妖女覚醒
コーラルの街から離れること五日あまり。
主だった街道からも離れた森の中を、数人の団体が下草を切り払いながら歩いていた。
戦闘に立つのは岩鬼族の男。その大きな手に握られた大き目の鉈で、歩くのに邪魔な木の枝や藪を切り払い、後続が歩きやすいようにしていく。
その岩鬼族から少し離れて牛人族と鬼人族の男たち、その二人から更に離れて種族のよく分からない男が一人、昼でも薄ぐらい森の中をゆっくりと進んでいる。
「おい、エアウェイブ。本当にこっちで間違いねえんだろうなっ!?」
先頭を行く岩鬼族が、苛立たしげに鉈をふるいながら背後へと振り返って声を荒げる。
「ええ、間違いありません。この先に私が見つけた未盗掘の遺跡があります」
それに答えたのは、最後尾の種族のよく分からない男だった。彼以外の三人が鎧や武器で武装しているのに対し、彼だけは旅人が着るような厚手の丈夫な服のみ。背中に背嚢を背負ってはいるものの、武器らしいものといえば腰に装備した小さなナイフだけだ。
その後も同じようなやり取りを繰り返し、何度か先頭を交替して進む一行。やがて一行の前に、森の中にぽっかりと空いた空間が現れた。
その空間の中心にあるのは、すっかりと朽ち果てた建物の残骸。
周囲には苔むした石材が、そこかしこに半ば下草に埋もれながら散らばっている。
おそらく、ここはかつて神殿だったのだろう。
倒れた柱らしき残骸の中に、陽の代行者を示すシンボルが刻まれていた。周囲をよくよく探索するれば、他の代行者を示すシンボルまである。
「全ての代行者を祀る神殿か……ここがおまえの言う未盗掘の遺跡なのかよ?」
「ええ、そうです。こここそが、私が過去の文献から割り出した遺跡ですとも」
「で? 遺跡の入り口はどこだ?」
鬼人族がわくわくとした様子で周囲を見回す。やはり、彼らも冒険者なのだ。未盗掘の遺跡を目前にして、心が弾まないわけがない。
「ええと……確か、私が調べた文献によると……」
エアウェイブは、背嚢から羊皮紙の束を取り出すと、それと周囲の風景を何度も照らし合わせながらやがてある場所を指差した。
「ああ、やはりあそこですね。あの岩の下に、地下にある遺跡へと続く入り口があるはずです」
エアウェイブが指差した先。そこはこの神殿跡の丁度中心であり、巨大な岩が鎮座していた。大きさはだいたい直径が三メートル、高さが一メートルぐらいか。その大きさから重さも相当なものだろう。
岩の表面にはクリソコラ文明語の文字がびっしりと刻まれており、ここが神殿だった時代には、もしかするとこの岩が御神体だったのかもしれない。
「随分とでけぇな。こりゃいくら俺たち『鋼砕き』でも、持ち上げるのはホネだぜ?」
『鋼砕き』。それが彼らの冒険者チームの名前だった。
岩鬼族、牛人族、鬼人族。怪力を誇る種族三名で構成されたこのチームは、これまでに戦闘面では数々の偉業をなし遂げている。それでも知名度が今一つなのは、戦闘力だけが優れた冒険者の条件ではないからだ。
確かに戦闘力には抜きん出ている。だが反面、小手先を使うようなことは苦手なメンバーばかり。それでは、冒険者としては大成しない。単純に戦闘力だけを求めるならば傭兵を雇えばいいのだから。
そのため、彼ら『鋼砕き』は遺跡探索を得意とはしない。そんな彼らが今回遺跡に挑むのは、それが未盗掘の遺跡であることと、最近注目を浴びている若い冒険者チームに対する対抗心からだ。
また、本来ならば探し屋であるエアウェイブは、遺跡の中までは同行しない。だが、『鋼砕き』が罠に関する知識や技術が乏しいと聞き、それらの心得があるらしい彼が遺跡の中まで同行することになっていた。
どうして彼がそこまで自分たちに肩入れするのか。『鋼砕き』の面々はそれが疑問であり、そのことを素直にエアウェイブに聞いてみた。
「私には私の目的がありまして。その目的が、当面は皆さんの目的と一致しているのですよ」
エアウェイブのその言葉に、疑問が全くないわけではない。それでも罠の知識のある彼の協力はやはりありがたい。
それにエアウェイブの見かけはかなり細い。森妖族ではないにしろ、それに準じるほどの体格だ。もしも彼が何か企んでいるとしても、それを逆に食い破るのは造作もないだろう。
『鋼砕き』はそう考え、彼と組むことにした。
そして今、彼らの目の前に未盗掘の遺跡がある。ここを一気に踏破すれば、『鋼砕き』の名前はぽっと出の若造どもよりも知れ渡るに違いない。
目前まで迫った栄誉と名声に、『鋼砕き』の心は否応にも沸き立つ。
