調査開始
新たな依頼を受けて三日後。『真っ直ぐコガネ』はアゲート侯爵領内のクリノクロア伯爵領に程近い、とある村に足を踏み入れていた。
いや、より正確に言えば、「村」ではなく「元村」と言うべきだろう。
なぜなら、この村に住んでいた住民たちは、一人残らず消息を断っているのだから既に「村」としては機能していない。
村の中を一通り調べた『真っ直ぐコガネ』は、村の中央にある広場へと集まった。
「……やっぱり、誰もいねえな」
「うん……」
皆の表情は暗い。いつも陽気なコルトでさえ、沈痛な表情をしていた。
ソリオは、民家の壁にべっとりと貼り付いている赤黒い沁を見つめながら、知らず戦旗を持つ拳を力一杯握り締めていた。
「犠牲になった村人たちの亡骸は、村外れの墓地に埋葬されているらしいわ……掘り起こして調べてみる……?」
ポルテが、顔を顰めながらも提案する。聖職者である彼女にしてみれば、一度埋葬された者を掘り起こすのは気が進まないのだろう。それが事件の手がかりを得るために、どうしても必要なことだとしても。
この村へは、ソリオたちよりも一足早くアゲート侯爵配下の兵士たちが訪れており、周囲に散らかっていた村人たちの亡骸を埋葬しておいてくれていた。
『真っ直ぐコガネ』と入れ替わるようにして立ち去ったその兵士たちより、村人の亡骸の惨状は聞いている。
いわく、村人たちの亡骸で、まともな状態のものは一つもなかったそうだ。
全てが身体のどこかを食いちぎられており、特に子供や女性は遺体の損傷が激しかったらしい。
「いや、遺体を掘り起こす必要はないよ。兵士の人たちから、大体の話は聞いたからね」
「そう……」
ソリオにそう言われて、ポルテは安堵の溜め息を零した。
「しかし……一体、どんな凶暴な魔獣がこの村を襲ったンスかね?」
「魔獣の仕業じゃないよ」
「は……?」
ヴェルファイアとポルテ、そしてコルトは一斉にソリオへと振り向く。
「どうして、魔獣の仕業じゃないと分かるんだ?」
疑問顔のヴェルファイアに、ソリオは手近にあった民家を指差した。
「村の建物の殆どが壊されていないだろ? もしも相手が魔獣なら、建物はもっと壊れていると思うんだ」
そう言われて、ヴェルファイアたちは改めて周囲を見回した。
確かにソリオの言う通り、村の建物の殆どは傷一つない。もちろん、中には扉などが破壊されている建物もあるが、それもほんの僅かに過ぎない。
それでいて、幾つかの建物の中は筆舌に尽くし難い惨状が広がっていた。
「もしも何かに襲われたとすれば……普通の人たちは家に飛び込んで隠れると思うんだ。現に、幾つかの建物の中には、そこで襲われた痕跡がはっきりと残っているからね。村人たちが家に立て籠もったのは間違いないよ」
「そうか……! もしも、この惨状が魔獣や野生動物の仕業なら……家に立て籠もった村人を襲うなら、家の扉や壁を壊すして中に入るのが普通よね?」
「正解。だけど……確かに扉が壊された家は幾つかあるけど、壁が壊された家は一つもない。それって、この事件の犯人が俺たちと同じように手か……それと同等の機能を持つ部位を使って、扉をこじ開けて家の中に入ったってことだと思う。それに────」
ソリオの視線が地面へと向けられる。
「地面にも獣や魔獣らしき足跡が一つもないんだ。そりゃ、魔獣の中には翼がある奴もいるから、足跡が残らなかったって可能性もあるけど……翼があるからってずっと宙に浮き放しってことはないよね?」
一同の視線がポルテへと集まる。
彼女も普段は背中の翅で空を飛んでいるが、それでも疲れれば地面──もしくは誰かの肩や頭の上──に降りるのだ。
「だから俺は、この事件の犯人は魔獣や野生動物ではなく、俺たちと同じようなヒトの姿をした奴だと思うんだ」
「でもよ? 一体何者が村人を襲って、そ、その……」
思わず言い淀むヴェルファイア。ソリオの推理が正しければ、今回の惨劇を招いた者は自分たちと同じ姿をしているということになる。
