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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
吸血姫編
27/97

悪夢の始まり


 アパタイトの街が最も活気づく真夜中。

 他の街ならば住民の殆どが眠りにつき、起きているのは深夜まで深酒を煽っている酔っ払いぐらいだろう。だが、この街ではまだまだこれからが活動期である。

 通りに並ぶ店々や露店の店主や店員が、行き交う人々に威勢のいい声をかけていく。

 声をかけられた者も、興味を引かれれば商店や露店の店先に並んでいるものを楽しげに吟味する。

 ところどころにある屋台からは、食欲を刺激するいい匂いが立ち込め、それに釣られた何人かが美味そうな料理を目を輝かせて買い込んでいる。

 そんな頃。

 街の正門を守る守衛の一人が、ふらふらと覚束ない足取りで街へと近付く人影を見つけた。

 その人物はどうやら森妖族(エルフ)の女性のようで、身に着けているものはぼろぼろ。他に動くものは見当たらず、女性は一人きりのようだ。

 彼女を見つけた守衛は、もしやこの街へ来る途中で山賊にでも襲われたのかと思い、慌ててその女性へと駆け寄った。

「おいっ!! 大丈夫かっ!? しっかりしろっ!!」

 地面に倒れ込む寸前で、守衛は女性を抱き留める。そして彼が女性の顔を覗き込んだ時。

「ひいいいいっ!!」

 そこに異様なものを見て、守衛は思わず悲鳴を上げて仰け反った。

 どろりと濁った生気のない瞳。裂けた頬の傷の奥に蠢く蛆虫。そして何より、口元から長々と突き出した鋭い牙。

 だが、既に遅い。

 森妖族の女性──だったモノ──は、自分を抱き留めた守衛に物凄い力で抱きつくと、その首筋に牙をぶすりと埋め込んだ。

 後に『アパタイトの悪夢』と呼ばれる事件は、ここから全てが始まったのである。




 父と娘が将来について何やら企んで────もとい、相談していた時。

 いつも冷静な執事のパルサーが、プラウディアの私室へ慌てた様子で飛び込んで来た。

「何事であるか?」

「も、申し上げますっ!! 街中に数体の屍人(ゾンビ)と思われる魔物が侵入致しましたっ!!」

「なんだとっ!? すぐに兵を出して殲滅するのであるっ!!」

「そ、それが……」

「どうした? 我が鍛えた兵たちは強兵揃いである。屍人ごとき、一瞬で駆逐するであろう」

 屍人は偽りとはいえ無尽蔵の生命を持ち、筋力も恐るべきものがある。だが、動きは鈍いので相手の攻撃を避けるのは容易だし、逆にこちらの攻撃を当てるのも難しくはない。

 クリノクロア伯爵が抱えている私兵たちは、普段より伯爵自らがしっかりと鍛え込んでいる。屍人程度に遅れを取るわけがないのだ。

「……屍人に襲われ、倒れた者が次々に屍人化しており、敵の数は増える一方なのです」

「なに……っ!?」

 伯爵は思わずプラウディアへと振り返る。

 何も言わずとも父親の意志は娘に伝わったようで、彼女は真面目な表情でこくりと頷いた。

「至急、兵団の指揮官たちを集めるのである! どうやら、かなり深刻な事態なのである!」

「御意」

 深々と腰を折り、部屋を辞したパルサーを見送ったクリノクロア伯爵は、改めてプラウディアへと振り向いた。

「ソリオ君たち『真っ直ぐコガネ』の諸君にも、軍議には参加してもらいたいのである。無論プラウディア、おまえもなのである」

「はい。承知しました」

 父の言葉に頷いたプラウディアは、『真っ直ぐコガネ』にそのことを伝えるために、彼らが控えている隣室へ続く扉を開いた。

 そこで寝ているところを起こされた寝ぼけ(まなこ)のソリオを見て、思わず萌え狂う某伯爵令嬢の姿があったりもしたのだが、彼女の名誉のためにその事実は秘めさせていただく。




