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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
妖女覚醒編
50/97

決着

 それは、コーラルの街のあらゆる所から見ることができた。

 上空より迫り来る、コーラルの街を赤く染め上げる炎。

 まるで巨大な波が押し寄せるように街の上空から迫る真紅を、防ぎ止めるべく出現したそれ。

 それはまさに堤防だった。

 街全体を覆うかのように、突如出現した淡く輝く巨大な盾。もちろん、実際の大きさは街を覆うどころか街の四分の一にも及ばない。

 それでもその盾を見上げた人々は、なぜか安堵した。

 押し寄せる真紅の炎に対して、それまで抱いていた恐怖心が一瞬で消え去ったのだ。

 あの盾があれば大丈夫。

 あの盾があればもう怖くはない。

 空に浮かんだ巨大な光の盾を見ていると、なぜかそう思えてしまうのだ。

 優しい光でできた巨大な盾。それを、避難中のコーラルの市民が、家の中に隠れていた住民が、巨猿を倒したばかりのアゲート侯爵配下の兵士や騎士が。彼らと共闘していた冒険者たちが。そして、他ならぬ『真っ直ぐコガネ』の仲間たちが。

 全幅の信頼を寄せて、上空に浮かぶ光り輝く盾を見つめていた。




 激突の音はなかった。

 獣の女王が吐き出した、超特大の火炎の息吹。その火炎を受け止めるべく出現した、超特大の光の盾。

 その両者が衝突した時、激突する音はまるでなかった。だが、両者は静かにその存在を消し去ろうと(しのぎ)を削り合う。

 炎は盾を燃やす尽くそうと。盾は炎を受け止めるべく。

 炎と盾は、いや、獣の女王とソリオは持てる力の全てを注ぎ込み、不屈の闘志で以て互いの力をぶつけ合う。

 当事者である獣の女王とソリオにとって、永遠にも感じられるその時間。だが、実際にはそんなに長い時間炎と盾がぶつかり合っていたわけではない。

 そして、突然ぱりん、という渇いた破裂音が響く。

 それはソリオが作り出した紋章術の盾が破壊された音だ。

 粉々に砕け散り、光の粒となって消え行く盾。だが、それと同時に、世界を赤く染めていた真紅も消え去った。

 獣の女王が吐き出したのは火炎の息吹。そう。息吹なのだ。つまり、吸い込んだ以上の息を吐き出すことは、例え獣の女王といえども不可能なのである。

 火炎が盾を破壊した瞬間、女王の息も切れた。すなわち、女王の息切れまで粘ることができた盾の勝利と言えるだろう。

 両者は上空で互いに激しく息をしながら、敵意を込めた視線をぶつけ合う。

 上空に位置する獣の女王は、彼女の火炎を防ぎきった憎たらしい小僧に敵意と僅かな敬意を秘めて。

 下方より女王を見上げるソリオは、僅かにしてやったりという笑みを浮かべつつ。

「…………よもや、今の火炎までも防ぎ切るとは思わなんだわ」

「ぎりぎりだったけど……ね」

「じゃが……もう一度、今の火炎を防ぐことはできるかの?」

「何度だって、防いでみせるさ」

 互いに不敵に笑い合う二人。

 だが実を言えば、内心では冷や汗を流しながらのはったりの応酬だ。

 獣の女王も、その体内に宿した魔素がかなり少なくなってきている。

 先程の特大の火炎が、元々残り少なかった魔素を更に圧迫したのだ。確かにもう一度ぐらいは先程の規模の火炎を吐くことも可能だが、そうすると間違いなく、彼女の身体は封印が解けた当時の幼い身体に戻ってしまうだろう。そうなれば、彼女の戦闘力は激減だ。

