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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
吸血姫編
23/97

裸族


 どことは知れぬ遺跡の中。

 澱んだ黴臭い空気が充満するその部屋の中は今、黴臭さとは別の臭気に犯されていた。

 腐敗臭。

 それが地下に広がった、その部屋の中に充満する臭気の名前だ。

 その腐敗臭の元凶は、部屋の中にひしめき合った無数の人影から。

 彼らは薄汚れた身体を無言で引き摺りながら、その部屋のあちこちに蠢いていた。

 生気のない濁った瞳。艶どころか所々抜け落ちている頭髪。皮膚も張りがなく中には引き裂かれたと覚しき箇所もあり、そこからはどす黒い色に変色した腐肉が顔を覗かせ、引き裂かれた傷口からは赤い血ではなく、黄色い腐汁がどろりと溢れ出している。

 そんな無数の人影の中、二つだけ周囲とは様子が違う者がいた。

 しっかりとした生気を湛えた瞳を持つ、生きている人物である。

 そう。

 その二人以外は、生きているとは言い難い状態だった。

 屍人(ゾンビ)。魔法の力で活動する不死者(アンデット)の一種である。

 現在では屍人を造り出す魔法技術は失われているが、クリソコラ文明期にはかなりの数が造り出されたらしい。

 だが、その時代に造られた屍人はきちんとした防腐処理が施された特別な個体でない限り、肉は腐り落ちて骸骨(スケルトン)と化すものが大半である。

 そのため、屍人は遺跡に挑む冒険者がごく稀に遭遇するものの、同じ不死者である骸骨ほどには遭遇確率は高くない。

 その屍人が部屋中に無数に蠢いている。これは異常な事態と言えるだろう。

 そんな異常事態の中、生きている二人の内の一人が、もう一人へと静かに歩み寄る。

 その人物は頭と手以外を漆黒のローブに包み、その手には一本のねじくれた(スタッフ)。ねじくれたその杖全体に禍々しい装飾が施され、先端には紅いの大きな貴石が取り付けられている。

 対してもう一人は、床に尻餅をついた状態で、歩み寄ってくる人物から少しでも遠ざかろうと必死になっていた。

 その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、並ならぬ恐怖に捕らわれていることを物語っている。

「止めて……止めてくれえええええええええええええっ!! せ、せめて普通に殺してくれっ!! あ、あんな風に……あんな風になるのだけは絶対に嫌だああああああああああああああっ!!」

「うふふふふふ。だぁめ。君もあいつらと同じになりたまえ。この僕の目的のために、ね」

 怯える男──行商人風の出で立ちをした妖鬼族(ゴブリン)の男性──とは裏腹に、ローブ姿のもう一人は弾むように明るい声で、妖鬼族の男性の懇願をばっさりと切り捨てた。

 露になっている顔は実に整っている。

 外見の年齢は人間族(ヒューマン)で言えば二十歳前後。部屋のあちこちに灯された松明の灯りに、輝くような金髪が輝いている。

 その瞳は松明の炎を写し込んだような真紅。ローブから露出している顔や手の肌色はやや青白い。

 そして何より、にやりと笑う口元から零れ出ている一対の牙。

 そう。

 ローブ姿の人物は吸血族(ヴァンパイア)なのだ。

 吸血族の青年は、端整な顔に穏やかな笑みを浮かべながら、後ずさる妖鬼族の行商人に迫る。

 簡単に言えば、妖鬼族の行商人は吸血族の青年に騙されたのだ。

 元々、妖鬼族の行商人は盗品の横流しを主に扱う商人で、これまでアパタイトの街の近郊に潜む小さな盗賊団から「商品」を買い上げ、それをアパタイトで安値で売って生計を立てていた。

 ある日、いつものように盗賊のアジトに赴くと、盗賊の頭領が生気のない顔で出迎えた。その頭領の背後に、この吸血族の青年がいたのだ。

 青年は頭領の旧知であり、今日は頭領や行商人に儲け話を持って来たと説明した。

 儲け話と聞き、行商人は何も疑わずに飛びついてしまった。最近、アパタイトの性の悪い賭博場で、少くない借金を作ってしまったのだ。

 その借金が返せないと、奴隷に売られるのならばまだましで、下手をすると見せしめとして命を奪われかねない。

 借金の返済のあてが全くなかった彼は、その話に二つ返事で乗ってしまった。

 そして、吸血族の青年が彼らを案内したのが、この地下遺跡であった。

 青年いわく、この遺跡にはとても価値のある宝が眠っていると言う。宝を手に入れれば、青年と行商人、そして頭領とその配下たちで山分けしても、行商人の借金を返してなお余ると言うのだ。

