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絶対無敵の盾  作者: ムク文鳥
生立編
19/97

剣の賢者

 一人の幼い少年が、不安そうに周囲を見回しながらとぼとぼと森の中を歩いていた。

 周囲の景色に全く見覚えはない。というより、気づけば少し前から先の記憶が一切ない。

 年齢は十歳前後。燃えるような赤い髪と、青空と同じ色の瞳を持った人間族(ヒューマン)の少年である。

「ここ……どこ?」

 その森は、少年がそれまで暮らしていた所とは完全に違う場所だった……と、思う。

「オーリス……どこぉ……? え? オーリス……?」

 思わず口から出た名前に戸惑いを覚えながら、森の中を彷徨い歩く。

 そうやってどれくらい森の中を歩いただろうか。がさり、という葉擦れの音と共に、少年の前に一人の男性が突然現れた。

 すらりとした体躯につんと突き出した耳。それが男性の種族を雄弁に物語っていた。

「子供……? どうして子供が一人でこんなところに……? しかも、この辺りではあまり見かけない意匠の服だが……他国の者か? しかも、人間族とはまた珍しい……」

 少年をじっと見つめながら、男性はぶつぶつと一人呟く。そんな男性の態度が恐ろしかったのか、少年は手にしていた本をぎゅっと胸で抱き締めるように抱える。

 少年が怯えていることに気づいた男性は、しまったと内心で思いつつにこりと笑顔を浮かべた。

「ああ、済まない。少々考え事をしてしまってな。ところで、君の名前はなんというのだ?」

 身をかがめ、少年と同じ目の高さになって男性は尋ねる。しかし、少年は怯えて後ずさるばかり。

「む……? もしかして言葉が通じないのか? しかし、サンストーン大陸全体で使われている交易語が通じないとは、一体どこで育ったのだ……?」

 首を傾げつつ、男性は再びぼそぼそと呟く。

 その時。

 怯えながら後ずさる少年の、蚊の鳴くような小さな声を男性の長く突き出した耳が拾い上げた。

 その声を聞いた男性の表情(かお)に、思わず驚きが浮かぶ。

「……今のは……クリソコラ文明語……?」




「お、おやじっ!? どうしてここにおやじがいるのっ!?」

 ソリオがそう声を上げる中、森妖族(エルフ)の男性はゆっくりと『真っ直ぐコガネ』が陣取るテーブルへと近づいてくる。

 そして、ソリオと同じテーブルについている一同の顔を順に見回すと、ゆっくりとその頭を下げた。

「いつも義息(むすこ)が世話になっている……私はこいつの養父(ちちおや)で────」

 男性は穏やかな笑みを浮かべながら、ぐりぐりとソリオの頭を撫で回した。

「──スイフト・ジェダイトという。以後、義息(むすこ)同様よろしくお願いする」

 養父に後ろから押されて無理矢理下げられた頭を戻した時、ソリオは仲間たちが目を丸くして驚いていることに気づいた。

 いや、約一名、ヴェルファイアとポルテが驚いているようだからと、彼らの真似をして驚いているフリをしている者もいたが。

「……す、スイフト・ジェダイト……って……あの……?」

「つ、(つるぎ)の賢者様……?」

 驚きに目を見開いていた二人の視線が、ソリオの養父と名乗った男性の顔から徐々に下がっていき、彼が腰に佩いている短剣(ダガー)のところで停止する。

 その短剣の柄頭には、どこかの貴族の家紋と覚しき紋章が刻まれており、これが授剣(じゅけん)されたものであることを証明していた。

 だがここに至っても約一名。全く周囲の空気を読めていない者がいた。

 それりゃあもう、「空気? 読む? ハァ、何言ってンスか? 空気は読むんじゃなくて吸うもんスよ?」と言わんばかりに。

「お義父様っ!! 初めてお目にかかりますっ!! あっし……じゃない、わたくし、ソリオ様の愛奴隷一号を務めておりますコルトという者であります。日頃からそれはそれはソリオ様には可愛がっていただいておりまして。不束者ではありますが、今後とも末永くよろしくお願い致します」

