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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
二王秘愛編
56/97

和睦の会談


 どことも知れぬ闇の中。

 小さな蝋燭の灯りだけを頼りに、その男は魔法儀式の準備を進めていく。

「魔道皇に竜王め。どちらもこの私を蔑ろにしてからに……だが、今に見ているがいい。ククク……」

 石造りの床一面には、複雑な紋章(ルーン)が所狭しと刻み込まれている。

 だが。

 その紋章を刻むのは、その男の腕ではない。いや、男のものには違いないのだが、それは腕ではなかった。

 ぐねぐねと蛇のように蠢く触手。がちがちと硬質な石を容易く刻む鋭い爪の生えた、昆虫のような節くれ立ち不気味に折れ曲がった脚。

 その数も本来の二本ではなく、身体中の至る所から生えた無数の腕──腕もどきが、てんでばらばらに動きながら、それでも規則正しく紋章を描いていく。

「この儀式が成功すれば……世界は帝国でもなければ蛮族でもない……まさしく誰のものでもない虚無へと返るのだ!」

 既に「ヒト」の形さえ保っていない全身をうねうねと蠢かせながら、その男──狂った天才、アコード・ハイゼッドは狂気に満ち満ちた笑みを浮かべた。




「帝国より和睦の使者……だと?」

 亜人を統べる王、竜王ルミナスはその美しく整った眉を訝しそうに歪める。

 内心、自分で自分を白々しく思いながら、ルミナスは部下に言葉の先を促した。

「は、使者が携えてきた魔道皇直々の書状によれば、今、帝国に下るのならば、我々を正式な帝国国民として迎え入れるとのことです」

「ほう。長年諍い続けてきた我らを、今までの国民と同列に扱うというのか? ふん、さすがは帝国を統べる若き皇帝、実に太っ腹だ。だが、まさか無条件で受け入れるというわけではあるまい? 魔道皇は何を条件に我々を受け入れると言ってきたのだ?」

「そ、それが……」

 部下はルミナスの顔と手にした書状を何度も見比べる。ルミナス自身、そこに何が書かれているのか既に承知しているが、それを知らない部下は実に言い辛そうだった。

 だが、やがて覚悟を決めたのか、彼は書状に記されていることをはっきりと王に告げた。

「ま、魔道皇は……竜王陛下を……ルミナス様を正妃に迎え入れ、帝国と我らの将来的な融合を目指す、と……」

 その言葉を契機に、集まっていた亜人たちを統べる代表者たちがざわざわとざわめき出す。

「我らが王を帝国の若造の慰み者に差し出せと言うのかっ!?」

「だが、書状には正妃として迎え入れるとある。古来より、争い合う両陣営を和睦させるため、婚姻は常套手段とされてきた。今回もそれに倣うつもりなのだろう」

「確かに、我らが王と帝国の皇帝の間に世継ぎでも産まれれば、我らの王の子が次の帝国の主となるわけだが……そう考えれば悪い条件ではないのではないか?」

「だが本当に魔道皇は、我らが王を正妃として迎え入れるつもりなのか? いや、確かに正妃として迎え入れはするだろうが、そのまま陛下をお飾りの正妃にして、他の女との間にだけ世継ぎを設けるつもりでは……?」

 部下たちの会話を聞きながら、ルミナスは吹き出すのを必死に堪えていた。

 既に魔道皇の世継ぎは彼女の腹の中にいるのだ。それを知らぬ部下たちの心配は尤もだが、彼女にしてみればこの会議自体が茶番のようなものだ。

「悪くない条件だな」

 ルミナスは集まった部下たちをぐるりと見回しながら告げた。

「我が身一つを魔道皇に差し出せば、これ以上戦で命を落とす者もいなくなるのだ。それだけではなく、我らは今の帝国人と同格の国民として、帝国の一部となる。確かにそれをおもしろくないと考える我が民や帝国人もいるだろうが、それもやがて時の流れの中に消えていくだろう。それこそ、私が魔道皇の子を身籠り、その子が次の帝国の世継ぎとなれば、な」

