混ざりモノ
ソリオとスペーシアは、互いに互いをじっと見つめた。
無論、二人に変な下心があってのことではない。
誰もいないと思っていた場所。なのに、突然他者が現れた。それも全裸で。
そんな状況で思わず出会えば、誰だって頭の中が真っ白になって相手をじっと見つめるしかできなくなるだろう。
しばらく互いにじーっと見つめ合うソリオとスペーシア。
どれぐらいそうやって、裸のまま見つめ合っていただろう。
ふと、スペーシアはソリオの視線がどこに向いているのかに気づいた。
彼の視線はスペーシアの形の良い胸の膨らみでもなければ、股間の淡い翳りでもなかった。
ソリオの視線の先。それはスペーシアの両手だ。
サファイア色に輝く鱗が生えた彼女の腕。それに気づいたスペーシアは、慌てて両手を身体の後ろに隠した。
年若い女性が、それも生まれて初めて異性に肌を晒した女性が、胸でも股間でもなく両腕を隠す。それは鱗の生えた両腕を見られることは、彼女にとって裸よりも見られたくないと思っている証左だろう。
怒るでもなく喚くでもなく、ただただ両手を身体の後ろに回した姿勢でいるスペーシア。
両腕を身体の後ろに回したため、今、スペーシアの胸の双丘はやや突き出すような形になってしまっている。
この時になり、ソリオはお互いの恰好を改めて意識した。まるで宝石のようにきらきらと輝くスペーシアの腕の鱗に思わず魅入ってしまい、互いの恰好を忘れていたのだ。
「ご、ごめん……っ!!」
顔を真っ赤にしたソリオが、ぎゅっと目を瞑りながら慌てて後ろを向く。
慌てて振り返ったからだろうか。踝のやや上まで清めの泉に浸かっていたソリオは、身体を動かした際にバランスを崩し、頭から泉の中へと突っ込んでしまった。
普段ならばどうということはない程度のバランスの崩れだったが、スペーシアと全裸で向かい合うという想定外の状況で、彼もかなり動揺していたらしい。
派手な水しぶきを上げながら、泉の中に突っ伏すソリオ。
慌てて両手と両膝を着き、身体を起こして水を振り切るように頭を振る。
その拍子に、視界の隅に再びスペーシアの姿が映り込む。
彼女は今、顔を真っ赤にしてじーっとソリオを見つめていた。
相変わらず両手を身体の後ろに隠し、身体の前面を全て曝け出した状態で。
その体勢で、再びソリオとスペーシアの視線がぶつかり合った。
顔を真っ赤にしたスペーシアは、何か言いたそうに口を動かすが、結局踵を返してそのまま清めの間から飛び出して行った。
広い清めの間に、一人取り残されたソリオ。
泉の中に胡座をかいて座り込むと、はぁと深い溜め息を一つ。
「絶対、おかしいよね、これ……。誰かが仕向けたとしか思えないけど、一体誰が……?」
本来、一人ずつ身を清めるはずの清めの間。そこにソリオが乱入する形だったとはいえ、他者がいるのはどう考えてもおかしい。
もちろん、一番怪しいのはソリオをここへ導いた妖鬼族の女性神官だが、一介の神官が企むには少々悪ふざけに過ぎる。となると、あの女性神官に誰かが、何らの意図で指示を出したと考えるべきだろう。
それが誰かは分からないが、顔を合わせたら絶対に文句を言ってやる。
そう決心しつつ、ソリオは泉の中で立ち上がった。
禊ぎを済ませた『真っ直ぐコガネ』は、スペーシアに先導されて神殿の地下へと向かっていた。
スペーシアの恰好は、最初に会った時同様の顔にヴェールを纏い、全身を覆い隠すようなたっぷりとした神官服。
ソリオはそれが、彼女のあの鱗や瞳を隠すためのものだと理解していた。
だが、スペーシアは間違いなく人間族のはずだ。そのスペーシアが、なぜあのような瞳孔と鱗を持ちえるのか。
この世界には、時折「混ざりモノ」と呼ばれるヒトが生まれる。
本来、異種族での婚姻の場合、生まれてくる子供は両親のどちらかの種族になる。
例えば人間族と森妖族が結婚し、その間に子供が生まれたとする。その子供は人間族か森妖族のどちらかとなり、いわゆるハーフは存在しないのだ。
もちろん、目元は父親似とか鼻筋は母親似などということはあるものの、混血は生れえない。
だが、ごくごく稀に身体の一部に両親のどちらかの特徴を持って生まれる場合がある。それが「混ざりモノ」と呼ばれる者たちである。