 と、床に頭を擦りつけんばかりに、堂々とその場で土下座した。

 やっぱり、台なしだった。いろいろと。




 剣の賢者。

 マラカイト王国における、クリソコラ文明期研究の第一人者。

 これまでにいくつものクリソコラ文明期の文献の解読に成功し、当時の文化などを解明している。

 その功績を認められ、アゲート侯爵家より剣を授けられた国内でも指折りの賢者の一人である。

 その剣の賢者が、ソリオの養父だと言うのだ。ポルテやヴェルファイアが驚くのも無理はないだろう。

「あっ!! それじゃあもしかして──」

 何かを思いついたらしいポルテが声を上げた。その彼女にソリオとヴェルファイア、そしてスイフトと椅子に戻ったコルトが注目する。

「──ソリオが紋章術を使えるのって、お義父さんのスイフト様から教わったから──?」

「おお、なるほど! 剣の賢者様なら、義息(むすこ)であるソリオに紋章術を教えていても不思議じゃないな」

 さすが姉貴だぜ、と言葉を続けたヴェルファイアだったが、スイフトがその推測を否定したことで姉弟揃って落胆した表情を浮かべることになる。

「申し訳ないが、小翅族(ピクシー)のお嬢さん……ポルテさんだったか? 君のその推測は間違いだ。その推測が成り立つためには、私自身が紋章術を使えなければならないだろう?」

 スイフトにそう指摘されて、ポルテとヴェルファイアも自分たちの勘違いに思い至る。

 確かに剣の賢者はクリソコラ文明期研究の第一人者だが、彼自身は精霊師(エレメンタラー)ではあっても紋章師(ルーラー)ではないのだ。

 つまり、スイフトはソリオの紋章術の師とは成り得ないのである。

「じゃあ、ソリオは誰に紋章術を教わったの?」

 ポルテはふわふわと宙を漂いながら、これまでずっと疑問だったことを改めて口にする。

「それはな、ポルテさん──」

 スイフトは、ポルテの疑問に答えを与えた。ただし、その答えはポルテが期待していたようなものではなかったのかもしれないが。

「私がソリオを拾った時、こいつは既に紋章術が使えたのだよ。だから、私にもこいつがどこで紋章術を修得したのかは分からないのだ」

 そう答えたスイフトは、ポルテを見ていなかった。彼の視線は、ここではないどこか遠くへ向けられていたのだ。

 とても懐かしそうに。




「よぉ、スイフトぉ。今日は活きのいい魚が大漁だったから少し持ってきたぞ?」

 唐突に小屋の扉が開かれ、そこから魚の入った魚篭(びく)を持った紫の鱗を持った魚人族(ギルマン)の男性が現れた。

 魚に人間の手足をつけたようなその姿を見て、ソリオが驚いてびくりと小さな身体を震わせた。

「お、この小僧が最近村で噂になっている、おまえが拾ったっていう人間族の小僧か。がはははは、ちっちぇえなぁ。よぉし、小僧、魚食え、魚。そうすりゃ、おまえも将来大きくなれるぜ?」

 魚人族が魚を食べろと勧めるのはいかがなものか、と思いながらスイフトは顔見知りの魚人族に礼を言う。

「わざわざ済まんな」

「なぁに、いいってことよ。この村の連中は皆家族みたいなモンじゃねえか。水臭いこと言うなって。っと、そう言う儂は魚臭いがな。がははははははははは」

 なかなか笑えない冗談を捲し立てる魚人族。彼はソリオがきょとんとした顔をしていることに気づくと、こきゅっと首を不思議そうに傾げた。

 尤も、魚人族の表情は同族以外にはまず読み取れないのだが。

「なんでぇ、小僧。儂の冗談がおもしろくなかったのか? だとしたら笑いの感覚が少しズレているぞ?」

「そうじゃない。その子は交易語が分からないようなのだ」

「交易語が分からないぃ? そりゃ、どんな田舎で育ったんだ? しかし、このヘマタイト村よりも田舎があるなんて思いもしなかったぜ。がははははははははは」

 またもや自分だけで大笑いし、ふとあることに思い至った魚人族。

「んん? じゃあ、スイフトはどうやってこの小僧と話をしているんだ?」

「それがこの子は、交易語は分からないが、クリソコラ文明語なら話せるようでな」

「ああ、なるほど。だからおまえが引き取ったってわけか。おまえならクリソコラ文明語も話せるからな。しかし、交易語は分からないのに、クリソコラ文明語なら話せるねぇ。おい、スイフト。もしかして、この小僧はクリソコラ文明期の生き残りってこたぁねえよな?」

