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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
妖女覚醒編
51/97

過去を知る者

 半ば溶けた巨大な氷塊の近くに、ソリオを始めとした『真っ直ぐコガネ』は空からゆっくりと舞い降りた。

 途端、周囲から大きな歓声が沸き上がる。

 強大な獣の女王を倒したソリオたちに、街の住民やアゲート侯爵配下の兵士たち、そして顔見知りの冒険者たちが、惜しみない歓声を向けてくれている。

 ソリオは照れながら、そしてヴェルファイアとコルトは満面の笑顔で、歓声を上げる人々に手を振って応える。

 その時だった。

 ソリオたちの背後に鎮座していた、溶けかけた巨大な氷塊が内側から弾け飛んだのは。




 轟音と共に弾け飛んだ氷塊。

 慌てて振り返ったソリオの視線の先で、蠢く真紅のなにかがいた。

 いや、それは実際には白い肌をした女だ。身体中の至るところから夥しい血が流れ出ており、その白い肌を赤く染め上げて立っていたのだ。

 衣服は何も身に着けていない全裸の女性。だが、誰一人として彼女を好色そうな目で見るものはいなかった。

 全身から血を流し、長くて真っ直ぐだった髪はちりぢりに千切れて乱れ、手足のあちこちが歪に捻じれて、立っていられるのが不思議なほど。

 そして何よりは彼女の目。まるで血に飢えた野獣のように、ぎらぎらとした殺気を宿して真っ直ぐにソリオを見つめ、まさに獣の如き咆哮を上げた。

「け、獣の女王……?」

「ま、まだ生きていたンスか……?」

 呟いたヴェルファイアとコルトがそれぞれに得物を構える。

 彼らとて、これまでの戦いで疲労困憊だ。だが、どうやら休めるのはもう少し先らしい。

 同様にソリオも幅広剣(ブロードソード)を握り直す。

 居合わせた兵士や冒険者、そして街の住民たちは、突然のことに硬直している。そんな彼らを一切無視して、獣の女王はぐしゃぐしゃに捻じれて曲がった身体をがくんとたわめると、その身体からは信じられない速度で一直線にソリオへと躍りかかった。

 その姿は名前の通りに獣のようで。

 自分目がけて突進してくる獣の女王に、ソリオは紋章術で盾を展開する。

 だが。

 だが、ソリオの盾が獣の女王の突進を遮ることはなかった。

 なぜならば、女王の身体を横合いからいくつもの真紅の光が貫いたのだ。

 拗くれた身体中を真紅の光に貫かれて、獣の女王は再び倒れる。

 そしてその血塗れの身体のあちこちから小さな炎が吹き出すと、その炎は徐々に大きくなって女王の身体を包み込んでいく。

 ソリオたち──いや、コーラルの街の住民たちが見つめる中、炎の中の獣の女王の身体は徐々に小さくなっていき、やがて炎が消えると同時にその身体も消え去った。

 今度こそ。

 今度こそ、獣の女王の命が燃え尽きた。

 完全に燃え尽きて、黒いカスのようなものが風に吹かれて飛び去るのを、『真っ直ぐコガネ』の面々はその場に尻餅をつきながら呆然と見送っていた。




 地面に座り込みながら、それでもソリオは首だけを捻ってある方角を向く。

 その方角は、先程の真紅の光が飛んで来た方向だ。ソリオの様子に気づいたのだろう。ヴェルファイアとコルトも、釣られるように彼と同じ方へと視線を向けた。

「お、おい……あれって……」

「ソリオ様と同じ……人間族(ヒューマン)ッスよね……?」

 ヴェルファイアとコルトの言葉通り、彼ら視線の向こうには、一人の人間族(ヒューマン)の男性の姿があった。

 年齢は三十前後といったところだろう。がっしりとした体格で髪も瞳も焦茶色の男性だった。

 彼は所どころに板金で補強された鎖帷子(チェインメール)を装備していたが、それらの防具はあちこちが切り裂かれて痛んでいる。それも見たところ、ついさっき受けたダメージのようだ。

