コルトのヒミツ
「……どういうこと?」
ソリオに尋ねられたスペーシアは、首を傾げながら言葉を続けた。どうやら、彼女自身も今一つ完全には理解しきれていないらしい。
「私も選別者の端くれです。選別者は邪なる者の波動を感じ取ることができます。ですが……コルトさんからは不死者特有の邪なる波動を感じないのです」
この世界の管理を司る守護者。その守護者の寵愛を受けた存在であると言われる選別者は、不死者などの邪悪な存在の波動を感じ取ることができるらしい。
とはいえ、その感知能力はそれほど広範囲に及ぶようなものではなく、熟練の選別者でも自分を中心とした十数メートルほどが限界であるという。
選別者としてはまだまだ発展途上であるスペーシアだが、これだけ至近距離に不死者がいて、その波動を感じ取れないわけがない。
「……じゃあ、コルトは不死者じゃないってこと?」
「だったら、骸骨は一体何者なんだ?」
ソリオとヴェルファイアが互いに顔を見合わせた。
いまだに幻覚の指輪を装備せず、骨だけの身体──その上に衣服や防具などを装備しているが──を晒しているコルトへと、他の者たちの視線が自然と集まる。
「私もそこまでは……ですが、大僧正様ならば何か御存知かもしれません」
「あ、そうか。あの人……ザフィーラさんなら…………」
「そうね……今一つ得体の知れない人だけど、私たちにはない知識を持っているしね」
互いに納得した『真っ直ぐコガネ』は、グランディスへの挨拶もそこそこに部屋を飛び出した。
彼らが目指すのは、『栄光なる我が息子号』に居残っているザフィーラの元。
ソリオたちは、皇城の近くの空に待機している飛空船へと向かった。
ちなみに、うっかり幻覚の指輪を装備することを忘れ、骸骨の姿を晒したまま皇城の廊下を駆け抜けるコルトを見て、思わず失神する侍従や侍女が続出した。
これが元となり後の世に「皇城の廊下を彷徨う骸骨」という逸話が語り継がれるようになるのだが、今のソリオたちが知る由もないことであった。
「結論から言いますと、彼女は不死者ではありません。魔像……いわゆる骨魔像ですね」
コルトの身体のあちこちに何やらコードのようなものを貼り付け、そのコードが繋がったソリオたちにはよく分からない魔道具──らしきもの──を覗いていたザフィーラが、コルトからコードのようなものを外しながらそう宣言した。
『栄光なる我が息子号』へと文字通り舞い戻ってきた『真っ直ぐコガネ』。その一行に骸骨が一体混じっていることに、船で留守番をしていたザフィーラは一瞬だけ眉を顰めたが、すぐにいつものような態度に戻ると、慇懃に腰を折って船の主である少年を迎え入れた。
「お帰りなさいませ、ソリオ殿下。随分とお早い帰還でしたね?」
「うん。実はザフィーラさんに聞きたいことがあって──」
ソリオを初めとした一同の視線が、骸骨へと集まる。
「ふむ……その着ている服などから判断して……もしかして、そちらの骸骨はコルトですか?」
「うん。確かにこの骸骨はコルトなんだけど……」
ソリオは手短にコルトに関して、ザフィーラに説明した。そして、彼女の正体に関して疑問が発生したことも。
「それで、ザフィーラさんなら何か知っているんじゃないかって思ったんだけど……どう? コルトが何者なのか、心当たりってあるかな?」
ソリオに尋ねられたザフィーラは、その極めて整った容貌を改めてコルトへと向けた。
そのまま彼女に注目しながら、ゆっくりとその周囲を回って隅々まで骸骨の身体を目で調べていく。
「……見たところ、ただの骸骨ではないようですが……詳しく調べてみましょう」
そう言ってザフィーラが取り出したのが、ソリオたちにはよく分からない装置だった。
その装置から伸びたコードの先をコルトの身体のあちこちに取り付け、装置の表面に映し出される文字──やっぱりソリオたちには理解できない──をじっと見つめるザフィーラ。
やがて装置を止めて顔を上げたザフィーラが発した言葉が、先程「コルトは骨魔像である」というものだった。
「ぼ、骨魔像……? あっしは不死者ではなく魔像だったンスか……? じゃ、じゃあ、あっしのこの記憶や人格は…………?」
「これは推測でしかないが、君の創造者が魔像を造った後、君という人格を転写したのだろう。ただ、君という人格や記憶が誰か実在の人物のものなのか、それとも創造者が作り出したものなのか……そこまでは不明だ」
ザフィーラの秀麗な容貌がやや歪められる。
もしかすると、「コルト」という人物はどこにも存在していなかったのかもしれない。彼女にそう告げることが、やはり心苦しいのだろう。
呆然と立ち尽くすコルト。幻覚の指輪を装備することも忘れ、骸骨のまま無言で佇んでいる。
もちろん、ソリオたちも心配そうな目を彼女へと向けていた。
だが、考えて見れば。
コルトを造ったという創造者──クリソコラ文明記の紋章師は、コルトと出会ったあの地下道で「究極の屍肉魔像」とやらを造ろうとしていた。
コルトは彼を「死霊術師」と呼んでいたが、それはコルトの一方的な勘違いで、もしかすると「魔像創造者」だったのかもしれない。
「……そう言えば、以前にコルトの身体が受けたダメージが、〈修復〉の紋章術で直ったことがあったっけ……」
よくよく考えてみれば、物を修理する〈修復〉で不死者のダメージが回復するわけがないのだ。
