一年後
かりかりかり。
かりかりかり。
自分の周囲を埋めるように存在する闇を、ソレはゆっくりと齧っていく。
もう、どれだけの間、こうして闇を齧り続けているだろう。
気が遠くなるほどの時間、こうして闇の中で闇を齧り続けている。
だが、ソレには分かる。
闇は残り少ないことを。
この闇を全て平らげれば、そこには眩しい光溢れる世界が存在するのだ。
その世界へと再び戻ることだけを夢見て、ソレは闇を齧り続ける。
自分をこの闇へと落とし込んだ、憎い男。
自分をこの闇へと追い込んだ、許されざる女。
その二人がまだ生きているかどうかも分からない。だが、例え二人が生きていなくても、ソレは復讐することを止めないだろう。
それこそ、世界そのものを全て平らげて無に帰すまで。
かりかりかり。
かりかりかり。
闇から解き放たれるその時まで、ソレは闇を齧り続ける。
轟音と共に、巨大な口腔から猛烈な勢いで炎が吐き出された。
炎は周囲の空気を熱しながら、真っ直ぐに標的目がけて伸びていく。
その標的は大きくはない。炎を吐き出した存在──巨大な飛竜からすれば、小さな取るに足らないような存在だろう。
だが。
だが、その取るに足りない存在に向けて、飛竜は全力の攻撃を加えている。
それは、飛竜がその標的を自分を倒しうる敵だと認めている証であった。
空中を駆ける真紅の炎。その先には、数体の小さな生き物たち。小さいとは言っても、それは飛竜と比した場合であり、彼らは決して小さくはない。
炎が彼らを直撃し、彼らは消しズミとなって大地へと落ちていく。
飛竜はそう考えていた。しかし、現実は飛竜の想像とはまるで違った。
突然、彼らと炎の間に光り輝く巨大な盾が出現した。
盾は易々と炎を防ぎきり、そのまま弾けるように消滅する。
そして、盾の影から三体ほどの影が飛び出した。
「ひぃぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!! 『真っ直ぐコガネ』の切り込み隊長、『剣闘姫』のコルト様とはあっしのことッスっ!! あ、ついでに、あっしは骸骨じゃなく、骨魔像ッスからっ!! お間違えなくっ!!」
「いやな、コルト? 飛竜相手にそんなことを言っても通じないぜ? それに、一応今は幻覚を被っているし」
剣を振りかざし、空を疾走するコルト。その背後を、ぶちぶちと文句をいいながら、戦槌を構えたヴェルファイアが追走する。
そんな彼らのすぐ横を、幾条もの赤光が駆け抜けた。
それは、オーリスが放った攻撃性の紋章術。貫通効果の高い赤光は、飛竜の頑丈な鱗を物ともせずにあっさりと貫いていく。
全身を襲う激痛に、飛竜が空中で苦しそうにその巨体を捩らせる。
それでも必死に翼を打ち振るい、体勢を立て直して墜落を免れた。
「……耐えたか」
それをみたオーリスが小さく呟き、ちらりと背後を振り返る。
「うん、オーリスも行って来て。飛竜の素材が手に入れば大もうけだからね」
「御意。見事飛竜を討ち取ってご覧に入れましょう」
槍斧をくるりと回転させ、穂先を飛竜に向けたオーリスは、主の言葉に従って真っ直ぐに飛び出した。
オーリスの姿を目で追っていたソリオは、その視線を飛竜へと向ける。
飛竜の周囲では既にコルトとベルファイアが自在に飛び交い、飛竜を完全に翻弄していた。
「さあ、俺もみんなの所に行こうか」
チームの旗印である戦旗を構え、ソリオがオーリスの後を追うように飛翔する。
飛竜の牙や尻尾が仲間たちを襲った時、彼らを守ることができるように。
ソリオは防御用の紋章術を準備しながら、空を駆けた。
空に浮かぶ巨船、『栄光なる我が息子号』。
その艦橋の窓から、二人の少女が仲間たちの戦いを見守っていた。
「……大丈夫でしょうか、ソリオたちは……」
「大丈夫よ。少なくとも、ソリオがいればヴェルたちが怪我をするようなことははいでしょ」
