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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
魔獣決戦編
82/97

異界の魔獣との戦い



 異界の魔獣は、斥候が報告した通りとある峡谷の谷底にその巨体を横たえ、身動ぎすることなくじっとしていた。

 この峡谷は奥がどん詰まりで谷の両側も切り立った崖になっており、峡谷の入り口さえ塞げば魔獣に逃げられる心配はない。

 改めてその報告を聞いたグランディス皇帝は、早速手筈通りに兵を布陣させるように命を下す。

 帝都よりこの峡谷まで三日の軍行。軍が帝都を発つまでの時間を加えると、魔獣が出現して既に十日以上が経過している。

 魔獣がどれだけのものをその体内に収めたのか不明だし、そもそも本当に消化のために身体を休めているのかも分からない。

 だが、魔獣がいつ再び動き出しても不思議はなく、グランディスを始めとしたパイライト軍の幹部たちは、手に汗を滲ませつつ各兵たちが布陣を終えるのを待った。

 峡谷の入り口手前に本陣を置いたグランディスは、布陣完了の知らせを動じることなくじっと待っている。

 そんな彼の近くには、護衛の近衛兵の他にソリオたち『真っ直ぐコガネ』の姿もある。

 ソリオは全く動じることのないグランディスを間近で見ながら、その偉大さを新ためて実感していた。

 このような場合、総大将がいらいらしたり不安を見せたりするのは下策中の下策である。その点、どっしりと構えて微動だにしないグランディスは、端から見ているだけで妙な安心感を与えてくれる。

(これが一国を統べる皇帝の貫禄って奴かな?)