 守衛の一人が屍人の牙にかかり、彼らの最初の仲間へと堕ちた後。

 屍人は、まずは街の正門を守る他の守衛たちに襲いかかった。

 突然、つい先程まで同僚だった者に襲われる守衛たち。襲われた守衛も次々と屍人となり、彼らはよく見知った者に突然襲われて瞬く間に全滅してしまう。

 そして機能を失った正門に、夜の帳に覆われた街道から次々に屍人が現れては、遮るもののない正門をくぐって街の中へと入っていく。

 街中へと侵入を果たした屍人たちは、無防備に歩く市民たちに一方的に襲いかかっていくのだった。




「まずは民の避難を最優先させるのである!」

 最も人通りの多い真夜中を、狙ったように現れた屍人たち。それらは通りを歩いていた大勢の市民に一斉に襲いかかった。

 そして、屍人に襲われた市民が、新たな屍人となって隣人を襲う。そのため、敵の数はどんどんと増えていってしまう。

 よって、まずは無事な市民を安全な場所に避難させることで敵が増えるのを防ぎ、その後に少数精鋭を以て敵を叩く。

 少数精鋭を以てあたるのは、数を頼りに未熟な者が屍人と相対した場合、いたずらに敵の数を増やす結果にしかならない。

 それが、クリノクロア伯爵が選んだ方針だった。

 伯爵の指示を受けた者たちが、それぞれの役割をこなすために足早に散っていく。

 私兵の殆どを市民の避難誘導にあて、私兵の中でも限られた上達者だけが屍人を倒すために出撃する。

 今回の本陣となった自分の執務室を後にする部下たちの背中を見送った後、伯爵は残った愛娘へと向き直る。

「我が城下に現れた屍人は、間違いなく先日の傀儡(くぐつ)屍人(しびと)と同じ存在なのである。つまり──」

「──敵の狙いは私、というわけですね?」

 プラウディアの言葉に、クリノクロア伯爵は重々しく頷いた。

「父親として、おまえの安全を最優先しなければならない場面であるが──私はお前の父であるまえに、この街の領主なのである……よって、この街の最大戦力であるおまえに出撃を命じるのである」

「承知致しました。我ら貴族は有事の際にはその身を盾としてでも民を守る……お父様の口癖ですものね」

 にこりと微笑む娘の笑顔に、クリノクロア伯爵は辛そうな表情を浮かべる。

 伯爵は次いで、プラウディアの背後にいる『真っ直ぐコガネ』へと視線を向けた。

「『真っ直ぐコガネ』の諸君。君たちには、プラウディアと行動を共にして欲しいのである。そしてプラウディアを……娘を守ってやって欲しいのである」

 そう言ったクリノクロア伯爵は、ソリオたち『真っ直ぐコガネ』に向かって深々と頭を下げた。

 これに驚いたのはソリオたちだ。

 貴族である伯爵が、庶民でしかないソリオたちに頭を下げるなど、普通ならば考えられない。

 それはつまり、今の彼がクリノクロア伯爵ではなく、プラウディアの父、ギャラン・クリノクロア個人ということなのだろう。

 領主としてではなく、一人の娘の父親として。

 彼は『真っ直ぐコガネ』に願っているのだ。娘と共に行動し、彼女を守ってやって欲しい、と。

 そのことを理解した『真っ直ぐコガネ』は、いつものように四人揃ってにかりとした笑みを浮かべると、一斉に右手の親指をおっ立てた。




 アパタイトの街の大通りを、異形の集団がのたりのたりと歩を進めて行く。

 身体のあちこちが朽ちかけ、ところどころで骨が覗いている者。

 戦闘中に失ったのか、それとも腐れ落ちたのか。途中で千切れた腕から血の代わりに蛆虫をぼたぼたと零す者。

 その中には、騒ぎを鎮めようとした兵士なども含まれている。

 屍人侵入当初に討伐に当たった部隊の指揮官は、部下が屍人となるのを見てすぐに無駄に手を出すことを控え、上の判断を仰ぐことにした。

 普段からしっかりと鍛えられている、クリノクロア伯爵の私兵らしい賢明な判断だった。

 その後は伯爵の命により、屍人を攻撃するよりも市民の避難誘導を優先したため、被害を無駄に拡げることはなかったが、兵士という障害がなくなった屍人たちは、人気のなくなったアパタイトの街の通りをゆっくりゆっくり歩いていく。