種族としては両親のどちらかなのは間違いないが、それでも身体のごく一部にもう片方の特徴が現れるのだ。
先程の例ならば、人間族でありながら耳だけ森妖族のように長くなるなどが、一般的な「混ざりモノ」の例だろう。
だが、両親のどちらかの特徴を受け継いだ「混ざりモノ」はまだいい。
しかし時には遠い先祖の特徴、いわゆる隔世遺伝が現れる場合があり、この場合は世間一般から忌み嫌われる存在となる。
もしかして、両親のどちらかが──多くの場合は母親が──不貞を働いたのではないか。
もしかして、何らかの呪いでもかかっているのではないか。
もしかして、大規模な災害などが起こる前兆なのではないか。
などの理由から、隔世遺伝の「混ざりモノ」は忌避される。時には、両親の特徴を受け継いだ場合でも、冷たい視線を向けられる場合もある。
そのような理由から、生まれてすぐに殺される「混ざりモノ」も決して少なくはない。
もしかして、スペーシアもまたその「混ざりモノ」なのだろうか。
末席とはいえ皇族でありながらも、スペーシアがこのような神殿に押し込められているのは、彼女が「混ざりモノ」だと思われていることが大きな理由の一つだろう。
だが、スペーシアが「混ざりモノ」だとはなかなか考えにくい、とソリオは思う。
仮にスペーシアが「混ざりモノ」だとするならば、彼女の両親、もしくは先祖などが蜥蜴族か魚人族などの鱗を持つ種族ということになる。
だが、鱗を持つ種族の多くは胎生ではなく卵生である。そのため、胎生の人間族との間には子供はできない。
それを考えれば、彼女の身体に鱗を持つ種族の特徴が現れるのは極めて考えにくい。
となると、彼女の身体の鱗や瞳孔は一体何を意味するのか。
少し先をゆくスペーシアに先導されつつ、ソリオはそんなことを考えながらゆっくりと地下へと続く階段を降りていく。
スペーシアのことは仲間には話していない。いくら仲間とはいえ、軽々しく話していいようなものではないだろう。
先頭をいくスペーシアもまた、再び顔を会わせた時にも何も言わず、ただただ事務的に地下の遺跡へと案内するだけ。
時折僅かにヴェールが揺れるのが見えるが、それはソリオを気にしているのか、それとも『真っ直ぐコガネ』がしっかりと着いてきていることを確認しているのか。
それはソリオにも分からない。
スペーシアが持つ角灯の灯りと、ソリオが紋章術で作り出した光球が照らし出す中、一行はようやく階段が尽きる所まで到着した。
階段の終着点は、ちょっとしたホールのようになっていた。
そして、そのホールの一点。そこに遺跡へと続く扉があった。
「あ、あのー……遺跡への扉ってこれのことッスか……?」
扉を呆然と眺めながら、コルトがぽつりと呟いた。
「はい……これが遺跡へと続く扉です」
スペーシアの声に、『真っ直ぐコガネ』は扉を見上げた。
「いや……こりゃ、『扉』じゃなくて『岩』って言わなねえか……?」
そう。
『真っ直ぐコガネ』の前にある、遺跡へと続く扉。それはヴェルファイアの身長の三倍はあろうかという巨大な一枚岩だった。
当然、横幅もそれなりにある。『真っ直ぐコガネ』の四人──ポルテは小さいので計算外──が手を繋いで並ぶよりも、岩の横幅の方がまだまだ大きい。
そんな巨岩が、ホールの壁の一面に埋まっているのだ。
「確かに、これまで誰も開けたことがないはずね。こんな『扉』、どうやって開ければ……ううん、どうやって退ければいいの?」
ポルテが『扉』の頂辺辺りまで浮かび上がりながら、その表面をゆっくりと観察する。
岩の種類までは分からないが、これだけ巨大だとソリオの紋章術で軽量化しても、退けることはとてもではないができないだろう。
「魔法を使うにしても、何らかの道具を使うにしても、この岩を砕くのは容易ではないな」
オーリスもまた、岩の表面に触れつつ観察していた。
彼は元騎士というだけあって、様々な知識を持っている。さすがに今の時代に関してはそれほど詳しくはないものの、今よりも文明的に進んでいたクリソコラ文明期の人間である。彼の知識量はそこらの賢者よりもよほど多い。
「今まで誰もこの先に進めなかったはずだよね」
