指名依頼
「燃ぉやぁぁせぇ 燃ぉぉぉやぁせぇぇぇ 真ぁぁっ赤ぁなぁ血ぃ潮ぉぉぉ
正ぃ義ぃぃのぉ心にぃ火をつけぇぇぇろぉぉぉぉ
倒ぉせ 邪ぁ悪なぁぁ妖術師ぁぁぁ
行ぅくぅぞ ぼぉぉくらぁのぉぉぉ真ぁっ直ぅぐコぉガぁネぇぇぇぇ」
草原を貫いて走る街道に、調子外れな歌声が響き渡る。
今、その街道を歩いているのは四人の年若い男女。その中の一人、先頭を歩く森妖族の少女が、手にした杖を振り回しつつ、調子外れながらも気持ち良さそうに歌っている。
ただ、歌は確かに調子外れだが、歌声そのものは高く澄んだ十分に美声と呼べるものだった。
「おいおい、コルト。何だよ、その変な歌はよ?」
先頭の森妖族の少女からやや遅れて、鬼人族の青年がその巨体に見合った大きな戦槌を担ぎながら、呆れたような声をかけた。
「へ、変な歌とは失礼なっ!? この歌は我らが『真っ直ぐコガネ』の主題歌! その名も『行け! 僕らの真っ直ぐコガネ』ッスっ!! ちなみに作詞あっし、作曲あっしッスっ!!」
先頭を歩いていた森妖族の少女──コルトは、背後を振り返るとずびしっ!! と右手の親指をおっ立てた。
「いやあ、我ながらこの溢れ出る教養と滲み出す乙女センスが生み出した恐るべき名曲! これを吟遊詩人にでも教えようものなら、あっと言う間に世間に広がること間違いなしッスね!」
かかか、と高笑いするコルトを、彼女以外の『真っ直ぐコガネ』がしょっぱい表情でじっとりと見つめる。
彼らは今、アゲート侯爵領に隣接するクリノクロア伯爵領内に存在する、アパタイトという街を目指して旅をしていた。
ソリオの養父であるスイフト・ジェダイトが、ヘマタイト村へと旅立った翌日。
『真っ直ぐコガネ』は、今日こそ冒険者としての仕事を探そうと朝から張りきっていた。
昨日と同じく、仕事の依頼票が貼られた掲示板の前に四人揃って並び、真剣な表情で掲示板を見上げる。
「…………昨日と変わらないわね」
「…………まあ、昨日の今日だしね」
ポルテとソリオの会話通り、張り出されている依頼は昨日と全く変化が見られず。
「…………こりゃ、今日こそ本格的に一日ぐーたらするしかねえか?」
いっそのこと日雇いの人足でもやるか、と本気で考えるヴェルファイア。前回の冒険で稼いだ銀貨がまだまだ残っているため、金銭的にはまだまだ余裕がある。だが、じっとしていられないのは義姉と同じく彼もまた貧乏性なのかもしれない。
掲示板の前から離れ、これまた昨日と同様にテーブルの一つを占領すると、『真っ直ぐコガネ』は腰を落ち着けた。
さて、これからどうしようかと悩んでいると、ここ「幸運のそよ風」亭の主人である妖鬼族のジュークが近寄ってきた。
「おまえら、今日は暇か?」
「『今日は』じゃなくて『今日も』だよ」
詰まらなさそうな表情を浮かべながら答えたソリオに、ジュークはそりゃ丁度良かったと続けた。
「実はな、つい今しがた、おまえらを名指しで依頼が入ったんだ」
名指しの依頼と聞き、『真っ直ぐコガネ』は驚きながらジュークへと一斉に振り向いた。
「ちょ、ちょっと待てよ、ジュークの親父さんよ? 俺たちはまだまだ駆け出し……どころか、正式にチームを組んで一回しか冒険をしていないんだぜ? それなのに、どうして指名依頼がくるんだよ?」
何かの悪戯じゃないのか、と疑うヴェルファイア。
指名依頼とはしっかりと経験を積み、長年かけて実績を積み上げてきた熟練の冒険者が受けるものである。ヴェルファイアが悪戯だと疑うのも無理はない。
だが、ジュークの表情がそれが悪戯ではないと物語っている。
「どこの誰からの、どんな内容の依頼なのか聞いてもいい?」
