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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
吸血姫編
29/97

切り札



 自ら下した命令に従い、「子」たちは憎き少年へと殺到する。

 これだけの数に一度に襲いかかられては一溜まりもあるまい。

 そう判断した彼は、闇だけが占める空間の中でにぃと口の両端を釣り上げた。

 しかし。

 彼の「子」たちがあの少年に殺到する直前、彼と彼の仲間たちを守るように、淡く輝く半円形の光の膜が出現し、「子」らの殺到を遮ってしまった。

 それだけではない。

 彼の命令に忠実に従った「子」たちは、光の膜と後ろから押し寄せる同胞たちに押し潰され自滅していく。

「……おのれ……」

 忌々しそうに呟く。

 それを聞いている者など誰もいないが、それでも構わずに彼は口を開く。

 それ以上「子」に被害を出さないため、彼は「子」たちの攻撃を中止させる。

「……しかし……あれは何だ?」

 憎むべき少年が張ったであろう障壁。あのような障壁は、彼の知る精霊術ではあり得ないものだ。

 しかも、張られた障壁は思いの外強固なようで、彼の「子」たちでは破壊できない。

 だが。

 悲嘆するには早い。彼にはまだ切り札がある。

 とはいえ、あのまま障壁の中に篭もられても面倒だ。

 尤も、わざわざ向こうから「子」たちの中に乱入してきたのだ。いつまでも障壁の中に居続けはしないだろうが。

 それでも念のため、「子」たちに与える命令を周囲にいる兵士たちを襲うものに変更する。

 身なりや周囲の仲間たちの様子から、どうやらあの少年は冒険者のようだ。

 偽善者気取りの冒険者ならば、周囲の味方が襲われれば自分たちだけ障壁の中に篭もっていられないだろう。

 そう考えた彼は、再び口の端を歪めた。




 屍人(ゾンビ)の突然の襲撃に対する本陣と化した執務室で、クリノクロア伯爵は腕を組みながら部下から入る報告に耳を傾けていた。

「──現在、屍人の群れは街とこの城の中間の坂道で、我が軍の兵士たちとぶつかり合っております!」

「して、情況は?」

「はっ!! 我が軍の精鋭たちは、寡兵ながらに屍人の群れの足止めに成功しております。ですが──」

 伝令として執務室に飛び込んで来た兵士の顔の影がさす。

「屍人の数は余りにも多く、我が軍の兵士及びプラウディア様と冒険者『真っ直ぐコガネ』が奮戦するも、逃げ遅れた市民に被害が及び、それらの被害者が次々に屍人と化して──」

 市民の中には避難が間に合わず、家に隠れ潜んでいる者もかなりいるようで、城へと続く坂道からあぶれた屍人の一部が、そのような隠れていた市民を見つけ出しては襲いかかるのだ。

 プラウディアと『真っ直ぐコガネ』、そして伯爵軍の精鋭が数を減らしているものの、結果的にそれほど屍人の数は減っていない。

 それでも確かに数は減っている。しかし、この情況もいつまで続くか分からない。

 こちら側の体力が有限なのに対し、屍人は疲れるということを知らないからだ。このままずるずると長期戦にもつれ込めば、どちらが振りなのかは言うまでもない。

「市民の避難を急がせるのであるっ!! ただし、必要以上に屍人に手を出してはならんのであるっ!! 屍人どもは、精鋭とプラウディアたちに任せるのであるっ!!」

「御意っ!!」

 伝令は片膝着いて返答すると、来た時と同様に大急ぎで執務室を飛び出して行った。

「プラウディア……」

 最前線で戦っているであろう愛娘のことを思い、クリノクロア伯爵はぎりっと奥歯を噛みしめた。

 できることなら、自分も娘と共に前線で戦いたい。愛しい娘を守り、愛すべき領民や街を守るために戦いたい。しかし、彼はクリノクロア伯爵軍の総大将である。その自分がのこのこと前線へ出ていくわけにはいかない。

 確かに自分が前線へと出れば、兵士たちの士気は上がるだろう。だが、それでは後方で全軍の指揮を取る者がいなくなってしまう。それに、仮に自分が敵の牙にかかって命を落とそうものなら。兵士たちの士気は崩れ、前線はあっと言う間に瓦解するだろう。

 この場で全体の指揮を取る。こここそが彼の戦場なのだ。

「……ソリオくん。そして『真っ直ぐコガネ』の諸君……どうか……どうか、プラウディアを守ってやって欲しいのである……」

 誰にも聞こえないような小声で呟いた後、伯爵は再び各所へと的確な指示を出していく。

 それがクリノクロア伯爵の戦い方なのだから。




 障壁に群がり、自滅していた屍人(ゾンビ)たちが、周囲にいる伯爵の兵士たちへと標的を切り替えた。

 ソリオはそれを視認するとすぐさま障壁を解除。仲間と共に兵士たちの援護に回る。

 ソリオと言えども、そこかしこで小集団に別れて戦っている伯爵の兵士たちを、全て盾で守ることは不可能だ。

 上空を飛ぶポルテに周囲を見回してもらい、危機に陥っている伯爵の兵士たちを優先して援護していく。

 それでも、中には力尽きる兵士もいる。

 無数の屍人に包囲され、死力を尽くして得物を振るう伯爵の兵士たち。それでも多勢に無勢、一人、また一人と屍人の波に飲み込まれていく。

 もちろん、すぐに彼らは立ち上がる。しかし、その彼らはそれまでの彼らではない。

 つい先程まで肩を並べて戦っていた同僚に、悲痛な表情を浮かべながら、兵士たちは手にした得物を叩きつける。

 ソリオたち『真っ直ぐコガネ』とて、無傷ではない。

 ソリオの盾は強力無比だが、燃費が悪いという欠点がある。

 そのため、掠り傷程度のものや防具で止められそうな攻撃は敢えて受けているのだ。

 ヴェルファイアの板金鎧(プレートメイル)もあちこちが変形しているし、ソリオの煮固めた革鎧(ハードレザー)も各所に傷が入っている。

 鎧を纏っていないコルトは、衣服のあちこちが切り裂かれ、返り血ならぬ腐汁が各所に染みとなっていた。

 唯一無傷なのはポルテだが、それは彼女が飛んでいて敵の標的にならないからに過ぎない。そのポルテも、精霊術を過度に使ったため、肉体的にはともかく精神的にはかなり追い詰められている。

