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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
吸血姫編
28/97

黒幕の正体

 どくり。どくり。

 徐々に(ちから)が集まってくる。

 集められた(ちから)は、手の中の杖の先端に填まっている赤い貴石に集結されていく。

 一度に集まる(ちから)は微々たるものだが、それでも積もり重なれば確かな量となる。

 赤い貴石が徐々にどす黒く変じていくのを見て、その男はにやりと微笑んだ。

 それと同時に、男が気づいていることがあった。

 それは彼の配下──いや、「子」である屍人(ゾンビ)たちが、少しずつではあるがその数を減らしていることである。

 だが、男はそれについてはそれほど心を傾けなかった。

 屍人どもは、放っておいてもどんどんと増える。

 今は一時的に減っているかもしれないが、相手の体力が有限であるのに対し、屍人どもは疲れるということをしらない。

 このまま戦いが長引けば、いずれ力尽きるのは相手の方なのだ。

 それよりも、男は「子」の目を通してとある人物を追っていた。

 その人物は自在にその身体を変化させ、その高い能力で以て彼の「子」たちをどんどんと滅ぼしている。

「美しい……やっぱり君は美しいよ、プラウディア……」

 目蓋の奥に浮かぶその姿を見て、男は恍惚とした表情を浮かべながら呟く。

 初めて出会った時から、彼女は美しかった。

 その身に宿すは、先祖返りと称されるほどの大きな力。その力の存在は、吸血族(ヴァンパイア)ならば誰でも分かるだろう。

 それからというもの、彼はずっと彼女の姿を追ってきた。

 彼女は伯爵の令嬢ということもあり、完璧な女性だった。唯一の欠点は、その力の反動からくる吸血衝動ぐらいか。

 だが、その吸血衝動でさえ、男の目には尊いものに見えた。

 悲しそうな表情を浮かべながら、使用人である侍女の首筋にその牙を埋める彼女。

 その姿は、男の目には宗教的な美しささえ感じられるほどだった。

 そしていつしか彼が求め始めたのは、そんな彼女の横に並び立つことのできる力。

 彼女と匹敵するほどの力を得れば、彼女と共に立つことができる。そう思えたのだ。

 それからの彼は、力を得る方法を探し求めた。

 先祖が残した文献を漁り、時にクリソコラ文明の遺跡に手がかりを求めて、冒険者を雇って共に潜ったこともある。 そして、彼はついに見つけたのだ。

 とある遺跡の奥に埋もれていたそれを。

 彼女に比肩するほどの力を手に入れる方法を。

 それが今、彼が手にしている杖だった。

 傀儡(くぐつ)屍人(しびと)を作り出し、その屍人が吸った血を、力として蓄えることのできる魔法具(マジックアイテム)

 そして力が一定量に達した貴石を自身の身体に埋め込めば、その時こそ彼は彼女と匹敵する程の力を──全盛期だったころの吸血族にも等しい力を得ることができる。

 そうすれば。そうすれば、彼女の隣に堂々と立つことができるのだ。

 それなのに。

 男の「目」が、彼女から少し離れた所で戦旗(バトルフラッグ)を振るう、一人の少年へと向けられる。

 見慣れない種族の少年だった。真紅の髪に青空色の瞳の少年。

 あろうことか、彼は彼女と部屋の中で二人っきりでいたのだ。それも、服を着たままで!

