遺跡の中へ
「な、なにごとッスかっ!?」
傍らのヴェルファイアに抱き着いて揺れに耐えながら、コルトが周囲をきょろきょろと見回す。
そして、それは彼女だけではない。
オーリスが。ポルテが。ヴェルファイアが。そして、ソリオとスペーシアが。
オーリスは床に片膝を着いて揺れに耐え、ヴェルファイアはその巨体の重量で以て揺れに耐えた。
空中に浮かんでいたポルテは揺れの影響を受けず、ソリオはバランスを崩したスペーシアを支えてやりながら。
だから、それに一番最初に気づいたのは、揺れの影響を受けなかったポルテだった。
「あ、あれを────っ!!」
ポルテの驚愕の声に、他の面々は揺れに耐えながら彼女が指差したものへと目を向ける。
そこに。
『真っ直ぐコガネ』のメンバーとスペーシアは確かに見た。
巨大な一枚岩の中央、そこに小さな穴が穿たれていくのを。
まるで岩が一瞬で砂になったかのように、岩の一点がぼろぼろと崩れていくのを、一行は確かに見たのだった。
「あ、あそこって、さっきソリオ様が血を付けた場所ッスよね……?」
「ああ。確かそうだぜ。やっぱり、ソリオの血に反応したみたいだな……」
徐々に大きくなっていく穴を見つめながら、ヴェルファイアとコルトが言葉を交わす。
ポルテは宙を滑るように弟分たちの傍へと移動し、オーリスは得物を構えながらソリオたちの盾になれる位置へと移動する。
この巨大な岩の向こうがどうなっているのか、誰にも分からない。もしかすると、危険な魔獣が飛び出して来る可能性だってある。
そう考えた『真っ直ぐコガネ』は、揺れに耐えながらいつでも動けるように身構えた。
幸い、揺れはそれほど大きくはない。普段通りに動く支障にはならないだろう。
そんな中、『扉』に穿たれた穴は人が通れるぐらいになると、その侵食を止めた。同時に、揺れの方もぴたりと止まる。
岩にぽっかりと口を開けた真っ暗な穴。その闇の中を見通すかのように、一同はじっとその穴を見つめる。
「…………どうやら、何も飛び出しては来ないみたいだね」
「そのようですね」
ソリオとオーリスは、互いに頷き合いながらそれぞれ構えていた得物を下ろした。同じように、ヴェルファイアたちも臨戦態勢を解く。
「ねえ、スペーシアさん。念のために聞くけど、今までこんなことってあった?」
「い、いえ……これまでこの『扉』が開いたことは、一度もないと記録されています……」
ヴェールに隠されて素顔は見えないが、その声の様子から彼女もまた驚愕しているようだ。
そのスペーシアは、ソリオの背中に隠れつつ、呆然と『扉』 に開いた穴を凝視している。
ふと、何かを思い出したかのように、ぱっとスペーシアがソリオから離れた。そして、もじもじと身体を小さく動かしながら、ちらちらと彼の方へと視線を向けている。
そのことに首を傾げながらも、ソリオは穴へと意識を向ける。穴の向こうは真っ暗で、ここからではこの先がどうなっているのか全然分からない。
「……入ってみるしかないようだね」
ソリオの呟きに、『真っ直ぐコガネ』は皆頷いた。
「俺たちは、これからこの遺跡に入ってみるけど……スペーシアさんはどうする?」
「わ、私は……」
問われたスペーシアは、穴とソリオを何度も何度も見比べながら考え込む。だが、すぐに彼女の中で結論は出たようで、改めてソリオに向き直った。
「できましたら、私もこの聖域の長として、この中に何があるのか確認してみたいのです。ですから、皆様のお許しがあればご一緒したいと思います。よろしいでしょうか?」
逆に問われたソリオは、一度だけ仲間たちを見回す。そして、誰も反対していないことを確認した後、スペーシアに向けてにかりと笑いながら、右手の親指を突き出して見せた。
「うん、一緒に行こう。もしも何か危険なことがあっても、絶対に君は俺が守るから。安心してついて来てくれ」
ソリオのそのどこか子供っぽさを残す笑顔と、別の意味にも取れるようなちょっとアヤシイ言葉に、スペーシアはヴェールの奥の頬を僅かに上気させつつ、『真っ直ぐコガネ』に対して「よろしくお願いします」と頭を下げた。
巨大な一枚岩に開いた穴の先は、地下へと続く階段だった。
一行は、コルトを先頭にしてゆっくりと階段を下っていく。
本来ならば罠の知識のあるソリオが先頭を行くべきだろうが、今の彼はスペーシアという重要人物を守らなければならない。そして、『真っ直ぐコガネ』の中で、何かを守ることに最も優れているのはやはりソリオだろう。
そのため、ソリオとスペーシアは隊列の中で中央に組み込まれた。