 普段はどちらかというと砕けた印象の強いグランディスだが、やはり彼も一国を統べる者。こうして構えていると皇帝としての貫禄を確かに感じる。

 だが、ある意味では普段とのギャップもまた凄まじい。

 例えば、今回の軍行中も馬上ではなく『栄光なる我が息子号』で移動したいと駄々を捏ねたり、夜は天幕ではなく『栄光なる我が息子号』の船室で寝たいと我が儘を言ったり。

 そこだけ見れば、とても一国を統べる者とは思えない子供のような人物である。

 もっとも、夜は天幕で寝るよりも『栄光なる我が息子号』で寝た方が安全で快適なのは確かなので、この案だけは同行している軍の幹部たちも認めざるをえなかったが。

 そして、遂にグランディスたちが待っていた知らせが届く。

「各部隊、配置完了致しました。いつでも攻撃できます」

 伝令が伝えたその言葉を聞き、グランディスはゆっくりと頷くとそのまま立ち上がった。

「これより、異界の魔獣へ攻撃を仕掛ける! 総員、戦闘開始っ!!」

 こうして、パイライト軍と異界の魔獣との戦いは幕を開けたのだった。




 異界の魔獣の全長は約10メートルほど。

 細長いその身体に手足はなく、体全体も均等な太さで頭部と思しき箇所には目も鼻も口ないので、蛇というよりはミミズの方が近い印象かもしれない。

 だが、その全身は真っ黒で、身体のあちこちから水晶のような透明な結晶体が出鱈目に突き出している。

 結晶体の大きさも様々で、小さなものなら大人の掌ぐらい。そして、大きなものなら鬼人族(オーガ)の身長よりも更に大きい。

 そんな異形の怪物がこの峡谷の谷底に、その巨体を横たえていた。

 身体のあちこちが不気味に煽動しているものの、動き出す気配はない。

 パイライト軍の作戦としては、峡谷という地形を活かして魔獣の身動きを封じる策を取っている。

 狭い峡谷の底では、巨大な魔獣は思うように身動きが取れないだろう。そこへ谷の前方より重装歩兵が、谷の上から弓と魔法による遠距離攻撃を加える。

 谷の入り口を歩兵で封じることで魔獣の退路を断ち、武器が消耗したり負傷した兵士は後方に控えた味方と素早く入れ替わって断続的に攻撃を行う。

 それが今回のグランディスの取った作戦だ。




 峡谷を迂回して谷の入り口に布陣した重装歩兵たちは、いつ怪物が動き出すかとヒヤヒヤしながら攻撃命令が下されるのを待っていた。

 そして、遂にその命令が下された。

 まず最初に動いたのは、予定通り谷の上に布陣した弓隊だ。

 谷の上から下に蟠る魔獣に向けて、200人の弓兵たちが一斉に矢を解き放った。

 空気を引き裂いて魔獣へと飛来した矢は、一部が体表の結晶体に当たって弾かれたものの、その殆どが魔獣の身体に突き刺さる。

 次に動いたのは、弓隊と同じく谷の上に展開していた精霊術師たち。

 炎が、氷が、水が、風が、石くれが。

 精霊たちが引き起こす魔法が、次々に魔獣へと降り注ぐ。

 矢と魔法の一斉射撃。身体中に矢と魔法を浴びた異界の魔獣だが、魔獣は身動ぎすらせず、平然と谷底に横たわるばかり。

 そして、本隊とも言うべき重装歩兵が遂に動く。

 長大な槍を構え、歩調を合わせて魔獣へと迫る重装歩兵。その様は端から見ると動く壁だ。それも剣呑な穂先を無数に備えた殺意に満ちた動く壁が、一斉に魔獣へと襲いかかった。




 煩いな。

 ソレはうとうとと微睡みつつ、何気なく周囲の気配を探ってみた。

 すると、周囲にばたばたと騒々しい音がする。それも無数に。

 長い間封印という檻の中に閉じ込められていたソレは、解放された喜びで目に付くものを片っ端から食い荒らし、実に久方ぶりに得た栄養を使ってとある準備を体内で行っていたソレは、自分の周りに殺意が渦巻いていることにようやく気づいた。