 許されるはずがない。

 男はぎりぎりと奥歯を噛みしめる。

 おそらく、彼女のその純潔はあの少年が穢してしまったに違いない。

 許されるはずがない。

 彼女の純潔を奪ったあいつを、ずたずたに引き裂かなければならない。

 それが将来、彼女の横に立つべき自分がなさなければならない使命である。

 男は怒りに燃える視線を、その少年へと向けた。

「殺せ……そいつを殺せっ!! そいつは屍人にする必要さえないっ!! 四肢を引き抜き、ずたずたにしてしまえっ!!」




 無数の屍人の群れの中で、ちらほらと動物の姿が見える。

 それはプラウディアと同様に、その身を変化させた吸血族の兵士なのだろう。

 中には変化できない──もしくは戦闘に向いた動物に変化できない──吸血族の兵士もいて、そんな彼らはさすがに裸ではなく鎧を着て槍や斧で戦っている。

 その他にも、群がる屍人と必死に戦うクリノクロア伯爵領の兵士たち。

 そんな中には、『真っ直ぐコガネ』の姿もある。

 じゃらりと鎖の音が響き、次いでぶぅんと何かが空を引き裂く音がする。

 コルトが振るった鎖の先端に取り付けられた分銅が、遠心力という助力を得て屍人の頭を粉砕した。

 途端、周囲に飛び散る腐った脳漿と悪臭。

 飛び散った脳漿の一部がコルトの衣服に付着して薄汚い黄色い凍みとなり、彼女はどんよりとした表情を浮かべた。

「く、腐った汁がっ!! 屍人の腐った汁があっしの服に……ううう、この服気に入っていたのに、こんなに臭くなったらもう着れないッス……」

「戦闘だってぇのに、どうしてお気に入りの服なんか着て着たんだよ?」

 コルトの隣で巨大な戦槌(ウォーハンマー)を振り回しているヴェルフィアが、彼女の方へと振り返ることもなく尋ねた。

「うふふふふ、分かっていないッスね? それが女の身だしなみってモンッスよ?」

「分かりたくないよね、そんなもの」

「まったくだ」

 ヴェルファイアのすぐ傍に光り輝く盾を出現させ、彼に襲いかかろうとしていた屍人を押し潰したソリオが、やはり振り返ることなく呟くとヴェルファイアも彼の言葉に頷いた。

「もうっ!! 三人とも今は戦闘中よっ!? もっと真剣にやりなさいっ!!」

 ヴェルファイアの頭の少し上を漂っていたポルテが、まるでやんちゃな弟や妹に言い聞かせるように叱りつける。

 それと同時に、その彼女の隣に浮いていた真っ白な美しい精霊──氷精(ひょうせい)のエンジェライトが、精霊師(エレメンタラー)以外には聞こえない精霊の歌を歌い上げる。

