『栄光なる我が息子号』、発進!
薄い蒼銀色に輝く船体と、そこにでかでかと書かれた「栄光なる我が息子」という文字。
クリソコラ語で書かれたその文字を見て、当のソリオはげんなりとした表情を浮かべている。そして、その背後ではオーリスが実に満足そうな笑みを浮かべて何度も頷いていた。
「さすがは魔道皇陛下。素晴らしいネーミングだ」
「どこがっ!? 恥ずかしいだけだよねっ!?」
不貞腐れたように叫ぶソリオ。そして、そこで我慢が限界に達したのか、ヴェルファイアとポルテが大爆笑した。
よく見れば、少し離れたところでスペーシアも肩を震わせていたり。
「いいじゃねえかよ、ソリオ。おまえの親父さんがおまえを思ってつけた名前だぜ? 俺はいい名前だと思うがな」
「そうよ。あなたお父さんの、あなたに対する愛情がよく分かるわ」
笑顔でソリオに告げるヴェルファイアとポルテ。だが、その声に若干の寂しさが混じっているのは、彼らが孤児だからか。
その一方で、コルトはザフィーラに詰めよっていた。
「あの文字って、『栄光なる我が息子』と書いてあるンスか? だったら是非、あの文字の下にあっしの名前も書き込んで欲しいッス! その際は、『ソリオ様の忠実なる部下』という肩書きでヨロシク!」
「むっ!? それは聞き捨てならんぞ、コルト! ソリオ様の名前のすぐ下に書き込むのは、ソリオ様の第一の騎士であるこの私の名前だ!」
どびしっ!! と音がするような勢いで、自分自身を指し示すオーリス。
「……これ以上、この船の外観を恥ずかしくするのは止めようよ……」
力なく呟かれたソリオの声。がっくり落ちている彼の肩を、ヴェルファイアとポルテが慰めるように叩いた。
ザフィーラに案内され、ソリオたちは『栄光なる我が息子号』の内部へと入った。
船の内部も遺跡と同様、ザフィーラが手を翳すだけで灯りが点灯する。
「さっきから不思議なンスけど、それってどういう仕掛けなンスか?」
「この船全体を統括する総合制御機に、船のクルーの遺伝子情報を登録することで、灯りの点灯や扉の開閉などの指示を出せるようになります。もちろん、クルーの地位による指示の優劣はありますが。そして、遺跡の方もこの船で統括しているため、遺跡内部も同じ条件で操作できます。現時点では、登録してある遺伝子情報は私のものだけですから、今は私にしか操作できません」
「……言っていることはイマイチよく分からないッスけど……そのナントカって言うのに登録さえすれば、あっしらにもザフィーラさんみたいなことができるってことッスか?」
「ええ、その通りです。もっとも、登録にはこの船の主であるソリオ殿下の許可が必要ですが」
仲間たちの視線が、一斉にソリオへと集まる。
そんな中、ポルテが感じた疑問をザフィーラに聞いてみた。
「でも、ソリオのそのナントカ情報は登録されてないの? この船はソリオのために造られた船なんでしょ?」
「この船は、ソリオ殿下が今の時代に旅立たれてから建造されたものです。そして、遺伝子に関する知識は、私が魔道皇陛下に伝えたもの。私が陛下と出会ったのは殿下たちが旅立たれた後ですから、その時点では陛下には遺伝子に関する知識はありませんでした」
ザフィーラの持つ異世界の知識は、この船を建造するさいにいろいろと使われた。
さすがに異世界の知識の全てを再現することは、いかな魔道皇と言えども不可能であった。だが、それでも『栄光なる我が息子号』は他に類を見ない機能を有する希有な船となった。
その希有な船が今、本来の持ち主の手に渡り、二千年の永き眠りから目覚めようとしている。
ザフィーラに先導されて、この船の主が遂に船の「頭脳」とも言うべき艦橋へと到着した。
「では、殿下。こちらにお座りください」
そう言ってザフィーラが指し示したのは一つの椅子。
この艦橋には他にもたくさんの椅子が設置されているが、その椅子だけは他よりも少し高い場所にある。おそらく、そこが「艦長の椅子」なのだろう。
