クリノクロア伯爵の狙い
コルトがクリノクロア伯爵の城に戻ってきた時、城は深夜だというのに実に騒がしかった。
いや、この街では夜中こそが昼中である。だが、そう考えてもこの騒がしさは少々異常だろう。
ようやくコルトに追いついたヴェルファイアとポルテも、城の騒がしさに不思議そうな顔をする。
「も、もしかして……もうソリオ様が猛女な令嬢に食べられちゃったんじゃ……それで、証拠を隠滅するため、この城の兵士たちが総出で令嬢の食べカスであるソリオ様の成れの果てを埋めようと……」
「おい、コルト。あまり物騒なことを言うんじゃねえぞ? 仮にここの伯爵家の令嬢がおまえの言うような猛女だったとしても、貴族相手にそんなことを面と向かって言ったら死罪だからな……ああ、おまえはもう死んでいるから死罪も何もないか」
骸骨でも首を刎ねられたらやっぱり動かなくなるのか、と変なことを考えながらヴェルファイアがコルトに釘を刺した。
「でも、この騒がしさはちょっと変じゃない?」
ヴェルファイアの頭の周囲を旋回しながら、ポルテは慌ただしそうに走り回っている衛兵たちを眺める。
「よし。こんな所でごちゃごちゃ言い合っていても始まらねえ。ソリオの奴を見つけ出して原因を聞こうぜ。あいつは伯爵の令嬢と一緒にいたんだ。何か知っているだろう」
ヴェルファイアは二人を促すと、小走りに城の正門へと近づいて行った。
「…………何、コレ?」
「うわー……気持ち悪いッスね」
「骸骨が言うな。屍人と言ったら、骸骨の親類みたいなモンじゃねえか」
城の中でソリオと合流したヴェルファイアたちは、ソリオに案内されて伯爵の令嬢の部屋と入った。
そこで彼らが見たものは、ソリオの戦旗で壁に縫い止められた一体の屍人。
その妖鬼賊の屍人は、壁に縫い止められたまま、手足を必死に動かして戒めから抜け出そうとしていた。
その屍人を取り囲んでいるのは、クリノクロア伯爵に仕える兵士たち。その中に、伯爵本人の姿もある。
無論、クリノクロア伯爵は相変わらず全裸である。
そんなクリノクロア伯爵の傍らに、伯爵によく似た面立ちの美しい少女の姿があった。
こちらは伯爵とは違い、質の良さそうな絹製のドレス姿。不安そうな面持ちで壁に縫い止められている屍人を見つめていた少女が、近づいてくる『真っ直ぐコガネ』に気づいた。
途端、少女の表情が、安堵したようなものへと変わる。ついでに、まるで恋する乙女のように頬が紅潮し、瞳まで潤んでいる。
「ソリオ様!」
たたたっと小走りでソリオの前まで駆けてくる少女。彼女はヴェルファイアたちの存在に気がつくと、ドレスの裾をひょいと摘み上げて優雅に腰を折った。
「こちらの皆様は、ソリオ様のお仲間の方々ですね? お初にお目にかかります。私はプラウディア・クリノクロア。近い将来、ソリオ様の妻となる者ですわ。以後、夫共々よろしくお願い致します」
一行が驚いて目を瞠る。
「ああ、あんたが……じゃない、あなたが伯爵のご令嬢でしたか。なんだ、噂とは全然違って凄え美人じゃねえか。え? コルトよ?」
「う……だって、あっしが聞いた噂では……」
「はて、噂……ですか?」
こくん、と不思議そうな表情でプラウディアが首を傾げる。
まさか、この街の領主の娘に街で聞いた噂の内容を伝えるわけにもいかず、ポルテが慌ててぱたぱたと両手を振った。
「あ、いえ、先程街でお嬢様の噂を耳にしまして。その噂よりも、実際のお嬢様の方がお綺麗だなーって……ね、ヴェル?」
「お、おう、そうそう。いやー、こんな美人とお近づきになれて、ソリオが羨ましいです。なあ、ソリオ? こんな美人の嫁さんがみつかって良かったなぁ」
にやにやと笑うヴェルファイアにばんばんと肩を叩かれ、ソリオは困ったようにがりがりと頭を掻く。そんな彼の背後では、プラウディアが「ああ……ソリオ様のお仲間の方に妻として認めてもらえた……」と嬉しそうに両手を紅潮した頬に当てながら腰をぐいんぐいんさせていた。