窓の向こうで戦っている仲間たちを心配そうに見守るスペーシア。その彼女の肩にちょこんと腰を下ろし、スペーシアを元気づけているのはもちろんポルテ。
だが、スペーシアの心配はもっともだろう。
飛竜は魔獣の中でも上位に数えられる強敵だ。その飛竜を相手に、しかも空中戦を挑むなど、普通は考えられないことである。
そもそも、飛竜は人里離れた山奥などに棲息し、あまり人前には出て来ない。その飛竜が『真っ直ぐコガネ』の前に現れたのは、おそらく航行中だった『栄光なる我が息子号』が飛竜の縄張りに入ってしまったからに違いない。
そして飛竜に襲われれば、何を放り出しても逃げるのが普通だ。だが、ソリオたち『真っ直ぐコガネ』はそれを選択しなかった。
ソリオの紋章術によって飛行可能となった彼らは、真っ向から飛竜へと挑んでいった。
しかも、最大のダメージディーラーであるポルテと、回復役であるスペーシアを船内に残した状態で。
もちろん、これで勝てるという目算があればこそ、ソリオたちは四人だけで飛び出したのだ。
ちなみに、『栄光なる我が息子号』にも武装はある。だが、その武装はどれも強力すぎて、飛竜を一撃で吹き飛ばしてしまうだろう。
だから、ソリオは『栄光なる我が息子号』の武装を使わない。そんなことをすれば、折角出会った飛竜の素材を入手することができなくなるからだ。
飛竜の鱗や皮などの素材から造られる武具は、どれも超高級品として扱われている。
その素材の元である飛竜が向こうから来てくれたのだ。冒険者としては、諸手を挙げて歓迎したい状況であった。
それも、勝てるという自信があればこそ。勝てる自信がなければ、ソリオとて逃亡を選んだだろう。
「ソリオたちと出会い、冒険者となってもう一年……早いものね」
「本当。この一年の間、あちこちに行っていっぱい冒険したものね。みんなの実力も上がって当然よ」
スペーシアが『真っ直ぐコガネ』に加入してから、既に一年の月日が経過していた。
この一年、『真っ直ぐコガネ』は大陸中を巡ったと言ってもいいだろう。
彼らが──正確にはソリオが──手に入れた『栄光なる我が息子号』。この飛空船は、当然ながらあっという間に話題になった。
ソリオたちはこの飛空船を使って、主に荷運びの仕事を引き受けてきた。
大量の荷物を高速かつ安全に運ぶことができる『栄光なる我が息子号』。飛空船という珍しさもあって、仕事は山のように舞い込んだ。
時には人を運ぶ仕事もした。特に貴族たちは『栄光なる我が息子号』に乗ることを望み、中には買い取りを申し出る者もいたほどである。
当然ながら、ソリオは『栄光なる我が息子号』を手放さなかった。そもそも、ソリオがいないと『栄光なる我が息子号』は動かないのだ。
そうしてこの一年、あちこちを巡り、『真っ直ぐコガネ』の名前は広く知れ渡ることになった。
それに合わせて数々の冒険も熟し、ソリオたちの実力は順調に伸びていった。今では駆け出しを卒業し、中堅の上位にまで数えられるほどにまで成長していた。
新たに加わったスペーシアもまた、今ではすっかり仲間たちと打ち解けていた。
そして、ソリオとスペーシアの仲も順調に進展しているようだ。
時に二人が仲睦まじそうに寄り添っているのを、仲間たちは何度も目的している。
二人の仲が具体的にどれほどまで進展しているのか。それは仲間たちも知らない。そんな野暮な勘ぐりをすることは、さすがのコルトでさえしなかったのだ。
仲間たちに温かく見守られ、ソリオとスペーシアは互いに信頼を築き上げてきた。
もしかすると、二人の間には愛の結晶が誕生するのは、そう遠くのことではないかもしれない。
「でも、正直言うと……私はちょっと不満だわ」
窓の外を見つめながら、スペーシアが零す。この時、彼女は無意識に自分の手首に触れていた。
