遺産
小休止を終えた『真っ直ぐコガネ』は、改めて開け方の分からない扉へと向き合うことにした。
「……とは言え、現状ではどうしようもねぇんだよなぁ……」
「……そうッスねぇ……」
開かない扉の前で、ヴェルファイアとコルトが腕を組んで考え込む。
「……とは言え、俺たちがいくら考えたところで、どうこうなるわけがねぇけどな」
「……そうッスね」
『真っ直ぐコガネ』でも肉体労働専門の二人がいくら考えようが、何かのアイデアが思い浮かぶはずもなく。
二人は早々に諦め、頭脳労働担当であるソリオとポルテに丸投げすることにした。
「……と言うわけで、後は任せたからな!」
「あ、休憩の後片付けはあっしがやっておくッスから、ソリオ様は心置きなく扉の開け方を考えてくださいッス」
姉貴分に向かって、無駄にいい笑顔を浮かべるヴェルファイアと、ソリオの背嚢をささっと受け取り、その中に残りの食料などを仕舞い始めるコルト。
切り替えが早いというか、諦めがいいというか。ソリオとポルテは互いに苦笑を浮かべると、オーリスも交えて改めて扉へと挑むことにした。
と。
「────なぁぁぁぁぁぁぁんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然、コルトが素っ頓狂な叫び声を上げた。
突然のコルトの叫び声に、ソリオたちは緊迫した表情を浮かべて彼女へと振り向いた。
もしかして、背後から何か敵でも現れたのか。ソリオもオーリスもヴェルファイアも愛用の得物を油断なく構え、ポルテはいつでも精霊魔法を使えるように心を落ち着かせる。
唯一、冒険者としての心得のないスペーシアだけが、おろおろとソリオたちの様子を伺っていた。
そして、叫び声を上げた張本人はと言えば。
コルトは床に座り込んだまま、先程受け取ったソリオの背嚢の中を食い入るように見つめている。
そして恐る恐るコルトは背嚢の中へと手を突っ込み、ゆっくりとその手を引き戻す。
背嚢の中から現れたコルトの手は、一冊の書物を持っていた。
淡い光を放つ、その書物を。
「そ、それは……?」
「あれは……かつて魔道皇陛下と竜王陛下が、ソリオ様への愛情を争うように書き記した書物……お二人いわく『愛息子へ捧げる愛の詩集』では……?」
ソリオとオーリスはコルトの手の中の書物を見つめる。
オーリスが言う通り、その書物は記憶を失った幼いソリオが唯一所持していた、彼の本当の両親たちが彼への想いを書き記した書物であった。
「お、オーリスの旦那よ? その『愛の詩集』とやらがどうして光っているんだ?」
「そこまでは私にも分からん」
「も、もしかして……」
ヴェルファイアとオーリスのやり取りを聞いていたポルテは、慌てて背後へと振り返る。
振り返った彼女が見たものは、件の「愛の詩集」が放つ光と同じ光りに包まれた、開け方不明の遺跡の扉であった。
「扉が……光っている……?」
ソリオたちは、何度も扉と「愛の詩集」を見比べる。
「……そう言えば……」
ふと、オーリスが何かを思い出したように口を開いた。
「魔道皇陛下が、ソリオ様と私をこの時代に送る儀式の際、あの書物に何やら仕掛けを施されていましたが……」
「……じゃあ、あの書物がこの扉を開く鍵……?」
ソリオはコルトから「愛の詩集」を受け取ると、ゆっくりと扉へと近づいた。
彼が扉へ近づくにつれ、扉と書物の輝きは徐々に強くなっていく。
そして、「愛の詩集」を扉へと押しつけた時。二つは一際強く輝くと、開く方法が分からなかった扉は、ゆっくりと横へとスライドし始めた。
ぽっかりと口を開けた扉の向こう。
『真っ直ぐコガネ』はしばらく呆然と開いた扉の向こう側を眺めていたが、我に返ると慌てて警戒体勢を整えた。
そうやって待つこと暫し。今回もまた、開いた扉の向こうから何かが飛び出して来るようなことはなかった。
しかし。
かつ、かつ、かつ、かつ。
他に音を立てるもののない遺跡の地下に、静かな規則正しい音が響く。
その音は開いた扉の向こうから聞こえ、ゆっくりと、だが確実に近づいて来る。
その音──足音に、ソリオたちは限界まで警戒心を高めた。
そして、それは扉の向こうに蟠る、闇の中から姿を見せた。
