屍の巨人
森を形成する木々よりも高く。
屍人を寄り合わせ、捏ね合わせたようなそれは、頭らしき部分をアパタイトの街が存在する方向へと巡らせる。
その姿は、大雑把に言えば「ヒト」と呼んでいいだろう。
ただし、それは上半身だけに限られるが。
地面から生えた巨大な「ヒト」の上半身。その表現が最も正しい。
上半身だけとはいえ、その高さは十メートル近い。材料となった屍人の数など、最早数える気にもならない。
そんな屍人の集合体が、その右手をずいっと持ち上げ、そのままやや前方の地面に押しつけた。
ずしん、という轟音と共に、巨人の右腕は周囲に小さな震動をもたらせる。
続いて、左腕も同じく。
周囲に存在する木々や岩など気にも止めず、上半身だけの巨人はずりずりとその巨体を移動させて行く。
途中、その身体からぽろぽろと屍人がいくつも落下するが、落ちた屍人はよたよたと立ち上がって巨人へと歩みより、またその一部へと戻っていく。
やがて森を抜け出した上半身だけ巨人は、その進路をアパタイトの街へと向けた。
偵察より舞い戻った吸血族の兵士の報告を受けたクリノクロア伯爵は、すぐさまその情報の虚実を確認させた。
空が飛べる兵士を数人、城壁へと派遣する。そして城壁に辿り着いた兵士は、街道の向こうに報告通りのモノを視認して、慌てて伯爵の城へと舞い戻る。
「むう……報告は誠であったか……」
伯爵とて偵察に出た部下の言葉を疑ったわけではないが、報告されたものがものである。より正確な情報を求めて他の部下を派遣させたのだが、そこで報告通り屍の巨人の姿が確認された。
「巨人と街までの距離は目算でおよそ一キロ。巨人が城壁に到達するまで、それほどの時は要しないでしょう」
巨人の這う速度は決して速くはない。だが、その巨体の進行を阻むものは何もないため、巨人が街の城壁に到達するまで時間はそれほどかからない、というのがクリノクロア伯爵の部下の判断であった。
「城下の屍人の状況はどうなっている?」
「は。プラウディア様を筆頭に兵士たちが奮戦し、少しずつですが屍人の数は減ってきております」
その報告を聞いた伯爵は、目を閉じてじっと思考の海に潜る。
だが、すぐに目を開けた彼は、傍らに控える部下に命令を下す。
「予備戦力を全て、屍人の掃討に投入するのである! 一気に屍人を殲滅した後、迫る巨人を迎撃するのである!」
少数精鋭による屍人の殲滅は、不可能ではないが時間がかかり過ぎる。屍人の背後から巨人が迫っている今、悠長に時間を費やすわけにはいかなくなった。
今は多少の犠牲を払ってでも、時間を優先すべきだとクリノクロア伯爵は判断したのである。
クリノクロア伯爵の命の元、ただちに予備戦力として城に控えていた兵士たちの出撃の準備が整えられ、後は出撃の命令を待つのみとなった。
出撃準備完了の報告を受けたクリノクロア伯爵は、鷹揚に頷くとそのまま立ち上がる。
彼は今、いつものような全裸ではなく、全身に煌びやかな彫金の施された板金鎧を纏っていた。
「予備戦力を投入する以上、私がここにいる必要はないのである! 私も出撃して陣頭で指揮を取るのである!」
彼は傍らの部下から愛用の巨大な斧槍を受け取ると、威風堂々と執務室を後にした。
ようやく、目に見えて屍人が減ってきた。
そのことが最前線の兵士たちの士気を押し上げる。だが、陣頭指揮官でもあるプラウディアの元には、街に迫っている屍の巨人のことが知らせれていた。
その知らせを受けたプラウディアの表情が、苦しげに歪められる。
今、彼女は獣の姿ではなく吸血族の姿に戻っている。さすがに戦場で全裸でいるわけにもいかず、コルトが持参していた簡素な衣服を着、その上から鎖帷子を装備していた。
その彼女の周囲には、『真っ直ぐコガネ』の面々の姿もある。
最前線で戦い続けていたプラウディアと『真っ直ぐコガネ』は、敵の数が減ってきたことで休息も兼ねて一旦後方へと下がっていたのだ。
プラウディアの表情が固くなったことは、近くにいたソリオたちもすぐに気づく。
「……何かあったの?」
「はい……はっきり言って、あまり良くはない知らせですね」
プラウディアは、苦々しい表情で屍の巨人の存在をソリオたちに告げた。
ただし、巨人の存在を告げたのはソリオたちと兵士たちの指揮官たちだけである。ようやく目に見えて優勢になってきたのに、敵の背後に更なる脅威が存在すると知れれば一般の兵士たちの士気が崩れかねない。
「お父様が率いる援軍はすぐにでも到着します。それを待って、総攻撃を行います。ソリオ様、ヴェル、ポルテ、コルト。もうしばらくの間、ご尽力をお願いします」
