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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
妖女覚醒編
45/97

竜王の第一の騎士


 (じゅう)の女王が産み落とした、五体の巨大な猿の化け物たち。

 それらを睨み付けながら、ソリオはなぜ猿たちの背後にいる黒衣の女性が、「獣の女王」という名前で呼ばれているのかその訳を悟った。

 この猿たちのように、獣の女王は眷属である魔獣を生み出す能力があるのだ。そして、生み出した眷属を支配下に置き、自在に操る。すなわち魔獣たちの支配者。それゆえに、「獣の女王」と呼ばれるのだ。

 そういえば、『斬鉄剣』の生き残りである森妖族(エルフ)の弓使いは、彼女には他にも仲間らしき者がいたと言っていた。

 となると、その者も目の前の猿たちのように、獣の女王が産み落とした魔獣に違いない。

 だがソリオは、その仲間のことはすぐに忘れ去った。

 今は目の前の敵に集中すべき時だ。もちろん、奇襲に備える最低限の警戒は必要だが、この場にいない者のことを考えている余裕はない。

 涎を垂らし、低い唸り声を上げる猿たちを睨み付け、ソリオは手の中の戦旗(バトルフラッグ)をしっかりと握りしめた。




 時間は少し遡る。

 獣の女王とはコーラルの街に入る直前に別れたエアウェイブは、主である獣の女王が向かった目抜き通りとは違う場所を歩いていた。

「さてさて、母上が気に入るような豪奢な馬車があればいいのですが……」

 彼が歩いているのは、目抜き通りから離れた職人たちが工房を構える区画である。

 彼は主よりも一足速く街に入り、何食わぬ顔で街の住人に馬車を手に入れるにはどうしたらいいかと尋ね、この区画を教えられたのだ。

 教えてくれた住人に丁寧に礼を述べた彼は、その足でこの区画を訪れた。

 彼がこの区画に到着した頃には、既に彼の主人が街を襲ったという報せが届いていたようで、この区画に人の気配はまるでない。

「この街の領主の支配はしっかりと住民に行き渡っているようですね。おそらく、領主が命じてこの辺りの住人を避難させたのでしょう」

 人気のない工房を順に覗きながら、エアウェイブは誰に言うでもなく一人ごちる。

 木を細工するらしい職人の工房を覗き込めば、確かに馬車があった。

 ただし、それらの馬車は荷物運搬用の簡素な馬車ばかり。とてもではないが、貴人が乗るような豪華なものではない。

「ふむ……母上が望まれるような馬車は、注文しないと生産しないのかもしれませんね。となると、母上にいきなりこの街に入っていただいたのは失敗でしたか」

 腕を組み、考え込むエアウェイブ。

 その姿は、主に命じられて買い物にでもきた執事のようだ。実際、今彼が身に着けている衣服は、貴族などに使える執事がよく着用する衣服である。

 不意にエアウェイブの頭が小さく振られた。まるで首を傾げるような小さな動き。だが、彼の頭が動いた直後、それまで頭があった場所を何かが勢いよく通過した。

 石だ。

 握り拳よる少し小さな石が、彼目がけて投擲されたのだ。

 この程度の石が頭に当たったとしても、人間ではない彼には痛打とはなり得ない。

 それでも石が当たることは不快と感じるらしく、エアウェイブは最低限の動きで飛んで来た石を回避したのであった。

 ちらり、と石が飛んで来た方へと視線を向けるエアウェイブ。その途端、彼の目が驚きに見開かれた。

「あ、あなたは……」

「久しいな、黒犬。まさか、この時代で再びお前と再会するとは思ってもみなかったが」

 驚愕に目を見開くエアウェイブの視線の先。そこには一人の男性がいた。

 その男性は珍しくも人間族(ヒューマン)で、年齢は三十前後だろうか。がっしりとした長身で髪も瞳もは焦茶色。

 所どころに板金で補強された鎖帷子(チェインメール)を装備しており、手には得物である槍斧(ハルバード)

