次なる目的
「────以上が、私が知る限りのソリオ様の過去です」
自分が知るソリオの過去を語り終えたオーリスは、一堂の顔をゆっくりと見回した後に静かに口を閉じた。
「それで……その異界の獣とかいう魔獣たちはどうなったんだ?」
誰もが気になっているであろうその質問を、偶然ながら一同を代表する形で尋ねたのはアゲート侯爵だった。
「私も魔道皇によってこの時代に送られましたので、それからのことは分かりません。ですが……この時代に魔獣たちの姿が見当たらない以上、お二人が──ソリオ様の御尊父と御母堂が何らかの形で事態を終息させたのだと考えます」
「なるほど。言われてみればその通りだな」
アゲート侯爵は、腕を組みながら何度も頷く。
「それで、オーリスとやら。おまえはこれからどうするんだ? 行く当てがないようなら、俺のところで働かないか?」
それは侯爵家に仕えないかという誘いだった。見たところ腕は立ちそうだし、何よりソリオと同じ紋章師である。それにクリソコラ文明期の人間であるということは、今では失われた当時の知識を持っているかもしれない。アゲート侯爵からすれば、抱え込まない理由がないといったところかだろう。
だが、侯爵家に仕えないかというある種の出世コースとも言えるその誘いを、オーリスはすっぱりきっぱりと断った。
「お言葉ですが、私はソリオ様の部下です。ソリオ様という主が既にいる以上、他者に仕えるつもりはありません」
「そうかい? そいつは残念だ。ってことは、おまえもソリオの坊主と一緒に冒険者をするってことか?」
「はい。ソリオ様が現在、『真っ直ぐコガネ』という冒険者チームの一員であることは、私もここに来るまでに風の噂で聞きました。ソリオ様のお許しさえあれば、私も『真っ直ぐコガネ』に加わりたいと考えております」
そう言って、オーリスは真っ直ぐにソリオを見た。そして座っていた椅子から立ち上がると、ソリオの傍までつかつかと歩みより、彼の目の前で跪いて見せた。
「ソリオ様。私はあなた様の御尊父と御母堂より、あなたのことを託されました。今後はあなた様の第一の部下として、この命尽きるまであなた様の剣となり盾となる所存にございます。どうか、この私をお傍に置いていただきたい」
そう言って深々と頭を垂れるオーリス。突然のことにソリオもどう対応したらいいのか分からず、思わずおろおろと周囲を見回していた時。跪いて頭を垂れ、じっとソリオの言葉を待つオーリスに横合いから声をかける者がいた。
「おうおうおうおう、オーリスさんとやら。そいつぁ聞き捨てならねぇなぁ」
その場に居合わせた一同の視線が、その言葉の主へと一斉に向けられた。
「言っておくが、ソリオ様の第一の子分はこのあっしっ!! 『剣闘姫』のコルト様こそが、ソリオ様の第一の子分っ!! 後から出てきて第一の部下を名乗るたぁ、例えソリオ様が許してもこのあっしが許さねぇッス!!」
どびしっと親指で自分を指し示すコルト。ソリオが認めたのならばそっちが第一の部下だろ? という一同の疑問を余所に、新参者に舐められまいと彼女は盛大に胸を張った。
だが。
その新参者は、音もなくゆらりと立ち上がると胸を張り続けるコルトの前まで移動し、彼女と同じようにずびしっと親指で自分の胸元を差した。
「ソリオ様の第一の部下はこの私だ。なぜなら……私は赤ん坊だった頃のソリオ様の、おしめを取り替えたことさえあるのだからなっ!!」
一体何の自慢なのか。
やり取りを見守っている一同が呆然とした表情を浮かべる中、逆襲されたコルトはゆらりとその身体を揺らめかせた。
「お、おしめを……おしめを取り替えたことがあるだ……と…………?」
コルトはその場で両膝から崩れ落ちると、両手を床に着けた。
「参りました……っ!!」
コルト、土下座。
そして、二人だけの世界が展開されるその周囲では、ソリオを始めとした面々がぽかーんとそのやり取りを眺めているばかり。
「…………もしかして、クリソコラの人たちって、みんなこうだったの?」
ようやく、ポルテはそれだけを口にすることができた。
その後、オーリスは『真っ直ぐコガネ』の一員として受け入れられた。
ソリオとしても自分の過去と両親のことを知る人物であり、このまま別れてしまうのは気が引けるし、他のメンバーもソリオに関わる人物ならばと快く了承した。