 それに今の我々には、もう帝国に逆転するだけの策も兵力もありはしないのだ。

 そうルミナスが言葉を続けると、集まった者たちは覚悟を決めたかのような表情を浮かべた。

「では、陛下。この申し入れは……?」

「受けよう。これは王としての私の決定だ。これに異議のあるものは今この場で申し立てよ」

 再び、ルミナスは部下たちを見渡す。この時、彼女の決定に不服のある者は一人もいなかった。




「本気ですかな?」

「もちろん、本気だとも」

 腹心の部下の問いかけに、魔道皇プレジデントは含み笑いで答えた。

「今更蛮族──いや、亜人たちを帝国国民として受け入れるなど……一体、誰がそれに賛成すると思っておられるので?」

「まあ、賛成する奴は少ない……いや、もしかすると一人もいないかもな」

 それほど、帝国と蛮族の間の溝は広くて深い。

 両陣営はもう長い間、争い続けてきたのだから。

「やれやれ。正気の沙汰とは思えませんな」

「だからこうして、おまえに相談しているんだろ? 亜人たちを迎え入れることを誰もが納得する方法……それを考え出してくれ」

「陛下……無茶振りにも程がありますぞ?」

 じっとりとした目で見つめる腹心から、プレジデントはわざとらしく視線を逸らせた。

「そ、それにだな。我々帝国にだって問題はあるだろ? もしかすると、亜人たちを迎え入れることで、そこから解決する手段が見出せるかもしれない」

「まあ……おっしゃる可能性はありますな」

 帝国の抱える問題。それは最近の出産率の低下だった。

 貴族といわず市民といわず、帝国の若い夫婦の間に産まれる子供が極端に減ってきているのだ。

 理由は不明。ある識者に言わせれば、帝国人──人間はこれまでの繁栄のツケを求められているのではないか、と言う。

 クリソコラ帝国もプレジデントで八十一代目。建国から二千年以上の時を数える。

 その二千年の間、繁栄を続けたクリソコラ帝国。紋章術という技術を極め、様々な奇跡を可能としてきた。

 更に今の帝国の先祖たちは、紋章術で身体を異形化させた過去がある。その時代の紋章術の悪影響が、しわ寄せとなって今の時代に現れていると言うのだ。

 もちろん、それを証立てた者は一人もいないのだが。

「このままでは、あと数百年で帝国人……人間はいなくなる……もちろん、人間全てがいなくなるわけではないだろうが、国を維持するだけの数は期待できないであろうよ」

「……左様でしたな」

 人間の寿命は長くても百年が限度。どれだけ紋章術で寿命を伸ばそうと試みても、寿命の延長だけは適わなかった。

 それに対し、亜人の中には数百年もの寿命を持つ種族もいる。中には人間の半分ほどの寿命しか持たない種族もいるが、その分彼らは出産率が高い。一度に何人もの子を産み落とし、すくすくと育っていく。

 そんな亜人たちの生命力を取り入れることで、人間も再び出産率を伸ばせるのではないか、とプレジデントは考えているのだ。

「今後は我が帝国も、亜人たちと手を取り合わねば立ち行かないのだ。それに気づいていない馬鹿ばかりなのか、それとも気づいていながら認めたがらない阿呆ばかりか……」

 ほう、と溜め息を吐くプレジデント。亜人との融和以外に道はないが、周囲はそれを認めない者ばかり。いくら彼が皇帝という地位にあっても、人々の意識を簡単に切り替えることは不可能なのだ。

「いっそのこと、何か大きな事件でも起これば……な。それこそ、我々と亜人たちが協力しなければ、世界そのものが崩壊するような……」

「縁起でのもないことを言わないでくだされ、陛下」

 巫山戯たように言うプレジデントと、それを窘める彼の側近。

 この時、二人はまだ知らない。

 プレジデントの言うような大きな事件が、すぐ傍までこっそりと忍び寄っていることを。




 そして、その日はやって来た。

 帝国の皇帝であるプレジデントと、亜人の王であるルミナス。その両者率いる代表者たちが、和睦のために一つのテーブルにつくその日が。

 会場となったのは、帝都郊外の平原。そこに亜人たちが大きな天幕を組み上げて会談の場となった。

 これはもちろん、亜人側が罠を怖れたためだ。最初は帝国の帝都、それも皇帝の居城を会談の場にと帝国側は主張したのだが、それではどこに罠があるか知れたものではないと、亜人側が反発したのだ。

 その後、あれこれと意見を交えた結果、郊外に亜人側が容易した天幕を会談の場にすることに決定。

 そのことで今度は帝国側が罠を主張したが、それではいつまでたっても堂々巡りだとプレジデントが反対意見を強引に押し込め、ようやく会談の場所が決定したのだった。

 プレジデントが僅かな側近だけを連れて天幕に足を踏み入れた時、既に亜人側は王を始めとした要人が天幕内で待ち構えていた。

 天幕の一番奥まった席に竜王の姿を認めた魔道皇は、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

「……こうして戦場以外で顔を合わせるのは、これが初めてだな、竜王」

「その通りだ、魔道皇。戦場ではいくらでも(まみ)えているが、な」

 あまりの白々しさに二人は内心で吹き出しそうになりながら、それでも何とか表情を変えることなく建前を述べていく。

「では早速会談といこう。先の親書による提案……あれに間違いはないのだな?」

 用意された椅子にプレジデントが腰を下ろしたのを確認し、ルミナスが速やかに進行を促す

「ああ、間違いはない。帝国八十一代目の皇帝の名に賭けて誓おう」

 椅子に鷹揚な態度で腰を下ろしながら、プレジデントはきっぱりと宣言した。

「今日これより、貴君たちは我が帝国の臣民となる。無論、どちらもすんなりと納得できない者は少なからずいるだろうが、そんな不満もいつかは立ち消えると我は信じている。そして我と竜王の間に世継ぎが産まれた時、その世継ぎこそが両陣営の和睦の象徴となるだろう」