 冒険者か傭兵のような出で立ちだが、エアウェイブは確かにその男に見覚えがあった。

「……お、オーリス……オーリス・カルサナイト……? 我らが王、竜王陛下の側近であったオーリス・カルサナイトか……? だ、だが、あなたがどうしてまだ生きている……? あ、あれから二千年が過ぎ去ったのです……人間であるあなたが、どうして二千年も生き長らえていたというのです……?」




 震える声で発せられたエアウェイブの問いを、オーリスと呼ばれた男は全く無視してエアウェイブへと鋭く踏み込む。

 そして稲妻のような速度で手の中の槍斧を真横に一閃。

 だがこの一撃はエアウェイブの身体を捕えることはできず、標的であったエアウェイブは背後へと飛び退ってこの一撃を回避した。

 だがオーリスもすんなりとは逃さない。後退したエアウェイブを追い、再び踏み込みながら今度は槍斧の切っ先で激しく突きかかる。

 二度、三度、四度、五度。瞬く間に五回もの突きを繰り出す神速の突き。さすがのエアウェイブもこれらの突きを全て躱すことは適わず、最後の二発を腹部にくらってしまう。

 だが、引き戻されたオーリスの槍斧の切っ先は、血で汚れることなくエアウェイブの身体にも何らダメージを受けた様子もない。

「いきなりなご挨拶ですね? かつて……二千年前、我々は共に肩を並べて帝国と戦った戦友だったではありませんか? その戦友にいきなり攻撃を加えるなど、竜王陛下の側近としてはあまり褒められた行いではありませんよ?」

「もちろん忘れてはいないさ、黒犬。確かに私と貴様はかつては共に帝国と戦った。共に我らが竜王陛下の尖兵としてな。だが、私は当時から貴様が……いや、貴様たち獣どもが大嫌いだったよ」

 そう言いつつ、オーリスは指先に淡い輝きを灯す。

 その指先を空中に滑らせ、そこに何か複雑な模様のようなものを描き出していく。

「帝国の魔法技術っ!? ど、どうして敵である帝国の技術をあなたが────っ!?」

 エアウェイブは警戒も露に、再びオーリスとの距離を取る。

「そう、我らが仇敵クリソコラ帝国が誇る魔法技術──紋章術だ。かつてはこの紋章術に、我々は何度も煮え湯を飲まされてきたものだな、黒犬?」

 オーリスの描き出した紋章(ルーン)が、彼が持っている槍斧へと纏わり付いて槍斧を淡く輝かせる。

「さあ、これで貴様にも有効な攻撃が可能だぞ、黒犬?」

 光の宿った槍斧を構えながら、オーリスは不敵な笑みを浮かべる。

「な、なぜです? なぜ、あなたが私に刃を向けるのです? 我らが竜王陛下の側近であり、『竜王の第一の騎士』とまで言われたあなたが……」

「言っただろう? 私は昔から貴様たち獣が嫌いだったと。貴様ら獣どもは、魔素を補充するために人を喰らう……いくら帝国に勝利するために生み出された『兵器』といえど……そのような人道に外れる行為、許されるはずがなかろう」

「ですが、我々を生み出すことは、竜王陛下もお認めになられたことです。そう、憎き帝国を打ち倒すため……帝国の奴隷だったあなたたちが蜂起したのは、我々という戦力を充てにしたからだ。そうでしょう?」

「確かに貴様の言う通り、我が竜王陛下も帝国を打ち倒し、帝国の奴隷……いや、咎人の成れの果てであった我々が帝国の支配から逃れるため、一度は貴様たちを認められた……だが、本心では決して認めておられなかった」

「おや? そうだったのですか? その割には更に力の強い我々の眷属……合成魔獣(キメラ)を作り出す研究を重ねてきたではありませんか?」

「それは陛下の与かり知らぬところで行われていたことだ! もしも陛下がそのことを御存知であれば、絶対に許可など下されはしなかった!」

「それこそ、私たちの与り知らぬことですよ。だが、経過はどうあれ研究は続けられました。その研究の行き着いた先が……」

「……異界の獣の召喚……それこそが、二千年前の最大の災禍だ」




 頭上で槍斧を旋回させ、斜めに振り下ろすオーリス。

 その一撃を、エアウェイブは難なく回避する。

 標的の身体を捕らえ損ねた槍斧は、エアウェイブの背後にあった石造りの家屋を一撃で粉砕した。

「相変わらず、恐ろしいほどの力と技の冴えですね。ですが……私の記憶が確かなら、あなたは帝国との長き戦いの途中、その姿を突然見かけなくなりました。私はてっきり戦いの()(なか)で討ち死にしたものとばかり思っていましたが……」