 対して、魔素の残量が少ないという意味ではソリオも同じだった。

 ソリオの腰にぶら下げられた袋の中の魔水晶も、今の盾を造り出す際にほとんどが空になってしまった。実際問題として、先程の規模の盾を造り出すのは不可能だろう。

 先程彼の盾が砕けたのも、実際には炎に耐えきれなかったからではなく、維持に必要な魔素が尽きたからだった。

 つまり、互いに決定打が欠けた状態での腹の探り合い。

 上空に浮かんだまま、両者は睨み合う。

 その間に、ヴェルファイアとコルトがソリオの傍に集まってくる。

 二人は得物をしっかりと構え、いつでも突撃できる姿勢を見せて獣の女王を威嚇する。

 獣の女王もまた、上空から大音量の咆哮を放ち、『真っ直ぐコガネ』というよりは地上にいる兵士や冒険者たちを威嚇した。

 まるで、先に動いた方が負けるとばかりに、互いの出方を窺う両者。

 互いに決定打を欠いた今、動くに動けない状態。だが、いつまでもこの状態が続くとは思えない。

 何か切欠があれば。小さなものでもいいので、切欠さえあれば一気に状況が動く。互いにそう確信しながら相手の出方を窺う。

 それは宙に浮く『真っ直ぐコガネ』と獣の女王だけではない。

 地上から両者を見上げるアゲート侯爵率いる兵士や冒険者たちまでもが、固唾を飲んで対峙する両者を静かに見上げていた。

 そして。

 『真っ直ぐコガネ』と獣の女王が望んだ、切欠が訪れる。




 きぅん、という空気を引き裂く音を響かせながら、一条の光が地上から空へと放たれた。

 その一条の赤光(しゃっこう)は、狙い違わず獣の女王の右目を貫く。

「がああああああああああああああっ!!」

 突然右目に飛び込んできた赤い光。その光の正体は熱線であり、無防備だった右目を焼かれた獣の女王は、苦悶の叫びを上げながら上空で大きく身を捩らせる。

 それを好機と判断したソリオは、一つの紋章術を展開した。

「ヴェルっ!! コルトっ!! 目を閉じてっ!!」

 それは攻撃的なものではなく、かといって彼が得意とする防御に関するものでもなく。

 ただ、上空に浮かぶソリオたちと獣の女王の間で、閃光を炸裂させるだけものものだった。

 ソリオの忠告に疑うことなく従ったヴェルファイアとコルト、そして術者のソリオは目を閉じて閃光をやり過ごす。

 だが、右目を焼かれて身悶えしていた獣の女王は、突然の閃光に対応することができなかった。結果、残された左目に閃光が突き刺さり、しばらくとはいえ獣の女王は完全な盲目に陥った。

 そして、この閃光は単なる目眩ましだけが目的ではない。

 これは遠く離れた場所でじっと待機しているはずの、彼女へ向けた合図なのであった。




 ソリオたちが戦っている場所から遠く離れたモルガナイト湖の湖畔から。

 彼女はじっと仲間たちが戦うのを見つめていた。

 仲間たちが空中で、巨大な獣と戦っている。それは遠く離れた彼女のいる場所からも、何とか視認することができた。

 仲間たちを心配しつつ、じっと彼女は待つ。彼に言われたように準備をしながら、仲間から発せられる合図があるその時まで。

 準備は既に整っている。この準備のため、仲間から預かってきた魔水晶に蓄えられていた魔素は、全部使い果たしてしまった。

 そして。

 そして、その時はやってきた。

 空中に輝く激しい光。それは事前に打ち合わせておいた合図に間違いない。

「来たっ!! ソリオからの合図っ!! お願い、エンジェライトっ!!」

 彼女──ポルテは、自身とよく似た氷の精霊に、準備しておいた術の発動を促した。




 ようやく、視界が戻ってきた。

 いまだにちかちかする残された左目で、獣の女王は敵を見据えた。

 彼女の位置する空中より、やや下方に三つの人影がおぼろげに見える。

 もう許さぬ。例えこの身体がどれだけ小さく縮もうが、あやつらだけは許しておかぬ。

 女王が再び火炎の息吹を吐くために、身体を反らして息を吸い込もうとした時、彼女は周囲の異変にようやく気づいた。

 薄暗いのだ。

 先程まで──僅かな間とはいえ視界を奪われる前に比べて、なぜか周囲が薄暗い。まるで何かの物陰に入ったかのようだった。

 そして、徐々に明確になっていく彼女の左目が、それを捉えた。

 息を吸うために大きく反らした身体。必然的に、彼女の顔は更なる上空を向くことになる。

 そこで彼女は見た。

 遠方より放物線を描いてこちらに迫り来る、巨大な何かを。

 その巨大な何かは、既に放物線の頂点を通り過ぎ、彼女に向かって一直線に落下してくる。

「……………………こ、氷……………………?」

 あまりに現実離れした現状に、思わずそれを見つめてしまった獣の女王。彼女がその物体の正体を看破して我に返った時、既に巨大な氷の塊は避けることが不可能なほどの距離まで迫っており、そのまま見事に獣の女王に激突した。