 だが、遺跡で待っていたのは財宝ではなく、部屋一杯にひしめく屍人たちだった。

 それに行商人が気づくのと、背後から盗賊たちが──いや、元盗賊だったモノがゆっくりと襲いかかってきたのはほぼ同時。

 この時、彼は初めて盗賊たちも屍人に成り果てていることに気づいた。

「た、頼む……い、いや、お願いしますっ!! 助けてくださいっ!! あ、あなた様の忠実な部下になりますっ!! だ、だから助けて……っ!! あ、あんな風に……屍人になるなんて嫌だあああああああああああっ!!」

 尻餅をついて泣き叫ぶ行商人。その叫び声を聞き、吸血族の青年は心地よさそうな表情を浮かべる。

「んー、悪くない提案だけど、人手はあるからねぇ」

 そう言いながら、青年は周囲を見回す。当然、彼の言う人手とは部屋中に蠢いている屍人のことだ。

「だから、君には贄になってもらうよ? あ、贄になれば結果的に僕の下僕(しもべ)になっちゃうか。良かったね。念願通り僕の部下になれるよ?」

 にっこりと場違いなほど明るい笑みを浮かべながら、青年は手にしたねじくれた杖の石突きを行商人の胸に突き立てた。

「が……っ!! あががががががががががががっ!!」

 行商人は杖を突き立てられた箇所から、何かが吸い出されるような感覚に襲われて悲鳴を上げる。

 しばらく屍人以外には誰もいない地下室に、行商人の悲鳴が響いていたが、やがてそれも収まった。

 同時に、かくりと力が抜けたように、行商人の身体が地下室の床へと崩れ落ちる。

「ふう……。んー、思ったほど溜まってないなぁ」

 吸血族の青年は、杖の先端に取り付けられた紅い貴石を眺めながら、溜め息交じりに言葉を零した。

 その紅い貴石は、先程──行商人の胸に突き立てられる前──に比べて、若干どす黒く変化している。

「ま、小悪党の行商人風情じゃ、こんなもんか。さあ、立て。立って僕のために働いてもらおうか」

 抜け殻のように倒れていた行商人の身体が、ぎくしゃくと起き上がり、生気のない顔を青年へと向けた。

「ふむ。やはりもう少し手勢が必要……か」

 周囲で好き勝手に蠢く屍人たち。その屍人たちを見つめながら、青年は不満そうだ。

「……彼女を手に入れるためには、もっと手勢が……戦力が必要だからね」

 そう呟いた青年は、漆黒のローブを翻してその部屋を後にした。

 残されたのは屍人たち。彼らははっきりした意志もなく部屋の中でただただ蠢いていた。




 すっかり日が沈んだ時刻。だが、テーブルの上に並ぶのは「朝食」である。

 その内容は焼きたてのパンを中心に新鮮なハムや野菜を使ったサラダに、調味料のよく効いたちょっぴり辛めのスープといったごくありきたりなもので、その美味しそうな匂いが一同の胃袋を否応なしに刺激する。

「遠慮はいらないのである。どんどん食べてくれたまえ」

 そう言ったのはもちろん吸血族のギャラン・クリノクロア伯爵。彼は全裸の身体を恥じらいも隠しもせず、『真っ直ぐコガネ』と共にテーブルについて料理を口に運んでいる。

 『真っ直ぐコガネ』の男性陣──ソリオとヴェルファイアは、何ともしょっぱい表情で伯爵とテーブルの上の食事を何度も見比べる。ポルテなどは顔を真っ赤にしたまま、あからさまに伯爵から顔を背けていた。

「や、美味いッスよ、これ! いやあ、やっぱり伯爵様ともなると、美味いモン食っているッスねぇ!」

 コルトだけは伯爵の裸体にも見向きもせず、供せられた料理に夢中だったが。

 本来なら「骸骨(おまえ)に味覚なんてないだろ」とソリオかヴェルファイアあたりが突っ込むのだが、全裸伯爵に毒気を抜かれてそれどころではない。

 ちなみに、コルトの肋骨の中には袋が取り付けられており、彼女が飲み食いしたものはそこに入るようになっている。そうでないと、彼女が口にしたものは全部零れてしまうからだ。