仲間たちが見守る中、ソリオはザフィーラに促されて「艦長の椅子」へと座る。
すると、艦長席の正面のパネルの一点に、ぼんやりとした灯りが点灯する。
「殿下。その灯りに両陛下から贈られた書物を乗せていただけますか?」
ソリオは首を傾げながらも、言われた通りにパネルに書物──『愛息子へ捧げる愛の詩集』を乗せた。
と、ソリオの前に並んでいたパネルたちに次々に光が灯る。
その光の上を、ずらずらと見たこともない文字が浮かんでは消えて行く。
その文字の数はまさに膨大。
やがて文字の洪水が終わると、最後に一文だけパネルに残る。
それはザフィーラ以外には読むことはできなかったが、確かにこう記されていた。
──起動キー『愛息子へ捧げる愛の詩集』の存在を確認。同時に、起動キーの所有者から魔道皇、竜王、双方に通じる魔素波長を確認。これによりこの者を二人の王の末裔と認証し、『栄光なる我が息子号』の全システムの起動を開始します。
どん、と『栄光なる我が息子号』が揺れた。
何事かと慌てて周囲を見回す『真っ直ぐコガネ』は、艦橋の至る所に設置された各種のパネルが次々に点灯していく様子を目にして大いに驚いた。
「な、何が起きているの……?」
そう呟いたポルテの表情とは真逆に、艦橋の中はどんどんと明るくなっていく。
やがて艦橋の全ての灯りが点灯しきった時。
艦橋のど真ん中に、唐突に一人の男性が現れた。
突然現れたその男性。年齢は三十代後半ぐらいだろうか。
燃えるような真紅の髪を持つ、威風堂々とした男性だった。
だが、その男性に左腕は肘から先がなく、顔もまた、左半分が焼け爛れたような無惨な傷跡を晒していた。
それでも尚、その姿には威厳があった。風格があった。明らかに彼は人の上に立つ「王」という存在だった。
「………ま、魔道皇陛下……」
オーリスが呆然とした表情で呟く。
「え? 魔道皇って言ったら……」
「ソリオの親父さんじゃねえか……」
驚いたポルテとヴェルファイアは、互いに顔を見合わせた後、改めて真紅の髪の男性──魔道皇へと目を向けた。
そして、それはソリオも同じで。
「……俺の……本当の父さん……?」
驚きの表情を浮かべた皆──ザフィーラは除く──が注目する中、魔道皇は人懐っこい笑みを浮かべると、ひょいと片手を上げた。
『よう、久しぶりだな、我が息子よ……って、これを見ているのはソリオって保証はないんだっけか。もしかしたら、俺の息子のそのまた子孫かも知れないが、一応、俺の息子って建前で話を続けるぜ?』
親しげに語り始めた魔道皇。だが、自分と同じ髪の色を持ったその男性の姿に、ソリオは違和感を感じていた。
「…………もしかして、これって……」
「はい。これは単なる記録された映像……幻覚の魔術の一種です」
ザフィーラの解説を聞きながら、ソリオは父親の幻影から目を放せずにいた。
『──まず、結論から言っておこう。異界から召喚された魔獣どもはそのほとんどを何とかすることができた。だが、大元は結局倒すに至らず、封印するに留まった。俺もあいつも……最後まで死力を尽くしたんだが、止めは刺せなかった』
幻影の魔道皇は、悔しそうな表情を浮かべながら右手で肘から失われた左腕を押さえた。
『おそらく、俺もそんなに長くは生きられないだろう。魔獣どもとの戦いで、連中の吐き出す瘴気にやられたからな。あいつは……竜王は俺よりも酷い。瘴気に犯されたあいつの身体は、もう寝台から起き上がるのも辛いらしい』
ソリオたちは、魔道皇と竜王が共に王としても戦士としても、とても優れていたことをオーリスから聞いていた。
その二人が死力を尽くして尚、身体に大きな負傷を負っても尚、異界の魔獣たちを完全に駆逐することはできなかった。