あの時は「コルトだから」というぞんざいな理由で納得してしまっていたが。
「……ね、ねえ、コルト……?」
何も言わずに立ち尽くすのみのコルト。
さすがに心配になって、ソリオがそっと声をかけてみる。
ぎっぎっぎっぎっという音が聞こえてくるような緩慢な動作で、コルトがソリオへと振り向く。
「……そ、ソリオ様……あ、あっし……あっしは……」
本来、表情のないはずの頭蓋骨。だが、今のコルトの頭蓋骨が泣き出す寸前のような気が、ソリオにはした。
「……あっしは……骸骨じゃなかったンスね……ひ、ひ………………」
「う、うん……で、でもさ? コルトはコルトで……これからもずっと俺たちの仲間だから……」
何と言っていいのか、判断がつかないソリオ。仲間が苦しんでいる時にもこんなありきたりな言葉しか浮かばない。そんな自分を自分で殴りつけてやりたい。そう感じてソリオが力なく肩を落としたその時。
「…………ひ、ひひひひひひ……ひぃぃぃぃぃぃゃっっっっっっっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如、コルトが歓声を上げた。
思わず目が点になるソリオ。いや、彼だけでなく『真っ直ぐコガネ』の面々も同様だった。
唯一、ザフィーラだけがやや眉を釣り上げるだけに留まっている。
「あ、あの……コルト……?」
「いやー、あっしってば、自分のことをずーっと骸骨だとばかり思っていたッスからね! それが実は魔像だった! これが喜ばずにいられるかっ!? いや、喜ぶのは今でしょうっ!!」
ずびしっと天──『栄光なる我が息子号』の一室の天井──を指差すコルト。
「あっしは魔像! 無敵の魔像! つまりは鉄の城の同類! 不気味な不死者だったあっしとは、今日限りでオサラバさっ!! くはーっ、魔像のあっしってばカッコイイっ!!」
嬉しさのあまりか、得体の知れない踊りをかたかたと踊り出すコルト。
骸骨が踊るというその外見は、子供が見ようものなら一発で泣き出すか気を失うこと請け合いだが、当の本人は喜んでいるらしい。
ちなみに、先程コルトが言った「鉄の城」とは、傷つきぼろぼろになりながらも主人と主人が暮らす町を守ったという、誰もが知っている御伽噺に登場する鋼鉄魔像のことである。
「──と、いう訳で、今後は魔像のコルトをよろしくッスっ!!」
と、コルトは右手の親指をソリオたちに向けておっ立てたのだった。
「さて、と。コルトの問題は片づいたけど、これからどうする?」
艦橋へ戻って来た後、ソリオにそう尋ねたのはポルテだった。
彼女の言う「これから」とは、『真っ直ぐコガネ』の今後の活動方針のことだろう。
「そうだね……とりあえず、グランディス皇帝と約束したから、皇帝をこの船に一度乗せてあげて……その後はコーラルの町に帰ろうか」
ソリオのその提案に、ヴェルファイアとポルテが嬉しそうに頷いた。
もちろん、オーリスとスペーシアにも異論などなく、コルト──森妖族の姿に戻っている──も同様のようだ。
「ジュークの親父さんや、アゲート侯爵、それにヘマタイト村のおやじやみんなにもこの船を見せてあげたいしね」
「そうだな。『栄光なる我が息子号』って名前を大々的に広めないとな」
ヴェルファイアがにやりと笑い、器用に片目を閉じてみせる。
「うーん……本当に、船の名前って変更できないの?」
「はい、殿下。この船の各種システムに『栄光なる我が息子号』で登録してありますから、名称変更は不可能です」
ザフィーラの返答に、ソリオは明白に嫌そうな顔をする。
「それに、お嫁さんのこともスイフトさんたちに紹介しないといけないしねー」
「そうですな。スイフト殿も奥様の存在を知れば、きっとお喜びになられるでしょう」
にやにやと笑うポルテと、対照的に至極真面目な表情のオーリス。
そして、顔を赤くしてじーっとソリオを見つめているスペーシア。
そんなスペーシアに、ソリオはがしがしと頭を掻いたのち、彼女と同じぐらい顔を赤くしながら手を差し伸べた。
「……まあ、その……何か変な出会いになっちゃったけど……一緒にやっていこう。これから……お互いにお互いをゆっくりと知っていけばいいよね?」
「は、はいっ!! 不束者ですが、よろしくお願いいたしますっ!!」
スペーシアがソリオの手を取る。その際、彼女の手首の鱗が露になるが、スペーシアはそれを一切気にしなかった。
「よしっ!! じゃあ、グランディス皇帝の言葉に甘えて少し皇城でゆっくりしてから、新生『真っ直ぐコガネ』の活動開始といこうか!」
ソリオの言葉に、『真っ直ぐコガネ』の面々が力強く頷いた。
と、それに合わせて力強いリュートの音色が響き渡る。
もちろん、リュートを奏でているのはザフィーラだ。彼も『真っ直ぐコガネ』の新たな門出を祝ってくれているのだろう。
一度だけ、ソリオとスペーシアが静かに見つめ合う。
二人は互いに微笑むと、そのまま勇壮なリュートの音色に耳を傾けたのだった。
『無敵の盾』更新。
これにて「隣国訪問編」は完結。
次回より、最終章へと入っていきます。
『無敵の盾』の連載を開始したのが、2013年の3月。そろそろ一年半ほどが経過しますが、ようやくゴールが見えてきたようです。
さあ、ラストスパートだ!
では、これからもよろしくお願いします。




