崩壊
「うぉぉぉぉおおおおうっ!! す、すンばらしいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
『栄光なる我が息子号』の艦橋の窓にへばりつくようにして外を眺めているのは、その規模の大きさでマラカイト王国でも五指に数えられる大店、ランチェスター商会の会長であるトーラス・ランチェスター氏その人である。
トーラスは妖鬼族の小柄な身体をぴったりと艦橋の窓に寄せ、流れる外の景色を飽きることなくずーっと眺めているその姿は、とても大商会の会長とは思えない。
まるで新しい玩具に喜ぶ子供のようであり、ソリオたち『真っ直ぐコガネ』も苦笑を浮かべていた。
やがて、『栄光なる我が息子号』の前方に街並みが見えて来る。
「見えてきたわ……あれがアレクサンドって街よ」
ポルテが小さな身体をてきぱきと動かして装置を弄ると、艦橋の前面に見えていた小さな街並みが大写しになる。
ザフィーラに教えられた通りに装置を弄れば、このように前方の景色を大きくすることもできる。ポルテを始めとして誰も詳しい原理は分からないが、便利な機能なのは間違いない。
「おおおおぅ、もうアレクサンドに着いたのかっ!? マラカイトを出てからまだ二日しか経っていないぞっ!?」
『栄光なる我が息子号』のその速度に感嘆しているか、それとももう『栄光なる我が息子号』を降りなければならないことを残念に思っているのか。複雑な表情のトーラスは前方に映るアレクサンドの街並みを眺めた。
「これでもゆっくりと飛んだんですよ? その気になれば、この倍以上の速度で航行することも可能です」
「ば、倍以上っ!?」
艦長席に座るソリオの解説に、トーラスは驚きの表情を浮かべた。
「い、今の速度でさえ馬車の何倍もの速度だというのに……い、いやしかしっ!! そ、それだとあっと言う間にアレクサンドに着いてしまって、この素晴らしい空の旅を満喫できない……ぐぬぬぬぅっ!!」
商売と空の旅。どちらを優先させるべきかとトーラスは本気で悩んだ。
マラカイト王国の王都、マラカイトの街。
そこでトーラスから改めて正式に仕事を請けた『真っ直ぐコガネ』は、早速荷を運ぶ準備を開始した。
ランチェスター商会の倉庫に押し込まれていた数々の商品。
その殆どは冒険者向けの品で、武器や鎧といった武具から火口箱や水袋、保存食といった冒険の必需品、方位計、羊皮紙の束とインクとペン、毛布、食器や着替えをセットにしたものなどの日用品、そして、クリソコラ文明期の遺跡から出土した各種の魔法具などなど。
その総量は馬車で運ぼうものなら、大型の馬車が五台以上は必要だろう。
だが、外洋船よりも巨大な『栄光なる我が息子号』は、その全てを一度に収容し運搬することができる。
とはいえ、さすがに『栄光なる我が息子号』を街中に直接着陸させることはできないので、郊外の草原まで一旦荷物を馬車で運び、そこで『栄光なる我が息子号』に積み替えることになった。
会長であるトーラスが直々に指揮を取り、使用人や人足たちが倉庫の荷物を馬車へと積み込み、順次王都の外の草原へと運び出す。
そして、最後の馬車に自らも乗り込んだトーラスは、草原に着陸していた『栄光なる我が息子号』の巨躯を見て、改めてその巨大さと優美な船体に驚きと称賛の表情を浮かべた。
「お、おおおおお……す、すンばらしいぃぃぃぃ……こ、これが噂の『栄光なる我が息子号』か……」
目の前に鎮座する巨体をきらきらとした目で見上げるトーラス。
彼はしばらく『栄光なる我が息子号』をじーっと眺めていたが、何かを思い出したようでずばっと音を立てて、背後にいた『真っ直ぐコガネ』へと振り返った。
「と、ところで、儂も荷物と一緒にアレクサンドまで行ってもいいかっ!? そうすれば、儂もこの船に乗れるよなっ!?」
「この船に乗りたいんですか?」
「当然だろうっ!! 最近あちこちで噂となっている飛空船、『栄光なる我が息子号』。どんな金持ちや貴族が頼み込んでも、その持ち主は絶対に手放さないと聞いた。だが、客ならば乗せてもらるのだろうっ!? それに……数々の冒険譚や御伽噺に登場する空飛ぶ船。その飛空船が目の前に実在しているんだ。乗りたくなるのが当然だろうっ!?」