いや、彼らだからこそ、魔獣たちを封印するまで漕ぎ着けられたのだろう。これがこの二人でなければ、逆にクリソコラ帝国や亜人の方が魔獣たちに破れていたかもしれない。
『とは言え、封印って奴はいつか効力を失う。それがいつなのかは……残念ながら俺にも分からん。できれば、一日でも長く封印が保つことを祈るばかりだ。そして……万が一、封印が解けてしまった時に少しでも役立つようにと、この船を建造することを思いついた。幸い、ザフィーラっていう得体は知れないが無駄に知識はある奴が現れたからな。あいつの知識をできる限り再現しつつ、俺はこの船を造らせた。だが、この船をどう使うかは……おまえの自由だ、ソリオ』
魔道皇は顔半分を焼け爛れさせながらも、にかりと笑みを浮かべた。その笑みは間違いなくソリオそっくりで、『真っ直ぐコガネ』は彼らの間のある血縁を確かに感じた。
『この船で世界中を旅するもよし、商売に使うもよし……もちろん、戦争にだって使えるが……できれば、そうならないことを願う。ま、そんなわけだ。ソリオが満ち足りた人生を歩むことを、俺は心から祈っているぜ』
その言葉を最後に、魔道皇の姿は消滅した。
そして、魔道皇と入れ替わるように、一人の女性の姿が現れる。
顔色ははっきり言って良くない。痩せ気味で頬がこけ、彼女の命が長くないことは誰の目にも明らかだった。
それでも、その女性は寝台の上で上半身だけを起こし、空色の瞳を優しげに細めていた。
「……母さん……」
ソリオが呟くまでもなく、ヴェルファイアもポルテもコルトも、そしてスペーシアもがそれが誰かを瞬時に理解した。
それほどまでに、その女性とソリオの瞳の色は一緒で、面立ちもよく似ていた。
『聞いているか、ソリオ? おまえの前にこんな姿を晒す母を許してくれ。それでも……おまえに一言遺しておきたかったのだ』
静かに語り出すその女性。ソリオの母親にして、蛮族を束ねる王。
彼女の幻影が現れた時から、オーリスはソリオの傍らで片膝をつき、無言で頭を垂れた。
『……辛うじて、おまえへと繋がる未来を守ることはできた。無論、今後も問題は起こるだろうし、争いはいついかなる時代でも尽きることはないだろう。それでも、私はおまえが幸せに暮らしていると信じている。それに、おまえの傍にはオーリスがいるはずだ。あいつは少しばかり頭が固い奴だが、間違いなく頼りにはなる。何かあれば、遠慮なくあいつを頼ってやれ。そうすれば、あいつも喜ぶに違いない』
竜王の視線が僅かに流れる。まるで、ソリオの傍らにいるオーリスが見えているかのように。
「オーリス。ソリオを……私の息子を頼む」
「は、竜王陛下。この身に代えましても、かならずやソリオ様をお守り致します……っ!!」
聞こえるはずのない竜王の幻影に、オーリスは律儀に返事をする。きっとこういう所が頭が固いと言われる所以だな、と『真っ直ぐコガネ』は苦笑を浮かべた。
竜王の幻影が消えると、艦橋は静かな空気に包まれた。
ザフィーラとスペーシア、そして『真っ直ぐコガネ』。彼らは全員、ただ黙って艦長席に座るソリオを見ていた。
そのソリオは、艦長席に深く腰を下ろし、目を閉じている。
まるで先程現れた魔道皇と竜王、彼の両親の姿をしっかりと脳裏に焼き付けるように。
やがて、そのソリオが目を開く。
開かれた空色の瞳は、真っ直ぐにザフィーラへと向けられた。
「父さんと母さんからの遺産……いや、贈り物は確かに受け取ったよ。だから……出発しよう」
「承知しました、殿下」
ザフィーラはソリオに恭しく一礼すると、この船の操作方法についての説明を行った。
彼が魔道皇にもたらした異世界の知識。それを元に、魔道皇はこれまでにない航行システムを持つ船を開発した。それがこの『栄光なる我が息子号』である。
「魔素可動式の大型演算機で船体を制御。そのため、ごく少数での運行が可能となっております。それもソリオ殿下一人でも航行できるようにとの前提ですから、他の皆さんはただ座っているだけでも構いません……が、それではおもしろくなさそうですね」