 現時点での屍人の数はおよそ六百。

 最初に街の外から押し入った数は百にも満たなかったのだが、次々に犠牲者が増えたことでこれだけの数に膨れ上がったのだ。

 彼らが目指しているのは、この街の領主の居城。

 そこにいる一人の人物こそが、彼らの狙い。そういう命令を、彼らは彼らの「親」から受けている。

 のたりのたり。屍人たちはゆっくりゆっくりと進んでいく。

 「親」より与えられた命令を、ただ愚直に果たすために。



 クリノクロア伯爵の城は、街の中央の高台に築かれている。

 そのため、街から城へと続くただ一つの道は、少し傾斜のきつい登り坂。

 その登り坂をのたりのたりと登ってくる屍人を、武装した三十人から四十人の集団が緊張した面持ちで見下ろしていた。

 その集団の先頭に立つのは、煌びやかなドレス姿の年若い女性。その背後には、四人の冒険者らしき若者たちの姿もある。

「お聞きなさい! 我がクリノクロア家に仕えし精鋭たちよ!」

 ドレス姿の女性が、背後の集団を振り返って凛とした声を張り上げる。

「敵の数は多い。仮初めの命に操られたその能力は高い。だが! 所詮奴らは屍人に過ぎません! あなたがたが力を合わせれば、決して勝てない相手でありません! 決して敵を侮らず! 決して敵を恐れず! 全力を以てあの屍人どもを排除なさい! そして守るのです! あなたがたの友人を! 家族を! そして、生まれ育ったこの街を!」

 武装した集団が、女性の檄に合わせて応と声高に応える。

 そして、女性の細く白くしなやかな右腕が高々と掲げられた。

「総員────」

 再び女性声を発すると同時に、掲げられた腕が勢いよく振り下ろされる。

 眼下に蠢く屍人たちへと。

「────出撃っ!!」




 蠢く無数の屍人。

 先陣を切ってそれに飛び込むのは、四騎の人馬族(ケンタウロス)

 道幅一杯に並行して並び、砂塵を巻き上げて疾走する彼らは、左手でしっかりと凧型盾(カイトシールド)を構え、右脇に抱えた馬上槍(ランス)の鋭い切っ先を間近に迫った屍人へと向ける。

 そのまま人馬族たちは一切速度を緩めることなく、屍人どもの群れへと突っ込んだ。

 大柄な人馬族の体重と、彼らが着込んだ重厚な金属鎧の重量。そして坂を駆け降りる速度がすべて馬上槍の切っ先に統合され、数体の屍人が高々と空へと舞い上げられた。

 四騎の人馬族は、そのまま屍人の群れを蹂躙する。

 鋭い馬上槍が。蹄鉄を打ち込んだ蹄が。頑丈な凧型盾が。

 動きの鈍い十数体の屍人をただの挽き肉へと変えていく。

 だが、屍人の数は多い。

 一気に十数体の屍人に二度目の死を与えた人馬族の突撃も、分厚い屍人の壁に阻まれて徐々に失速していく。

 無数の屍人に周囲を囲まれ、人馬族たちの動きが完全に止まった時、打ち寄せる波の如く屍人どもが彼らに襲いかかる。

 屍人は常識離れした怪力でもって、人馬族の身体を汚くも鋭い爪で引き裂こうとする。しかし、彼らが着込んだ重厚な金属鎧が屍人の爪を阻む。

 だが、それでもその全てを防ぐことは適わなかった。

 人馬族たちは身体のあちこちから血を滴らせ、それでも必死に馬上槍をふるって屍人を貫いていく。

 屍人に牙を突き立てられ、身体中の血を吸い尽くされない限り彼らの仲間となることはない。

 そのことを主人たる伯爵の令嬢から聞いていた彼らの闘志は、この程度では消えることはないのだ。

 しかし、数というのは立派な力である。

 個々の技量は遥かに上回る人馬族たちだが、無数の屍人に囲まれて徐々に徐々に消耗していく。

 そして彼らが遂に怒涛のごとく押し寄せる屍人の波に飲み込まれようとした時。

 ようやく後続の部隊が追いついた。

 大斧(グレートアックス)を振りかざした牛人族(ミノタウロス)が、両手に小さな戦棍(メイス)を持った犬鬼族(コボルト)が、上空から矢の雨を振らせる鳥人族(バードマン)が、自身の身長よりも長い長槍(ロングスピア)を頭上でぐるぐると旋回させる蜥蜴族(リザードマン)が。