だが。
ただ一人探し屋の男だけが、そんな彼らを冷静に観察するように見つめていた。
「それで、どうやってこの岩を持ち上げるか、だな」
岩鬼族の男が、目の前に鎮座する岩を見ながら腕を組む。
「なに、持ち上げてどかす必要などありません。砕いてしまえばいいのです。皆さんならばこの程度の岩、砕くのは造作もないでしょう?」
エアウェイブにそう言われ、岩鬼族の男はなるほどと頷いた。
確かにこの程度の岩なら、膂力に秀でる自分たちなら砕くのは容易いだろう。
「おっし! じゃあ早速取りかかるぞ!」
仲間の鬼人族の男に声をかけながら、自分も得物である戦槌を構える。
鬼人族の得物もまた大戦棍であり、岩を砕くには打ってつけだ。
残る牛人族の得物は大戦斧で、木を切るのならともかく岩を砕くには向いていない。よって、彼には周囲の警戒を受け持ってもらう。
愛用の戦槌を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろす。
がん、と大きな音と共に、巨大な岩の一角が崩れ落ちる。それに気を良くした岩鬼族と鬼人族は、何度も何度も岩に得物を叩き付けていく。
この時、エアウェイブがうっすらと含みのある笑みを浮かべていたが、三人はそれに気づいていない。
こうして、岩と鋼が何度激突しただろうか。
遂に巨岩は鋼の前に屈服し、完全に粉砕された。
『鋼砕き』は小さくなった岩を手に取っては放り投げ、岩のあった場所を片づけていく。
そして、すぐに細かくなった岩は片付けられ、岩の下になっていた地面が現れる。周囲は石畳が敷かれているのに対し、そこだけは土が見えていた。
「この下か?」
「ええ、おそらく」
牛人族の問いかけに、エアウェイブはにっこりと微笑んで頷いた。
三人がしゃがみ込み、掌で土をどかしていくと、すぐに金属製の落とし戸が発見できた。
一旦三人で顔を見合わせ、にやりと笑うとリーダー格の岩鬼族が、取ってらしき窪みに手をかけ、渾身の力で引っ張り上げる。
最初こそ頑なに抵抗を見せた落とし戸だが、すぐにゆっくりと引き上げられていった。
そして、その落とし戸の下には、地下へと続く階段。
階段の存在を確認した『鋼砕き』は、天に拳を突き上げて歓声を上げたのだった。
漆黒の闇に包まれた地下通路を、四人の男たちが口を開くことなく進んでいく。
先頭は角灯を持ったエアウェイブ。彼は床の上に注意しながら、ゆっくりと歩を進める。その後に、『鋼砕き』の面々が黙って続いていた。
階段を下ったその先は、通路になっていた。その通路を、四人は歩いているのだ。
やがて通路は広い空間へと繋がる。ここまで、罠らしきものは皆無であった。
四人が広間に足を踏み入れた途端、きしきしと何かが噛み合うような音が響き始める。
「どうやら、ここには守護者が配置されているようですね」
角灯のオレンジ色の光の中。岩を積み上げて作り出された巨大な人形が、軋み音と共に動き出した。
その数、三体。
「岩魔像……ですか。それも三体。強敵ですね」
エアウェイブは、敵の正体を看破しながらゆっくりと後方へと下がる。
「皆さん。私は荒事は苦手なので、ここはお任せしますよ?」
「おう。俺たちゃ、こういう荒事なら得意中の得意だぜ!」
『鋼砕き』は、不敵な笑みを浮かべながらそれぞれの得物を構える。
三体の岩魔像の一体が、ゆっくりとその腕を持ち上げるのを皮切りに、『鋼砕き』と岩魔像の戦いの幕が開けられた。
結果は圧倒的だった。
恵まれた巨体とそれに見合う膂力、加えてこれまで培ってきた戦闘経験。それら全てが遺憾なく発揮された結果、岩魔像はあっと言う間に粉砕された。
かつて、『最初の一歩の遺跡』の地下で『真っ直ぐコガネ』も遭遇し、苦戦を強いられた岩魔像。
その岩魔像が三体。これは中堅どころの冒険者チームでも全滅する可能性がある。
だが、『鋼砕き』はその岩魔像三体をあっさりと片付けてしまった。
敵味方の数は三対三。数の上だけならば互角。実質『鋼砕き』は一対一で岩魔像と戦い、圧倒的なまでのパワーで岩魔像に圧勝した。
唯一、大戦斧を持った牛人族だけがやや手古ずったが、それでも苦戦したというレベルではない。
「いや、驚きました。まさか岩魔像三体に圧勝するとは」
ぱちぱちと手を叩きながら、エアウェイブは『鋼砕き』の戦闘力を称賛した。
三体の岩魔像を容易く粉砕。それは彼ら『鋼砕き』が戦闘力だけに限るならば、一流の冒険者と比肩するということの証左だった。
