竜の因子
ヴェルファイアに手首を指差されたスペーシアは、言葉に詰まって周囲を見回した。
ようやく自分が手首を露出させていたことに気づき、スペーシアは慌てて腕を背後に回そうとする。
だが、そこでふと思いとどまり、何らかの決意の表情を浮かべて『真っ直ぐコガネ』の面々を見た。
そして、隠そうとしていた手首を、逆に彼らの前へと自ら晒し出す。
「これは……この鱗は、私が生まれた時からあるものです。どうして私にこのようなものがあるのか……それは分かりません。何人もの賢者や神官、魔術師に調べていただきましたが、結局理由は分かりませんでした」
蒼玉色に輝く鱗に覆われたスペーシアの手首。それを、ソリオ以外の『真っ直ぐコガネ』の面々は興味深そうに覗き込んだ。
「ふーん。綺麗なもんだな」
「そうね。まるで本当に蒼玉を埋め込んだみたい」
まるで装飾品でも眺めるように、目を輝かせるヴェルファイアとポルテ。
「へっへっへっ。いやぁ、さすがはソリオ様の奥様となられるお方! 他に類を見ないお見事な装身具ッスな!」
土下座したまま、なぜか見当違いの誉め方をするコルト。その際、ぺちんと自分の掌で額を叩くことも忘れない。
そして最後の一人のオーリスは、何も言わずにただただ、じっとスペーシアの鱗を凝視していた。
そんな彼らに、スペーシアの方が当惑を隠せない様子で逆に問い質す。
「あ、あの……皆様、これを見ても気持ち悪いとか、気味が悪いとか……思われないのですか?」
これまで散々陰口の対象となってきた鱗。その鱗を見てもそれほど嫌悪感を現さない『真っ直ぐコガネ』たちを見て、スペーシアは思わずそう尋ねていた。
「ん? ああ、別に気持ち悪いってこたぁねえよ。なあ、姉貴?」
「そうね。これで気持ち悪いって言っていたら……ねえ?」
しみじみといった口調で零したポルテの視線が、土下座状態のコルトへと向けられた。
「おう。これに比べたらマシってもんだからな。おいコルト」
「なンスか、ヴェルさん?」
促されて立ち上がったコルトの腕を取ったヴェルファイアは、そのままするりと彼女の指から指輪を引き抜いた。
途端、それまでの儚げな印象の森妖族の美少女の姿が掻き消え、代わりに一体の骸骨が姿を見せる。
「──────ひっ!!」
「むぅ……こいつぁおもしれぇな!」
思わず小さな悲鳴を零すスペーシアと、新しい玩具を見つけた子供のような表情のグランディス。
「実はこいつ、クリソコラ文明期の骸骨でな? どういうわけか生前の記憶を有しているし、こんなにも生き生きとしているんだ。こいつに比べたら、手首に鱗が生えているぐらいどうってことねえよ」
呵々大笑しながら、剥き出しとなったコルトの頭蓋骨をぐりぐりと掌で撫で回すヴェルファイア。
「ううっ、止めて下さいッス、ヴェルさん。だんだん目が回ってきたッス!」
「コルトに回る目なんて、初めからないよね」
ぽっかりと虚ろな眼窩を晒しながらそんなことを言うコルトを、ソリオを始めとした『真っ直ぐコガネ』の仲間たちが笑い合った。
これまでのスペーシアの人生において、爬虫類のような瞳孔と手首と足首の鱗はまさに呪いに等しかった。
これを見る者全てが明白に眉を寄せ、不快そうな顔をする。
そのため、この瞳孔と鱗が忌むべきものだということを、スペーシアは幼い頃から思い知らされてきた。
陰口、誹謗中傷、その他もろもろ。
彼女が直に耳にしただけでも相当なもので、彼女が知らないものも含まれると、その数と内容は更に酷くなるだろう。
しかし。
今、スペーシアの目の前にいる新たな仲間たちは、今までの彼女の周囲にいた者たちとはまるで違っていた。
彼らは嫌悪ではなく称賛の目で、彼女の手首の鱗を見ている。
何気なく、将来の夫と誓った少年へと目を向ければ、彼もまた優しげに微笑んでいて。
