新たな依頼
『幸運のそよ風』亭に戻った『真っ直ぐコガネ』とトレイルを、店主のジュークが待ちわびるように出迎えた。
「おお、戻ったか! 急で悪いが、おまえたちを名指しで仕事の依頼が来た」
「また名指しか? それで前回酷い目にあったんだよなぁ」
ヴェルファイアは溜め息混じりに呟いた。
隣領の領主であるクリノクロア伯爵より受けた指名依頼で、屍人の大群と戦ったのは記憶に新しい。
「それで、依頼主は誰なんだい、親父さん?」
「おお、それはな……って、その前に一つ用件があった」
そう言いながらジュークは、カウンターの奥から布袋の入った何かを取り出して、それをソリオの前のカウンターにどんと置いた。
「以前、おまえから頼まれて集めておいた空になった魔素含有水晶だ。ようやく頼まれていた数になったぞ」
ソリオは袋の中を確認し、にかりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、親父さん。これ、約束の代金ね」
「おう、確かに……だがよ、こんなガラクタ集めて、一体どうするつもりなんだ? ……って、どうせおまえのことだから、何か裏技があるんだろ? お得意の紋章術を使った奴がよ?」
「へへへ。そいつは秘密だよ」
ソリオはぱちりと片目を閉じる。
魔素を蓄えた魔素含有水晶は貴重品である。だが、水晶の中に蓄えられた魔素は、使ってしまえば回復しない。
そのため、魔素を使い果たした魔素含有水晶は、二束三文で売られるのが常だった。そんなガラクタに等しいものを、ジュークはソリオに頼まれて相場よりも少し高めの代金で買い集めていたのだ。
「んじゃ、改めて依頼の話に入るぞ。今回の依頼はソリオたち『真っ直ぐコガネ』とトレイルたち『斬鉄剣』の二チームを名指しで来たモンだ。そして、依頼主は────」
一旦言葉を切ったジュークは、ソリオたちをぐるりと見回してにやりと笑みを浮かべた。
「────アゲート侯爵領とクリノクロア伯爵領の領主様……アゲート侯爵様とクリノクロア伯爵様のお二人だ」
「よく来たな、坊主とその仲間たち。『斬鉄剣』の諸君も久しぶりだな」
「うむ。まさか、こんなに早くソリオくんと再会するとは、思ってもいなかったのである」
『真っ直ぐコガネ』と『斬鉄剣』。二つの冒険者チームは、アゲート侯爵の居城でアゲート侯爵とクリノクロア伯爵と対面していた。
ちなみに、クリノクロア伯爵もしっかりと衣服を着ている。さすがに他領の、それも領主の屋敷で全裸でうろつくようなことなしないようだ。
二人の領主の前に並んだ二つの冒険者チームは、跪いた姿勢から顔だけ上げて領主たちを見る。
「それで閣下方。我々に仕事の依頼とは、どのような内容なのでしょう?」
冒険者を代表して、『斬鉄剣』のリーダーであるトレイルが尋ねる。
『斬鉄剣』のメンバーは、犬鬼族のトレイルを筆頭に虎人族の重戦士、竜人族の精霊術師、森妖族の弓兵兼斥候の四人。当然、全員トレイルと同じく授剣している。
その四人は、『幸運のそよ風』亭の筆頭冒険者に恥じない自信と風格を漂わせていた。
「君たちに頼みたいのは、とある調査なのである」
「調査……ですか?」
若干首を傾げたトレイルに、アゲート侯爵が鷹揚に頷いた。
「我が領内とクリノクロア伯の領内の領境に点在するいくつかの村が……消息を断った」
アゲート侯爵の言葉に、冒険者たちの間を緊張が走り抜けた。
「消息を断った村の数は全部で五つ。我が領内の村が二つ、クリノクロア伯の領内の村が三つだ。とある行商人がその内の一つの村を訪れたところ、村の中には誰もおらず……いや、ここは正直に話そう。村の住人は、まるで獣に襲われたように全員食い散らかされていたそうだ」
「ま、まさか……五つの村全てが……?」
「そのまさかだ、トレイル。その行商人から報告を受けた俺は、配下の兵を放ってその村の周辺に探索させた。その結果、同じように村人全てが食い殺された村が他にも発見されたんだ」
「私の領内でも同じような経緯なのである」
「魔獣の仕業……ですか?」
トレイルの言葉に、アゲート侯爵は黙って首を横に振った。
「分からん。状況からすればその可能性が高いが……その辺りを含めての調査をおまえたちに依頼したい。二つの冒険者チームに依頼するのは、今回の探索範囲が思いの外広いからだ。なんせ、俺の領内とクリノクロア伯の領内にまたがっているからな。そして、その原因が分かった場合、可能ならばそれの排除も依頼とさせてもらおう」
アゲート侯爵の言葉に、冒険者たちは全員頷いた。
「では、具体的な打ち合わせを行なうのである。報酬やどちらのチームがどの村を回るかなど、決めることはたくさんあるのである」
立ち上がった冒険者たちは依頼達成に向け、二人の領主も含めて細々としたことを決めていくのだった。
打ち合わせの結果、アゲート領より距離のあるクリノクロア領内の三つの村を『斬鉄剣』が、アゲート領内の二つの村を『真っ直ぐコガネ』が担当することになった。
距離のある方を先輩冒険者たちが受け持ったのは、彼らは各自が個人で乗用馬を所有しており、『真っ直ぐコガネ』よりも機動性に富んでいるからだ。