そんなプラウディアに、思わずちょっと生暖かい視線を注ぐ『真っ直ぐコガネ』。ソリオは意識してプラウディアから視線を剥がして、それを壁に縫いつけた屍人へと向けた。
「この屍人、さっきは何か喋っていたよね? 不明瞭でよく聞き取れなかったけど……」
「うむ。傀儡屍人は、主となった者の目となり耳となり、時に主の言葉を伝えることも可能だと聞くのである」
腕を組んだまま、クリノクロア伯爵がじっと屍人を凝視する。
「……少し調べてみるのである。プラウディア。壁は後で修理するのである。少々手荒にするぞ?」
真剣な光を帯びた伯爵の赤い瞳。その視線を向けられたプラウディアが、途端に落ち着きを取り戻して父親に承諾の言葉を伝える。
「承知致しました、お父様。ご存分になさりませ」
娘の言葉に頷いた伯爵の手に、いつの間にか投擲用の短剣が握られていた。
左右の指の間、合計八本の投擲剣が一斉に壁に縫いつけられた屍人へと投じられる。
かかかかん、と軽い音と共に、投擲剣が屍人の両手両足を更に壁へと縫い止める。これで屍人は四肢の自由を奪われ、任意に動かせるのは首だけとなった。
「調べろ」
「御意」
伯爵の傍らに控えていた人狼族の執事パルサーと数人の兵士が、慎重に壁に磔にされた屍人へと近づいていく。
執事と兵士たちは、準備した短剣で屍人が着ている服を切り刻んで剥ぎ取り、屍人が着ていた服だったものの残骸をその口に押し込み、その状態で全裸にした屍人の身体を隅々まで検分する。
「伯爵。どうやらこの男の身体には、噛まれた痕跡はないようです」
屍人の身体を調べ終えたパルサーがそう報告すれば、伯爵はやはりと唸りながら頷いた。
「どういうことですか?」
「ソリオ君。君は娘から傀儡死人について何か聞いたのであるか?」
「はい。その術が使えるのは、今では吸血族の最長老と……プラウディアさんぐらいだと」
「その通りなのである。我ら吸血族が全盛期だった頃とは違い、現代では傀儡死人を使える者は限られているのである」
他者の血を全て啜り、そうして死んだ相手を屍人と変え、自在に操るのが傀儡屍人である。
血を吸われて屍人となった者は、更なる犠牲者を求めて夜を徘徊する。そして、次々に屍人を増やしていくのだ。
そうして集められた血は、全て「親」たる吸血族の元へと集まり、「親」はどんどんと力を蓄えていく。
気づけば、街一つがいつの間にか「親」──「始祖」となった吸血族に支配され、住民は全て屍人と化していた──というのが、吸血族が悪役として登場する物語にはよく見られる。
だが、それは事実であった、と伯爵は言う。吸血族が全盛期だった頃、そのような事件が実際にあったと吸血族の伝承にはあるそうだ。
「……そして、この妖鬼族の屍人の身体には噛まれた痕はない。つまり、通常とは異なる方法で傀儡屍人に変えられた──最も考えられる可能性は、我らが同胞が最盛期の頃に作られた何らかの魔法具であろうな」
「では、この妖鬼族を屍人に変えたのは、吸血族ではない可能性もありませんか?」
「うむ。正直、どこの誰が今回の黒幕なのかさっぱり分からんのである」
ソリオの問いにクリノクロア伯爵はじっと考え込み、やがてソリオたちへと顔を向けた。
「ソリオ君。そして『真っ直ぐコガネ』の諸君。冒険者としての君たちに依頼したいのである。娘とソリオ君から聞いた話から推測するに、どうやら今回の騒ぎの犯人の目的は我が娘、プラウディアだと思われるのである。そこで、君たちに改めて娘の警護を依頼したい。報酬は相場以上を約束するのである。どうだろう? この依頼、受けて貰えないであろうか?」
クリノクロア伯爵のこの申し出に、ソリオを始めとした『真っ直ぐコガネ』は、にかりとした笑みを浮かべて応えた。
「……あれから、何も起きねえな……」
「……そうッスね……何も起きないッスね……」