その瞬間。
『真っ直ぐコガネ』は、彼女の居場所となった。
皇族でもなければ、聖域の長でもない、ただ一人の人間──それも、身体の一部に不気味な異形を持つ女である彼女。
そんな自分を嫌悪することなく受け入れてくれた少年と仲間たちに、スペーシアは心の中で最大の感謝を捧げた。
「…………少々よろしいでしょうか、奥様?」
突然こう声をかけてきたのは、それまでずっと黙っていたオーリスだ。
「失礼ながら、私に奥様の手首の鱗を拝見させていただけないでしょうか?」
丁寧な口調で尋ねるも、オーリスの瞳に浮かぶ光はとても厳しい。
その眼光にやや気圧されながれも、スペーシアはゆっくりと頷いてみせた。
「構いません……どうぞ」
差し出されたスペーシアの右腕。その腕に触れないように注意しながら、オーリスは鋭い眼光そのままにゆっくりと観察した。
「……………………間違いない」
感きわまったと言った感じで、オーリスの口から零れ落ちる言葉。
「奥様。これは……この鱗は呪いなどではありません。この鱗は竜の因子の発現です」
「……竜の……因子……?」
「左様にございます。どうやら、私は重大な思い違いをしていたようです」
「思い違い?」
問い返したソリオに、オーリスは神妙な表情で頷いた。
「この国……パイライト帝国がクリソコラの時代から血脈を繋ぎ、なおかつ『帝国』という名称と皇族が人間族という事実から、私はこの国がかつてのクリソコラ帝国……ソリオ様の御尊父の魔道皇陛下の血筋の末裔だとばかり思っていました。ですが……奥様の持つ竜の因子を見て考えを改めました」
ソリオの父親であり、クリソコラ帝国第八十一代目の皇帝プレジデント・ラピュタ・クリソコラ。
当時の帝国は人間上位思想の国であり、罪人の末裔である亜人たちを下等な存在と定義していた。
そのために帝国と亜人──帝国からは蛮族と呼ばれる者たちは、長い間刃を交えていたのだ。
「ですが、その蛮族を束ねる存在であった、ソリオ様の御母堂の血族もまた人間族だったのです」
「けどよ、オーリスの旦那? ソリオのお袋さんは亜人たちの王だったんだろ? それがどうして人間族なんだ?」
「当時、クリソコラ帝国から蛮族と呼ばれていた者たちの中には、帝国の支配に反発する人間も含まれていた」
2000年前に滅びたクリソコラ帝国。滅亡の直前まで強大な勢力を誇った帝国だが、その歴史は決して一枚岩ではなかった。
帝国の長大な歴史の中には、その支配に不満を抱いて反逆の弓を引いた者もいるし、もっと些細な事柄から帝国から離反した貴族などはいくらでもいた。
現にオーリスの生家の主家とも言うべき家系は、当時の当主が罪を犯して帝国から逃げ出し、一族郎党揃って蛮族に庇護を求めたのだ。
「確かに蛮族たちを支配する、ということから表向きは人間ではなく竜の末裔と公表しておりましたが、実のところは竜の因子を持つ人間族でした」
「そう言えば、ソリオのお母さんは巨大な竜に変化できたって、オーリスさんは言っていたわね」
「その通りだ、ポルテくん。ソリオ様の御母堂は竜に変じる力を持っていた。これを当時の我々は『竜の因子』と呼んでいたんだ」
ソリオの母親であるルミナス・ミラジーノ。その血脈に実際に竜の血が流れていたのかどうかは定かではない。
それは当時のルミナスも言っていたことで、彼女はおそらく竜の血が混じっているのではなく、単に竜に変化する異能のなせる技だと推測していたらしい。
「当時の竜王陛下は、もしかすると竜へと変化する獣人の一種ではないか、とも言われておられました」
オーリスの説明が終わったところで、一同の目が再びスペーシアの手首に輝く鱗へと向けられた。
「じゃあ、スペーシアは……」
「はい、ソリオ様。奥様は……いえ、パイライト皇族はルミナス陛下の末裔なのでしょう」