約一名──というか一体、完全に負けを認めている骸骨がいたりもしたが。
そして、ソリオたちの話が落ち着いたところで、アゲート侯爵がぱんと手を叩き合わせた。
「さて、と。こっちの話が済んだんだ。次は街の方を何とかしないとな」
獣の女王による被害は、ソリオたちの活躍で最小限に抑えられたと言ってもいいだろう。だが、それでも家屋などを壊された者もいるし、獣の女王の犠牲になった者もいる。
壊れた家屋の修復や犠牲者たちの弔いなど、領主としてのアゲート侯爵の戦いはこれから始まるのだ。
「だが、そっちは領主である俺の仕事だ。おまえらもさすがに疲れただろうから、今日のところはゆっくり休め。この城に部屋を用意させよう。ああ、それから今回の活躍に対する報賞は、後日にきちっりと支払うから安心しな」
アゲート侯爵は『真っ直ぐコガネ』に対して親指を突き出すと、にぃとその蜥蜴顔の大きな口を横に歪めてみせた。
それに対し、『真っ直ぐコガネ』の面々も親指を立てて応える。
アゲート侯爵は使用人を呼び、ソリオたちを客室へと案内させようとした。だが、呼ばれた使用人は、侯爵に来客だと告げた。
「来客だと? 誰だ?」
「はい。『剣の賢者』、スイフト・ジェダイト様です」
「えっ!? おやじが来てるのっ!?」
「そういや、獣の女王に関して相談しようとして、あいつを呼んだんだっけな」
アゲート侯爵はそのことを思い出し、ぽんと拳で掌を叩いた。
「面倒かもしれんが、判明したおまえの生い立ちをスイフトにも教えてやれ」
「うん。俺を拾って育ててくれたおやじだしね。それに、クリソコラ文明期の人間の話が聞けるとなると、おやじも喜ぶと思うし」
ソリオは背後に控えていたオーリスに振り返ると、彼の育ての親にもう一度先程の話をするように頼む。
「承知しました。ソリオ様を育てていただいた方であれば、私としても一度ご挨拶申し上げねばなりません。ですが……」
オーリスは悔しげに顔を歪めた。
「本来、ソリオ様をお守りしつつお育てするのは私の役目……その役目を全うすることもできず、私はソリオ様の御尊父と御母堂に顔向けができません……も、もはや……」
思わず言葉と途切れらせるオーリス。同時に、ソリオたちの頭に嫌な予感が横切る。
「……もはや、死んでお詫び申し上げるしかありませんっ!!」
嫌な予感が的中した。ソリオたちがそんなことを考える暇もなく、オーリスは先程同様に短剣を引き抜くとその切っ先を自らの喉へと宛てがった。
「うわああああああっ!! やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
ソリオとヴェルファイア、そしてコルトが慌ててオーリスに飛びかかる。
「お放しください、ソリオ様っ!! 放してくれ、ヴェルファイアくんっ!! コルトっ!! 私にはもうこの道しか────」
しがみつくソリオたちを振り解こうと、オーリスが暴れる。
そんな彼の鼻先に小さな人影が舞い降りると、げしっとオーリスの鼻の先端を蹴飛ばした。
「落ち着きなさい、オーリスさん! あなた、先程自分で言ったことも忘れたのっ!?」
「ぽ、ポルテくん……? わ、私が自分で言ったこと……?」
「そう。オーリスさんはさっき、今後はソリオの第一の部下として、命が尽きるまでソリオの剣となり盾となるって誓ったわよね?」
「い、如何にも……。私はソリオ様のために、この命を……」
「だったら、こんなところでその命を粗末にしてどうするのっ!?」
びしっと突きつけられた小さな指先に、オーリスがたじろいだ。
そして、小さな身体の小翅族の少女に説教をされる人間族の男性を、残りの者たちは黙って見つめる。
「ソリオのために命をかけるという誓いを立てたのなら、その命の使い所を考えなさい! 少なくとも、それは今ではないでしょっ!?」
「そ、そうだ……確かにポルテくんの言う通りだ……」
何かを悟ったらしいオーリスは、しばらくじっと自分の手を見つめていたが、弾かれるように顔を上げるとソリオの傍らに片膝着いた。
「申し訳ありません、ソリオ様。私が間違っておりました。今後は軽々しく自ら命を絶とうなどとは絶対に致しません!」
「い、いや、いいんだよ。分かってくれればさ。それに、俺とオーリスが離れ離れになっちゃったのは、きっと俺の本当の親父のせいだと思うんだ」