先頭をコルト、その少し後ろをヴェルファイアとポルテ。そしてソリオとスペーシアが続き、殿をオーリスが務める。
階段は緩やかに螺旋状に下っており、通路は高さも幅も十分あった。巨漢のヴェルファイアが愛用の武器を振り回すことさえできる程に。
『真っ直ぐコガネ』は、それぞれが手に得物を持ちつつ身長に階段を下っていく。
精霊術師であるポルテとスペーシアだけは、武器らしきものは身に着けていない。
特にスペーシアに至っては、武器どころか防具さえ身に着けておらず、例のヴェールとだぶついた神官服姿である。正直、何か危険に面した場合、咄嗟に動けるのかさえ怪しい。
だが、『真っ直ぐコガネ』の面々は、誰一人として彼女の安全を危ぶんでいない。
なぜならば、彼女のすぐ隣には『絶対無敵の盾』がいるのだ。何があっても、スペーシアに危害が及ぶようなことはないと誰もが確信している。
そうして階段を下り続けて暫く。ようやく一行は、階段の終焉へと辿り着いた。
階段の終着は少し広い空間となっていて、目の前には一枚の扉。今度の扉は巨大な一枚岩というわけではなく、ごく普通の扉だ。
ただし、扉を開くための把手らしきものはなく、その素材も初めて見るものであった。
扉に直接触れることなく、その周囲をじっくりと調べたソリオは、この扉もまた普通の手段では開かないことを仲間たちに告げた。
「また、開け方の分からない扉かよ……。ひょっとして、上と同じようにソリオの血で開いたりするんじゃねえのか?」
「うん、試してみよう」
ソリオは先程と同じように指先を短剣で浅く切り裂くと、滲み出た血を扉へと付着させた。
しかし。
「…………開きませんな」
「…………今度は条件が違うみたいだね」
「…………だとすると、今度は何が条件かしら?」
『真っ直ぐコガネ』の頭脳派であるソリオ、オーリス、ポルテがあれこれと相談する。
そんな三人を、肉体労働担当のヴェルファイアとコルトがぼーっと眺めていた。
と、不意にコルトがつつーっと移動して、スペーシアの傍へとやって来た。
「あのー、スペーシア様? もしかして、ソリオ様と何かあったッスか? 何か、さっきからやたらとソリオ様のことを気にかけているようですが……」
突然声をかけられ、スペーシアはびくりと身体を震わせた。
「い、いいいいいえっ!! そ、ソリオ様と何かあったなど、そんなことはありませんっ!! ええ、本当ですっ!! け、決して、あんなお姿を────っ!!」
手首全体まですっぽりと隠す長い袖。その両の袖を、ヴェールの上に押し当てるスペーシア。
「ね、ねえ、ヴェルさん。あれって……」
そんなスペーシアの様子を見ながら、コルトとヴェルファイアはこそこそと小声で囁き合う。
「ああ。きっと、掌で自分の頬を押さえているんだろうぜ。…………ってことは、何かあったな」
「ええ、何かあったンスね、ソリオ様と」
──何があったのかは分からないけど、おもしろくなってきた。
それが、この時のヴェルファイアとコルトの偽りのない心境だった。
結局、次の扉の開け方が分からなかった『真っ直ぐコガネ』は、その場で小休止を取ることにした。
ソリオたちは思い思いの場所に腰を下ろしながら、保存食を齧り、水を飲んで身体を休める。
「あれ? もしかして、スペーシアさんって……」
「あ、はい……そ、その……私は皆様のような冒険者ではないので……」
どうやら彼女は、地下に降りる際に何の準備をすることなく、ソリオたちに同行したらしい。
「そっか。じゃあ、俺ので良ければ、少し分けてあげるよ」
ソリオは干し肉を短剣で切り分け、スペーシアに差し出す。そして、自分の水袋も彼女に手渡した。
「皇族の人には馴染みないかもしれないけれど、これが冒険者の生活って奴だよ。悪いけど、今は俺たちの流儀に合わせてね?」
「は、はい、分かっています。何の準備もせず、皆様について来た私が悪いのですから……あ、ありがとうございます。いただきます……」
おそらく、これまでの生活で干し肉を口にする機会などなかったのだろう。
スペーシアはソリオから貰った干し肉をほんの少しだけ齧り取り、舌先で味わってみる。
「……美味しいですね……」
「だろ? 冒険者の暮らしぶりも、そんなに悪いものじゃないってね」
ソリオは干し肉以外にも、パンや乾燥させた果物なども幾つかスペーシアに分け与えた。
これまでに口にしたことさえない、冒険者たち保存食。その冷たく味気ないはずの食事は、普段彼女が食べているできたての暖かい料理に比べると、どうしたって味は劣るだろう。
だが、こうしてソリオとその仲間たちと一緒に食べる保存食は、いつも聖域で一人で摂る食事よりも、遥かに美味に感じられた。
