旧友たちの語らい
その日、スイフトとソリオを初めとした『真っ直ぐコガネ』は、領主の城に一晩泊まることになった。
理由は領主のヴォクシーが、久しぶりに再会した親友とゆっくりと語り合いたいからというもので、養父たちに気を使ったソリオたちは、一足早く与えられた客間へと引き上げることにした。
宴に用いられた部屋で、残ったスイフトとヴォクシーは二人きりで酒を酌み交わす。使用人たちも下がらせ、本当に二人きりで少しずつ上等な酒を喉へと流し込んでいく。
「しかし、驚いたな。おまえの義息が、本当に紋章術を使えるとはな」
「以前からそう言っていただろう。信じていなかったのか?」
「普通、信じないだろ? 紋章術が使えると言われてもよ?」
ヴォクシーは、先程まで一緒だった『真っ直ぐコガネ』を思い出しながら言葉を続けた。
彼らが経験した二つの冒険。それはたった二つに過ぎないが、そこらの駆け出しの冒険者に比べると非常に内容の濃い冒険だった。
どちらも未踏域で、クリソコラ文明期の亡霊や魔像が相手である。本来、駆け出しの冒険者が敵対して、勝てるような相手ではない。
そんな強敵を相手取り、見事に勝ちを拾った『真っ直ぐコガネ』は、将来性を感じさせるに値する存在であろう。
特に、そんな『真っ直ぐコガネ』の中心的存在である目の前の旧友の義息の存在は、今後彼らが冒険を重ねるにつれてどんどん世間に知られていくことになるに違いない。
今の時代でたった一人現存する紋章師の存在は、極めて価値が高いと言えるのだ。
いっそのこと、旧友のように彼の義息にも剣を与えて、自分の配下に引き込んでしまおうか、とヴォクシーは考える。
だが、目の前の旧友は剣こそ受け取ったものの、決して彼の配下になったわけではない。
「なあ、スイフト。おまえの義息……剣を授けてやったら受け取ってくれるか?」
「さてな。あいつが冒険者になった理由、先程聞いただろう?」
「ああ。嫁探しだったよな」
最近ではすっかり見かけなくなった人間族。そんな人間族の少女を見つけ出し、自分の嫁にすることがソリオの冒険の目的だという。
実際、異種族でも婚姻して子孫を残すことができる。とはいえ著しく外見が異なったり、生殖行為が違い過ぎるなどの理由で婚姻できない──婚姻しようとは思いもしない──場合もある。
例えば、人間族と森妖族は外見も生殖方法も極めて近いため、婚姻して子供を残せる。ただし、この場合に生まれる子供は人間族か森妖族のどちからとなり、混血は生まれない。
「……俺の娘じゃソリオの嫁には……なれないだろうなぁ、やっぱり」
「無茶を言うな」
突飛なことを言い出すヴォクシーに、スイフトは呆れたように笑う。
ヴォクシーには三人の娘がいて、その誰もが器量好しとして評判である。とはいえそれは蜥蜴族同士の評判であり、さすがに蜥蜴族の娘を人間族であるソリオが気に入るとは思えない。
美的な基準も種族によりまちまちで、例えばヴェルファイアの鬼人族は、男女とも筋骨隆々とした大きな肉体を持っている者が異性の人気を集める。特に鬼人族の女性は筋肉質な身体に、大きな胸と引き締まった腰、そして豊かな尻というように減り張りがあればあるほど「美人」と認められる。もちろん、顔も整っているのならば尚良しである。
ポルテの小翅族の場合なら、顔の造形と共に翅の美しさが注目される。ポルテのような虹色の翅を持つ者は、かなりの「美人」と認識されるのだ。
他にも森妖族なら線が細くて儚げな印象ほど良いされる──そのため巨乳より貧乳の方が人気があり、森妖族には巨乳はほとんどいない──し、岩妖族ならば、顔の真ん中に丸くて大きな鼻がある者が美形とされる。