未来へと時間を超える大魔術を執り行ったソリオの父親、魔道皇プレジデント・ラピュタ・クリソコラ。その彼をしても、時間を超える大魔術の制御は簡単ではなかったのだろう。
何らかの手違いで、本来は同じ場所へと送り届けられるソリオとオーリスが離れ離れになってしまったとしても、それはプレジデントを責めても致し方ないことである。
そんなソリオたちのやり取りを眺めつつ、ヴェルファイアはつつっと姉貴分の方へと移動した。
「さすがだな、姉貴。上手く言いくるめたじゃねえか。これでもうあの人も、『死んで詑るしかー』ってやらねえだろうな」
「まっかせなさい。伊達に聖職者やってないわよ」
弟分に誉められ、ポルテはえっへんとその小さな胸を張った。
「そうか……そんなことがあったのか」
ソリオの過去をオーリスから改めて聞いたスイフトは、優しげな瞳を同席している義息へと向けた。
「やはり、おまえの本当の両親は、おまえを捨てたわけじゃなかったな」
「うん。別に本当の両親こと恨んだりしてないから」
養父の視線に応えて、ソリオもにっこりと微笑んでみせた。
「それで、おまえはこれからも冒険者を続けるのか?」
「そうだね。当初の予定通り、冒険者を続けながら……嫁になる人間族の女の子を探すよ」
嫁探し。それこそがソリオが冒険者となった理由だ。
「だが、おまえは過去の……クリソコラの皇家の末裔だ。家を再興させるとかは考えないのか?」
「あははは。俺は自分が皇帝なんて器じゃないことを知っているつもりだよ」
養父の問いかけに肩を竦めて見せるソリオ。スイフトはその視線を義息からその背後に控える人物へと移動させた。
「オーリス殿。あなたもそれでよろしいか?」
「はい、スイフト殿。ソリオ様のご両親が望まれたのは、家の存続や再興ではありません。お二人はソリオ様が健やかに、そして平和に暮らすことだけを望まれていました。確かに冒険者などという家業には危険が付きもので、平和とは縁遠いかもしれません。ですが、そこは私がソリオ様をお守りすればいいだけのこと。よって、ソリオ様がクリソコラ皇家の再興を望まれない以上、私はソリオ様の決定に従う所存です」
「うん。俺は冒険者を続けるよ。だから、これからよろしくね、オーリス」
「は、お任せください、ソリオ様。どんな危険がソリオ様の前に立ち塞がろうと、この私が必ずお守り致します」
「はははは、どっちかっていうと、ソリオがオーリスの旦那を守る、の間違いじゃねえか? なんせソリオが紋章術で作り出す盾は鉄壁だからな!」
「そうッスね! ソリオ様の盾は絶対無敵ッスから!」
「た、確かにそうかも知れないが……私もここに来るまでに君たちの噂はいろいろ聞いているし、先程の戦闘でソリオ様が作り出した巨大な盾もこの目で見た。それでもやはり騎士たる者、常に主を守るという心境でだな────」
仲間たちのやり取りを微笑ましく眺めるソリオ。どうやら、オーリスもヴェルファイアたちを仲間として受け入れたようで、これからは仲良くやっていけそうだ。
「なあ、ソリオ? 冒険者を続けるのはいいが、これからどうするんだ? 何か次の冒険の当てはあるのか?」
「うーん……さすがに数日は休むことになるけど、次の冒険の当てはないんだよなぁ。ジェイクの親父さんの店で、何か依頼を探すつもりだけど……」
アゲート侯爵の質問に、ソリオは腕を組んで考え込む。
「ならば、私の話を聞いていただけませんか?」
そのやり取りを聞いていたらしいオーリスが、何やら腹案でもあるらしく口を挟んできた。
「実はソリオ様にお会いさせたい人物がおります。そして……それはソリオ様の冒険の目的にも沿うことになるかと」
「え? 俺の冒険の目的に……?」
「はい。先程聞いていましたが、ソリオ様は伴侶を探しているとか。ならば、その目的にも都合がよろしいかと思います」
どうやら他の仲間たちも興味が湧いたのか、黙ってオーリスの話を聞いている。
「それで、どこに行こうって言うの?」
「はい。目的地はこの国……マラカイト王国の西の隣国……パイライト帝国です」
『無敵の盾』更新。
ようやく更新できました。今回は随分と難産で、時間もかかってしまいました。
次回より、舞台はパイライト帝国……の前に、少し寄り道します(笑)。
では、これからもよろしくお願いします。