プラウディアの私室の隣室。本来ならプラウディア付の侍女などの使用人が控える部屋なのだが、今は彼女の警護を請け負った『真っ直ぐコガネ』の控え室として使われている。
例の傀儡屍人の乱入から早数日。事件の方は取り立てて変化を見せていない。
現在は月が空の最も高い地点にある、いわば真夜中。プラウディアの警護の依頼を受けた『真っ直ぐコガネ』は、夜中は交代制でプラウディアの警護にあたることにした。
先日の襲撃の相手が吸血族とは限らないため、身体の調子を保つために本来の就寝時間である夜に交替で休むことにしたのだ。
現在はソリオとポルテが就寝中。ヴェルファイアとコルトが起きている時間帯であった。
警護対象であるプラウディアは、現在彼女の部屋を訪れた父親であるクリノクロア伯爵と対談中。そのため、ヴェルファイアとコルトはこうして隣室で待機しているのである。
本来ならば同じ部屋の中で警護にあたるべきなのだろうが、クリノクロア伯爵からこの隣室での待機を命じられてしまったのだ。
どうやら二人は何やら密談をしているらしい。おそらく、ソリオに関することだろう。
それに、部屋の中では伯爵もプラウディアもいつものように全裸である。コルトはともかくヴェルファイアは目のやり場に困ってしまう──護衛対象にして貴族の令嬢を、明白に好色そうな目で見るわけにもいかない──ので、隣室待機という形は実はありがたい。
「……いつまで続くンスかね、この依頼……」
「そりゃ、騒ぎの大元が捕まるなり何なりするまでだろうさ。まあ、あちらさんとしてはこの依頼中にプラウディアとソリオをもっと近づけさせたいようだから、依頼が長引くのは願ったりじゃねえのか?」
「どうして、そこまでソリオ様に拘るンスかね?」
「俺が知るかよ。貴族って奴は、いろいろとあるんだろ? ま、俺としてはこの城の料理は美味いからな。長引いても文句ねえけどよ」
そう言いながら、ヴェルファイアはテーブルに積まれている果物に手を伸ばし、そのまましゃくしゃくと美味そうに食べていく。
「ところで、おまえの正体、ばれてねえだろうな?」
「もちろんッスけど……どうしてッスか?」
「いやな? 壁に磔にされていた例の屍人だがな。あの後、身体をばらばらに刻んで油をかけて燃やしちまったって聞いたからよ。おまえも正体が骸骨だとばれると、同じ目に合うんじゃないかと思ってな」
「い、嫌だああああああああああああああっ!! ばらばらにされて火葬なんて絶対に嫌だあああああああああああああっ!! 分かったッスっ!!あっしは何があってもこの指輪は外さないッスっ!!」
真剣な顔つきで指に填めた幻覚の指輪を押さえるコルトを、ヴェルファイアは悪戯が成功した子供のような顔で眺めていた。
一方その頃。
「……何か聞こえませんでしたか?」
「いや? 私には何も聞こえなかったのである」
プラウディアの部屋の中で、父と娘はテーブルを挟んだソファに腰を落ち着け、これからのことを相談していた。
ちなみに、壁と窓はすっかりと修繕されており、数日前の惨状は見る影もない。
当然、今の二人は全裸である。
クリノクロア伯爵はともかく、最近のプラウディアは着衣姿でいることが多い。
理由は、全裸でいるとソリオが決して彼女の方を見ようとしないからだ。
だが、吸血族である彼女にしてみれば、やはり全裸でいる方が落ち着くのである。今、この部屋にいるのは父のクリノクロア伯爵だけ。プラウディアも遠慮なく全裸でいられる。
他の種族ならばかなり異様な光景かもしれないが、吸血族にとってもはどこの家庭でも見受けられるごく自然な光景であった。
「それよりもどうであるか? ここ数日、ソリオ君とは何か進展はあったであるか?」
「いえ……それが……」
プラウディアの美しい顔に影が落ちる。
「ソリオ君は将来の伴侶を探すために冒険者になったと聞くのである。ならば、おまえが伴侶になるという話は、双方共に願いが叶うというものであろう?」