ソリオの質問に、ジュークは懐から一通の封書を取り出しながら頷いた。
「依頼主は、ここアゲート侯爵領の南に隣接するクリノクロア伯爵領の領主、ギャラン・クリノクロア伯爵。依頼内容は、クリノクロア伯爵のご令嬢の身辺警護だそうだ」
ジュークが読み上げた封書の内容を聞き、『真っ直ぐコガネ』は再度驚愕する。
封書には確かにギャラン・クリノクロアの署名と、クリノクロア家のものであろう紋章の封蝋が施してあった。偽造品の可能性もなくはないが、駆け出しの冒険者をからかうためにしては手が込み入り過ぎていた。
「ちょっと待って、ジュークのおじさん! ど、どうして隣の領の領主様が、ご令嬢の警護に私たちを指名するわけなの?」
「おまえたちの噂は、おまえたち自身が思っているより広まっているんだよ」
そう言うジュークの視線は、じっとソリオに注がれている。
現代でただ一人の紋章師である彼の噂は、下手をするとこのマラカイト王国中に広がっているかもしれない。
もちろん噂である以上、どんな尾ひれがついているかも分からないので、その噂がどのような内容なのか知れたものではないが。
「興味本位か、それとも別の何かが目的なのか……おそらく、噂を聞きつけた隣領の領主様が、その噂の真偽を確かめようとしているんじゃないのか?」
「でもよ? だったらご令嬢の警護なんて名目はいらないだろ? 親父さんの言う通りなら、もっと簡単な内容の依頼でもいいんじゃないか?」
「ヴェルの言う通りね。だとすると……」
ポルテはふわふわと宙に浮きながら、軽く握った拳を口元に当てながら考える。
「……わざわざご令嬢の警護なんて理由をつけるのは、ソリオ自身が目的なのかも……」
「え? 俺が目的?」
「そう。これは警護というのは表向きの話で、本当はソリオとそのご令嬢のお見合いなんじゃないかしら?」
自分の娘とソリオを婚姻させれば、正当な理由でたった一人の紋章師を自分の手の中に収めることができるのだ。政略結婚というものが当たり前の貴族ならば、そういう考えに至っても不思議ではない。
「なるほどね。でもよ? それならソリオにとっても都合がいいんじゃねえか? ソリオが田舎から出てきた目的は嫁探しなんだし」
「うーん……そうは言うけどね、ヴェル。俺が探しているのは俺と同じ人間族の女の子なんだ。ところで、そのクリノクロア伯爵様って種族は何か知ってる?」
「クリノクロア伯爵は、確か吸血族だったはずだぞ」
「吸血族……って、確か凄く閉鎖的な種族で、同胞だけで町や村を築くこともあるぐらいだろ? そんな種族が他種族のソリオを娘の婿にと考えるかね?」
「そうねぇ……そう言われると……」
ヴェルファイア、ポルテ、そしてコルト。三人の目がじっとソリオへと向けられる。
彼らの瞳は、ソリオの判断に従うと無言で告げていた。
「よし」
仲間たちの視線に頷きつつ、ソリオは決断する。
「行ってみよう。相手が貴族である以上、無視すると何かと問題になるかもしれない。案外、本当にご令嬢の警護が目的かもしれないしね」
ソリオの言葉に三人も頷く。
こうして、『真っ直ぐコガネ』は隣領の領主からの依頼を受け、クリノクロア伯爵の居城があるアパタイトの街を目指すことになったのだ。
コーラルの街を発ってから約十日。
『真っ直ぐコガネ』はクリノクロア伯爵領のアパタイトの街に到着した。
街を囲む城壁にある門の一つで、守衛にジュークからの紹介状と、クリノクロア伯爵から届いた書状を見せて、無事に街へと迎え入れられる。
街自体はかなり大きな街である。マラカイト王国第二の街であるコーラルに比べれば劣るものの、国全体で見ても五本の指に入る規模の街であろう。
だが。