 そんな『真っ直ぐコガネ』の様子に、クリノクロア伯爵は食事の手を休めると何かに思い至ったかのように口を開いた。

「おお、そうか。我らが同胞以外には、この姿は慣れないのであったな。だが気にしないでくれるとありがたいのである。この姿こそ、我ら吸血族の正しい装いなのである」

「正しい装い……ですか?」

「その通りなのである。それを説明するには、我らが先祖たちの話からせねばならないのである」

 かつて、吸血族は様々な動物に変化する能力を有していた。

 代表的なところでは、狼やコウモリなど。他にも霧のような状態になることもできたという。

 だが長い月日の中でこの能力は徐々に弱まっていき、現代では一人につき一種類の動物にしか変化できなくなってしまった。

 例えば、クリノクロア伯爵の例で言えば先程のコウモリがそうである。

 だが、この能力にも問題があった。それは変化できるのはあくまでも身体のみで、衣服や装飾品までは変化しないのだ。

 衣服などは変化の際に破れるか脱げ落ちる。そうなると、一旦変化してしまうと元に戻った時は当然全裸となってしまう。

 このことが吸血族たちの中では問題だったのだが、ある時代の一人の吸血族が、この問題の画期的な解決策を思いついた。

「我らが偉大なるその先祖の一人はこう仰られた。『脱げて困るのならば、最初から着なければいいんじゃね?』と!」

 そのあまりにも意外な──斜め上ともいう──解決策に感銘を受けた吸血族たちは、それ以後徐々に衣服を着ない習慣となっていったという。

 もちろん、王の前に出るなど状況に応じて衣服を身に着ける時もあるが、自宅にいる時のような私的な時間は全裸で過ごすのが、今の吸血族の一般的な姿となった。

「無論、日々身体は鍛えているのである。見られて見苦しい姿をした者は、我らが吸血族には一人もいないのである!」

 そう言い切るクリノクロア伯爵の身体は、確かに見事なものであった。

 無駄は脂肪は一切なく、かといって必要以上に筋肉がついているわけでもなく。

 均整の取れた、男なら誰もが憧れる肉体美の持ち主である。

 とはいえ中にはやはり裸を人前に晒すのが恥ずかしいと感じる、ある意味で正しい感性をもった吸血族もいないわけではない。

 そのため、吸血族は同族だけで集落を築く場合が多いのである。皆が裸ならば自分も恥ずかしくない。そんな心理が働いているのだ。

 また、彼らが主に夜間に活動するのも、衣服を着なくなった当初は明るい日の光の元で全裸を晒すのが、さすがに恥ずかしかったかららしい。その習慣が今でも続いており、彼らは夜間に活動するのである。

 クリノクロア伯爵からこれらの話を聞いた時、ソリオとヴェルファイア、そしてポルテは揃って何とも生暖かい表情を浮かべた。

 唯一、コルトだけは相変わらず食事に夢中だったが。




「あ、あの……それで、俺たちへの依頼の件ですが……」

「おお、そうであったのである。──ふむ、君がソリオ君かね?」

「はい、そうですが?」

 クリノクロア伯爵は顎に手を当て、値踏みするかのようにじっとソリオを見つめる。

「聞いていた通り、確かに人間族の少年であるな。噂で君は紋章術を使うと聞いたのである。別に君を疑うわけではないが、良ければその紋章術を見せてもらえまいか?」

 伯爵の申し出に快く頷いたソリオは、テーブルに準備してあったフォークを一つ手に取ると、その上に素早く指を滑らせた。

 一瞬後、フォークの先端に眩しいばかりの光が灯る。

 その光度は蝋燭や松明などよりも余程明るく、小手先の下手な小細工などで灯せるような光ではないことは明白。

 ソリオから光の灯ったフォークを受け取った伯爵は、興奮も露にじっとフォークの光を見つめた。

「おお! 素晴らしいのである! まさしく私は現代で紋章術を眼にしたのである!」

 興奮したままひとしきりフォークを眺めていたクリノクロア伯爵は、改めて『真っ直ぐコガネ』に向き直った。

「うむ! 改めてここに依頼するのである! ソリオ君! 君に我がクリノクロア伯爵家の婿になっていただきたいのである!」

「──────────へ?」

 確かにそういう予想はしていたものの、真っ正面から婿になれと言われて思わず呆気に取られるソリオたち。

 そんな彼らの様子に、クリノクロア伯爵も自分が何を口走ったのかようやく悟った。

「おおう! 間違えたのである! 本物の紋章術を見て興奮したあまり、思わず隠していた本音を口走ってしまったのである! 本来ならば、まずは護衛と称して我が娘とお近づきになってもらい、徐々に親交を深めてもらってやがては────と狙っていたのにっ!!」

 混乱して言わなくてもいいことをだだ漏れにし、頭を抱えて悶絶する伯爵に、ソリオたちは改めて生暖かい視線を注ぐのだった。



 『無敵の盾』更新。


 今回はなぜ吸血族が裸族なのかの説明。

 裸になるのが嫌なら最初から変化しなければいい、という方向には誰も考えなかった模様です。

 おそらく、吸血族の先祖たちは馬鹿ばっかりだったのでしょう(笑)。


 次回は、問題の伯爵令嬢が登場の予定。


 では、次回もよろしくお願いします。


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