「はい、客ならば当然乗せます。ですが、無料ではありませんよ?」
ソリオに代わって、ポルテが乗船のための料金や、料理の有無などの追加オプションを説明していく。
これまでにも『栄光なる我が息子号』に乗せて欲しいという者はかなりいたので、皆で相談してはっきりとした料金を定めたのだ。
その中で一番張り切っていたのが、他ならぬポルテだったのは言うまでもないだろう。
ソリオたちとトーラスが料金の相談をしている間も、荷物は次々に『栄光なる我が息子号』の船倉へと積み込まれていく。
そして膨大な量の積荷が全て飛空船の腹の中に納まった頃には、ソリオたちとトーラスの話し合いも終わっていた。
「おおおおおっ!! いよいよ……いよいよ、この巨大な船が空を飛ぶんだな……っ!!」
案内された『栄光なる我が息子号』の艦橋の窓にへばりつき、トーラスが感きわまった様子で外を眺める。
そんな彼の姿に苦笑しつつ、艦長席に腰を落ち着けたソリオは、いつものように仲間たちに号令を下す。
「『栄光なる我が息子号』……発進だっ!!」
アレクサンドの街の郊外に着陸した『栄光なる我が息子号』。
既にランチェスター商会のアレクサンド支店に連絡済みだったらしく、郊外には『栄光なる我が息子号』が運んできた積荷を支店まで運送するための馬車が待機していた。
「……随分と手際がいいな。どうやって『栄光なる我が息子号』より早く連絡したんだ?」
馬車に荷物が積み込まれるのを眺めつつ、ヴェルファイアはその太い腕を組みながら首を傾げた。
早馬や伝書鳥などを用いても、『栄光なる我が息子号』より早く連絡することはできない。そのため、彼の疑問も当然であった。
「我が商会は様々な魔法具も取り扱っているからな。魔法具の中には、離れた場所と会話できるものもあるのだ」
「なるほどっ!! その魔法具を使って予め支店に連絡をしておいたンスね?」
コルトの言葉に、トーラスが満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
「ではな、『真っ直ぐコガネ』の諸君。実に快適な空の旅だった。また機会があれば、この空飛ぶ船に乗せてくれ」
トーラスは『真っ直ぐコガネ』の面々と一人ずつ握手を交わすと、馬車に積まれた荷物と共にランチェスター商会のアレクサンド支店へと向かった。
「おっしっ!! じゃあ、俺たちも行こうぜ!」
「そうッスね! そして、噂の迷宮に挑戦するッスっ!!」
「じゃあ、宿を探さないとね。安くていい宿があればいいけど……」
「先程のトーラスさんに聞けば良かったわね」
「まだ、追いかければ間に合うのではないですか?」
ソリオは、仲間たちがあれこれと楽しそうに話しながら歩き出すのをにこやかに見守っていた。
と、そのソリオの背後に人の気配。慌てることなく彼が振り返れば、そこには予想した通りザフィーラがいた。
「俺たちは街に入るけど……ザフィーラさんはどうする? たまには俺たちと一緒に街に入らない?」
「いえ、私は船で留守番していますよ。船の中の掃除や、船倉の後片付けなどもありますしね」
「そっか。じゃあ、船の方はよろしくね?」
「お任せください、ソリオ殿下」
ザフィーラはソリオに一礼すると、ゆっくりと『栄光なる我が息子号』に戻っていく。
その後ろ姿をしばらく見ていたソリオも、すぐに仲間たちの後を追って街へと向かった。
改めてトーラスの紹介で宿を確保した『真っ直ぐコガネ』は、この街の郊外の地下に広がるクリソコラ文明期の遺跡──通称「アレクサンドの迷宮」に関する情報を集めた。
彼らの目的はあくまでも腕試しと遺跡の体験なので、本格的に深部まで到達するつもりはない。
そのため、浅い層の情報を重点的に集めることにする。
アレクサンドに到着した翌日、一日かけて手分けして情報を集めたところ、今の自分たちの実力ならば中層ぐらいまでなら余裕で辿り着けると判断した。
「だけど、今回はあくまでも腕試しだから……浅い層だけにしておこう」
「でも、浅い層だけだともう『枯れて』いないッスかね?」
「いいんじゃね? 『枯れて』いるってことは手強い怪物もいねえってことだろ? それにジュークの親父も言っていたじゃねえか。無理は禁物、遺跡は逃げやしないってな」