「そんなことはどうでもいいからよ。早いところこの部屋の中を探索しちゃくれねえか?」
「承知しました」
戦闘力は圧倒的でも、部屋の仕掛けなどを探る探索能力は劣る『鋼砕き』。それらの細かい仕事をエアウェイブに任せた三人は、部屋の真ん中で腰を下ろして休息を取る。
保存食として持参した干し肉を齧り、酒と一緒に嚥下して小腹を満たす。さすがに遺跡の中で酒に溺れるわけにはいかないが、ひと口ふた口ならば勝利の杯代わりだ。
やがて、角灯を手にしたエアウェイブが『鋼砕き』の元へと戻ってくる。
「どうやら、この部屋には何もないようです。あるのは──」
種族不明の男は、部屋の中のとある一点を指差した。
「──あの扉ぐらいですね」
三人は立ち上がり、エアウェイブが指し示した扉の前まで移動する。
「随分とでけぇ扉だな。しかも……」
巨漢で知られる岩鬼族や牛人族。しかし、目の前の扉は優に彼らの身長の倍はある。材質は金属であることは分かるが、詳しくは分からない。
そして、その扉の表面には、地上にあった岩と同様にクリソコラ文明の文字が刻まれていた。
「……鍵穴らしいものはねえな……」
「ええ。それは私も確認しました。それに、この扉には開くための把手もないのです」
確かに扉には鍵穴はない。そして、把手らしきものも見当たらない。
『鋼砕き』は全員で協力して扉を押したり、体当たりをしてみたが扉が開く様子はまるでない。
「……どうしろって言うんだ?」
途方にくれた牛人族が呟く。
そんな『鋼砕き』に悪魔の如き囁きが降りかかる。
「なに、押してだめなら破壊してしまえばいいのです。皆さんは破壊することは得意でしょう?」
それは本物の悪魔の囁きのように、『鋼砕き』たちの心を侵していった。
彼らも冒険者である。確かに手先に関わる仕事や頭脳労働は苦手だが、それでも愚かな存在ではない。
それでも、彼らはこの時エアウェイブの言葉に何の疑問も抱かなかった。
鍵もなければ把手もない扉。そんなもの、すでに扉としての役割を果たしていない。つまり、彼らの目の前にある巨大な扉は、開けることを前提に造られていないのだ。
その事実に、『鋼砕き』たちは思い至ることができない。そして、そのことを不思議にも思っていない。
『鋼砕き』は何の疑問も抱かずに、どこかとろんとした目つきでそれぞれの得物を構え、巨大な扉へと打ち付けて始めた。
そして。
そんな彼らを、エアウェイブは底冷えのするような笑みを浮かべながら眺めていた。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音。
神殿跡の地下にその音が何度も響いた後、遂に巨大な金属製の扉が歪んで隙間が開き、その向こうの空間からどこか禍々しさを孕んだひんやりとした空気が漏れてきた。
その瞬間、エアウェイブの顔に何とも言えない愉悦が浮かんだが、『鋼砕き』はそれに気づかず開いた隙間をもっと大きくしようと一心に得物をふるう。
やがてその隙間が子供が通れるぐらいになった時、隙間の奥から声が響いた。
「おおぅ。ようやく開いたかや。随分と待たされたものよのぉ」
それは幼く高い声。あまりにも場違いなその声に、『鋼砕き』の動きがぴたりと止まった。
ひたひた。ひたひた。
隙間の奥から小さな小さな足音が響く。そしてその足音は、僅かにだが大きくなっていく。
つまり、それは足音の主が近づいてきているということだ。
近づいてくる足音に、『鋼砕き』の表情が引き攣る。
その顔に浮かんでいるのは明らかに恐怖だ。戦闘力に限れば、一流の冒険者と比肩しうる彼らが、明らかな恐怖を感じていた。
やがて。
やがて、隙間の向こうから白い身体が現れた。
「こ、子供……?」
そう呟いたのは、『鋼砕き』の誰であっただろうか。
その言葉通り、隙間の向こうから現れたのは六、七歳ぐらいの全裸の女の子だった。
黒い髪に黒い瞳。顔立ちはとても愛らしく、肌は処女雪のような純白。
その筋の特殊な性癖を持つ者ならば、あっと言う間に魅了去れるだろう容姿の少女──いや、幼女だ。
その女の子は、目の前に立ち尽くす三人の巨漢たちを見上げる。
「ほぅ。あまり美味そうではないが……食い出だけはありそうよなぁ」
と、女の子はにんまりと禍々しい笑みを浮かべた。
『無敵の盾』更新。
今回、主人公たちはちょっとお休み。その代りに別の冒険者チームにスポットを当ててみました。
まあ、不幸な目に会う連中なんですが(笑)。
では、次回もよろしくお願いします。