「で、では……本当にこの鱗は、呪いなどではないのですね……?」
「然様でございます、奥様。呪いどころか、これは竜王の血脈の証。忌避するどころか誇ってもよいことだと、私は思います」
「ソリオ様……」
「うん。オーリスの言う通りじゃないかな? 確かに事情を知らない人から見れば、その鱗は呪いのように見えるかもしれない。でも、少なくとも俺たちはそうは思わないから。要は自分の気持ち次第だよ」
「はい…………はい! あ、ありがとうございます……」
スペーシアは、静かにソリオに近づくと、その胸に額を押しつけるようにして俯いた。
彼女の肩が小さく震えている。
その場に居合わせた者たちは、どうして彼女の肩が震えているのか理解して、しばらくそのまま温かく見守っていた。
「更に具申してもよろしいでしょうか、奥様」
しばらくして、スペーシアが落ち着いたのを見計らい、オーリスが更に言葉を続けた。
「私自身は竜の因子など持たないただの人間族なので明言することはできませんが……それでも、ルミナス陛下の身近に仕え、陛下がどのようにして竜の因子を操っていたのか、それを間近で見てきました。そのため、完全とはとても申せませんが、僅かとはいえ竜の因子を操る方法を心得ております」
「そ、それでは……」
「はい。何せ私自身理解し辛いこと故に現時点では断言できかねますが、奥様が竜の因子を操る術を身に付けられれば、その鱗を消し去ることもできるのではないかと愚考いたします」
オーリスの言葉を聞いたスペーシアの顔が輝く。
例え、呪いなどではなく先祖の特徴が現れただけとはいえ、やはりうら若い女性がその肌に鱗がある、という事実は苦痛には違いない。
「私にできる限りの指導をさせていただきますが……いかがなされますか?」
「はいっ!! よろしくお願いしますっ!!」
スペーシアが勢いよく頭を下げ、それに恐縮するオーリス、そんな彼を笑うソリオたち、という、微笑ましいシーンが繰り広げられ、それを見つめていたパイライト帝国の現皇帝であるグランディスは、溜め息を吐きながらしみじみと零した。
「いいなぁ、若いってよ。俺ももう少し若ければ、皇帝の座なんざ他の誰かに任せて、あの空飛ぶ船で一緒に冒険の旅に出るのになぁ……」
「なあ、コルト? おまえ、いつまで骸骨のままでいるつもりなんだ?」
新たに『真っ直ぐコガネ』に加わったスペーシアを交え、今後の活動の方針などを話し合っていた時。
ふと、コルトがまだ骸骨の姿を晒していることに気づいたヴェルファイアが、何気なく尋ねてみた。
「何言っているンスか、ヴェルさん! ヴェルさんがあっしの幻覚の指輪を返してくれないから、あっしはこのままだったンスよ?」
「おお、そういやそうだっけか。悪い悪い」
ヴェルファイアが頭を掻きながら、コルトに幻覚の指輪を返す。
そのやり取りを見ていたスペーシアが、首を傾げながら傍らに立つソリオへと尋ねた。
「ソリオ様……変なことをお尋ねしますが、コルトさんって本当に骸骨……不死者なのですか?」
「え? どういうこと?」
スペーシアの質問の意味が理解できなかったソリオは、思わずそう聞き返していた。
だが、当のスペーシアも理解しきれていないといった雰囲気で、不思議そうな顔をしている。
「それが……私にはコルトさんが不死者だとは思えないのです。彼女は……本当に不死者なのでしょうか?」
『無敵の盾』更新。
さて、スペーシアの『真っ直ぐコガネ』加入と、新たな疑問の発生。
随分と前(具体的には17話)に張った伏線の回収とも言う(笑)。
次回にて今章を終わって、次々回からは最終章へ突入の予定です。
何とか年内に完結までいけるといいなぁ。
では、これからもよろしくお願いします。