「承知した。今日これより、我、ルミナス・ミラジーノはプレジデント・ラピュタ・クリソコラ陛下の妻となり、一日も早く陛下の世継ぎを産むように努力することを誓おう」

「その誓い、しかと聞き入れ──」

 プレジデントがルミナスの誓いを受け入れようとした時、不意に天幕の外が騒がしくなり、天幕の中に一人の兵士が飛び込んで来た。

 飛び込んで来たのは亜人──鬼人族(オーガー)の青年で、その手に巨大な戦斧を携えていた。

 すわ、やはり罠か、とプレジデントの側近たちが色めき立って武器に手をかける中、鬼人族の青年は一堂の前で跪いた。

「申し上げます! 東の山の頂より、無数の魔獣らしきものが突如出現。現在、魔獣の群れはゆっくりとこちらへと向かって来ております」

「何だとっ!?」

 プレジデントとルミナスは、同時に椅子から立ち上がると肩を並べて天幕の外へと飛び出した。

 それに僅かに遅れて、二人の側近たちも主同様に天幕の外へと出る。

 そして、そこで彼らは見た。

 報告にあった通り、帝都の遥か東部に連座する山々。その一際高い山の頂より、まるで雲霞のように黒いなにかが吹き出しているのを。

 黒いなにかは群れをなして、ゆっくりとこちらへ移動している。

 いや、その速度はかなりのものだろう。山との距離があるため、ゆっくりと移動しているように見えるにすぎない。

「あ、あれが全て……魔獣だと……?」

「あれほどの数の魔獣が一斉に出現するなど……帝国の二千年の歴史の中でも聞いたこともないぞ……」

 二人の王が震える声で言う。

 そんな彼らが見据える中、雲のごとき無数の魔獣たちは、ゆっくりと、だが確実に王たちのいる方向へと迫ってくる。

 魔道皇は一度だけ竜王と視線を交わすと、さっと彼女に背を向けて自身の側近たちに告げた。

「急ぎ帝都へと戻る! 至急、魔獣どもを迎え撃つ準備を整えろ!」

「御意!」

 側近たちに指示を飛ばす愛しい男の背中を、ルミナスはどこか寂しそうにじっと見つめる。

「済まんな、竜王。和睦の会談は一時中断だ。我らは魔獣どもから帝都を……いや、民を守らねばならん」

「な、ならば、我々も協力を……既に我々も帝国の一部だ!」

「その言葉はありがたいが……」

 魔道皇は振り返ることなく、背中越しに秘かに愛する女へと告げる。

「昨日まで刃を交えていた相手と、突然肩を並べて戦うのは難しいだろう。実際に戦場に立つのは、我らだけではなく兵士たちもなのだ。例え我らが分かり合っていたとしても、兵士たちはそうではなかろう」

「そ、それもそうか……」

 ルミナスもそれは理解できた。

 昨日まで実際に命の奪い合いをしていた相手と、突然一緒に戦えと言われても兵士たちは納得できないだろう。疑心暗鬼に囚われて、普段通りの実力を発揮できないに違いない。

 そうなると、それで命を落とすのは兵士たちなのだ。兵士たちをいたずらに混乱させるよりは、それぞれの陣営が独自に魔獣と戦った方がましというものだろう。

「では、竜王。和睦の会談は後日……あの魔獣どもを全て駆逐してからだ」

「しょ、承知した……」

 側近たちと一緒に足早に離れていく魔道皇の背中を、竜王はその場に静かに佇みながら、いつまでもじっと見つめていた。




 『無敵の盾』更新。


 なんとか今週は更新できました。

 仕事の方もひとヤマ越えて、少しは楽になってきたかな、といったところです。

 過去編もあと二、三回といったところかな?

 その次はソリオたちの時代に戻り、舞台を西の隣国であるパイライト帝国に移す予定。

 そのパイライト帝国で、ついに正ヒロインであるソリオの嫁候補が登場する……かも? いや、一応登場させますが、やっぱりどこか変なキャラクターになるかもしれない(笑)。


 では、これからもよろしくお願いします。


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