そして、芸術品や美術品などは種族の美醜とは別の美的価値があるとされ、種族的な好みはあれども共通して価値が認められていた。
その後も、二人は昔話を肴に酒を煽る。
二人は幼馴染みであり、一時は共に冒険者としても活動して名を馳せていた。
その後、ヴォクシーは実家である侯爵家を継ぎ、スイフトは冒険者として活動している内に興味を持ったクリソコラ文明期の研究に打ち込んでいく。
こうして歩む道を違えた二人だが、親友としての関係は途切れることはなかった。
時に互いを尋ね、他愛もない話を肴に酒を酌み交わす。それが二人の友誼だった。
そんな昔話を交わしながら、何杯の杯を重ねただろうか。
長い舌を酒で満たされた杯に伸ばしながら、ヴォクシーは真面目な顔と声で旧友に尋ねた。
「スイフト。正直言って、おまえは義息をどう思っている?」
「どう……とは?」
「言葉通りだ。おまえだって不思議に思っているだろう?」
どうして今の時代で紋章術が使えるのか。どうして最初は交易語は理解できないのにクリソコラ文明語は理解できたのか。
考えてみるまでもなく、ソリオには不可思議なことが多い。当然、養父であるスイフトもその点は感じているはずだ、とヴォクシーは予測していた。
ヴォクシーの縦長の瞳孔を持つ瞳がじっと自分に向けられていることを感じつつ、スイフトは手にしていた杯の中身を一気に喉に流し込む。
「ここからは他言無用だ。もちろん、ソリオにもな」
スイフトはヴォクシーが頷いたのを確認すると、静かに目を閉じながら言葉を続ける。
「これは……何の確証もない、単なる私の推論……いや、勘に過ぎないのだが……私はこう考えている。ソリオは……私の義息は──────」
翌日、よく晴れた空の下。
村に帰るというスイフトを、『真っ直ぐコガネ』はコーラルの街の正門まで見送りに来ていた。
「……本当に……もう村に帰るのか?」
旅支度を整えた養父に、ソリオはどことなく寂しそうに尋ねる。
「ああ。用件は昨日で片づいたからな。いつまでもこの街にいる理由はない」
そっか、と呟いたソリオの脇腹を、コルトがちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながらつんつんと肘で突く。
「おっやぁ? もしかしてソリオ様、寂しいンスか?」
「さ、寂しいわけないだろっ!? 俺はそんな子供じゃないぞっ!?」
「いいンスよ、そんな無理しなくても。それにお義父さまと離れ離れになるのが寂しいなら、いつだってあっしがこの身体で慰めてさしあげるッスよ?」
コルトは自分で自分の身体を抱き締め、くねくねとしなを作りながらぱちりとソリオに向かって片目を閉じる。
「いや、それは御免被る」
「そ、そんなっ!? こ、このあっしの色仕掛けが通じないなんてっ!?」
ソリオに真面目な顔で拒否されて、どうやらコルトの中の何かが崩壊したらしい。力なくその場で跪く彼女を、スイフトを含めた一行が明るく笑い飛ばした。
そしてその笑いが収まった時、スイフトが何かを思い出して背嚢から取り出したものを義息へと手渡した。
「ソリオ。これを家に忘れていたぞ」
「げ……」
スイフトが取り出してソリオに手渡したもの。それは一冊の分厚い書物だった。そしてその書物見た瞬間、ソリオの眉がきゅっと中心に寄せられた。
「お? 何だ、その本は?」
ヴェルファイアが巨体を折り曲げるようにして、ソリオが手にしている本を覗き込む。
表紙に表題らしき書き込みはない。だが、黒く染められた革で表装された、値の張りそうな本である。
「その本は私とソリオが初めて出会った時、ソリオが大切そうに持っていたものだ」
「え? じゃあ、ソリオの生い立ち関して、何か手がかりになるんじゃないですか?」