「それに答える必要はない」

 再び真横に振り抜かれた槍斧。先程よりも更に鋭く速い一閃は、避けようとしたエアウェイブの左腕を微かに捕える。

 とはいえ、それは掠った程度。だが、その掠った程度でエアウェイブの左腕はあっさりと断ち切られ、くるくると宙を舞った。

「……どうやら見せかけだけではなく、本物の紋章術のようですね」

 千切れた左腕などまるで気にかけることもなく、エアウェイブは敵となったかつての戦友を睨み付ける。

「いい加減に本性を現せ、黒犬。いつまでも人の姿のままでいては、私に勝つことはできんぞ?」

 槍斧を構えたまま、指先をちょいちょいと動かしてオーリスはエアウェイブを挑発する。

「……いいでしょう。どうせあなたは私の本性を知っているのですから、今更出し惜しみする必要もありません。ですがその前に、もう一つだけ質問しても構いませんか?」

 エアウェイブの言葉を聞いたオーリスは、槍斧を構えたまま動きを止める。それを彼なりの是であると判断したエアウェイブは、特に身構えるでもなく、まるで顔見知り同士が世間話でもするような気軽な様子で語り始める。

「あなたが我々を嫌っていたことは分かりました。ですが、それだけの理由で私に攻撃を仕掛けてくるとは思えません。私の知るあなたは思慮深く、極めて冷静な人物だ。そのあなたが……『竜王の第一の騎士』とまで呼ばれたあなたが、例え我々を嫌っていたとしても、かつては同志だった者に危害を加えるとは思えない。帝国が……竜王陛下がお亡くなりになって二千年。それだけの時間が経った今になって、あなたはなぜ敢えて私に矛先を向けるのです?」

 エアウェイブの問いに、オーリスはきゅっと口元を笑いの形に歪めた。

「この街には……おまえたちが狩り場と狙いを定めたこの街には、私が守らなければならない存在がいる。それは……その方は、我らが竜王陛下のたった一人の忘れ形見であり、私にとっては新たな主でもあるお方だ。そしてそのお方は竜王陛下の気性に似て、無辜なる民を守るために必ず立ち上がるだろう。いや、もう既にこの街を守るためにその力をふるっておられるやもしれぬ」

「へ、陛下の忘れ形見……っ!? だ、だが、どうしてあれから二千年も経ったこの時代に陛下の忘れ形見が……?」

「それは訳あって話すことはできん。だが、この街を狩り場と定めた貴様らは、あのお方にとって敵以外の何者でもない。ならば私はあのお方の部下として、あのお方と志を共にするまで……すなわち!」

 オーリスの槍斧の切っ先が、ぴたりとエアウェイブの眉間目がけて真っ直ぐに突きつけられる。

「私、オーリス・カルサナイトは、あのお方の志に従い、ここで貴様に戦いを挑む!」

「いいでしょう。戦いを挑まれた以上、こちらとしても刃を交えることに是非はない。あなたがあなたの主のために戦うというのならば、私は私の主のためにあなたを討ち取りましょう」

 ぬぶり、という異音と共に、千切れたエアウェイブの左腕が再生する。

 そしてエアウェイブはその場で四つんばいになると、その全身に魔素を漲らせた。

 溢れ出る魔素に合わせて、エアウェイブの身体も徐々に巨大になっていき、やがて体高二メートル、全長三メートルほどの漆黒の毛並みを持つ巨大な魔犬が出現した。



 『無敵の盾』更新。


 今回はソリオたちが獣の女王と戦っている別の舞台でのやりとりを。

 はい、今回は重要なキーワードがたくさん出てきましたよ? 今後の展開に向けてとても重要なので、皆さんしっかりと覚えておきましょう(笑)。



 では、これからもよろしくお願いします。


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