そして未来へ
「両陛下になり代り、この私がソリオ様と共に未来へと赴き、この命尽きるまでソリオ様を守護致します。どうか……どうか、私もソリオ様と一緒に未来へお送りいただきたい!」
その場に片膝を着き、深く頭を下げながらオーリスは願い出た。
そして、彼の本来の主君であるルミナスは、彼女の第一の騎士に暖かな微笑みを向けた。
「貴公の忠誠、確かに受け取った」
ルミナスがプレジデントへと視線を向ければ、彼も嬉しそうに頷いている。
「貴公には我らに成り代わり、我が子の全てを任せよう。本日只今の瞬間より、貴公の主君は私ではなくソリオだ。それでいいな?」
「御意にございます」
「息子を……頼む。王でもなく主君でもなく、ただの母親として……我が子をお願いします」
ルミナスはオーリスを立たせると、逆に彼の足元に跪いた。
それは彼女の言葉通り、王ではなく一人の母親として彼に我が子を託すため。
そんなルミナスの傍らでは、侍女のオプティも涙を流していた。
「……申し訳ありません、ルミナス陛下、オーリス殿……わ、私は……未来の世界など、恐ろしくて……」
よく見れば、彼女のその小さな身体ががたがたと震えていた。
彼女はルミナスに仕えているとはいえ、ただの侍女なのだ。未知の世界に行けと言われても、例えソリオのためとはいえそんな勇気は湧いてこない。
「分かっている、オプティ。私としても無理を言うつもりはない。今日までソリオに尽くしてくれたこと……私に成り代わって我が子を育ててくれたこと、心から礼を言う」
再び立ち上がったルミナスは、震え続ける侍女の小さな身体を抱き締めた。
横たわったソリオを中心に、プレジデントは複雑な紋章を次々に地面に描いていく。
描かれた紋章は不規則に明滅し、地上の星のように妖しく輝いている。
そして、描いた紋章の所々には、魔素を十二分に含んだ大きめの魔素含有水晶がいつか置かれていた。
時を越える紋章術は、魔道皇と呼ばれるプレジデントにとっても大魔術である。膨大な内包魔素を誇る彼とはいえ、個人の魔素だけで行えるものではない。そのため、足りない魔素を補助するため、魔素含有水晶を使用する。
「しかし、よくもこれだけの魔水晶を準備できたものだな……」
半ば呆れたように、ルミナスが地面に置かれた魔素含有水晶を見て呟いた。今、時を越えるために容易された魔素含有水晶の数は、竜王ルミナスをしても目を見張るほどの数が用意されていた。
「まあな。これだけの魔水晶を準備するのは骨が折れたがな」
術式の準備が整ったのか、プレジデントはルミナスとその部下たちが待っている方へと近寄ってきた。
「オーリス」
「は」
プレジデントは「竜王の第一の騎士」の前に立つと、その場で先程のルミナスのように深々と頭を下げた。
「息子を頼む」
短い一言だけだったが、彼の気持ちはしっかりとオーリスへと伝わった。
「お任せください」
オーリスもまた、プレジデントの期待に応えるべく、言葉少なながらもはっきりと承知の意を示す。
「で、だ。ソリオを任せる貴公には、僅かだが餞別を与えよう」
「餞別……ですか?」
不思議そうな顔をするオーリスを前にして、プレジデントの指先が淡く輝いた。
彼が空中に幾つかの紋章を描くと、それらは真っ直ぐにオーリスの頭目がけて飛び、そのまま染み込むように彼の頭部に溶け込んでいった。
「こ、これは……」
頭に走った衝撃に目を白黒とさせながら、それでもオーリスは今のが何かを瞬時に理解した。
「貴公は亜人側に与しているとはいえ、種族としては歴とした帝国人だ。ならば、紋章術も使えよう。今、貴公には使い勝手のいい紋章術を幾つか見繕って伝授した。ソリオを守るために役立ててくれ」
「はっ!! 魔道皇様よりの餞別……確かに受け取りました!」
プレジデントとオーリスは、しっかりと右手同士を握り会わせる。
かつては戦場で刃を交えた二人だが、今は一人の少年を守るという志を同じくする者同士だった。
「おっと。忘れるところだった」
不意に何かを思いついたらしいプレジデントが、再びソリオの元へと戻っていく。
どうしたのかと、少し不安げに顔を見合わせるルミナス、オーリス、オプティたちを余所に、プレジデントは我が子の傍に跪くと、三度その指先を輝かせ始めた。
宙に次々に描き出されていく紋章たち。それらの紋章は、先程のオーリスの時のようにソリオの頭の中へと染み込んでいく。
だが、その数はオーリスの時よりも遥かに多い。
「お、おい、プレジデント! そんなにたくさんの紋章を一度にソリオに憶えさせて……大丈夫なのか?」
「大丈夫さ。なんせ、ソリオは俺とおまえの子供だからな!」
「そんなことは理由にならんと思うが……?」
しきりに首を傾げるルミナスと、ずびしっと親指をおっ立てるプレジデント。