『真っ直ぐコガネ』が見たアパタイトの街は、酷く閑散とした雰囲気だった。
通りを歩く人はまばらで、街の規模に比べて人気が圧倒的に少なく、商店自体は数多く軒を連ねているのだが、殆どの商店が閉まっており、営業している方が稀であった。
「随分と寂しい街ね……本当にここがアパタイトの街?」
ポルテはヴェルファイアの頭よりも高く浮かびながら、周囲を見回してみる。
街自体はほとんどが石造りで、しっかりと区画も整理されている整然とした美しい街並みだ。
だが、やはり人気のなさが、街をどこか不気味な印象にしてしまっている。
「ここでこうしていても仕方ない。とりあえず、依頼主であるこの街の領主様の所へ行ってみよう」
ソリオのその言葉に頷いた『真っ直ぐコガネ』は、街の中心部にそびえ立つ領主の居城を目指して、人気のまばらなアパタイトの街を歩き出した。
さすがに領主の居城の周囲ともなるとそれなりに人がいた。とはいえ、そのほとんどが城の警護にあたる衛兵で、街の閑散とした様子とは打って変わってかなりの数の衛兵たちが、城の周囲を歩哨としてひっきりなしに歩き回っている。
そんな衛兵たちに、『真っ直ぐコガネ』は早速見咎められた。
「止まれ! 見たところ冒険者のようだが……領主様の居城に何用だ?」
人馬族の衛兵が、厳しい表情で手にした槍を見せつけるようにして問い質してくる。
だが、領主であるクリノクロア伯爵から届いた書状を見せた途端、その表情が柔らかくなった。
「これは失礼した。すぐにクリノクロア伯爵に連絡を……と言いたいところだが、生憎と今はそれがかなわんのだ。申し訳ないが、日が暮れるまで待ってもらえないだろうか? 君たちのことは伯爵から聞いているので、すぐに客室を準備させよう」
「日が暮れるまで?」
思わず問い返したソリオに、衛兵の人馬族は鷹揚に頷いた。
「知っていると思うが、我がクリノクロア伯爵領の領主であらせられる、ギャラン・クリノクロア閣下は吸血族だ。そのため、今のこの時間はまだご就寝中なのだ」
「あ! もしかして……」
ソリオは思わず振り返る。
小高い丘の上に建てられたクリノクロア伯爵の居城。今彼らがいる城門前からは、整然と建ち並ぶアパタイトの街並みが見下ろすことができる。
街中に人がまばらだった理由。それがソリオには分かったような気がした。
客間へと通された『真っ直ぐコガネ』は、衛兵に言われた通りに日が暮れるまでそこで待機した。
空が赤く染まる中、ソリオは客間の窓から眼下に広がる町を見下ろしていた。
昼間はあれだけ閑散としていたアパタイトの街には、徐々に活気が溢れ出してきている。閉じていた商店は商いを始め、通りには人波が形成されつつある。
それはまさに、眠っていた街が目覚めつつあるようだ。
「領主様が夜行性の吸血族だから、この街の住民にも夜行性が多い、か……なるほどね」
ソリオの背後に立ったヴェルファイアが、彼と同じように街を見下ろしながら呟いた。
彼らをこの客間に案内してくれた使用人の話によると、街の人口の約半数が吸血族であり、残り半分の内の三割が夜行性の種族であるという。
つまり、この街の住民の約七割が夜行性の種族で、今からがこの街の活動が盛んになる時間帯である。
この街では日暮れこそが「夜明け」で、昼間は「夜中」なのだ。昼間の街が閑散としていたのも当然であった。
どんどん賑やかになっていくアパタイトの街を見ていると、彼らをこの客間まで案内してくれた使用人が姿を見せた。
「失礼します。伯爵がお目覚めになられました。すぐにでも皆様とお会いしたいと申しておりますが、構いませんでしょうか?」