「そうね、ヴェルの言う通りだと思うわ。もしも本格的に遺跡に挑戦するのなら、それこそこの街に腰を落ち着けてじっくりと挑むべきじゃないかしら?」
「うん、俺もスペーシアの言う通りだと思う。だから今回は浅い層だけに挑戦しよう」
「御意。全てはソリオ様のお心のままに」
いつものように、オーリスがやや大袈裟にソリオの言葉に頷く。
『真っ直ぐコガネ』は明日への英気を養うため、美味い食事と酒を楽しんだ。
そして翌日。改めて装備を整えた『真っ直ぐコガネ』は、街の郊外にある「アレクサンドの迷宮」へと向かった。
飛竜素材の防具で統一した彼らの姿は、やはりよく目立った。
飛竜の素材が珍しいことと、チーム全員が同じ素材の防具を身に着けていることもあり、アレクサンドの街の冒険者たちは、この見慣れない一団を興味深そうに眺めていた。
そんな好奇の視線に見送られ、『真っ直ぐコガネ』は「アレクサンドの迷宮」へと足を踏み入れたのだった。
当初の打ち合わせ通り、『真っ直ぐコガネ』は遺跡の第十階層より下へは降りなかった。
遺跡の表層部分はこれまで数十人、数百人の冒険者たちに探索し尽くされ、めぼしいものは何もない。
それでもソリオたちは、慎重に周囲を警戒しながら遺跡の中を進み、遺跡に迷い込んだと思しき魔獣たちとも戦闘した。
遺跡の表層部分に迷い込んでいる魔獣は、それほど強い魔獣ではない。
強い魔獣ほど遺跡の深部へと潜りたがる習性でもあるのか、表層部ではなぜか弱い魔獣しか遭遇しないのだ。
現在の『真っ直ぐコガネ』の実力を以てすれば、ソリオの紋章術の援護なしでも苦戦するような相手ではなく、ヴェルファイアとオーリスを先頭に時々現れる魔獣を順調に撃破していった。
しかし、『真っ直ぐコガネ』は決して油断することなく、遺跡の中をゆっくりと進む。
時々現れる罠はソリオが発見解除し、障害となる怪物もヴェルファイアとオーリスの二人で殆ど片付けてしまう。
そのため、後衛のポルテとスペーシア、そして彼女たちの護衛役のコルトはやや暇を持て余す様な状態であった。
だが、魔獣や罠は現れても財宝の類は見つからない。さすがに浅い層は全て他の冒険者らに漁られ尽くしているらしい。
それでも、遺跡に挑むという高揚感がソリオたちを包み込んでいた。
決して油断することなく、けれども臆病になることもなく。
ゆっくりと一日かけて十階層まで踏破したソリオたちは、予定通りそこで遺跡探索を切り上げ、アレクサンドの街へと帰還した。
遺跡に挑んだ翌日は、骨休めも兼ねてアレクサンドの街を見て回った。
見知らぬ街のあちこちを探検するのも、冒険者家業の楽しみの一つでもある。
一緒に街へと繰り出した『真っ直ぐコガネ』の一行。
それぞれが思い思いにアレクサンドの街を楽しみ、夜が近い頃になると宿屋へと引き上げて来る。
「どうでしたスか、ソリオ様、スペーシア様? 二人っきりのアレクサンド探訪は楽しかったッスか?」
「こっちはおまえたちと一緒に行くって聞かないオーリスの旦那を、何とか押し止めるのに一苦労だったんだぜ? これで楽しくなかったなんて言ってみろ? 全力でぶん殴ってやるからな?」
にしししと意味深に笑うコルトとヴェルファイア。
仲間たちにからかわれたソリオとスペーシアは、二人とも顔を真っ赤にして視線を彷徨わせた。
そして、ソリオたちはコーラルの街へと戻るため、再び『栄光なる我が息子号』で空を駆ける。
陸路を行けば十日近くかかる道程も、『栄光なる我が息子号』ならば一日で足りる。
笑顔を携えてコーラルの「幸運のそよ風亭」へと戻ったソリオたち。
だが、そんな彼らを待っていたのは、焦った表情を浮かべた店主のジュークだった。
「お、おまえら、ようやく帰ってきたか……っ!! すぐに領主様の城へ行ってくれっ!! アゲート侯爵がおまえたちと大至急会いたいそうだ!」
困惑した表情で互いの顔を見合わせる『真っ直ぐコガネ』の面々。
ジュークに言われたように急いでアゲート侯爵の居城へと赴いた彼らを、驚愕の事実が出迎えた。
それは、彼らにも縁深い隣国パイライト帝国の帝城が、一瞬の内に崩れ去ったという話を聞いのだ。
『無敵の盾』更新。
さて、お気楽ムードは今回まで(笑)。
次回よりちょっとシリアスになっていきます。
では、これからもよろしくお願いします。




