次の世代のために
それは本当に一瞬だった。
何の予兆もなく、突然にそれは起きた。
とある日の昼下がり、突然パイライト帝国の中心にして象徴たる帝城が崩れ去ったのだ。
地震などの揺れを感じることもなく、唐突に崩れた帝城。
城の中にいた人々は、逃げ出す暇もなく帝城と運命を共にした。
いや、崩れたという表現は間違っているだろう。
なぜならば、城は崩れたのではなく落下したのだ。
帝城の真下に突然出現した、巨大な穴に。
その穴は城まるごと飲み込んだ。そこにいた人々と一緒に。
そして。
そして、その穴からは城に代わって別のものが現れた。
身を捩るようにして、城を飲み込むほどの巨大な穴を更に押し広げるように。
穴よりも巨大なそれは、ゆっくりと時間をかけて穴から這い出した。
ぉおぉぉぉおぉぉぉぉおぉおぉおぉん。
それはこの世に生まれ落ちた赤子の産声のように、歓喜の咆哮を上げた。
「そ、その話は本当なんですかっ!?」
驚きの表情を浮かべつつ、ソリオはアゲート侯爵に詰め寄った。
「ああ。どうやら間違いないらしい。パイライト帝国の帝城のあった場所に穴が開き、そこに城が丸ごと落っこちたそうだ」
蜥蜴族という種族上表情が読みづらいが、アゲート侯爵も困惑しているのは間違いなかった。
突然巨大な穴が開き、そこに城が丸ごと落ちたと言われても、誰もがすんなりとは信じないだろう。
しかし、城が消えたというのは間違いない事実なのである。
「そ、それで、侯爵閣下……城にいた人々の安否は……?」
顔を青ざめさせつつ、スペーシアがアゲート侯爵に尋ねる。
現皇帝であるグランディスを始め、あの城には彼女の縁の者も多い。
やはり、スペーシアとしてはそれらの人々が気になるのだろう。
「詳細は不明だ。城と一緒に穴に落ちたと思われるが、その穴の中には誰一人として入った者がいないんだ。現場が混乱しており、穴の中の調査まで手が伸びないらしい」
一国の中枢機能である帝城が突然丸ごと消失したのだ。帝都に暮らす庶民にも動揺と混乱が広がっており、今のパイライト帝国は、無事だった上級貴族を中心にそれらの混乱を収めるだけで手一杯らしい。
「加えて……こいつは未確定の情報だが、城が消えた穴の中から巨大な怪物が出現したって話もある」
「巨大な怪物……?」
「ああ。目撃者がかなりの数いるらしくてな……だが、帝都近郊ではそんな巨大な怪物の姿は見かけないそうなんだ。混乱に乗じて、誰かがイタズラで出鱈目を広めたって可能性もある」
一旦言葉を途切れさせたアゲート侯爵は、目の前にいる『真っ直ぐコガネ』をゆっくりと見回した。
「……そこで、おまえらに依頼だ。パイライト帝国の帝都まで出向き、詳細な情報を集めてきて欲しい。俺の部下を早馬で走らせても、おまえたちの飛空船にはとても勝てないからな。信頼できて機動性もあるおまえらにしか頼めない依頼だ。引き受けてくれるか?」
じっとソリオを見つめるアゲート侯爵。
そんな侯爵に、ソリオはにかりといつもの笑顔を向けた。
「了解。『真っ直ぐコガネ』はアゲート侯爵からの依頼を引き受けるよ!」
依頼を受けた『真っ直ぐコガネ』は、消耗品の補充などの準備を整えた後、『栄光なる我が息子号』を発進させた。
普段はコーラルの町の上空に滞空している『栄光なる我が息子号』。その巨体がゆっくりと動き出すと、町の住民たちがざわざわとざわめき出す。
「お、空飛ぶ船が動き出したぞ!」
「『真っ直ぐコガネ』がまたどこかに行くんだねぇ」
「いつ見てもあの大きな船が動き出すのは壮観だな! しかし、一度でいいからあの船に乗ってみたいもんだ」
今ではすっかりお馴染みとなった『栄光なる我が息子号』の出発に、住民たちは思い思いに空を見上げて手を振る。
「無事に帰って来いよ~」
「なぁに、あの船には『無敵の盾』が乗っているんだ。すぐにいつものように帰って来るさ」
かつてコルトが町の住民たちに向かって宣言した、ソリオの二つ名である『無敵の盾』。その二つ名は、今ではすっかりコーラルの住民たちの間で定着していた。
町の人々の声援を受けながら、『栄光なる我が息子号』は徐々にその速度を上げていった。
パイライト帝国の帝城が消滅したと聞き、ザフィーラは彼にしては珍しく動揺を露にした。
そのことに、ソリオを始めとした『真っ直ぐコガネ』の面々は驚いた。特に彼とはそれなりに付き合いのあったスペーシアは顕著だ。
「……パイライト帝国の帝城が……?」
白皙の美貌を歪め、ザフィーラは何とかそれだけを口にした。
「なあ、ザフィーラさんよ? もしかして、帝城が消えた穴ってのに心当たりがあるんじゃねえのか?」
普段は余裕のある態度を崩すことのないザフィーラ。そのザフィーラがここまで動揺するとは。
ヴェルファイアにはちょっと信じられないのと同時に、ザフィーラには何らかの心当たりがあるのだろうと確信する。
「……ねえ、ザフィーラさん。俺の本当の両親が封印したっていう異界の魔獣だけど……もしかして、その封印場所は……」
「はい。ソリオ殿下のお考えの通りです。魔道皇陛下と竜王陛下が異界の魔獣を封印した場所……それこそがパイライト帝国の帝城のあった座標です」