この時、彼らは知らない。この時に一度に紋章を憶えさせ過ぎたため、未来へと渡ったソリオが過去の記憶をなくすことになるのを。
「ところで、ソリオにどんな紋章を憶えさせたのだ?」
「未来がどんな世界か分からないからな。最低限自分の身は守れるように、俺が知る限りの防御用のものを。それから、後は便利系のものも幾つかってところか」
「攻撃用の紋章は憶えさせなかったのか?」
「できれば……ソリオには争いとは無関係の平穏な暮らしをして欲しい。だから、攻撃用の紋章は憶えさせなかった。それに、さすがにこれ以上一度に詰め込むことはできないしな」
「そうだな。我が子には……私たちのような争いだけに明け暮れる生活はして欲しくはないな……例え、未来が戦いが避けられない世界であったとしても……誰か信頼できる友と共に、心から笑える時が一時でもあればいい……そうあって欲しいものだ」
戦いばかりだった自らの人生を振り返ったのか、ルミナスが少し寂しそうに呟いた。
時は来た。
全ての準備が整い、プレジデントはいよいよ時を超える大魔術を執り行う。
深夜の森の中、地面に描かれた巨大な紋章の集合体が、そこだけは真昼のように激しく輝いている。
その紋章の中心には、相変わらず眠ったままの幼いソリオ。そして、その傍らには彼の騎士となったオーリスがそっと佇んでいた。
輝く紋章の外側には術式を制御するプレジデントと、その彼と紋章の中に横たわったままの我が子に交互に視線を向けるルミナスの姿。
と、オーリスがふとオプティの姿が見えないことに気づいた。
「ルミナス様。オプティ殿はどうされました?」
「ん? そう言えば姿が見ないな……」
オーリスに言われたルミナスが周囲を見回せば、当のオプティが小屋から姿を現した。
その手に、プレジデントとルミナスが愛する我が子への愛の詩をしたためた、例の詩集を抱えて。
「オーリス殿。これをソリオ様に。これは両陛下がソリオ様への愛をしたためたもの……せめて、これをソリオ様に持たせてあげてくださいな」
「承知した、オプティ殿」
オプティが差し出した詩集をオーリスが受け取ろうとした時、プレジデントがそれに待ったをかけた。
「少しそれを貸してくれないか?」
プレジデントに言われ、首を傾げつつも詩集を彼に手渡すオプティ。
魔道皇は詩集の表紙に何かの紋章を描くと、すぐにそれをオプティへと返した。
「何をした?」
「いや、ちょっとばかり認識の紋章を……な」
ルミナスの問いかけに、プレジデントは意味有りげな言葉と共に片目を閉じてみせた。
「では、改めて説明するぞ」
その言葉は、紋章の内側に立つオーリスに向けられたもの。オーリスはオプティから受け取った詩集を寝ているソリオの両腕にしっかりと持たせると、改めてプレジデントへと向き直った。
「これからおまえたちを未来へと送る。だが、細かい時間の指定まではできない。正直、ぶっつけ本番な部分が多いからな」
プレジデントの説明によれば、術式に魔素を多く注ぎ込めば注ぎ込むほど、跳躍する時間は多くなるとのことだった。
今、プレジデントは自身の魔素と用意したたくさんの魔素含有水晶の魔素を注ぎ込み、可能なかぎり遠い未来へと二人を送り込むつもりでいる。
「一応、試算では千五百年から二千年ぐらいの未来の予定だが……詳しいところは正直分からん」
「千五百年から二千年……」
そう言われてもそれがどれだけ未来なのか、オーリスを始めとしたこの場にいる者は誰一人としてぴんと来る者はいない。
それは術式を執り行うプレジデントも同じだった。
「当然ながら、この術式は一方通行だ。行ったら最後、この時代には帰って来られない」
念を押すプレジデント。オーリスはそれに黙って頷いてみせる。
それを合図にして、プレジデントは術式の最後の仕上げへと取りかかる。
彼の両の指先が複雑に動き、宙に紋章を次々に描いていく。描かれた紋章は地面に描かれた紋章に触れて溶けるように消え去る。そして、紋章が溶けるごとに地面の巨大な紋章が輝きを増していく。
そうして光は次第に増していき、紋章の内側にいるオーリスからはプレジデントたちが、紋章の外側にいるプレジデントたちからはソリオたちの姿が次第に見えなくなる。
特に紋章の内側にいるオーリスは、視界だけではなく意識までもが周囲に溢れる光の中に徐々に徐々に溶けていくような感覚を覚えた。
「作るぜ。ソリオのいる未来へ続く世界を」
「作ろう。ソリオが笑って暮らせる世界を」
それは魔獣との最後の戦いに向ける、二人の王の決意の言葉。
二人のその言葉を耳にした時、オーリスの意識は光の中に飲み込まれていった。
『無敵の盾』更新。
過去編はこれにて終了。ようやく次回から舞台は2000年後のソリオたちの時代へ。
あちこちで張った伏線もあらかた回収できたかな? その代り、幾つかの新たな伏線も張っておりますが。
では、これからもよろしくお願いします。