「それはあるまい。見た通り、この子は人間族だ。人間族の寿命はどんなに長くても百年がせいぜい。二千年前に滅んだと言われるクリソコラ文明期から今日まで生き続けられるわけがないだろう」

「そりゃそうだ。がはははははははははは」

 再び高笑いしながら、魚人族はスイフトの小屋を後にした。

 スイフトはもらった魚を台所の片隅に片付けると、ソリオの元へと戻ってくる。

「ではソリオ。もう少し交易語について勉強しようか」

「うん!」

 スイフトがクリソコラ文明語でそう語りかけると、ソリオはあどけない笑顔を浮かべた。

 数日前に森の中で偶然拾った人間族の少年。なぜか彼は自分の名前以外のことを覚えていなかった。

 なぜ森の中に一人でいたのか。どこから来たのか。両親は。それらのことは何一つ覚えていなかった。それでも、スイフトとはクリソコラ文明語で会話ができたせいか、それとも彼本来の性格が人懐っこいのか。

 出会って僅か数日で、ソリオはすっかりスイフトに懐いていた。スイフトもまた、自分に笑顔を見せるこの人間族の少年を思いの他可愛いと思うようになり始めていた。

 こうしてソリオはスイフトを橋渡し役として、徐々にではあるがヘマタイト村へと馴染んでいったのだった。




 それはソリオがスイフトに拾われて三十日ほどした時のこと。二人が早朝に村外れの森の中を散歩している時だった。

 この頃になると、ソリオももう片言ながら交易語を話せるようになり、村人とも何とか意志の疎通が可能になっていた。

「ん、この匂いは……ああ、そこにヤムの実があるな」

 木の枝先に実っている果実をスイフトが見つけた。釣られてソリオがそちらを振り仰げば、確かに一本の木の枝先に果実があり、甘い匂いが周囲に漂っている。

「あ、僕が取ってくるよ!」

 言うが早いか、ソリオは身軽にひょいひょいと木を登り、果実がぶら下がっている枝へと近づいていく。

 ソリオの運動能力が思いの他高いことは、既にスイフトも承知していた。

 ある程度村に馴染んだと判断したスイフトは、ソリオを連れて村のあちこちへと出向いていた。

 目的は村の中を案内することだが、いつまでも小屋の中にいては退屈だろうと思ったからだ。

 そしてその考えは的中だったようで、外に出たソリオは元気に辺りを走り回った。

 木に登り、岩を乗り越え、小川を飛び渡り。

 楽しそうに遊ぶソリオを見守るスイフトもまた、自分の幼い頃を思い出して楽しかった。

 やがて、村中を元気に駆け回るようになったソリオを、村人全員が暖かく見守るようになる。

「おい、スイフト。ソリオの奴、ありゃあ鍛えればいい戦士になるんじゃないか?」

 そう言って来たのは、村に住む牛人族(ミノタウロス)の老人だ。彼は若い頃は名の知れた戦士だったらしく、元気に走り回るソリオを見て何か感じたものがあったのだろう。

「なんだったら、儂が鍛えてやろうか?」

「そうだな。本人が望めば、その時は頼む」

 そんなことを言いながら、大人たちは走り回るソリオを見つめていた。

 ほんの数日前に交わされたやり取りを思い出していたスイフト。だからそれに気づくのに遅れてしまった。

 ヤムの実を狙っていたのが、ソリオだけではなかったことに。

 それは森の奥からやってきた。騒々しい羽音と共に、体長三十センチほどの鉛色の蜂が数匹、枝に実っている果実を狙ってきたのだ。

「あ、あれは鉄甲蜂(てっこうばち)っ!?」

 鉄甲蜂とは雑食の巨大蜂である。おそらくはヤムの実の甘い香りに誘われて、森の奥からやってきたのだろう。

 木の上にいるソリオは、ヤムの実を取ることに夢中で鉄甲蜂に気づいていない。

 鉄甲蜂の気性は激しい。彼らは自分たちより大きな相手でも、平気で襲いかかっていく。

 自分たちが餌と決めたヤムの実を横取りしようとしているソリオを、鉄甲蜂は早速敵として認めたようだ。その羽音をより一層激しくさせ、集団でソリオへと突進する。

 鉄甲蜂は、蜂でありながらもその毒針は滅多に使わない。その代わりに、彼らは口から毒液を吐き出すのだ。毒自体はそれほど強いものではないが、目に入れば失明の恐れもある。