つまりそれは、ヒトの姿をした者がこの村の住民を襲い──食ったということだ。
村人の亡骸の状態から、村人たちが襲撃者に食われたことは間違いないのだから。
「それは分からないよ。ヒトを食う種族がいるなんて聞いたこともないし」
「……だよなぁ」
この世界に住むヒトは、種族は違えど殆どが雑食だ。中には森妖族のように肉類を好まないとか、魚人族のように魚を好むなどの嗜好はあれど、同じヒトを食う──共食いをする種族は存在しない。
「それじゃあ、ヒトの姿によく似た新種の魔獣……例えば、猿みたいな魔獣ってセンは考えられないッスかね?」
「うん。その可能性もないとは言えない。俺たちはこの世界に棲息する魔獣を、全て知り尽くしているわけじゃないからね」
世界は広く、ヒトの手が及んでいるのはその一部に過ぎない。
そのため、ヒトの生息圏から遠く離れた未開の土地に、まだ見ぬ魔獣や野生動物がいる可能性は極めて高い。
「とりあえず、もう一度だけ村の中を手分けして調べよう。建物の中も含めて、ね」
ソリオの言葉に、『真っ直ぐコガネ』の面々は頷き、それぞれ思い思いの方向へと散っていく。
その背中を見送った後、ソリオは改めて村の中を見回した。
人口はそれほど多くはない小さな村だ。家の数も、三十から四十ほどだろう。
だが、一つの家に四人の家族が住んでいたとしても、家の数からして百五十人前後の村人が暮らしていたことになる。
百五十人もの村人を、その襲撃者は食べ尽くしたのだ。
当然、村人の中には村から逃げ出そうとした者もいたはずだ。だが近隣の集落に、この村から逃げて来た者がいるという報告はない、とアゲート侯爵の部下である兵士たちは言っていた。
つまり、襲撃者は百五十人もの村人全てを、逃げ出す暇さえないほどの短時間で血祭りに上げたということになる。
「正体が何者なのかは分からないけど……とんでもない化け物なのは間違いないってことか」
ソリオは、今回の事件がただ事ではないことを改めて実感し、思わず沸き上がる恐怖を何とか押さえ込んだ。
結局、その後の捜索でも襲撃者に関わるものは何も発見できなかった。
「……家の中には、多くはねえが金目のものも残されていた。やっぱり、襲撃者の目的は金銭ではないみたいだな」
「うん……言いにくいけど……食欲を満たすため……としか思えないわね」
そろそろ空が赤く染まろうかという時刻。
『真っ直ぐコガネ』は再び村の中央にある広場に集まり、探索の結果を報告し合っていた。
だが、その結果はソリオの予測をより確かにするものばかりであった。
「これからどうするッスか、ソリオ様?」
「うん……夜間に移動するのは危険だから、今晩はここで夜を明かそう。そして早朝一番に、次の村へ行こう」
「確か次の村は……ここから半日ほどの距離だったはずよ」
ソリオたちが調査を担当する村は二つ。どちらもアゲート侯爵の領内の村だ。
今彼らがいる村は、消息を断った五つの村の内でコーラルの街からは最も近い村であり、次の村はコーラルからは離れる方向に存在した。
「そういや、どういう順番で五つの村が全滅したんだろう?」
「それが分かれば、襲撃者の足取りの手がかりになるもんね」
ソリオとポルテが真顔で相談する。
だが、村が全滅していたのが発覚したのは、行商人が偶然村の一つを訪れたからだ。そのため、どんな順番で五つの村が全滅したのか、そこまでは判別できていない。
「きっと……次の村も同じような状況でしょうね……」
「うん……正直、行くのはあまり気が進まないけど……これも冒険者として依頼された仕事だしね」
「トレイルさんたちも……同じような思いでいるッスかね?」
「たぶんな。あっちも似たようなもんだろうし」
コルトとヴェルファイアは、自分たちとは同じ目的で別行動をしている先輩冒険者たちのことを考えていた。
間違いなく、彼らも自分たちと同じように、今頃は陰惨たる思いを抱えているだろう。
