授剣の冒険者
「おい、聞いたか、あの話?」
「あの話……? もしかして、『真っ直ぐ』なんとかって駆け出しの冒険者チームが授剣したって話か?」
「なんだ。もう知っていたのかよ」
とある宿場町のとある宿屋兼酒場──通称、冒険者の店──で、冒険者の男たちが最近冒険者仲間たちの間で流れている噂話を語り合っていた。
その噂によれば、何でも冒険者となって間もない駆け出しのチームが、クリノクロア伯爵領のアパタイトの街を襲った無数の屍人を退け、その功績を認められて領主であるクリノクロア伯爵より剣を授けられたというものだった。
「しかし、どうして屍人を倒しただけで授剣されるんだ?」
「いや、何でもその数が問題だったらしい。噂では五百体以上の屍人がアパタイトの街を襲ったとか」
「五百だぁっ!? おいおい、でまかせもいい加減にしろってんだ。遺跡に現れる骸骨だって一度に百体も出てこないってのに、屍人が五百も出てくるわけねえだろ? 骸骨より屍人の方が存在数が少ないってのは常識だぜ」
「そんなこと言われても噂だからなぁ。どこまで本当なんだか俺にも分からんよ。でも、その何とか言う駆け出したちが授剣したのは間違いないらしい」
そう語る男の声には、明らかな羨望が秘められていた。
冒険者や兵士たちにとって、やはり授剣することは一つの到達点である。
もう何年も冒険者を続けながら、授剣される機会さえ掴めない者は数多いのだ。
「しかし、駆け出しが授剣ねぇ……よっぽど幸運に恵まれた連中なんだろうな」
「ああ、それがよ? 何でもその駆け出しの中には紋章術を使う奴がいるって話だ」
「紋章術だぁ?」
途端、男の顔が訝しげに歪められる。
かつてこの世界に存在し、栄華の極を尽くしたと言われるクリソコラ文明。そのクリソコラ文明を支えていたという魔法体系、それが紋章術である。
だがその紋章術は、クリソコラ文明が滅びると共に世から消え去った。その紋章術を使える者がいるとは、俄には信じられない。
「本当にそいつは紋章師なのか? クリソコラ時代の魔法具を使って、それらしく見せかけているだけじゃねえのか?」
「そこまで俺に分からんって。所詮は噂だよ、噂」
ひらひらと手を振りながら、仲間にそう告げた男はテーブルの上のジョッキへと手を伸ばす。
だが、すでにその中身は飲み干されており、近くを通りかかる女給に酒の追加を頼もうとした時。
どん、と音を立てて中身の満たされたジョッキが男の目の前に置かれた。
「突然申し訳ない。今、あなた方の話を聞くとはなしに聞いてしまってね。それで、今の話の中で少々尋ねたいことがあるのだが……もちろん、この酒は私の奢りだ」
仲間と話していた冒険者の男は、ジョッキの中身に舌舐りしつつ、突然現れた男に注目する。
年齢は三十前後。がっしりとした長身の男性で、髪は焦茶で瞳の色も同色。
所どころに板金で補強された鎖帷子を装備しており、手には彼の得物らしき槍斧。
その出で立ちから、冒険者か傭兵だと男たちは辺りをつけた。
「おう、それじゃあ遠慮なくゴチになるぜ。で? 人間族の兄さんは何が聞きたいんだ?」
そう。
彼は今どき珍しい人間族だった。
冒険者の男がジョッキに口を付けるのを確認した後、その人間族の青年は単刀直入に切り出した。
「今、あなたたちが噂していた紋章師だが……その紋章師は真紅の髪をした人間族の少年で、名前をソリオと言わないだろうか?」
朝もまだ早い時刻。
聖職者としての朝の務めを終えたポルテは、仲間たちのいる冒険者の店「幸運のそよ風」亭へと向かっていた。
だがその途中で、「幸運のそよ風」亭にいると思っていた仲間たちとばったりと出くわした。
彼女の弟分である巨漢な鬼人族のヴェルファイア。見た目は儚げな印象の森妖族の少女だが、その正体は骸骨であるコルト。そして、戦旗術の使い手であり、世界でただ一人の紋章術師であるソリオ。その三人が、ポルテが所属する冒険者チーム『真っ直ぐコガネ』のメンバーだ。