 歌に合わせて、小さな氷の粒がポルテとエンジェライトの周囲に無数に浮かび上がっていく。

 そして、氷の粒が精霊の歌の終焉と共に一斉に打ち出された。

 打ち出された氷の粒は、散弾のように周囲に群がる屍人を打ち貫いていく。

 四肢を氷の弾丸で貫かれた屍人は、身体を支えることができずにその場に倒れ込む。

 無尽蔵な偽りの命を与えられた屍人は、この程度ではその活動を止めることはない。

 だが、周囲に群がる彼らの同胞は、倒れた仲間など一切気にすることなく踏み越えて乗り越えて前へと進む。

 当然、踏みつけられた屍人は、全身をぐちゃぐちゃに砕かれて再び物言わぬ屍へと戻っていった。

「今よ!」

 数体の屍人が踏み潰されたことで、彼らの周囲の屍人の密度が一時的に下がった。その僅かな間を縫って、『真っ直ぐコガネ』は一気に走り抜ける。

 ヴェルファイアの戦槌が群がる屍人を吹き飛ばし、コルトの鎖分銅が周囲の屍人の頭を打ち砕く。上空からはポルテが精霊術で援護する。

 そして、彼らへと押し寄せる屍人の爪や牙は、ソリオの盾がその全てを防いでいく。

 『真っ直ぐコガネ』はその名前の通り、一直線に目標へと向かって突き進む。

 彼らが目指しているのは、少し離れた所で群がる屍人を片っ端から屠っている巨大な虎。もちろん、それはプラウディアが姿を変えたものだ。

 プラウディアを守ることこそ、彼らが受けた仕事なのだから。




 自分へと近づいてくるその一団を見て、巨大な虎の姿が霞に包まれたように急にぼやけた。

「ソリオ様っ!!」

 霞の中から現れたのはプラウディア。彼女は嬉しそうな声を上げて身体ごと近づいてくるソリオへ向かって振り向いた。

「ぎゃあああああああああああああっ!!」

 それを見て思わず悲鳴を上げるソリオ。その顔は真っ赤に染まり、たらりと鼻から一筋の流血。

 ソリオの姿を見て、嬉しさのあまりに思わず虎から人の姿へと戻ったプラウディア。当然、全裸である。

 その美しい裸身を真っ正面から見てしまったソリオが、思わず悲鳴を上げるのも無理なからぬことだろう。

 ヴェルファイアなどは、儲け物とばかりににやにやしながらその美しい裸体をじっくりと見ていたり。

「ちょっと、プラウディアっ!! そんな格好しているとソリオに嫌われるって教えたでしょっ!? 早く動物に変化しなさいってばっ!!」

「あ。そうでした」

 ポルテに言われ、ちろりと舌を出すプラウディア。その裸身が再び霞むと、その姿は瞬く間に巨大な羆に変化した。

 だが、今は戦闘中である。戦闘中にそんな暢気なことをしていればどうなるか。

 これがその答えだとばかりに、屍人の群れが一斉に襲いかかる。

 しかし、屍人が襲いかかったのはソリオのみだった。

 ヴェルファイアもコルトもプラウディアも──ポルテは飛んでいるので、屍人では襲えない──、そしてその他の兵士たちも全て無視して。

 四方八方から押し寄せる腐肉の洪水。普通ならばその数に押し潰され、荒波に落ちた木の葉のように為す術もなく飲み込まれるしかない。

 だが。『真っ直ぐコガネ』は、いや、ソリオは普通ではなかった。

 彼の指先に淡い魔素の光が宿り、空中に幾つもの紋章(ルーン)を描いていく。

〈対物〉〈防御〉〈全方位〉

 三つの紋章がその効果を相乗させて発動。

 ソリオを中心に半円形の盾が『真っ直ぐコガネ』とプラウディアを包み込むように現れる。

 当然、殺到していた屍人たちは、半円形の盾に阻まれる形になる。

 だが、無数の屍人たちは「殺到」していたのだ。

 先頭が盾に阻まれようとも、その後ろは何の躊躇いもなく更に押し寄せる。結果、後ろから次々に押される形で、屍人どもは盾に近い方からぐちゃりと潰されていく。

 溜まらないのは、それを盾の内側から見ていたソリオたちだった。

「……私、もう吐きそう……」

「……気が合うな、姉貴……俺もだ……」

 人の形をしたものが、次々に押し潰されていく光景は精神的にかなりの衝撃だった。

 しかも、押し潰されることによって、周囲に悪臭を放つ腐汁が撒き散らされる。さすがのソリオの盾も、この臭いまで防ぐことはできない。

「……あっしもさすがに、この臭いだけは……」

 ヴェルファイアもポルテも、鼻を摘んでいるコルトに突っ込みを入れる余裕さえないようだ。

 ソリオの傍らに踞る羆──半円形の盾の面積上、その巨体を極力小さくしていた──も、どことなく顔色が冴えないように見える。

 だが、ただ一人。

 盾を維持していたソリオは、潰され続ける屍人を見つめながらじっと考えていた。

 初め、この事件の黒幕の狙いはプラウディアだと思った。

 その理由は、プラウディアの部屋に飛び込んで来た傀儡屍人が口にした言葉。

『ごろ……す……ぷらウデぃ……穢し……さまを……絶対……八つ……きに……る……』

 この言葉から、相手はプラウディアに何らかの恨みを抱くか、彼女の持つ強大な力を恐れている者だと思っていたのだ。

 クリノクロア伯爵も同じ考えだったようで、ソリオたちは相手の狙いがプラウディアだとばかり思い込んでいた。

 だが。

 だが今、屍人どもはプラウディアを無視して、ソリオにだけ殺到している。ということは、敵の狙いはプラウディアではない、ということにならないだろうか。

 例の妖鬼族(ゴブリン)の屍人の言葉。

 あれがプラウディアに向けられたものではなく、その場にいたソリオに向けられていたのだとすれば。

 あの時、服を着たまま部屋の中にいたソリオとプラウディアを、今回の黒幕があらぬ誤解をしたとすれば。

 部屋の中で男女が服を着て二人きりでいる。その状態を見ておかしな誤解をするということは──

「……今回の黒幕……もしかして吸血族……?」

 その仮定が正しければ、あの時の二人をみて、ソリオとプラウディアが「そういう関係」だと誤解し、ソリオを逆恨みした黒幕が、彼だけを狙うように屍人たちに指示を出しているとするならば。

 全てが一直線に繋がるのだ。

 ならば今回の黒幕は、プラウディアを知る吸血族の男性──それも、彼女に秘かに想いを寄せている吸血族の男性に間違いないだろう。

 今までさっぱり分からなかった黒幕の正体。

 だがここに来て、僅かではあるものの敵の正体が見えてきた。

 その事実が、ソリオににかりとした笑みを浮かばせる。

 そして。

 この状況下で笑みを浮かべるソリオを、『真っ直ぐコガネ』の仲間たちはどこか気味悪そうに眺めていた。



 『無敵の盾』更新。


 ようやくソリオが敵の正体の尻尾を掴みました。

 とはいえ、悪夢はまだまだ始まったばかり。



 そういえば、前回の投稿で前後で話が通じないおかしな箇所があったと思います。

 実は前回、最終段階の前のバージョンを間違って投稿してしまいまして。

 あれは一旦書き上がったものを、後からあれこれと修正を加えている途中段階のものでした。

 投稿したものを読んでいて気づき、慌てて最終バージョンに差し替えました。

 こちらの不手際で混乱させてしまい、本当に申し訳ありませんでした。


 以後は気をつけますので、これからも引き続きよろしくお願いします。


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