「よし! じゃあ、野営の準備をしよう。まさか、この村の家の中で夜を明かす気はないだろ?」
「そうッスよね。この村の家の中なんて……もしかすると、殺された村人の怨念が化けて出るかもしれないッスからね。とてもじゃないけど、そんな所じゃ眠られないッスよ!」
「いや、今更だがよ? 化けて出る怨念なんておまえの親戚みたいなものだろ? そもそも、おまえって寝る必要あるのか?」
「当然ッス! 寝不足はお肌の天敵! ぴちぴちの乙女であるあっしには、睡眠は不可欠ッス!」
「だからおまえに肌なんてねえだろっ!! おまえはぴちぴとの乙女じゃなくて、からからの骸骨なんだからよっ!!」
コルトとヴェルファイアのやり取りに、ソリオとポルテが声を上げて笑った。
それは彼らがこの村に足を踏み入れてから、初めて浮かべた笑みだった。
その頃。『真っ直ぐコガネ』より半日ほど先行したトレイル率いる『斬鉄剣』は、馬の機動性を活かして既に一つ目の村の探索を終え、次の村へと向かう途中だった。
一つ目の村では、『真っ直ぐコガネ』同様にさしたる手がかりは得られていない。そして、トレイルはソリオと同様の理由から、今回の襲撃が魔獣のものではないと判断していた。
「ねえ、トレイル? 今晩はどこかで野営をするの?」
冒険者チーム『斬鉄剣』に所属する虎人族の女性が、先頭を行くチームリーダーのトレイル──小柄な身体でもしっかりと馬を操っている──に尋ねた。
彼女はトレイル同様にチームの前衛を勤める戦士であり、今も重厚な板金鎧を着て馬に跨っている。
また、彼女は虎人族の中でも、完全な虎の姿にはなれない。そのため普段の外見は人間族と大差ないが、戦闘時には半獣人の姿──直立歩行する虎──になる。
半獣人の姿になれば人間形態よりも筋力や敏捷性が増す。その状態で繰り出される彼女の攻撃は速くて重い恐るべき戦士となる。
「いや……ここまで結構強行軍で来たからな。今日はこの先の宿場町に泊まろう」
「ホントっ!? やったぁ! 今日は暖かい寝台で眠れるぅ~」
嬉しそうな虎人族の女性の様子に、残るメンバーたちが笑みを浮かべた。
もちろん、彼らとてその判断に異論はない。彼らもここまでのやや強引な行程に疲労している。そのため、今日は無理をせずに宿場町でしっかりと休息し、次への英気を養おうというのがトレイルの判断だった。
「僕も次の町では矢を補充したいですから。丁度いいです」
「自分もできれば魔素含有水晶を補充したいものだな。そして何より、旨い酒と美味い飯にありつきたい」
森妖族の弓兵と、竜人族の精霊師も宿場町に泊まることへの期待を口にする。
竜人族は、直立歩行する竜といった外観の種族である。
爬虫類──蜥蜴のような顔に重厚な鱗。そして背中には皮膜状の翼があり、太くて逞しい尻尾もある。
だが、それは男性だけに限られる。竜人族の女性は上半身は人間、下半身は蛇という姿をしており蛇女族の別名でも呼ばれている。
その竜人族の精霊師が、ふと何かを思いついたように口にした。
「そういえば、トレイルが面倒をみているあの小僧……ソリオとか言ったか? あの小僧、ジュークの親父から空になった魔素含有水晶を随分と買い込んでいたが……あんなもの、一体どうするつもりなのだ?」
「さあ? 私にも分からんよ。だが、あいつは紋章術を使う。おそらく私たちには想像も及ばないことに使うのだろう」
「それって本当なの? あの坊やが紋章術を使うなんて。私はイマイチ信じられないんだけどな~」
「それは間違いない。ソリオが紋章術を使う瞬間を、私はこの目で見たからな」
そんなことを話しながら、『斬鉄剣』は本日の目的地である宿場町に到着した。
この時の彼らは、この先の運命をまだ知らない。
この宿場町に泊まること。それが彼らの人生の大きな分岐点であったことに。
『無敵の盾』更新。
現在、『真っ直ぐコガネ』は地道な調査中です。
そして次回は謎の妖女と、トレイルたち『斬鉄剣』とが衝突します。
では、次回もよろしくお願いします。