 それに反して、手にしている槍斧(ハルバード)だけが、まるで買ったばかりの新品のよう妙に真新しい。

 傭兵か冒険者のような出で立ちのその男性。彼の身体のあちこちにも真新しい傷が見受けられ、いまだに血が滲んでいる。この人物がつい先程までどこかで激しい戦闘を行っていたのは間違いないだろう。

 その男性は無言のまま、ゆっくりとソリオたちの元へと近づいて来る。

 その表情は極めて厳めしい。まるで鋼を思わせるような硬い表情で、じっとソリオのことを見つめている。

 自分がなぜそんな目で見られるのか分からないが、それでも先程助けてくれたのは彼に間違いないだろう。

 そう思ったソリオは、立ち上がってその男性へと向き直った。

「……さっきはありがとう。あなただよね? 獣の女王にとどめを刺したのは……あれって……あの赤い攻撃魔術はもしかして……」

 ソリオは親愛を示すために右手を差し出しながら、近づいてくる男性に問いかけた。

 だが、結果としてソリオが差し出した右手は無視される形となる。

 なぜならば、ソリオの目の前まできた男性は、それまでの硬い表情とは打って変わって、怒涛のような涙を両眼からあふれさせつつ熱烈にソリオの身体を抱き締めたからだ。

「え? は? へ? え、ええええええええええええええええええっ!?」

 見知らぬ男性から突然抱き締められ、ソリオは困惑の悲鳴を上げる。

 コルトもヴェルファイアも、そして周囲にいる人々もどうなっているのかまるで理解できずに、ただただ黙って成り行きを見つめるしかない。

 そんな中で、嗚咽混じりの男性の低い声が響く。

「ソリオ様……ソリオ様……っ!! ようやく……ようやくあなた様と再会することができた……っ!! しかも、こんなに立派にご成長されて……私は……このオーリス・カルサナイトは今日という日をどれだけ待ち望んだことか…………っ!!」

 ソリオを力の限り抱き締めつつ、男泣きに泣くオーリスという名の男性。

 ソリオはどうしたいいのか全く分からず、ただきょろきょろと助けを求めて周囲を見回していた。




 オーリスという男性をどうにか宥め賺して落ち着かせることに成功したソリオ。

 ソリオはようやく合流したポルテも含めた仲間たちと、件のオーリスという男性と共にアゲート侯爵の居城の中の一室にいた。

 ともかくこのオーリスという男性は、ソリオのことを知っているらしい。それも、幼い頃のソリオを──ある一定の時より前の記憶のない彼のことを、だ。

 そのため、アゲート侯爵の許可を得て、オーリスも一緒に侯爵の居城へと場所を移動した。

 獣の女王との戦いで疲れきっていたし、侯爵だって戦後のあれこれといった処理で多忙だったが、それでも全員がオーリスの話を聞きたくて、疲れた身体に鞭打ってこうして一同に会しているわけだった。

「えっと……オーリスさん……だったよね? これからあなたに話を聞きたいんだけど……いいかな?」

 各々椅子やソファに腰を下ろし、ゆったりとした姿勢でいるのを確認してから、一同を代表してソリオがオーリスに話しかける。

 だが当のオーリスは、話しかけたソリオを目を見開いてまじまじと見つめるばかりだった。

「どうしたンスか、あの人?」

「いや、俺に聞かれても分かるわけねぇだろ?」

 様子がおかしいオーリスを見ながら、コルトとヴェルファイアがぼそぼそと小声で囁き会う。

 そんな彼らの前で、ソリオを凝視していたオーリスは、進められた椅子に座りながらがっくりと肩を落とした。

「……ソリオ様が……ソリオ様が私に対してあんなに他人行儀な話し方を……これはやはり、長い間ソリオ様を探し出すことのできなかった私を怒っておいでなのだ……ソリオ様の怒こらせてしまった以上、最早死んでお詫び申し上げるしか────っ!!」