彼らは、朝早くだというのに妙に疲れた表情をしていた。約一名を除いて。
「みんな、おはよう。もしかして……例の訓練?」
小翅族であるポルテは、ふわりと身軽に宙を横切って仲間たちの元へ近づいていく。
「ああ、ポルテ。おはよう」
「よ、姉貴。おはようさん」
「おはよッス、ポルテさん!」
元気一杯のコルトに対して、残る二人は挨拶にも元気がない。
その原因は、先日ソリオが解析に成功した紋章にあった。
『最初の一歩の遺跡』の地下で彼らが発見した紋章の記憶装置であるプレート。ソリオはその中の一つを最近解析することに成功した。
解析された紋章術は直接的な攻撃用の紋章ではないものの、様々な場面で役立つと思われるものだった。
ソリオたちは早速、その紋章を使って新たな戦術を組み立てるため、ここのところ毎朝街の郊外で訓練をしているのだ。
「いやぁ、確かに役に立ちそうな紋章術だけど、制御が難しいよね、これ」
「本当だぜ。そう考えると姉貴は凄えな」
「まあ、私の場合は生まれつきだからね。普段は特に意識さえしないもの」
四人はそのまま、他愛のないことを話ながら「幸運のそよ風」亭を目指して歩いていく。
そんな彼らに、街の住人たちは視線を向ける。
住民たちが見ているのは、ソリオたちが腰に佩いたり背に背負っている剣だ。
マラカイト王国において、剣とは勲章でもある。
若くしてその剣を帯びることを許されたソリオたちは、コーラルの街ではちょっとした有名人となっていた。
「さて、皆さん! 「幸運のそよ風」亭に帰ったら、今度は犬鬼族のトレイルさんに剣の扱いを教えて貰うッスよ!」
彼らは確かに剣を授かりはしたが、だからと言ってすぐに剣が扱えるわけではない。
ソリオは故郷の村で少しは剣の扱いについても齧っていたが、コルトとヴェルファイアは全くの初心者だった。
そのため、「幸運のそよ風」亭の筆頭冒険者であり、彼らと同じように授剣しているトレイルに剣の扱いを教わっているのだ。
「……元気だね、コルトは……」
「まあな。あいつは疲れるってことを知らないからな……骸骨だけに」
げんなりとした表情のソリオとヴェルファイアを見て、宙を漂うポルテはくすくすと笑う。
どうやらコルトは今後は剣を主な得物とするつもりらしく、熱心にトレイルから剣を教わっている。
片手用の幅広剣に合わせて円形盾も新たに購入するなど、精力的にトレイルの剣技を吸収しているようだ。
対して、精霊術がメインのポルテは特に剣の扱いを覚えるつもりはなく、ヴェルファイアは戦槌と大剣を状況で使い分けていくらしい。ソリオに至ってはこれまで通り戦旗術を主な戦法とし、剣はあくまでも副次的なものにするようであった。
「うひひひひ。今後あっしは剣士として華麗なる再デビューを果たし、『剣闘姫』の二つ名で呼ばれるようになるッス! ああ、この身に宿った数々の才能……本当にあっしは罪な女ッスな! いろんな意味で!」
「いやいやいや。どっちかって言うと罪な女というよりは残念な女だから。いろんな意味で」
相変わらずどこまでも前向きなコルトに、ソリオはぽそりと結構鋭いツッコミを入れた。
そのように、一躍脚光を浴びることになった『真っ直ぐコガネ』。
「幸運のそよ風」亭の常連などは、彼らの成功を心から祝ってくれているが、中にはそうは思わない者も当然ながら存在する。
コーラルの街から遠く離れたとある町の冒険者の店で。
今日も噂になっている『真っ直ぐコガネ』のことを快く思わない者たちがいた。
彼らは薄暗いとある冒険者の店の窓から、酒臭い息を吐きながらおもしろくなさそうな表情で、周囲で噂されている『真っ直ぐコガネ』のことを暗い感情を抱きながら聞いていた。
