ヘマタイト村へ
「こいつの修理はこの街では無理だろうな」
目の前にある壊れたある物を見て、冒険者の店「幸運のそよ風」亭の店主である妖鬼族のジュークは、その厳めしい顔を更に歪ませた。
「この街は交易の中継点で栄えちゃいるが、逆に職人の数は比較的少ないんだ。『ここで作るよりも余所から仕入れる』がこの街の商人たちの流儀だしな。それに、今となってはこいつを修理できる職人自体が少ない。まあ、王都にでも行けば、こいつを修理できる職人が今でもいるだろうよ」
ジュークが腕組みをしながらじっと見つめる物。それは獣の女王との戦いの際に破壊されたソリオの戦旗だった。
先の戦闘の際、戦旗の軸部分がへし折れてしまったのだが、戦旗の損傷はそこだけではなかった。
戦旗術の最大の特徴でもある旗の部分もまた、これまでの戦闘で相当痛みを見せているのだ。
いくら丈夫に織られているとはいえ、所詮は布である。木製や金属製の盾とは基本的な耐久度が違う。何度も戦闘に使用すれば、どうしたって痛んでくる。
軸部分の修理はこのコーラルの街でもどうとでもなる。基本的な構造は普通の槍と変わらないのだ。だが、旗の部分はそうはいかない。
一時は戦場の花と持て囃された戦旗術だが、最近ではすっかり下火になっている。そのため、戦旗を織ることのできる職人も減ってしまったのだ。
ジュークの言うように王都ならばまだ戦旗の職人も僅かに残っているだろうが、現在のコーラルの街には一人もおらず、痛んだソリオの戦旗を直すことができない。
「ソリオ様の紋章術で直せないんッスか?」
「試したけど駄目だったんだ。どうも戦旗を織る際に微弱ながらも魔素を流し込んでいるみたいでさ。それが干渉して紋章術が効果を発揮しないんだ」
「とはいえ、こいつを壊れたままにもしておけんだろ? なんと言ってもソリオの戦旗は俺たちの旗印だからなぁ」
ヴェルファイアが言うように、彼らのチーム名の由来となった真っ直ぐコガネが描かれたソリオの戦旗は、まさに冒険者チーム『真っ直ぐコガネ』の旗印である。それを壊れたままにしておくのは、ソリオ個人の戦力低下だけではなくチーム全体の士気にも関わる。
「じゃあ、ソリオはどうやってこの戦旗を手に入れたの?」
「俺の育った村に、たまたま戦旗を織ることのできる職人がいたんだ。まあ、結構な歳の人馬族の爺ちゃんなんだけど」
「もしかして、以前に言っていたソリオが戦旗術を覚えようとした切欠になったっていう?」
「そう、その爺ちゃん。若い頃は戦旗術を使う騎士だったらしいけど、自分で自分の戦旗を織ってみたくなったとかで、騎士を続けながら戦旗の職人に弟子入りしたって言っていたな」
高齢ながらもなかなか茶目っ気もある老人で、ソリオに時に優しく時に厳しく戦旗術を伝授してくれた人物である。
「……となると、一度俺の村に戻らないといけないなぁ」
ソリオの故郷ともいえるヘマタイト村は、このコーラルの街からは徒歩で一週間ほどかかる。
逆に王都へは、モルガナイト湖から流れ出るアゲート河を利用した船便を使えば二日ほどで辿り着ける。しかし、次にソリオたちが目指す西の隣国であるパイライト帝国へは方向的に逆になってしまうのだ。
「ねえ、オーリス。パイライト帝国へは少し遠回りになるけど、俺の育った村に立ち寄ってもいいかな?」
「はい、ソリオ様のお心のままに。私はソリオ様の部下。ソリオ様が決めたことならば、黙って従いましょう」
相変わらず真面目に、そして畏まって応えるオーリス。そんな彼を、ジュークが不思議そうな顔で首を傾げた。