ぴんと立った耳が特徴的な、灰色の毛並みを持ったすらりとした体格の人狼族の男性である。名前はパルサーと名乗っていた。
身に着けているものが仕立の良い執事服なので、単なる使用人ではなく伯爵の側近的な人物なのだろう。
「ええ、俺たちの方は構いません。それで、どこへ行けばいいですか?」
仲間たちが頷いたのを確認したソリオが尋ねると、執事は首を横に振った。
「いえ、皆様にご足労を願うまでもありません。伯爵の方がこちらへ参ると申しております」
「え?」
執事の発言に驚く『真っ直ぐコガネ』。
普通、貴族が庶民の元に足を運ぶなどありえない。日常生活で必要なものを買うにしても、商人の方が貴族の館に赴くのが普通だ。
それなのに、一介の冒険者に会うために領主の方がやって来ると言う。彼らでなくても驚くというものだろう。
いまだに驚きが収まらない一行をよそに、執事である人狼族の男性は客間の入り口から一歩身を引く。
そして次の瞬間、空いた客間の入り口から何か黒くて巨大なモノが飛び込んできた。
「うわぁっ!? な、何事ッスかっ!?」
飛び込んできた黒いモノは、ひらひらと天井近くを舞う。その際に生じた風が、それほど広くはない客間の中を吹き荒れる。
「まさか、魔獣かっ!?」
さすがに客間の中でまで武器を携帯していなかった『真っ直ぐコガネ』。それでもソリオを中心にしていつもの陣形を組み上げる。チームを結成してまだ間がないものの、今ではそれなりに連携が取れるようになっていた。
ソリオが指先に魔素の光を灯し、対物理用の障壁を張ろうとした時、部屋の中を舞っている黒いモノから実に楽しそうな声が響いた。
「わははははは。初対面の他種族の者が驚く顔を見るのが私の道楽でな。驚かせてしまったことは謝罪しよう。誠に申し訳ないのである」
天井にぶらんとぶら下がって静止した黒いモノ。
その黒いモノは、頭を下にした状態でらんらんと赤く輝く眼を『真っ直ぐコガネ』へと向けている。
「こ、コウモリ……?」
天井にぶら下がるモノを見て、ポルテが呟く。
その呟きが聞こえたのか、コウモリはきゅっと鋭い牙の生え揃った口元を歪めた。
「いかにも、今の私はコウモリである。そして────」
天井から足を離し、再びふわりと舞ったコウモリは、次の瞬間にぼわんとした煙に包まれる。
突然生じた煙が晴れると、先程までいたコウモリは消え失せ、代わりに一人の男性が姿がそこにあった。
外見の年齢は人間族でいえば三十代後半ほど。きちんと整えられた銀の髪に赤い瞳が印象的な、美しく整った面立ちの男性である。
「──私こそがこの街の領主、ギャラン・クリノクロアである!」
なぜか。
なぜか領主と名乗ったその男性は全裸だったが。
少し遅くなりましたが『無敵の盾』更新。
G.W.中は何かと忙しくて更新できませんでした。
ほぼ毎日子供の相手をしておりまして、毎日のように近くの池にザリガニを獲りに行っていました(笑)。
一日だけ、少々遠出もしましたけど。
さて、今回より新章突入。
かねてから言っていたように、吸血族が登場します。いや、もう登場しましたな。なかなかに印象的な登場だったのではないかと自負しております。嫌な方向の印象でしょうけど(笑)。
そして、今回のもう一つの目玉は冒頭のテーマソング。
あの歌を声優の堀江由衣さんの声で脳内再生すると、その破壊力は三倍に跳ね上がると思います(笑)。
他の誰もC.V.のイメージは特にないのに、なぜかコルトさんだけは堀江さんのイメージが。どうしてでしょうね?
そういえば『無敵の盾』とは関係ありませんが、拙作『虹風のアルカンシェ』の主人公の潤も、セルフイメージは堀江さんだったり。
では、次回もよろしくお願いします。