 やおら椅子から立ち上がったオーリスは、腰に差していた短剣を引き抜くとその切っ先を自らの喉に向けた。

「わ、わああああああああっ!? 待った待ったっ!!」

 慌ててソリオがオーリスに飛びつき、彼の手から短剣を奪う。

「いきなり何をするかな、この人はっ!?」

「死なせてください、ソリオ様っ!! ソリオ様のご不興をかったとなれば、私は……私は……私を信頼してあなた様のことを任せてくださった、ソリオ様のご尊父様とご母堂様に合わせる顔がありませんっ!! どうか……どうか黙って死なせてくださいっ!!」

「え……? い、今……今、何て言った……?」

 今度はソリオが目を見開く番だった。

 記憶のない彼は、本当の両親の顔も名前も知らない。養父であるスイフトに我が子同様に育てられ、寂しい思いをしたことはなかったが、それでも本当の両親に対する興味がないわけではない。

 その両親を、このオーリスは知っているらしい。

 驚いたのはソリオだけではなく、彼の生立ちを知っている『真っ直ぐコガネ』の面々と、同席していたアゲート侯爵も一様に驚きの表情を浮かべていた。

 ただ一人、当のオーリスだけが不思議そうな顔でソリオを見返している。

「…………何をおっしゃいますか、ソリオ様? 私は……このオーリス・カルサナイトはあなた様の世話役兼護衛として、幼い頃から一緒だったではありませんか? よもや私のことをお忘れか?」

「幼い頃から一緒だった……? じゃあ……じゃあ、本当にあなたは俺の両親のことを知っているんだね……?」

「無論ではないですか。私は元はあなた様のご母堂様の部下でありました。だが、諸事情あってご両親と一緒に暮らすことのできなかったあなた様の世話役として、幼い頃から常に一緒でした……も、もしや、本当に私のことをお忘れになられたと言うのですか……?」

 再び驚きの表情を浮かべるオーリスに、ソリオは自分のことを説明した。

 幼い頃に辺境の村外れで今の養父に拾われたこと。そして、養父と出会う前の記憶が一切ないこと。

 そしてそれを聞いたオーリスは、一人納得したような顔で何度も頷いた。

「なるほど……あの時のご尊父様の施術が、頭に影響を与えたのでしょう……一度に大量の紋章術を記憶させれば、頭に大きな負担がかかるのは周知に事実。いくら我が子のためとはいえ……いくら時間がなかったとはいえ、ご尊父様のなさったことは幼いソリオ様には大きな負担だったのでしょうな」

 腕を組みながら、ぶつぶつと小さく呟き続けるオーリス。

 そして、ソリオはそんなオーリスの肩を掴み、懇願するように詰め寄った。

「知っているのなら教えてくれないかなっ!? 俺の……俺の本当の両親のことを……っ」

「承知致しました。私が知っていることは全てお話しましょう」

 オーリスは再度椅子に腰を落ち着かせると、姿勢を正して口を開いた。

「ソリオ様。あなた様のご両親────お父上は、クリソコラ帝国第八十一代目にして最後の皇帝、『()(どう)(おう)』プレジデント・ラピュタ・クリソコラ陛下。そしてお母上は、そのクリソコラ帝国に虐げられた亜人たちを率い、帝国に反旗を翻した亜人の王にして通称『竜王』と呼ばれたルミナス・ミラジーノ陛下です」


 『無敵の盾』更新。


 そういうわけで、ソリオの実の両親は大抵の方が予測していた通りの二人でありました。

 そして、今回で今章は終了。次章より過去の話──ソリオの生まれる前の彼の両親の話となります。

 時間的には二千年ほど前ですね。



 では、次回もよろしくお願いします。


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