「なあ、ソリオよ。この人間族の兄さん、おまえの何なんだ? 最初はおまえの親戚か何かかと思ったが、さっきこの兄さん、おまえの部下とか言っていなかったか?」
「うーん、その辺は少し複雑な事情があってさ。ジュークの親父さんにもその内説明するよ」
ソリオにそう言われて、ジュークも引き下がる。冒険者なんて連中は、大抵過去にあれこれとあるものだ。そんなものを一々詮索していたら、冒険者の店の店主なんてやっていられない。
「じゃあ、旅の準備をしたら、侯爵の城に戻ろう。おやじも村に帰るだろうし、一緒にヘマタイト村まで行こう」
ソリオの決定に、『真っ直ぐコガネ』の面々は頷いた。
彼らが「幸運のそよ風」亭に戻って来たのは、ソリオの戦旗を修理できる所があるかをジュークに尋ねることと、旅の準備をするためだった。
『真っ直ぐコガネ』は「幸運のそよ風」亭を拠点としているので、旅に必要な物などはこの店に預けてあるのだ。
旅の準備を整え、「幸運のそよ風」亭を出た『真っ直ぐコガネ』はアゲート侯爵の城には向かわず、街の中央へと足を向けた。旅に必要な食料などの消耗品を購入するためだ。
獣の女王の襲撃から二日。まだまだ街の復興は始まったばかりだが、それでも街の住民たちの表情は明るい。
領主であるアゲート侯爵が積極的に街の復興に乗り出していることもあり、街のあちこちで侯爵家の兵隊らしき者たちが建物の復興を手伝っている姿を見かける。
だが、住民たちの表情を明るくしているのは、やはり突然襲来した魔獣を倒した者が身近にいるからかも知れない。
「おう、『鉄壁』じゃなか。今日は買い物かい?」
獣の女王との主戦場となったコーラルの目抜き通り。そこは破壊された家屋も多いが、ソリオたちや他の冒険者が素早く駆けつけたことで無事だった家屋も多い。無事だった家屋の中には商店も多く、早速商売を再開している逞しい商人たちもいる。
そんな商いを再開した商人の一人が、目敏くソリオたちを見つけて声をかけてきた。
「え? 『鉄壁』だって? あの時の魔獣を倒した冒険者の?」
「あ、本当だ! 俺、あの時家の中に隠れていたけど、あいつが使った大きな光る盾はこの眼で確かに見たぜ!」
「へー、あれが『鉄壁』のソリオって冒険者か。思っていたより若いなぁ」
住民の交わす声が徐々に広がっていき、人々の眼が『真っ直ぐコガネ』の五人に集まる。
『鉄壁』。それはもちろん、獣の女王が吐き出した巨大な火炎から街を守った巨大な紋章術の盾に因んだ、最近囁かれ出したソリオの二つ名だった。
街の住人の殆どが見ていたのだ。獣の女王の炎から街を守った巨大な光り輝く盾のことを。
称賛の視線を向けられて、ソリオやポルテ、ヴェルファイアは照れ臭そうにはにかむが、中に約一名、この時を待っていたとばかりに胸を張る者がいた。
「ふっふっふっ。『鉄壁』? そんなありきたりな表現は生ぬるいっ!! あっしのお仕えするソリオ様には、もっと相応しい呼び名があるッス! そう────」
コルトは高々と右手を天へと翳し、人差し指を雲ひとつない蒼穹へと突きつけた。
「────『絶対無敵』! それこそがソリオ様に相応しい…………っ!!」
コルトの宣言に、集まっていた人々から、おお、というどよめきが上がる。
そんな人々にドヤ顔を晒しながら、コルトは今度は自分自身を親指で指し示す。
「そしてっ!! 『絶対無敵』の子分であるこのあっしのことは、『剣闘姫』のコルトと呼んでいただこうっ!!」
再びどよめく人々。少なくとも、今のコルトは見た目は儚げな森妖族の美少女である。そんなコルトに熱い視線を送る者は少なくはなかった。