 迫り来る氷の塊。もちろん、これはポルテが契約している(ひょう)(せい)が作り出したものだ。

 モルガナイト湖の豊富な水と、ソリオから借り受けた十個の魔水晶。それらがあって初めて製作可能な巨大な氷の塊の大きさは、実にこのコーラルの街でよく見かけられる家ほどの大きさがあった。

 この大きさの氷を作り出すのは、ポルテといえども簡単ではない。そのため、戦いの序盤から彼女は別行動を取り、一人モルガナイト湖の湖畔でこの氷塊を作っていたのだ。

 その巨大な氷塊を、ソリオの合図で打ち出した。これだけ巨大な氷になるとその飛翔速度は遅く、更に戦場までの距離がありすぎるので、標的である獣の女王に命中させるのは普通ではまず不可能だろう。

 そのため、ソリオは獣の女王が回避できなような状況を作り出したのだ。彼女の視界を奪い、僅かとはいえ動きを制限する。そしてソリオの思惑通り──正体不明の赤光の援護もあって──、巨大な氷塊は獣の女王の身体を捉えのだった。




 獣の女王は、自身の身体のあちこちから全身の骨が砕ける音を聞いた。

 それだけではなく、超質量の氷塊は獣の女王にぶつかった後、そのまま落下しているのだ。

 このままでは地面と氷塊に挟まれ、いかな獣の女王と言えども絶命するだろう。

 何とか氷塊から身体を引き剥がそうとする獣の女王。

 だが、身体のあちこちの骨が砕けている今、思ったように身体は動かない。もしも彼女にもう少し魔素が残されていれば、瞬時にダメージを回復させることもできただろう。だが、今の彼女に残された僅かな魔素ではそれも適わない。

 獣の女王が保持する魔素を可能な限り削り、その上で超質量の攻撃で全身を押し潰す。

 それこそがソリオの立てた作戦の全容であり、それが見事に決まった瞬間だった。

 そして。

 地上へと落下する氷塊と獣の女王に、肉薄する人影が三つ。

「獣の女王────っ!!」

「──────こいつで────っ!!」

「────────────とどめッスよっ!!」

 それぞれの得物を振りかぶり、ソリオ、ヴェルファイア、そしてコルトが獣の女王に迫る。

 ヴェルファイアの戦槌(ウォーハンマー)が獣の女王の眉間を砕き、ソリオの幅広剣(ブロードソード)が左目を貫き、コルトの幅広剣が喉を斬り裂く。

 獣の女王に一撃を見舞った『真っ直ぐコガネ』は、それぞれの得物を引き抜いて急いで離脱する。

 いつまでも獣の女王にくっついていると、そのまま地面との衝突に巻き込まれるからだ。

 獣の女王から距離を取り、上空で停止する『真っ直ぐコガネ』。

 振り返った彼らの耳に、巨大な物体が地面に激突した衝突音が響く。

 今、彼らの眼下には巨大な氷塊が鎮座し、地面と氷塊との隙間からちろちろと小さな炎が吹き出していた。

 おそらく、獣の女王の体内に残されていた僅かな魔素が、炎となって暴走しているのだろう。

 氷塊を溶かしつつ、炎はしばらく吹き出し続けていたが、やがて徐々に火勢は弱くなっていき、やがて完全に鎮火した。

 その瞬間こそが、二千年前より続いた獣の女王の命の終焉の時だった。


 『無敵の盾』更新。


 前回より正月を挟んで間が空いてしまいました。

 なんとかこうして書き上がりました。合わせて、獣の女王とも決着。今章のエピローグ的なものと、次章への予告めいたものを入れて、随分と長かった「妖女覚醒編」もおしまいです。

 もちろん、物語自体はまだまだ続きますです。


 では、これからも──今年も──よろしくお願いします。


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