 スイフトは慌てて契約している風精(ふうれい)を呼び出すが、既に遅い。このままでは、鉄甲蜂がソリオに襲いかかる方が早いだろう。

 この時になって、ようやく羽音で鉄甲蜂にソリオが気づく。

 スイフトはソリオが鉄甲蜂に襲われ、そのまま木から落ちる様を幻視する。だが、実際に彼が見たのは別の光景だった。

 指先に淡く輝く魔素を宿し、その指先を宙に踊らせるソリオ。

 空中に描かれた何かが光と共に弾け、ソリオと高速で迫る鉄甲蜂の間に光り輝く盾のようなものが出現する。

 高速で飛行していた鉄甲蜂たちは、突然目の前に出現したものに驚いて進路を変更しようとしたが、既に間に合わず。高速で飛行していたことが仇となって、光り輝く盾に激突して自らの身体を粉砕させていった。

「い、今のは……ま、まさか……」

 スイフトには、その光景に心当たりがあった。彼はクリソコラ文明期の研究者である。当然、今では失われた当時の魔法技術についても、それなりの知識があった。

「…………紋章……術…………」

 そう呟いた彼の言葉は、ヤムの実を見事に手に入れたソリオの嬉しそうな声にかき消されてしまった。




 昔のことを語るスイフト。その横で、ソリオはそっぽを向いている。彼の頬が僅かに赤いところから、どうやら照れ臭いのだろう。

「じゃあ、本当にソリオの紋章術と、スイフト様は関係ないのですね?」

「ああ。今も話したように、ソリオは私と出会う前から紋章術を修得していたようだ。どこで修得したのかは、私にも当のソリオにも分からないがね」

 その後も、スイフトはポルテたちにソリオの幼い頃の話をした。

 自分の幼い頃の失敗を暴露され、それを仲間たちに笑われて。とうとうソリオにも我慢の限界が訪れた。

「あーもー、いい加減に俺の昔話は止めてくれよっ!! それよりも、どうしておやじがここにいるのさっ」

 義息(むすこ)に問われ、スイフトはこのコーラルの街を訪れた目的を改めて思い出す。

「そうだったな。私がコーラルに来たのは、ヴォクシーに呼ばれたからだ」

「ヴォクシー……って、あのヴォクシーおじさん? おやじの昔馴染みだっていう、時々ヘマタイト村へも来ていた……」

「ああ、そのヴォクシーだ。そのヴォクシーが、私に何か聞きたいことがあるそうでな。それで奴に呼ばれたのだ」

「へー。じゃあ、こんなところに立ち寄らずに、直接ヴォクシーおじさんのところへ向かわなきゃいけないじゃないか」

「そうもいかん。ヴォクシーの奴は、おまえからも話を聞きたいらしくてな。それで、おまえが拠点にしているこの店まで迎えに来たのだ」

「へ? 俺も……?」

 ソリオは自分を指差しながら、きょとんとした顔で養父を見つめるのだった。



 『無敵の盾』更新。


 今回は本格的にソリオパパの登場。ちなみに、パパは独身なのでソリオママはいません(笑)。

 それと、ソリオの幼い頃も少しばかり。ただ、あれこれ書いていたらいつもよりかなり長くなってしまった。



 以前に、当面目標として設定した「お気に入り登録1000件突破」ですが、先日めでたく達成いたしました。

 これも日頃から応援してくださる皆様のおかげと存じます。

 お気に入り登録してくださった方々、評価点を入れてくださった方々、感想をいただいたり中にはレビューを書いてくださった方もみえます。

 本当にありがとうございました。これからもかんばりますので、引き続きよろしくお願いいたします。



※次の当面目標は「総合評価点4000点オーバー」にしたいと思います。



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