ポルテの言葉に、私も最初はそう考えたのだが、とどこか歯切れが悪そうに答えたスイフトは、ソリオから書物を受け取ると、皆が覗き込む中でぱらぱらとその中を開いて見せる。
「これは……もしかして、クリソコラ文明語ですか?」
「うむ。そして、書かれている内容だが……どうやら、この書の持ち主が書いた…………詩集のようだ」
「…………………………は?」
期せずして、ヴェルファイア、ポルテ、コルトの声が重なった。
ソリオだけは書物の内容を知っているらしく、嫌そうな表情を浮かべてそっぽを向いている。
「そして詩集の内容だが、我が子をいかに愛しているかが書き綴られている」
「……って、この本、丸ごと全部……そうなのか?」
ヴェルファイアは本をスイフトから受け取ると、その内容を確かめてみた。
文字自体は読めないので内容までは分からないが、全頁にわたって細かな文字でびっしりと書き込まれており、一種異様な雰囲気さえ感じられた。
「……その我が子って、やっぱりソリオ様のことッスよね?」
「そうだろう。そして字体の癖からして、書いているのは二人。それも男性と女性と思われる。まず間違いなく、ソリオの実の父親と母親だろうな」
スイフトがソリオにも協力してもらって解読した結果、どうやらソリオの両親はどちらがより息子を愛しているのかを、詩を通して争っていたらしい。
「この書の内容から、私はソリオが忌み嫌われて捨てられたのではないと確信している。それどころか、彼の両親は心の底から我が子であるソリオを愛していたに違いないだろう」
「じゃあ、どうしてソリオは……」
両親と離れ離れになってしまったのか。そんな思いを込めた視線を、ポルテはがりがりと頭を掻いている人間族の少年へと向けた。
「ソリオの両親が、何を思って彼と離れ離れになってしまったのかは分からない。何らかの理由があって別れてしまったのか、それともどうしても別れねばならない理由があったのか……」
スイフトは改めてヴェルファイアから本を受け取ると、それをソリオへと差し出した。
「おまえが持っていなさい。これはおまえの両親が、おまえを思って書いたものなのだからね」
「うえ……正直、ちょっと気持ち悪いんだけど……ね」
それでも、最後には笑みを浮かべてソリオは書物を受け取った。
「では、そろそろ行くか。達者でなソリオ。冒険者だからって、あまり無茶な真似をするなよ?」
「うん。何事も無理は禁物。それが冒険者として成功するコツ……だろ?」
「ああ。では、皆もうちの愚息をよろしく頼む」
スイフトは、ヴェルファイアたちに軽く頭を下げると、そのまま背中を見せてコーラルの街を旅立って行った。
徐々に小さくなるその背中を、『真っ直ぐコガネ』は見えなくなるまでずっと見送っていたのだった。
執務室の椅子に座り、執務に励んでいたヴォクシーはふと走らせていたペンを止めた。
彼の脳裏に思い出されるのは、昨夜の親友の言葉。
「────あいつはあんなことを言っていたが……本当かねぇ?」
剣の賢者とまで言われる旧友は、彼の義息についてこう語った。
それは彼が言うように、根拠のない勘に過ぎない。それでも、旧友はその勘を信じているようだった。
「──ソリオが……あいつの義息がクリソコラ文明期の人間で、何らかの理由と方法で今の時代に来た……ねぇ。そんな突拍子もねえ話、俺以外の誰かに言っても絶対に信じてもらえねえぞ?」
『無敵の盾』更新。
これにて、「生立編」は終了となります。
次回より、新章「吸血姫護衛編」(仮)を開始する予定です。
しかし、「生立編」と銘打ちながら、それほど主人公の生い立ちは明らかにされていませんな。詳しくは今後に明かされるのをお待ちいただく方向で、ひとつ。
では、次回もよろしくお願いします。