──知らないということは幸せなことなんだなぁ。
コルトの正体が骸骨であることを知らない人々を、ソリオとヴェルファイア、そしてポルテは心の中で少しだけ憐れんだ。
そしてもう一人。
「『絶対無敵』……『絶対無敵』か……っ!! うむ、確かにソリオ様に相応しい呼び名だ……っ!!」
と、変な納得をしている者もいた。それが誰なのか、言わずもがなである。
食料や角灯の油などといった消耗品を買い込んだ『真っ直ぐコガネ』は、アゲート侯爵の城へと戻って来た。
今、ソリオたちの手には、実際に買い込んだ物以上の物資が抱えられている。街の住人たちから、街を救ってくれたお礼だと手渡されたものだ。
「なんか、みんながいろいろとくれて助かっちゃったね」
「全くだな」
楽しげに会話するのは、ポルテとヴェルファイア。孤児院育ちのせいで以外と金銭に煩いポルテにしてみれば、これだけたくさんの品物をただで貰えたことが嬉しいのだろう。
「しかし、日持ちのしない食料も結構あるな。これはどうしたものか……?」
「それは今晩にでも、おやじやヴォクシーのおじさんと一緒に食べればいいよ」
抱えた荷物を見ながら首を傾げるオーリスに、その前を歩いていたソリオが振り返った。
「しかし、我が『真っ直ぐコガネ』も、オーリスの兄貴の加入で戦力に幅が出たッスな」
「そうだな」
前衛に高い突破力を誇るヴェルファイアと、小回りが効く攻撃兼撹乱役のコルト。
後衛にチーム一の火力を有するポルテ。それだけでも相当な戦力であるのに加え、前後どちらにも応用の効く中衛とも言うべきソリオとオーリス。
前衛として戦いながら攻撃性の紋章術も使えるオーリスの加入は、『真っ直ぐコガネ』の戦闘力をかなり上昇させただろう。
「こうなると、今度は回復役が欲しいよね」
「回復役……選別者ね」
選別者。
ポルテのような僧侶の中でも、神々の代行者の加護を特に厚く受けた者のことで、魔法の中で回復効果のある「神聖術」と呼ばれる独自の魔術を扱う者のことである。
ただ、その数は極めて少ない。ソリオたちが暮らすサンストーン大陸全土でも、百人いるかいないかと言われているほどなのだ。
そのため、どんな上級の冒険者チームでも、回復役はまずいないのが通常であり、いくらソリオたちが望もうとも、今後選別者が『真っ直ぐコガネ』に加入する可能性はまずないと言っていい。
「でも、大抵の選別者は、国や神殿が奥深くに囲っちまうからなぁ」
言わずもがな、選別者の価値は計り知れない。そのため、発見された選別者は国や神殿などが真っ先に確保してしまう。
そのため、冒険者に加わる選別者は実質的にゼロなのだ。
「さすがにこればかりは、望んだからと言って仲間にできるわけでもないしね」
「だがまあ、俺たちには『絶対無敵』がいるからな。ダメージを受ける可能性はかなり低いぜ?」
「もう……その恥ずかしい呼び名、止めてよ。『鉄壁』っていう方でさえ恥ずかしいのに……」
ソリオが口を尖らせると、他の仲間たちが楽しそうに笑い声を上げた。
アゲート侯爵の城は間近に迫ってきた。数日ほど身体を休めた後、ソリオたちはいよいよ次の目的地へと向けて旅立つ。
次の旅で出会うものは一体何なのか。
その好奇心こそが、冒険者の最大の原動力であることを改めて認識し、ソリオたちは期待に胸を膨らませていった。
『無敵の盾』更新。
そんなわけで、次回の舞台はソリオの育った村です。
その次にいよいよ隣国へ向かいます。
では、これからもよろしくお願いします。