きらきらと好奇心一杯の目で艦橋中に見回している『真っ直ぐコガネ』。彼らがただ黙って座っているわけがない。
「では、皆さんにこの船を運行する際の役目を与えましょうか」
ザフィーラが考えたそれぞれの役目は以下のようなものだった。
まず、艦長はソリオ。この船自体がソリオのために造られたのだから、誰もそのことには文句を言わなかった。
そして艦長であるソリオの補佐役として、オーリスは副長に。何らかの理由でソリオが不在の場合は、彼に代わってこの船の指揮を取ることになる。
操舵手はヴェルファイア。彼は冒険者となる前は船着き場で日雇いの荷運び人足として働いていた。その際、顔馴染みの船乗りから簡単ながらも船の操作について教わっていたという。
通信・索敵係としてポルテ。身体が小さい彼女は船の操作にはいろいろと不利な面もあるが、ソリオの決定を皆に伝える通信師と、索敵機の操作も任されることとなった。
武器管制はコルト。これは彼女が自分から申し出てこの役目になった。派手好きなところのある彼女らしいとも言えるだろう。
「──以上が、それぞれの簡単な操作方法です。分からないことがあれば、その都度私に聞いてください」
「了解ッス! そういや、ザフィーラさんは何をするンスか?」
「私はこの遺跡……いえ、この船の管理全般を引き受けます。皆さんでは分からないこともいろいろとあるでしょうしね。では、改めて『栄光なる我が息子号』を発進させましょう」
「ちょ、ちょっと待てよ、ザフィーラさんよ? 発進ったって、ここは水なんてない地下だぜ? どうやって船を発進させるってんだ?」
そもそも、こんな地下にどうやって船を隠したんだ? と、ヴェルファイアは腕を組んで首を傾げる。
だが、問われたザフィーラはふわりと微笑むと、ぱちりとその白くて細い指を鳴らした。
再び遺跡全体が揺れる。
今度は先程よりもかなり大きな揺れだ。
ソリオたちは咄嗟に手近な椅子にしがみつき、激しい揺れに耐える。
唯一人、揺れに反応できなかったスペーシアだけが、揺れに耐えられずに床に投げ出されそうになる。
「きゃ…………っ!!」
小さな悲鳴を上げて倒れるスペーシア。その腕をソリオが素早く掴んで自分へと引き寄せた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「そっか。じゃあ、揺れが収まるまで俺にしがみついていていいからね」
スペーシアを抱き締める形で艦長席に収まるソリオ。そして、言われた通りにソリオにしがみつくスペーシア。
ヴェルファイアとコルトが、にやにやとした笑みを浮かべていることに気づくこともなく、ソリオは艦橋の窓から外の様子をじっと伺う。
そして、がこんがこんと重々しい音が何度も響いた。やがて音がしなくなると、地下の空間に眩しい光が差し込む。
遺跡の天井部分に仕組まれていた幾つもの扉が開き、そこから蒼穹が見えている。
「あれこそが、この『栄光なる我が息子号』が漕ぎ出す海原です」
ザフィーラが覗いている蒼穹を指差す。
「え? え? えええええええええええええっ!?」
ソリオが。ヴェルファイアが。ポルテが。コルトが。そしてオーリスが。皆が驚きの声を浮かべる中、『栄光なる我が息子号』の巨大な船体がふわりと浮かび上がり、そのまま大空へと舞い上がった。
『無敵の盾』更新。
と、いうわけで『栄光なる我が息子号』はいわゆる飛空船でした。うん、きっと皆分かっていたと思うけど(笑)。
今章もそろそろ終末。そして、次はいよいよ最終章へ!
でもその前に、スペーシアのソリオに対する態度をはっきりさせないと。
いやー、本当に便利だわザフィーラ。こんな便利なキャラを譲ってくださった橘さんには、本当に感謝しております(笑)。
では、これからもよろしくお願いします。