宵闇のような黒く長い髪と、神秘的な光を宿す銀色の瞳。
そして、ヒトとは思えない程に整った美貌。
身に纏っている衣服こそ金糸銀糸をふんだんに使った上等な神官服だが、その人物はソリオたちが見知っている人物に他ならない。
「え……? ザフィーラ……さん……?」
ソリオは戦旗を構えたまま、呆然とした表情を浮かべた。
そして、そのソリオの影に隠れるようにして様子を伺っていたスペーシアもまた、そのヴェールの奥で驚きの表情を浮かべていた。
「だ、大僧正様……」
「え? え? えっと、スペーシア様、ザフィーラさんを知っているッスか? それに大僧正様って……?」
「代々皇家の血を引く者が、この神殿──聖地の長を務めることとなっておりますが、それはあくまでも表向き。実際には、遥か昔よりこの神殿を取り仕切る方がおいでなのです。その方……大僧正様がこの地の真の長であらせられます。その大僧正様こそがこちらの……」
スペーシアが指し示したその人物。ソリオたちがこの神殿の最寄りの宿場町で出会った美貌の楽師ザフィーラは、ソリオたちににこりと微笑むと扉を潜り抜け、ソリオの前で跪いた。
「お待ちしておりました、ソリオ殿下。私はあなた様のお父上であらせられる、プレジデント陛下より命を受け、殿下が現れる今日この日まで、この遺跡の管理を任されておりました」
ザフィーラの言葉に合わせて、彼の美しく長い髪がさらさらと揺れる。
そんな揺れる髪を呆然と眺めつつ、ソリオは完全にザフィーラの話についていくことができていなかった。
「私は本来、こことは全く違う世界で生まれました」
改めて遺跡の管理者と名乗ったザフィーラは、自分が何者なのかをソリオたちに説明する。
「私の正式な名前はCT5200-L」
「え? しーてぃーごせ……え?」
ザフィーラの言葉がよく理解できなくて、コルトがぽかんとした表情を晒す。
しかし、それはコルトだけではない。彼女以外の全員が、皆同じような表情を浮かべていた。
「私が生まれた理由……それは私の『弟』をより完全になものとするための、データ採集用の実験個体。つまり、試作品です」
「し、試作品……って……」
「はい、ソリオ殿下。殿下がお考えになっている通り、私は人の手で造られた人造の生命体……そうですね、殿下が一番理解しやすいのはゴーレムでしょうか」
ゴーレムとは言っても、食事もするし怪我をすれば血も流れますが、とザフィーラは続けた。
「全ての実験を終えた……生まれた目的を達成した私は、創造者たちの手で無へと返されるはずでした」
彼を作り出した者たちが、どうして彼を無に返そうとしたのか。それはザフィーラにも分からないし、当時の彼はそれを疑問にも思わなかった。
「造られた命」であった彼は、創造者たちの命に従うことが全てであったから。
「そして私が無へと返る……この身体が小さな小さな粒へと分解されて消え去ろうとした瞬間、それは起きました」
二千年前、魔道皇が幼かったソリオとオーリスを時を超える儀式を行った時のこと。
ソリオとオーリスの姿が消えた直後、まるで彼らと入れ替わるようにザフィーラは魔道皇の前に現れたという。
どうして消え去るはずだったザフィーラが、魔道皇の前に現れたのか。それは彼にも魔道皇にも分からないらしい。
「ですが、ある程度の予測はつきます。殿下とオーリス殿が時を超えた際に発生した次元震動が次元穴へと変質し、その次元穴が他世界で消去途中だった私の次元座標と交差、その結果、次元穴へと吸い込まれた私は────」
「ちょ、ちょっと待ったっ!! ストップ、ストップっ!!」
ザフィーラが語る解説を、ソリオが途中で遮った。
「わ、悪いけど、ザフィーラさんの説明は俺たちには全然理解できないよ」
ソリオが仲間たちを見回せば、皆一様に頷いていた。
そんな彼らに僅かに苦笑を浮かべたザフィーラは、少し考えた後にこう述べた。
「────様々な偶然に偶然が重なり、その上に更に偶然が折り重なった結果、私はこの世界へと招かれた……これならよろしいでしょうか?」
「なるほど! 要は『すっげえ偶然』ってことッスね? おっけい、理解できたッス!」
コルトが満面の笑みで、ずびしっと右手の親指を突き出した。