ソリオも納得するやら呆れるやらといった表情で、オーリスやポルテと同じように岩を調べてみようと近づいていく。
そのソリオを、スペーシアはヴェールの奥からそっと見つめていたが、当然ながら誰もそれに気づかない。
そしてソリオもオーリスやポルテのように、岩の表面に触れてみる。だが、冷たく硬い感触が伝わってくるのみで、特に変わったことは見受けられない。
「うーん……どうやって開けるんだろう……もしかして、ポルテの言うように退かさなきゃいけないのかな? スペーシアさん、何か言い伝えとか伝承とかないかな?」
「は、は……はゃいっ!?」
それまで口を開くでもなく、じっと『真っ直ぐコガネ』の様子を見守っていたスペーシアは、突然ソリオに声をかけられて、飛び上がらんばかりに驚いてみせた。
「え、えっと……どうしたの……?」
「い、いいいいいいいいえ、な、何でもありませんっ!! そ、それでど、どのようなご用件で……?」
「だから、この『扉』に関する言い伝えとか伝承とか、ここの神殿に残っていないのかなって」
明らかに挙動不審なスペーシアに、ソリオを始めとした『真っ直ぐコガネ』は不思議そうな目を向ける。
五対十個の目に一斉に見つめられたスペーシアは、ヴェールの奥の白皙を真っ赤に染めた。もちろん、誰にも見えないけれど。
「あ、あああああの、言い伝えによりますと、『正統なる血統の者、その証を以て扉は開かれん』というものが残っていますが……」
これまで、この遺跡に挑んだ者がパイライト帝国皇家に関係した者ばかりだったのは、この言い伝えがあったからだ。
「正統なる血統の者」とは、すなわちパイライト帝国皇家のことだろう。誰もがそう考え、皇家に連なる者が何十人、何百人とこの『扉』に挑んできた。
だが、この『扉』を開いた者は一人もいない。
「…………仮にその『正統なる血統』がパイライト皇家だとして……では、『その証』とは何を以て証とするのだ?」
腕を組み、首を傾げながら考え込むオーリス。
彼の呟きに誰もが同じ疑問を感じ、再びスペーシアへと視線が集まる。
「こ、これまでは『血統』の『証』ということで、血を以てその証にするのでは、と考えられてきたそうです」
ヴェールの奥に隠された爬虫類のような瞳孔を持つ瞳で、チラチラとソリオの様子を伺いながら、スペーシアは過去の事例を上げる。
「なるほどっ!! 『血統』の『証』で血液ってわけッスか。それで、血をどうするッスか? 『扉』にどばしゃーってぶっかければいいンスか? おっし、ならばここは一丁、このあっしが挑戦してみるッス! もしもあっしの血でこの『扉』が開けば、あっしこそが選ばれた者ってことッスな!」
がはははははと高笑いしつつ、コルトは腰から短剣を引き抜くとそのまま腕に突き立てようとする。
だが、彼女が自らの腕に短剣を突き刺すより早く、ヴェルファイアがその短剣を取り上げた。
「ばーか。おまえにできるわけねえだろ? おまえをいくら刺したって血なんか出ねえだろうが」
「それは分からないッス! やってみないと分からないじゃないッスか?」
「やらなくても分かるだろうが! それに血統云々って言うならば、やっぱりソリオが試すのが妥当だろ?」
仲間たちの視線に押されて、ソリオが戸惑いながらも『扉』の前に立つ。
「あ、あの……ほんの僅かな血を『扉』に触れさせればいいと言われていますので、どばしゃーっとかけなくても、そ、その……」
助言してくれたスペーシアににっこりと頷きながら、ソリオはコルトと同じように短剣を引き抜いて指先を軽く切る。
ぷつっと盛り上がるように流れ出た血液を、ソリオはそのまま『扉』へと押し当てた。
そのまま待つことしばし。
「…………何も起こらないわね……?」
ぱたぱたと『扉』の周囲を飛んでいたポルテが言う。
「うーん。もしかして、血が『証』って考え方が間違いなんじゃないかな?」
ソリオもそう言いつつ首を傾げた時。
ぐらり、と
世界が小さく揺れた。
『無敵の盾』更新。
今回は主人公とヒロインの邂逅、その後って感じで。
あとは、いよいよ神殿地下の遺跡へ挑戦。
相変わらずコルトは書いていて楽しい奴です(笑)。
では、これからもよろしくお願いします。