 仲間を敵の同胞にしてなるものかと、手当たり次第に屍人を屠っていく。

 それほど広くはない道の上。しかも敵が登り坂の下側という地の利もあり、伯爵家に仕える兵士たちは、順調に屍人を、再び動くことのない屍へと変えていった。




 眼下で生じた激しい争いをじっと見下ろしていたプラウディアは、厳しい表情で背後の『真っ直ぐコガネ』へと振り向いた。

「現時点では我が方が有利。ですが、油断はできません。相手は一体でも残っていれば、そこから再び無限に増えかねない傀儡屍人です」

「だから、ここで一気に一体残らず殲滅する……だね? それに、あの屍人の背後には、何者かが潜んでいる……」

「はい。ソリオ様の仰る通りです」

 ソリオの言葉ににこりと微笑んだプラウディアは、再度眼下の戦いへと目を向ける。

「参りましょう、私たちも」

 その言葉と同時に、プラウディアは着ているドレスをばさりと一気に脱ぎ捨てた。

 月光に輝く裸身を堂々と晒し、彼女は一気に下り坂を駆け降りる。

 ソリオたちが驚く間もなく、矢のように駆け降りるその裸身が霞のようにぼやけ、一瞬の後にその姿が掻き消えた。

 代わりに出現したのは、美しくも巨大な虎だ。

 猫科の猛獣特有のしなやかな身体が、咆哮を上げながら屍人の群れへと踊り込む。

 強靭な膂力と鋭い鉤爪が、一振りで屍人の頭を熟れた果物のように爆ぜさせた。

 屍人の群れの中、縦横無尽に駆け抜ける黄金の獣。その獣姿が再び霞むと、次いで現れたのは巨大な羆だった。

 後肢で立ち上がった羆は、前肢をぶんぶんと振り回し、当たるを幸いに屍人をその爪で引き裂いていく。

 手近な場所にいた全ての屍人を葬り去った羆が、三度(みたび)その姿を霞ませる。

 次に彼女が変じたのは巨大な鷲である。

 大きな翼で力強く羽ばたいた大鷲は、天高く舞い上がるとそのまま急降下。落下地点にいた屍人数体を爪で引き裂き、その後に数体を強靭な後肢でがっしりと掴み取って再び上昇。

 上空からまるでゴミのように屍人を放り捨てる大鷲。大地と激しい抱擁を余儀なくされた屍人は、全身をぐちゃぐちゃに砕かれて二度と起き上がることはなかった。




「……これって……あっしらの出番、あるンスかね?」

「でも、黙って見ているわけにもいかないわよ? プラウディアを守ることが私たちの仕事なんだし」

「……あのお嬢様……見かけはともかく、噂通りとんでもねえ猛女だったんだな……」

 下り坂を駆け降りながら、余りに激しいプラウディアの猛攻に思わず呆然とする『真っ直ぐコガネ』。

 クリノクロア伯爵は彼女のことをこの街の最大戦力であると評価していたが、その言葉に偽りはないと確信できる。

 それ程なのだ。全盛期の吸血族(ヴァンパイア)に等しい力を持つ、先祖返りたるプラウディアは。

「それに……あれを見ていると吸血族が服を着なくなったのも分かるよね……」

 思わず出遅れたソリオたちが駆け寄る中、プラウディアは情況に合わせて次々に姿を変え、確実に屍人を倒していく。

 かつての吸血族が、今の彼女のように自在に姿を変じられたのだとすれば、確かに衣服など邪魔なだけだろう。

 もしくは、変化の度に服が破れることになり、いくら服があっても足りなくなるに違いない。

 そんな彼らから着衣する習慣がなくなったのも、何となく頷けるというものだった。

「今は彼女と一緒に戦おう。そして屍人を殲滅し、背後に潜んでいる奴を炙り出すんだ」

 ソリオは手にしている愛用の戦旗(バトルフラッグ)をくるりと回転させ、その切っ先を前方へと向ける。

 先行したプラウディアに遅れることしばし。『真っ直ぐコガネ』も屍人の群れの中へと飛び込んでいった。


 『無敵の盾』更新。


 事態は急転直下しました(笑)。

 敵は無限に増え続ける傀儡屍人です。

 現状では伯爵側が優勢ですが……果てさて、このまま行きますやら。


 では、次回もよろしくお願いします。


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