その後、ザフィーラは『真っ直ぐコガネ』を扉の向こう──遺跡の中へと招き入れた。
通路の中は真っ暗だったが、ザフィーラが手を僅かに上げた瞬間、眩しいばかりに白光が通路を満たした。
そして、彼はソリオたちをどこかへと案内しながら、通路の中を迷いなく進む。
「なぁ、ザフィーラさんよ。そもそも、この遺跡は何なんだ? あんたはさっき、ここを管理しているとか言ったよな?」
先導するザフィーラの背中を鋭く見つめながら、ヴェルファイアが尋ねる。
彼の手には愛用の戦槌が握られている。どうやら、ヴェルファイアは完全にはザフィーラを信用してはいないらしい。
そして、それはソリオたちも同様だった。皆それぞれの得物を手にしたまま、黙々と通路を進んでいる。
「この遺跡の奥には、魔道皇陛下がソリオ殿下へと遺された遺産があります」
「い、遺産? 父さんが俺へと遺した……?」
「はい、そうです。私は魔道皇陛下が遺された遺産をソリオ殿下、もしくは殿下の血を引く子孫へお渡しするため、この遺跡と遺産の管理を任されました」
ザフィーラは背中を見せたまま、淡々と事実のみを語る。
背中を見せたままなのは、自分に二心がないことを表わしているからか。
だが、彼の言うことをそのまま信用する気にはなれなかったソリオは、隣を歩くスペーシアに小声で尋ねてみた。
「ねえ、スペーシアさん。スペーシアさんはあのザフィーラって人のこと、どれぐらい知っているの?」
「私が存じ上げているのは、大僧正様が遥か昔よりこの聖域の真の長であることぐらいです。大僧正様は神殿でもあまり姿をお見せにならなくて……」
「ふーん。もしかして、楽師としてあちこち歩き回っているのかな?」
ソリオは宿場町で出会った楽師としてのザフィーラを思い出していた。
普段は楽師としてあちこちを回り、時々神殿に戻って来る。どうして外を出歩いているのかは不明だが、彼なりになんらかの目的があるのだろう。
そして、どこかに設置された隠し通路か何かで、地下の遺跡から外へと出入りしているに違いない。
そこまで考えた時、とある事実がソリオの頭を横切った。
「ね、ねえ、スペーシアさんは遥か昔からザフィーラさんがここの本当の長だって言ったよね? それってどれぐらい前からかな?」
「私にもそれは分かりかねます。私の先代の先代がこの神殿に来た頃より、大僧正様は今と変わらぬ姿で存在したと、寿命の長い種族の者より聞き及んでおります」
一体、ザフィーラは何歳なのだろう。その口調から察するに、彼はソリオの両親を直接見知っているようだ。
ソリオの両親が存在したのは今から二千年前。彼はその時から今日まで、ずっと今の姿のまま存在していたのだろうか。
それに、ザフィーラ本人も言っていたではないか。ソリオとオーリスと入れ替わるように、この世界へと現れた、と。
二千年もの長い時間を生き長らえるなど、どんな種族でも不可能だ。だが、彼は造られた命だとも言っていた。ならば、二千年を生き続けることもできるではないだろうか。
ソリオがザフィーラのことを考えている間に、通路は終わり広い空間へと出た。
先程と同じように、ザフィーラが軽く手を上げると、空間全体に光が満ちる。
そして灯された光は、その空間にある「それ」をくっきりとソリオたちの目に焼き付けた。
広大な地下の空間に堂々と鎮座する「それ」。
「…………ふ、船……」
そう。
呆然とソリオが呟いた通り、そこにあったのは巨大な船だ。
全体的に流麗なデザインの、薄い蒼銀色に輝く美しいその船。
『真っ直ぐコガネ』とスペーシアが、その巨船を呆然と見上げる。
「これこそが、魔道皇陛下がソリオ殿下へと遺された遺産……その名も『栄光なる我が息子』号です」
「や、止めようよ、その名前だけはっ!?」
広大な地下の空間に、ソリオの悲痛な叫び声が響き渡った。
『無敵の盾』更新。
ソリオパパからソリオへのプレゼントでした(笑)。
ちなみに、二千年の間ザフィーラが船の隅々までしっかりと掃除しているので、中も外もぴかぴかだぞ。
以前にも書きましたが、ザフィーラの詳細については橘 塔子様の名作『名残りの月への綺想曲』シリーズを参照のこと(笑)。
では、これからもよろしくお願いします。