気づけばスペーシアは、ソリオだけではなく他のメンバーからもあれこれと食料を分けて貰い、ぱくぱくと食べていった。
そして、『真っ直ぐコガネ』のこれまでの冒険譚や、オーリスのクリソコラ文明期の話などに、熱心に耳を傾ける。
彼らと共に共に笑い、共に食べ、共に語り合った短い時間は、スペーシアにとってこれまでの人生の中で最も楽しい時間であるのは間違いなかった。
彼女の脳裏に、これまでの生活──物心ついた時には既にこの皇家の聖域である神殿にいたことや、実の両親の顔も知らないこと、恭しく接してくれるものの、どこか腫れ物にでも触れるような神官たちの態度が甦る。
爬虫類のような瞳孔と、手足に鱗を持って生まれたスペーシア。
傍流とはいえ皇族に生れながらも、彼女の存在はそれ自体が禁忌とされた。
彼女の両親は間違いなく人間族であり、先祖を遡っても他の種族の血が入っているようなことはない。
そこは皇族の一部、しっかりとした家系図が残っているため、その事実に間違いはない。
それなのに、彼女は「混ざりモノ」として生まれた。
パイライト皇家はその殆どが人間族であり、婚姻は血族の中で行われてきた。とはいえ、皇家の血を受け継ぐ家系はいくつもあり、極力近親婚とならないように心掛けられ、時には皇家とは関係のない人間族を迎え入れるなど、血が濃くなりすぎないように注意されてきたのだ。
それなのに、スペーシアは異形を持って生まれてしまった。そんな彼女が皇家から幼くして弾き出された理由は、誰にでも想像がつくだろう。
形の上では皇家の聖域を守る神殿の長となってはいるが、事実上の幽閉である。
そんな彼女が代行者の声を聞き、選別者となったのはどのような皮肉であろうか。
それでも、スペーシアがこの聖域から外へと出されることはなかった。様々に利用価値のある選別者でありながらも、それ以上に彼女の身体の異形は皇家の恥とされたのだ。
そんな彼女に、これまで心許せる友など存在するはずがなく。彼女はこれまでの人生のその殆どを孤独に過ごしてきた。
そこへ、突然現れた自分と同じ人間族の少年とその仲間たち。
グランディス皇帝からの書状によると、その少年は自分の遠い先祖に当たるとか。到底俄には信じられるものではないが、他ならぬグランディス皇帝が先祖と認めた以上は、彼女もその少年を先祖であると認めることにした。
その少年──ソリオが自分の異形を仲間たちに語ったかどうかは定かではない。いや、おそらく彼は自分のことを仲間たちにも話していないだろう。
彼の仲間たちの視線には、自分を蔑むようなものも、奇異なものを見るようなものも一切含まれていないことから、スペーシアはそう推測していた。
自分の秘密をおもしろ半分や興味本位であれこれ尋ねるでもなく、仲間たちに吹聴するでもないソリオは、きっと誠実で優しい性格の人物なのだろう。
そして何よりも、彼のあのような姿──清めの泉で共に全てを晒し合った──を見てしまった。いくら異形を持って生まれたとはいえ、スペーシアも年頃の娘である。あんな対面をしたソリオのことを、意識しないではいられない。
自分の裸を見られたことや手足と瞳の異形を見られたことよりも、何故かスペーシアにはソリオの全てを見てしまった方が衝撃が大きかった。
それ以来、気づけば常に彼のことを見ている自分に気づいた。
真剣な表情で遺跡への扉を調べるその後ろ姿を。
仲間たちと屈託なく笑い合うその笑顔を。
未踏の遺跡に足を踏み入れ、わくわくとした表情を浮かべるその横顔を。
気づけば、彼女はヴェールの奥から常に見ていた。
常にころころと変わる彼の表情は、見ていて飽きないし、その表情の変化がとても楽しい。
果たして、これがいかなる感情からくるものなのか。それはスペーシアにも分からない。
恋や愛といったものなのか、それとも単なる好奇心なのか。
だが、今はまだ分からなくてもいい。それでもはっきりとしていることが二つだけある。
一つは、ソリオとその仲間たちと一緒にいる時間が──彼女にとって初めて楽しいと思えるこの時間が、少しでも長く続けばいいと確かに感じていること。
そして残るもう一つ。それはスペーシアが秘かに決心した、とある事柄であった。
『無敵の盾』更新。
またもや時間が空いてしまって申し訳ありません。
ようやく扉を抜けたと思ったら、次にまた扉がありましたとさ(笑)。
そしてちょっとした小休止を兼ねて、正ヒロインとなるスペーシアの心情の描写などを。
では、これからもよろしくお願いします。