今、彼女の手首には例の蒼い鱗は見当たらない。オーリスの指導の元、竜化の異能をある程度制御できるようになり、身体の鱗や瞳の縦長の瞳孔などを消すことができるようになっていた。
とはいえ、ソリオの母である竜王のように、巨大な竜へと変化することはできないようだ。
「何が不満なの?」
「だって、私は回復役としてこのチームに参加したのよ? だけど、ソリオがいればみんなが怪我をすることは殆どないもの。もちろん、私だってみんなに怪我をして欲しいわけじゃないけど、本来の仕事がないのが申し訳ないやらつまらないやら複雑で……」
「いいじゃない。他のことでスペーシアががんばっているのはみんな知っているんだから。あなたは堂々とこのチームに……『真っ直ぐコガネ』にいればいいのよ」
冒険中の料理や洗濯など、細々とした雑用は全てスペーシアが引き受けていた。
ソリオたちとてその全てをスペーシアに任せているわけではないが、彼女は率先してそれらの雑用を引き受けている。
彼女たちがそんなことを話している間に、飛竜との戦いは佳境を迎えているようだ。
飛竜の繰り出す炎や爪といった攻撃を、ソリオが全て紋章術で遮る。
反対に、コルトの剣やオーリスの槍斧は、ソリオの支援を受けて確実に飛竜の生命力を削っていった。
そして。
「おおおおおおおおおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
気合いと共にベルファイアが戦槌を飛竜の頭部に振り下ろし、その強靭な頭蓋をとうとう粉砕した。
断末魔の悲鳴の代わりにぼふっと黒い煙を吐き出した飛竜は、真っ逆さまに地面へ向かって落下していく。
それを見て、ソリオが手にしている戦旗を高々と翳す。
風に靡いて戦旗が翻る。
「終わったみたいね」
「ええ」
少女たちもまた、仲間たちの勝利にほっと安堵の息を漏らす。
スペーシアは、何気なく艦橋の後ろに靡く旗を見た。
それはこの『栄光なる我が息子号』の旗印。そこにはソリオの戦旗と同じ、コガネムシの模様が描かれていた。
「ソリオ殿下。飛竜の亡骸を『栄光なる我が息子号』の船底部分に固定完了しました。いつでも発進できます」
飛竜との戦闘を終え、艦橋に戻ってきたソリオたちにそう告げたのは、この船の管理人を務めるザフィーラだ。
彼は滅多に船から降りることもなく、船の中でのソリオたちの世話を焼いている。
船内の掃除から料理の支度まで、彼にかかれば完璧にこなされる。
とはいえ、時には彼もふらりと船内から姿を消し、行く先々の町で楽師としてリュートの演奏を披露したりもする。
だが、彼が『真っ直ぐコガネ』の一員として、冒険に参加することはなかった。
そのことをソリオが疑問に感じて、ザフィーラに尋ねたことがある。
「私はこの世界ではイレギュラーな存在です。その私があまり派手に動くと、時空そのものに影響を与えてしまうかもしれません。よって、私は極力大人しくしているつもりです」
という、ソリオにはよく理解できない答えが返ってきた。
それでも彼なりに退屈することなく生活しているようで、ソリオも仲間たちもザフィーラの好きにさせている。
また、サフィーラの異界の知識は、時に強力な武器となることをソリオたちは忘れていない。
飛竜との戦闘空域から離れ、『栄光なる我が息子号』は半日後には彼らのホームタウンであるコーラルの町に戻ってきた。
そう遠くない未来において、『真っ直ぐコガネ』は驚愕の事実と直面することになるのだが、それはもう少しだけ先のことであった。
『無敵の盾』更新、というよりは再開。
最終章に突入ということもあり、作中では一年の時間が流れました。
ソリオたちも今ではいっぱしの冒険者です。
さあ、最終決戦に向け、最後までがんばっていきます!
では、これからもよろしくお願いします。




