斉に振り下ろされる直前、ソリオの紋章術が完成した。
魔獣の剣を遮るように出現した、光り輝く盾。その盾を思わず呆然と見やる兵士に向かって、ソリオは空中で姿勢を制御しながら大声で告げる。
「ここは俺が抑えます! 早く逃げてくださいっ!!」
その声に反応し、頭上を見上げるその兵士。だが、すぐに我に返った兵士は、慌ててその場を離脱する。
だが、魔獣は狼頭だけではない。様々な姿の魔獣が、無数に狭い峡谷の底にひしめいていた。
ソリオは再び指先を踊らせ、いくつもの紋章を描いていく。
〈防御〉〈物理〉〈広域〉
描かれた紋章が力を現し、巨大な盾を形成する。
盾は峡谷の入り口を塞ぐように出現し、パイライト軍と魔獣を隔てることに成功した。
「オーリスっ!!」
ソリオは頭上の飛空船を振り仰ぎながら、彼の騎士へと指示を出した。
「オーリス! ソリオより指示来ました!」
「承知しましたスペーシア様。コルト!」
「委細承知っ!!」
まさに打てば響くと言わんばかりに反応する『真っ直ぐコガネ』の面々。
コルトは目の前にある操作パネルの上で、白くて細い指──あくまでも見かけは──を踊らせる。
「くくく……今まさに、神々をも滅ぼす悪魔の兵器の封印を解く時が来たっ!! 食らうがいいっ!! 最終兵器『絶対無敵神殺波動粉砕砲』っ!!」
「いや、この船にそんな武器、積んでないし」
調子に乗ってありもしない武器の名前を叫ぶコルトと、そんなコルトに冷静に突っ込みを入れるヴェルファイア。
そんなヴェルファイアの突っ込みを聞いているのかいないのか。コルトは実に嬉しそうにザフィーラから教わった通りにパネルを操作する。そして。
「はっっしゃぁああああああああああああああっ!!」
コルトの指先が最後の安全装置を解除し、『栄光なる我が息子号』の兵装が唸りを上げて稼働し始めた。
「ぽちっとな」
なぜか、最後のその一言は妙に力が抜けていたが。
青銀に輝く『栄光なる我が息子号』の船体。
その船体の下部に、幾つもの真紅の輝きが灯る。そして、その輝きが一際鮮やかに瞬いた時、『栄光なる我が息子号』の船体から地表に向けていくつもの真紅の線が降り注いだ。
船体下部に無数に輝くのは、その全てが攻性魔術を意味する紋章。そして、その紋章より迸ったのは、オーリスが用いる赤光の紋章術を、何倍にも強力にした恐るべき破壊の光。
飛空船より降り注ぐ真紅の雨は、峡谷にひしめく魔獣たちを片っ端から打ち抜いていく。
頭を射抜かれ、腹を穿たれ、腕を切り飛ばされ、脚を破壊され。魔獣たちは防ぐ手立てもなく、ただただ降り注ぐ死を振り撒く雨を浴びるしかない。
そして赤い死の雨は、あっと言う間に無数の魔獣を葬り去る。
「敵、小型魔獣の殲滅を確認! 残るは大型だけよ!」
小さな身体で索敵用のパネルを操作していたポルテが叫ぶ。そして、その声にオーリスは頷きでもって応えた。
「コルト! 攻性紋章を全て艦首に集中。火力を一点に集めて大型魔獣を撃てっ!!」
「らじゃーっ!!」
コルトの操作に応じて、『栄光なる我が息子号』の下部に無数に散らばっていた紋章が移動を開始する。
小さな紋章が重なり合い、徐々にその大きさが変化していく。
重なり合った紋章が更に重なり、やがて小さな紋章は、巨大な一つの紋章となる。
その紋章の意味はただ一つ。
〈破壊〉
巨大な『栄光なる我が息子号』の艦首に浮かぶ、これまた巨大な攻性紋章。
その紋章の輝きは真紅を通り越し、銀から金へと変化した。
そして黄金の輝きが限界まで達した時。
巨大な紋章から異界の魔獣に向けて、黄金の光の奔流が打ち出された。
撤退中だったパイライト軍の将兵は確かに見た。
自分たちの頭上に陣取り、撤退を助けてくれた冒険者たちが所有する巨大な飛空船。
その飛空線の腹から無数に光が降り注ぎ、峡谷にみっちりとひしめいていた魔獣たちを片っ端から撃ち抜いていくのを。
そして、小型の魔獣を全て撃破した飛空線から、今度は膨大な光の奔流が大型魔獣に向けて撃ち出されたのを。
皇帝グランディスが。
その直属の近衛たちが。
軍の幹部たちが。
下級指揮官たちが。
そして、名もなき一兵卒たちまでもが。
撃ち出されたその輝きに、戦場にいることも忘れて思わず目を閉じた。
目蓋の上からでも尚、眩しさを感じることができるほど、その輝きは強烈で。
そして、光は峡谷の奥にいた巨大な魔獣をあっさりと飲み込んだ。
そして同時に、彼らは確信した。
いかな異界の魔獣と言えども。いかな脅威の魔獣と言えども、この強烈な攻性魔術をその身に浴びて無事に済むわけがない、と。
目も開けられないほどの強烈な光の中、パイライト軍の将兵の耳に形容し難い魔獣の咆哮が響く。
魔術の輝きが弱まり、パイライト軍の将兵たちはようやく薄目を開けることができた。
だが、次の瞬間に彼らはその目を大きく見開くことになる。
地形が、変わっていた。
峡谷だった地形は巨大な円形の窪み──クレーターとなり、その周囲には蠢くものは何もない。
高熱に炙られた大地は硝子状になり、所々ぶつぶつと気泡を生み出しては破裂させている。
そして。
そして、そのクレーターの中心。そこに異界も魔獣はいた。
いや、魔獣の骸と言うべきものが。
黒かったその表皮は高温で焼かれて灰色となり。
巨大な身体のあちこちから、髪の毛が焼けた時のような異臭を放ち。
ぴくりとも動かず、ただただその巨大な身体を何もない大地に横たえていた。
──おおおおおおおおおっ!!
パイライト軍のあちこちからまばらに歓声が上がり、やがてそれらの歓声は一つの勝鬨となり、周囲の空気をびりびりと震撼させた。
『無敵の盾』更新。
感想で「波動砲」「波動砲」と何度もアドバイスを頂いたので、波動砲ではないものの似たようなものを出しちゃった。てへ。
さて、これで事態は……うひひ。
では、これからもよろしくお願いします。