 どうやら今の時代のヒトどもが、自分を討つべく動いているようだ。

 ざっと気配を探ると数百以上のそれを感じる。そして、気配を感じたソレはニンマリとした笑みを浮かべた。

──丁度いい。実に丁度いい。

 折角準備していたのだ。その力具合を確かめるのには丁度いい相手だろう。

 ソレは満足そうに嗤うと、ぶるりとその巨体を蠢かせた。




 歩兵の槍が魔獣の身体に到達する直前。

 突然、魔獣の身体が不気味に蠢いた。

 全身の至る所がぶよぶよと蠢き、まるで内部に別の生き物が潜んでいるかのようだ。

 そのあまりの不気味さに、歩兵たちが思わず勢いを弱める。

「何をしておるか! 総員攻撃せよ!」

 背後より、指揮官の檄が飛ぶ。それに背中を押されるようにして、歩兵たちが槍の穂先を魔獣の身体に埋め込んだ。いや、埋め込もうとした。

 だが、それよりも早く魔獣が動いた。

 魔獣の身体のあちこちから突き出ていた透明な結晶体。その無数の結晶体が次々に魔獣の身体から抜け落ちたのだ。

 そして結晶体は地面に落下すると、そのままぱりんと音を立てて粉々に砕け散る。

 砕け散った結晶体の破片の中に、それはいた。

 透明な結晶体のどこに潜んでいたというのだろう。だが、それは間違いなく存在した。

 砕けた結晶体の破片の中から現れたのは、小さな小さな生き物たち。その大きさは子供の小指ほど。だが、その小さな生き物たちは見る見るうちに大きくなっていく。

 あっと言う間に牛ほどまでに成長したその生き物たち。その姿は実に様々だった。

 頭が三つ縦に連なったカエル。

 無数のヒトの手を身体から生やした狼。

 ぬるぬるとした粘液の塊。

 豊満な乳房を八つも持つ牛頭の人型。

 上半身は鮫で下半身は蛸という謎生物。

 などなど、実に様々な姿を持った生き物たちが、瞬く間に無数に出現したのだ。




 出現した──いや、生まれ落ちた魔獣の「子」らは、手近な兵士たちに次々に襲いかかった。

 当初、巨大ではあるものの敵は一体であると想定していたパイライト軍は、その敵が無数に増えたことであっと言う間に混乱状態に陥った。

 それに加え、狭い峡谷の底で敵と味方が一瞬で入り乱れてしまったのだ。

 谷の上に控えていた弓隊や精霊術師たちも、誤射を恐れて援護を行うことができない。

 主力である重装歩兵も、目前だけを想定していた敵が四方から出鱈目に襲いかかってくる状況に対処できない。

 そのため、数の上ではパイライト軍の方が優勢ではあるものの、戦局としては完全に不利な態勢へと陥っていた。

 巨大な魔獣の身動きを封じるはずの狭い峡谷が、逆にパイライト軍の行動を制限してしまった。

 兵たちは小型の魔獣がどこから襲ってくるのか判断できず、怯えて軍事的な行動を取ることができない。

 こればかりは、どんなに訓練を積み上げた兵士たちでも無理なからぬこと。ヒトは想定外のことには素早く対処できないものなのだから。

 最早軍としての行動を取ることができないパイライト軍の兵士たちは、小型の魔獣たちに抗うことができない。

 一人、また一人と魔獣に倒されていくパイライトの兵士たち。仲間の無惨な死が、生き残った兵たちを更なる恐怖に陥れていく。




「即時、撤退せよ!」

 巨大な魔獣が小型の魔獣を無数に産み落としたと聞いたグランディスは、躊躇うことなくそう決断した。

「今回の作戦は巨大だが敵が一体だけという想定の元の作戦だ。その前提が崩れた以上、この作戦を続行する意味はない。即時撤退だ!」

 だが、この命令が前線で戦う兵士たちにまで到達するのは、どうしても時間がかかる。風精と契約した精霊術師が皇帝の意志を前線に伝えるも、前線の指揮官が末端の兵士まで指示を飛ばすのに僅かとはいえ時間を要する。

 その僅かな時間で、何名もの兵士が命を落としていく。

「撤退っ!! てったぁぁぁぁぁぁぁいっ!! 総員、即時撤退せよっ!!」

 前線指揮官の指示に従い、兵士たちがゆっくりと下がり始める。この指示が出されるまで何とか戦線を維持できただけで、パイライト軍の兵士たちは十分精兵と呼べるだろう。

 しかし、いくら撤退命令が下ったとはいえ、背中を向けて一目散に逃げるわけにはいかない。そんなことをすれば、魔獣の追撃を食らうのは明らかだ。

 最前線の兵士たちは、目前に迫った死という恐怖と必死に戦いながら、その死をもたらす魔獣たちの攻撃を必死に捌き、じりじりと後方へと下がっていく。

 だが、魔獣たちも易々とは見逃してはくれない。

 じりじりと後退するパイライト兵を、魔獣は牙や爪、触手などを振りかざして追いすがる。

 今も一人の兵士に8本の腕を持つ狼頭の人型魔獣が、手にした8本の剣を連続で叩きつけた。

 兵士も手にした槍や盾で人型魔獣の攻撃を凌ぐが、敵の攻撃回数が多すぎる。こちらが2本の腕しかないのに向こうは8本もあるのだ。それは実質的に四人の敵兵と相対しているのと同等である。

 嵐のような魔獣の猛攻。いくらパイライト軍の兵士が精強でも、この攻撃を耐えきれるわけがない。

 槍を折られ、盾を割られ。それでも尚続く連続攻撃は、あっと言う間に身に帯びた鎧を打ち砕いた。

 そして振るわれる止めの一撃。兵士は狼頭の人型魔獣が、にたぁりと嫌らしく笑ったのを見ると同時に死を覚悟して目を閉じた。

 振り下ろされる剣。剣が空気を切り裂く音が聞こえる。だが魔獣の剣が兵士の身体を斬り裂く直前、きん、という硬質な音を兵士は聞いた。

 聞こえるはずもない音を不審に思いつつ、兵士はゆっくりと目を開く。

 すると、彼と魔獣の間に淡く輝く光の盾が現れ、魔獣の剣を遮っているではないか。

 これは一体何だ?

 兵士がそう考えるより早く、頭上より年若い少年の声が聞こえてきた

「ここは俺が抑えます! 早く逃げてくださいっ!!」

 兵士が思わず頭上を仰ぎ見れば。

 そこには、紺色の布地に鮮やかな緑の染料で何かの昆虫を染め抜いた旗を手にした、燃え盛る炎の色の髪と空色の瞳の一人の少年が翼もないのに宙に浮いていた。


 『無敵の盾』更新。


 とりあえず、初戦はパイライト軍の敗退。ってか、あっと言う間に蹴散らされたな、パイライト軍(笑)。


 次回は退却するパイライト軍の殿を、『真っ直ぐコガネ』がフォローする回です。



 では、これからもよろしくお願いします。


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