この辺りの装備面での充実もまた、先輩にして筆頭冒険者の貫禄の一部である。
そして、今日より十五日後、再びこの場に集まることも決めた。
探索の結果、何を発見したのか、また、何が発見できなかったのかなど、すり合わせて初めて見えてくるものもあるだろう。その確認を行なうためである。
また、仮にどちらかの冒険者が帰って来れなかった場合、村々を襲ったものがその近辺に潜んでいるという証拠にもなる。
そして報酬は、相場よりもかなり高めが提示された。これには、五つもの村が襲われたという事実を、今の時点では隠蔽するための口止め料も含まれている。
五つもの村が短期間に全滅したことが知れれば、民たちが必要以上に動揺するのは間違いないだろう。
「では諸君、健闘を祈る!」
「くれぐれも、無茶だけはしないように、なのである」
二人の領主に言葉をかけられつつ、冒険者たちはアゲート侯爵の居城を後にした。
コーラルの街の中心──『幸運のそよ風』亭を目指して歩きながら、トレイルはソリオたちに声をかけた。
「まさか、こうして君たちと共同で依頼を受けることになるとはな」
「俺たちもびっくりですよ」
今後のことをあれこれ話しながら歩いていると、『幸運のそよ風』亭の前まで戻ってきた。
「じゃあ、我々はこのまま必要な消耗品などを買った後、そのまま現地に赴くが……君たちはどうする?」
「俺たちも明日には出るつもりです。今日一杯はその準備にかかりきりですね」
元々そろそろ依頼を受けようと考えていた『斬鉄剣』は、冒険へとでかける大まかな準備を整えていた。
対して、いきなり指名依頼を受けた『真っ直ぐコガネ』は、何の準備もしていない。これから荷物をまとめたり、道中の食料や消耗品などを買ったり、今日一杯は準備に追われることだろう。
「そうか。では、互いにがんばろう。気をつけるんだぞ」
「はい。トレイルさんたちも気をつけて」
ソリオとトレイルは、互いの拳をぶつけ合わせた。そしてトレイルたちは街へ、ソリオたちは『幸運のそよ風』亭の中へと別れる。
この時、彼らはまだ知らなかった。
これが一時の別れではなく、今生の別れとなることを。
彼らは予想だにしていなかったのだ。
人気の少ない街道を、二人の旅人が歩いていた。
一人は少女。人間で言えば十五、六歳ほどの外見の細身ながらも美しい少女だ。
身に纏っているのは、黒を基調にした貴族の令嬢が着るような豪奢なドレス。
黒い髪に黒い瞳。ご丁寧に肘までの黒い長手袋まで装備しており、足元も黒いヒールの高い靴。おまけにその手には黒い日傘を持ち、正に全身黒づくめ。
そんな中で、顔などの一部露出している肌の色だけが、まるで雪のように白かった。
そんな少女の背後には、まるで執事か何かのように一人の青年が付き従っていた。
二人とも一見しただけではどんな種族かよく分からない。ただ、少女が主で青年が従。それだけは誰の目にも明らかだ。
「……ふむ。そろそろかえ?」
「は、母上。そろそろ次の宿場町が見えてくる頃かと」
背後を振り返ることもなく、少女は満足そうな笑みを浮かべた。
「そうか。それは楽しみ。やはり男どもに比べて女子供は美味いのぉ。だが……」
少女の美しい弧を描く眉が、きゅっと顰められた。
「本当のこの世界から、帝国人はいなくなってしもうたのだのぉ。どの集落に行っても、我が王の同胞の末裔ばかり……まさかこの妾が、同胞の子孫を喰らうことになるとは……二千年前には思いもせなんだわ」
「は。ですが同胞の子孫とはいえ、二千年前の我らとは最早無関係の奴ばらばかり。母上が気に病む必要などありませぬ」
「それもそうじゃの。まあ、できれば帝国人を喰らいつくしてやりたかったが……帝国人がいないだけでよしとするかの」
口元に左手の甲を当て、少女はころころと上品に笑う。
一頻り笑うと、少女はふと自分の足元へと視線を落とす。
「しかし……こうして次の狩り場まで歩くのは少々面倒よな」
「ならば、母上。馬車でもご用意致しましょうか?」
「おお、馬車か! それはよいの! この妾にふさわしい、豪奢な馬車を用意せい」
「は……お言葉ですが、このような辺境では豪奢な馬車を入手するのは難しいと言わざるをえません」
「そうか……それもそうじゃの」
少女は両手で日傘を持ち、くるくると回転させながら何やら考え込む。
「おお、そうじゃ。次の狩り場で狩りをした後、今度は大きな街を目指せばよいのじゃ! 大きな街ならば、妾にふさわしい馬車もあろうて。よいな? 次はもっと大きな街を目指すぞえ。しっかりと案内いたせ」
「御意にございます」
少女は上機嫌に、くるくると日傘を回し続けながら、弾むような足取りで街道を進む。
そしてこの少女が次の宿場町に到着した時。
その宿場町は血飛沫と悲鳴が飛び交う、この世の地獄と化すのであった。
『無敵の盾』更新。
少し間が空いてしまいましたが、どうにか更新できました。
物語の方は、謎の少女があれこれと暗躍しております。いや、単にあちこちで食事しているだけか(笑)。
話は変わりますが、本日9月1日より開催の「ファンタジー小説大賞」に当『絶対無敵の盾』も参加しております。よろしければ応援のほど、よろしくお願いします。
では、次回もよろしくです。