「……ったく、キリがねえなぁっ!!」

 戦槌(ウォーハンマー)を振り回し、屍人の頭を粉砕しながらヴェルファイアが愚痴る。

「こういうのは、敵の親玉を倒すと他も一気に倒れるのがお約束だよ────ねっ!!」

 ソリオは近づいて来た屍人の一体を戦旗で包むように捕え、動きが鈍ったところで腹を蹴り飛ばす。

 そして距離が開くと再び戦旗を一閃。穂先ではなく石突きで屍人の頭を打ち砕く。

 そのソリオの傍らでは、コルトが鎖分銅を振り回して屍人を打ち据え、巨大な羆が前肢を振るって数体の屍人を一度に破壊している。

「プラウディア!」

 ソリオは決して彼女の方を見ることなく質問する。

「術者が傀儡(くぐつ)死人(しびと)で視覚や聴覚を共有するのに、距離は関係ある?」

 巨大な羆の姿が霞がかかったように薄れ、次いで全裸の美しい女性が姿を見せる。ソリオが決してプラウディアの方を見ないのは、動物の姿のままでは言葉を喋ることができないため、プラウディアが質問に答えるためには吸血族(ヴァンパイア)の姿に戻らなければならないからだ。

 こんな時にも自分の方を見ないのが、彼なりの、そして彼らしい優しさだと感じてプラウディアは心の中でくすりと笑う。

「はい。距離が近いほど視覚や聴覚は鮮明になります。ですが、感覚を共有するには最長で三キロほどが限界です」

「三キロ……か……」

 そう呟いたきり、ソリオは黙って戦旗を振るう。

 だが、何かを必死に考えているだろうことに気づいている仲間たちは、彼の周囲に群がる屍人を一体でも減らすように奮戦する。

 プラウディアもまた、再び巨大な虎に変じて屍人を確実に破壊していく。

「プラウディア。伯爵の配下の中で空が飛べて夜目が利く者に、アパタイトの街の周囲を探索してもらえない? 敵の親玉……黒幕は、きっと町の周囲のどこかに潜伏して今のこの状況を見ているはずなんだ」

 巨大な虎は二、三回頷くと、再び吸血族の姿に戻る。そして手近にいた兵士の一人に今のソリオの言葉を伝えると、城にいるクリノクロア伯爵への伝令を命じた。

 伝令を命じられた兵士──鎧を着けた吸血族は、プラウディアに敬礼するとその場で一羽の燕に変化し、脱げ落ちた鎧などを一切無視して城へ向かって飛翔する。

 燕ゆえに戦闘力はほとんど皆無であるものの、その飛翔速度は速い。あっと言う間に城に到着した伝令は、ソリオの言葉を一字一句違えることなくクリノクロア伯爵に伝え、伝言を聞いた伯爵はただちに鳥やコウモリに変化できる同胞の部下数名を、アパタイトの街を中心にして様々な方角へと偵察に赴かせた。




 それを発見したという報は、すぐに舞い込んだ。

 アパタイトの街から二キロほど南下した場所に存在する、小さな森の中。

 そこにそれはいた。

 森の中でそこだけ木々がないため、上空を通過したクリノクロア伯爵の部下もすぐに不信感を持った。

 偵察に出た吸血族──コウモリに変じているが吸血族自体に暗視能力がある──は、高度を下げてそれが何なのかを確認する。

──……な……なんだ、これは……?

 コウモリに変じているために声は出ないが、もしも今、彼が口がきける状態ならきっとそう声にしていただろう。

 まるで森の木々を侵食したかのように、森の中でもぞもぞと蠢くのは屍人に間違いない。

 だが、問題はその形状であった。

 無数の屍人が蠢きながら混じり合い、屍人同士が食い合って融合したようなその物体。

 小高い丘のようになるまでに、重なり合った屍人の群れ。

 その屍人の丘が、ぶるりとまるで身動ぎしたように震えたのだ。

──……な……なんだ、これは……?

 その光景を目撃した吸血族の偵察兵は、もう一度心の中で呟た。

 ぶるぶると身動ぎを繰り返す屍人の丘。やがて丘の高さが徐々に高くなっていることに偵察兵は気づいた。

──何が起きている……? これは一体何なんだ……?

 屍人の丘の上空を旋回する偵察兵は、我が目を疑った。

 その直後、偵察兵はすぐに城へ向かって夜空を飛んだ。今、自分が見たものを主であるクリノクロア伯爵に伝えるために。

 その偵察兵が見たもの。

 それは、屍人がより集まり、蠢き合いながら融合した屍人の丘が、むくりとまるで人が上半身を起こすように起き上がる光景だった。




 『無敵の盾』更新。


 いや、今回はいろいろと苦労しました。

 とりあえず、今章もあと少し。がんばっていきます。


 では、次回もよろしくお願いします。


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