「ち……っ! 若造どもがいい気になりやがって……!」
そう吐き捨てたのは岩鬼族の男だった。
彼の周囲には他に牛人族と鬼人族の男たちがいて、岩鬼族と同じように酒を浴びるように呷っていた。
「俺たちだって少し運が良ければ、授剣なんてすぐなんだ……それなのに……駆け出しの若造どもが浮かれやがって……」
岩鬼族の男は木製のジョッキの中身を喉の奥へと勢いよくぶちまける。
「あんな若造どもより、冒険者としての実力は俺たちの方が遥かに上なんだ!」
「そうだ! 俺たちには少し運がなかっただけだ! どこかに未盗掘の遺跡でもあれば、俺たちだって……」
鬼人族の男が苛立たしそうに手近にあったテーブルを蹴り飛ばす。
テーブルは派手な音と共に転がり、上に乗っていた木皿やジョッキなどをぶちまける。
それを見た酒場の主人がぴくりと眉を動かしたものの、下手に関わると碌なことにならないと判断したのか、何も言わずに厨房の奥へと姿を消した。
「……今に見てやがれ! 俺たちだってすぐに手柄を立てて、剣を授かってやらぁっ!!」
牛人族の男がそう息巻いた時。不意に彼らに声をかけてくる者が現れた。
「では、私がその機会を与えようではありませんか」
酒気に曇った六つの目が、一斉にその人物へと向けられる。
そこにいたのは、ひょろりとした男だった。
背こそはそこそこ高いものの、その体重は岩鬼族の半分にも満たないだろう。
種族はよく分からない。一見しただけでは森妖族のようにも見えるが、森妖族の最大の特徴である長く尖った耳をしていない。
「なんだぁ、貴様は?」
ドスの効いた声で岩鬼族が尋ねる。だが、ひょろりとした男は浮かべた笑みを崩すことなく、すたすたと男たちの元へと近づいた。
「申し後れました。私はエアウェイブという者です。こう見えても、私は探し屋でして」
「探し屋だとぉ?」
探し屋とは、遺跡を探し出すことを専門に行なう者たちの総称である。
彼らは冒険者とは違い、遺跡を見つけ出しても中に潜るようなことはしない。ただ文献などから遺跡の在り処を見つけ出し、その情報を冒険者に売ることで生計を立てている。
実際に遺跡に潜る冒険者よりは実入りは少ないが、危険度は格段に下がることから探し屋の数はそれなりに多い。
また、優秀な探し屋の存在は、遺跡の探検を主目的とする冒険者たちにとってはなくてはならないものでもある。
「で? その探し屋のエアウェイブさんとやらが、俺たちに何の用だ?」
「もちろん、私が最近見つけた遺跡の情報を買っていただきたいのですよ」
「遺跡の情報……だと?」
「ええ、そうです。しかも、未盗掘の……ね」
未盗掘の遺跡。それは冒険者が夢見るものの一つである。
未盗掘の遺跡に秘められた、莫大な価値の財宝。過去にそれを手に入れることのできた幸運な冒険者は、僅かではあるが確実に存在する。
それまで酒で鈍っていた三人の男たちの頭脳が、未盗掘の遺跡と聞いた途端に活発に動き始めた。
「おもしれえじゃねえか。いいだろう。その遺跡の情報、俺たちが買おう。ただし、未盗掘って話が違っていたら……分かっているだろうな?」
岩鬼族の男は、その戦棍にも等しい剣呑な拳をエアウェイブに見せつけるようにして脅しつける。
だが、目の前に突きつけられた拳に動じることもなく、エアウェイブと名乗った探し屋は、ただただその顔に浮かべた笑みを深めるばかり。
「大丈夫ですよ。その遺跡にはこれまで入った者はいませんから…………ヒトは誰もね」
そう告げた探し屋の言葉は、まるで悪魔の囁きのように男たちの心を激しく揺さぶっていった。
『無敵の盾』更新。
今回より新章突入。
物語全体から見てもそろそろ折返し地点となるはず。
ソリオの過去を知る重要なキャラクターも登場の予定です。
では、次回もよろしくお願いします。