「じゃあ、あのお城の地下に、ソリオのお父さんたちが封印した異界の魔獣が眠っていたってこと?」
「いいえ、それは少し違います」
ヴェルファイアの肩辺りをふわふわと漂っていたポルテに、ザフィーラはその美しい顔を向ける。
「確かにあの城のあった座標に魔獣は封印されていましたが、それは地下ではないのです」
ザフィーラの言っていることがよく分からず、ソリオたちは揃って首を傾げた。
「どういうことッスか?」
「ソリオ殿下のご両親たちは、魔道の力で擬似的な異空間を作り出し、そこに魔獣を封印したのです」
ザフィーラは魔獣の封印に関しては、彼の持つ異世界のアイデアや知識を提供し、ソリオの両親たちの力となっていた。
封印に関して詳しいことを説明しても、おそらくソリオたちには理解できないだろう。
彼の言うことをすんなりと理解してしまった魔道皇の方が、はっきり言って異常なのだから。
「……う~ん、詳しいことは理解できないッスけど、要は魔法で大きなポケットを作り出して、そのポケットの入り口をこれまた魔法で塞いでいたってことッスか?」
「ええ。概ねその理解で間違いないですね」
大体の理解を示したコルトに、ザフィーラはにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、穴から出た巨大な怪物ってのは……」
「間違いなく、両陛下が封印した異界の魔獣でしょう」
ザフィーラのその言葉を聞き、言葉をなくす『真っ直ぐコガネ』。
極めて優れた戦士であり、紋章師でもあったソリオの父。
やはり優秀な戦士であり、巨大な竜へと変じることのできたソリオの母。
その二人が命懸けで何とか封印したという異界の魔獣。そしてその魔獣との戦いが原因で、ソリオの両親は戦いの後は長くは生きられなかったという。
そんな強敵が再びこの世に現れたのだ。例えソリオたちであろうとも、思わず絶望を感じてしまうのは無理もないことだろう。
それを理解したのか、ザフィーラは優しげな声でソリオたちに語りかけた。
「別にそんなに緊張しなくてもいいですよ? 何もあなたたちに異界の魔獣と戦えとは言いませんから」
ザフィーラは思わずぽかんとした表情を浮かべている『真っ直ぐコガネ』たちに語り続ける。
「確かにこの時代に……魔道皇陛下がソリオ殿下を送り込んだこの時代に、魔獣の封印が解けたのは何らかの因縁を感じます。ですが、あなたたちが異界の魔獣と戦う必要はありません」
「だ、だけど……この船はいつか魔獣の封印が解けた時のために、父さんが残した……」
「はい。確かにこの船は異界の魔獣との戦いも視野に入れて設計されております。ですが、両陛下は殿下の平和な暮らしを望んでおられました。ならば、この船に殿下の望んだ方々を乗せ、魔獣から逃亡を選択したとて両陛下は何もおっしゃらないでしょう」
確かにこの『栄光なる我が息子号』ならば、魔獣から逃亡を続けることができるかもしれない。
そして、この巨大な船の中なら、ソリオが望む彼と親しい者たちを乗せる余裕もある。
「ねえ、ザフィーラさん。俺の父さんと母さんは、どうして魔獣と戦ったの?」
ソリオは真剣な表情で問う。
「お二人は……殿下が流れ着くであろう未来を、平穏な世界にするために……殿下が安心して暮らしていける世界を守るため、魔獣と戦われました」
ザフィーラの返答を聞き、ソリオは目を閉じた。
そしてそのまま身動き一つせず、じっと考え続ける。
仲間たちもまた、彼の考えが固まるのを何も言わずに待ち続けていた。
そして。
「……俺は異界の魔獣と戦う」
ソリオは決断を下した。
「俺の父さんと母さんが、俺のために戦ったというのなら、俺だって同じだよ。俺たちの次の世代が安心して暮らしていけるように……俺は異界の魔獣を倒す」
静かに。そして強固に。
ソリオは決意を固めた。
「……ならば、私もソリオと共に戦います。私たちの次の世代のためならば、私も何もしないわけにはいきませんもの」
ソリオの決意に応じたのは、やっぱりスペーシアだった。
彼女はそっとソリオに近寄ると、彼の手を取ってふわりと微笑む。
「私も一緒に戦わせてください」
「ああ。一緒に戦おう。そして……守ろう。次の世代が平和に暮らせる世界を」
じっと見つめ合う二人。そんな二人を温かい気持ちで見守っていたオーリスは、ふととあることに気づいた。
「そ、ソリオ様……スペーシア様……お二人は先程から『次の世代』とおっしゃられておりますが……ま、まさか……」
その瞬間、オーリス以外の者も一斉に一点を注視した。
すなわち、ソリオに寄り添うようにして立つ、スペーシアのお腹を。
「いや、まあ……実はそうなんだ」
そう言いながら、ソリオはスペーシアの肩を抱き寄せる。
スペーシアもソリオに抱き寄せられ、恥ずかしそうに、そして幸せそうに顔を赤く染めた。
『無敵の盾』更新。
いよいよクライマックスへ!
そして、ソリオたちの重大発表も(笑)。
ようやくゴールが見えてきたなぁ。
では、これからもよろしくお願いします。