プラウディアのこの申し出に、『真っ直ぐコガネ』は即座ににかりと笑って右手の親指を突き立てた。
「そういや気になっていたんだがよ? この街にだって冒険者はいるよな? その連中は何やっているんだ?」
アパタイトの街は大きな街であり、このような街には冒険者の店が複数は存在するものだ。
当然、そこに出入りする冒険者の数もかなりの数になる。そして冒険者ならば、余程の駆け出しでもない限り屍人には遅れを取らないだろう。そう考えてのヴェルファイアの質問だった。
「この街の冒険者たちは、それぞれのチームごとに遊撃として動いてもらっています。街中には、私たちがここで相対している屍人以外の個体も、少数ながら存在しているようですから」
伏兵でも仕込むつもりなのか、街中の各所には少数ではあるが屍人が入り込んで息を潜めているらしい。そのような屍人を見つけ出しては狩るため、この街の冒険者たちは活動しているのだとプラウディアは言う。
確かにチームごとで身軽に動けて戦闘力もある冒険者は、隠れ潜む屍人どもを狩り出すのに打ってつけだろう。
「……なるほどッスね。一匹でも見逃せば、気づいたときには三十匹ぐらいに増えてそうッスからね、この屍人は。そう考えると、伏兵を仕込むってのは有効な戦法ッスね」
うんうんと頷きながら言うコルト。そんな彼女がふと気づくと、仲間たちは異様なものでも見るような顔でじっと彼女を見つめていた。
「ど、どうしたッスか、皆さん? あっしの顔に何か付いて……はっ!? もしかして屍人の腐汁ッスかっ!? せ、清潔な手拭かハンカチを要求するっ!! あっしの折角の美貌が台なしッスううううううううううううううううっ!!」
勝手にぎゃあぎゃあと喚き始めたコルトを見て、ソリオたちはほっと安堵の溜め息を漏らした。
「いや、良かった。本物のコルトだ。コルトが急に真面目に戦術めいたことを言い出すから、てっきり中身が別の誰かと入れ替わったのかと思ったよ」
「ひ、酷いッスよ、ソリオ様っ!? ソリオ様はあっしのことを普段からどう思っているッスかっ!?」
クリノクロア軍の陣営に、屈託のない笑い声が響いた。
それは眼前の屍人どもだけではなく、その後に屍の巨人という難敵とも戦わなければならないという張り詰めた緊張感を、いい意味で弛緩させた。
「さて、ひとしきり笑ったところで、まずは目の前の屍人から片付けようか」
ソリオの言葉に、『真っ直ぐコガネ』とプラウディア、そしてクリノクロア軍の指揮官たちが生気に満ちた顔で頷く。
そしてその時であった。一人の伝令兵がプラウディアの元を訪れたのは。
それは予備戦力である百五十の兵士を引き連れた、クリノクロア伯爵の到着を告げる先触れであった。
前線で戦っていた精鋭たちを一旦下がらせ、坂の上からのたのたと坂を登ってくる屍人を見下ろすクリノクロア伯爵。
彼は今、立派な馬体の軍馬に跨り、クリノクロア軍の先頭に立っていた。
「ふむ……敵の数は残すところ三百前後……といったところであるか。当初は六百ほどだったので、半分は倒したのであるな。うむ、よくやったのである!」
伯爵は背後を振り返り、前線で戦い続けた精鋭たちを労う。
彼はそのまま視線を巡らせ、自分の傍らにいる愛娘を見た。
「プラウディア」
「はい、お父様」
「この場は私たちに任せ、おまえと『真っ直ぐコガネ』の諸君は、一足先に屍の巨人の様子を見に行くのである。そして、可能ならば巨人の足止めをして欲しいのである」
今、この場にいる兵数は全部で二百弱。だが、これから屍人との決戦でどれだけ擦り減らされるか分からず、また、殲滅するまでにどれだけの時間を要するかも分からない。
そのため、個人では最大級の打撃力を誇るプラウディア、ヴェルファイア、そしてポルテと、紋章術という高い防御力を持つソリオで巨人の足を止め、少しでも時間を稼ごうというのが伯爵の狙いである。
コルトは決定的な打撃力には劣るものの、その高い敏捷性と小器用さから牽制および援護要員として同行する。
「おまえや『真っ直ぐコガネ』の諸君には連戦を強いることになるが、もう一踏ん張りがんばってもらいたいのである」
「承知しました、お父様」
「はい。こちらも依存はありません」
父親に対して静かに低頭するプラウディアと、胸を張って依頼を受ける『真っ直ぐコガネ』。
プラウディアやソリオたちが頷いたのを確認したクリノクロア伯爵は、背後に居並ぶ兵士たちに檄を飛ばす。
「我が精兵たちよ! ここが踏ん張りどころである! 眼下の敵を一気に蹂躙するのである!」
伯爵の檄に応え、得物を振りかざして気勢を上げるクリノクロア軍の兵士たち。