「はい……そのことで、ソリオ様の仲間の方々……特に同じ女性であるポルテとは、詳しく話をしてみたのですが……」
護衛について以来、プラウディアと『真っ直ぐコガネ』の面々はすっかり親しくなっていた。
プラウディアが敬語などを使う必要はないし、普段通りに振る舞って欲しいと申し出たこともあり、ヴェルファイアやポルテも彼女には悪い印象を抱かなかったのだ。
特にポルテとはウマが合ったようで、今ではすっかり友人と呼べる間柄であった。
「どうもソリオ様が探し求めていらっしゃるのは、同族の……彼と同じ人間族の女性のようでして……」
「なぜだ? 他種族でも夫婦関係は十分に成り立つのである。しかも、現在は人間族の数はとても少ないのである。なぜ、彼は同族に拘るのであるか?」
「そこまでは、ポルテも存じないようでした」
クリノクロア伯爵は、腕を組んでその逞しい身体をソファの背もたれに預ける。
たった一人の紋章術師である彼とは、是が非でも姻戚関係を結びたい。それが伯爵の思いであった。
古来より、紋章術とは強力な魔法だと考えられている。
物語や伝承に登場する紋章術は、大規模な破壊を撒き散らしたり、天変地異にも等しい災害を自在に引き起こしたりするものとして描かれている。
しかもクリソコラ文明期には、紋章術の力で今では考えられないようなことを平然と行っていたという。
巨大な城を空に浮かべたり、海の底に都市を築いたり、果てはこの世界とは別の世界とも行き来していたという記録まである。
それらがどこまで本当なのか今では知る由もないが、紋章術とは強力で危険なものである、というのが今の時代の認識なのだ。
その紋章術を扱えるソリオ。彼には様々な利用価値がある。
別にソリオが伝承に登場するような強力な紋章術が扱える必要はない。身内に本物の紋章術師がいる。他者にそう思わせることが重要なのだ。
クリノクロア伯爵家も貴族社会に組み込まれている以上、様々な外敵が存在する。
紋章術師という存在は、そのような外敵に対するこの上ない抑止力となるだろう。
それに、この数日は伯爵も彼なりにソリオのことは観察していた。
そして感じたのは、やや幼いところはあるものの、彼は真っ直ぐな性格の少年であるということだった。
貴族の跡取りとしてはやや心許ないが、ソリオのことは紋章術師としてだけではなく、一人の人物として気に入り始めているのだ。
幸い、伯爵にはプラウディア以外にも子供がいる。ソリオが望まぬのならば、無理に伯爵家を継がせる必要はない。ソリオとプラウディアが結婚し、彼が──紋章術師がクリノクロア伯爵家の一員とさえなれば、それだけで十分なのである。
それにどうやら、娘は彼のことを一人の男性として好いているようだ。ならば娘の幸せを願う父親としても、彼と娘とは結ばれて欲しい。
そういう意味では、今回の事件はまさに天の采配と言えた。普通なら無理でもこの危機情況の中でならば、二人の間に通じるものが生まれるかもしれない。
「プラウディア。今は焦る必要はないのである。少しずつ、ソリオ君の心の中におまえという存在を刻み込んでいくことが重要なのである」
「はい、お父様。がんばってソリオ様の心を掴み取り、必ずやあの方の妻となってみせます!」
こうして父と娘が一人の少年を獲得するために闘志を燃やしている頃。
その標的となった紋章術師の少年は、なぜが悪夢にうなされていた。
その悪夢の内容は、二頭の巨大な肉食獣に追いかけ回されるというものだったが、彼が目を覚ました時にはすっかり記憶から消え去っていたという。
『無敵の盾』更新。
今回はどうして紋章術師であるソリオを、クリノクロア伯爵が引き込もうとしているのかの解説でした。
おかげで、予定よりもかなり長くなってしまいました。
そろそろ事態の方も動かさないと。
では、次回もよろしくお願いします。