彼らはゆっくりと近づいて来る屍人たちを闘志溢れる視線で睨み付け、伯爵の号令一下、一斉に坂を駆け降りる。
先頭に立つのはもちろんクリノクロア伯爵その人。彼は愛用の斧槍を頭上で風車のように振り回すと、軍馬の速度に下り坂の勢いを加え、まさに颶風となって屍人の群れの中に踊り込んだ。
右へ左へと斧槍が振り回される度、木の葉のように屍人が胴体を両断されて舞い上がる。
伯爵の猛攻に続き、クリノクロア軍の兵士たちもそれぞれの得物を手に屍人へと襲いかかる。
たちまち戦場は乱戦となり、勢いに勝るクリノクロア軍が次々に屍人を粉砕していく。
だが、屍人もただではやられない。
手足を断たれた程度では、屍人は活動を止めない。失った手足などまるで気にするでもなく、手近にいる兵士に襲いかかっていく。
中には胴体を両断されても、上半身だけで兵士に爪を立ててその首筋に食らいつき、血を啜る屍人もいるほどだ。
普通の戦闘ならば、手足を断たれた者は乱戦の中で敵味方問わず踏み潰されて息絶えていく。しかし屍人はそうはいかず、きっちりと止めを刺すまで活動を止めない。そのため「止めを刺す」という行為が、余計な手間として所要時間を累積させていく。
優勢に戦況を進めてはいるものの、クリノクロア軍が屍人を殲滅するにはまだまだ時間が必要であった。
プラウディアに先導されて、街の路地を抜けて巨人が近づいてくる方面の城門を目指す『真っ直ぐコガネ』。
多少の迂回は余儀なくされたものの、土地勘のあるプラウディアがいたため、それほど時間を浪費することなく城門まで辿り着いた。
「……誰もいないみたいだね」
「報告によればこの城門に詰めていた兵士たちは、真っ先に屍人の手にかかったそうです。その後はあの混乱でしたから、改めてここに人を派遣する余裕はなかったのでしょう」
辺りに飛び散る血痕と、開け放たれたままの城門を見て、プラウディアが沈痛な表情を浮かべながら告げた。
そんな彼女の肩を、ソリオは優しくぽんと叩く。
「今は役目に集中しよう。ここで散った兵士たちのためにも、ね」
「……はい」
ソリオは仲間たちを見回した後、城門の外へと駆け出した。
当時に、ソリオは指先を宙に滑らせ、幾つかの紋章を描いていく。
〈光〉〈光〉〈光〉
描かれた紋章が一際輝くと、そのままソリオの周囲を漂うように三つの光球が展開する。
プラウディアとヴェルファイア、そしてコルトは暗視が利くので問題ないが、ソリオとポルテはそうではないため、周囲を照らすための灯りが必要だったのだ。
三つの光球のうちの一つをやや先行させながら、ソリオたちは街道を駆ける。
やがて、微細な震動が彼らの足元から伝わってくるようになった。
ソリオは仲間たちを立ち止まらせると、更に数個の光球を作り出し、周囲に展開させていく。
やがて夜の街道の一部が、昼間のような光に包まれるころ、それは姿を現した。
ずしん、ずしんと定期的に響く震動と、何か巨大なものがずりずりと這うざざざざっという耳障りな擦過音。
まずは右腕。屍人を寄り合わせて作った巨大な右手が、紋章術で照らし出された空間に侵入する。
続いて左腕。そして、徐々にその巨体が光の中に入ってきた。
屍人を捏ね合わせた巨人。それは光の中にプラウディアの姿があることを視認したのか、ずいっとその上半身を下げた。
巨人の頭部が、人の頭の高さほどまで下がる。頭部と言っても、目や鼻、口などがあるわけではない。ただ、屍人が寄り集まり頭のような形を形成しているだけだ。
その屍人が寄り集まってできている頭部の中心に、突然縦に亀裂が走った。そして周囲の屍人の腐肉を押しのけるように、亀裂の中から一人の男性が姿を現す。
外見の年齢は、人間で言えば二十歳前後。そしてその青白い肌と、口元から零れる犬歯が彼が吸血族であることを告げている。
「……久しぶりだね、プラウディア……いや、僕は傀儡死人の目を通して何度も君を見ていたけど。でも、こうして直接顔を合わせるのは久しぶりだよね」
にこり、と。いっそ爽やかといってもいい笑みを浮かべる吸血族の男性。
その男性を見て、プラウディアは目を大きく見開き、震える声がその可憐な唇から零れ出る。
「あ、あなたは……」
彼女のがその続きを口にした時、居合わせた『真っ直ぐコガネ』は、更に大きな驚愕に包まれることになる。
『無敵の盾』更新。
ようやくソリオたちと黒幕が邂逅。
さて、次回にはずっと考えていた仕掛けを発動。果たして、読んでくださっている方々の意表を突ければいいけれど(笑)。
では、次回をよろしくお願いします。




