過去
部下からの報告を聞き、コーラルの領主であるヴォクシー・アゲートは思わず声を張り上げた。
「それは本当なのか? 本当にこの街の地下に、クリソコラ文明期の地下道が広がっていると?」
「は。冒険者の店、「幸運のそよ風」亭の店主であるジューク・ベリルからの報告です。よって、間違いはないかと」
部下は手にしていた報告書を、ヴォクシーが良く見えるように彼の執務机の上に置く。その報告書には、確かに件の冒険者の店の主の名が記されていた。
「ジュークから……か。ならば、単なる噂や出任せの類ではないだろうな」
冒険者の店を営むあの妖鬼族のことは、ヴォクシーも良く知っている。
彼の店には優秀な冒険者が数多く集っている。ジューク自身がかつては名の知れた冒険者であったことと、その彼が積極的に後進の育成に携わっていることもあって、彼の元で育つ冒険者には優れた者が多いのだ。
かく言うヴォクシーも、何か冒険者に仕事を依頼する時は、まずジュークの店に話を通すことにしているぐらいである。
ヴォクシーは、その薄緑の鱗に包まれた巨体をぎしりと執務机の椅子へと預けた。
彼の巨体に合わせた特製の椅子には穴が開いており、そこに通した太い尻尾がぶらんぶらんと揺れている。
全身を鱗に包まれた大柄な体躯。ヴォクシーは蜥蜴族だ。
蜥蜴族はその名前の通り、直立歩行する蜥蜴といった外観の種族である。巨体から生み出される怪力と、持って生まれた頑丈な鱗は高い防御力を誇り、生粋の戦士として知られる種族である。
また、陸上だけではなく水中においても活動に支障がなく、優れた海兵としても知られている。
椅子に身体を預けた姿勢のまま、ヴォクシーは縦長の瞳孔を持つ目を、ちらりと机の上に置かれたもう一つの書類へ向けた。
そちらの書類には、このコーラルの近郊に存在する遺跡──通称『最初の一歩の遺跡』で新たな地下部分が見つかったという報告が記されていた。
そして、こちらの報告書にもやはりジューク・ベリルの名前。
だが、ヴォクシーの目を引いたのは、冒険者の店の主の名前ではない。
報告書の中に記されている、駆け出しの冒険者の名前こそが最も彼の注意を引きつけたものだった。
「ソリオ・ジェダイト……か」
コーラルの地下に広がる地下道。
『最初の一歩の遺跡』の地下部分。
そのどちらの発見にも、その冒険者が大きく関わっていると記されている。
しかも報告書によれば、その駆け出しの冒険者は今ではすっかり珍しくなった人間族であるという。更には、その人間族の冒険者は紋章術を使うとの記述まであった。
ヴォクシーの大きく裂けた口元から、ちろりと先端が二股になった舌が覗く。そして、その口元が大きく歪む。
とても楽しそうに。
「あいつを呼べ」
「あいつ……と申しますと、『剣の賢者』殿のことでしょうか?」
「そうだ。すぐに俺の所まで来るように伝えろ」
「御意」
主人の命を受けた部下は、ぺこりと一礼して彼の執務室を?後にした。
部下が退出したのを確認して、ヴォクシーは喉の奥でくつくつと笑う。
「久しぶりにあいつと酒でも酌み交わしながら、あいつ自慢の義息子の話でも聞かせてもらおうか」
『最初の一歩の遺跡』での初冒険から十日ほど経って。
現在、ソリオたち『真っ直ぐコガネ』は「幸運のそよ風」亭で、次にどんな仕事を受けるのか相談していた。
『最初の一歩の遺跡』の地下で見つけた各種の日用品や装飾品、書物などは、合計するとそれなりの値段で売ることができた。そのため、慌てて次の仕事を受ける必要もないのだが、せっかく前の冒険で勢いがついたのだ。この勢いのまま次の依頼も引き受けようと、四人の意見が一致したのだ。
では、どんな仕事を受けようか、と『真っ直ぐコガネ』は掲示板に張り出された依頼に順に目を通して行く。
「……海の代行者の神殿の、大掃除の人足募集? しかも三日間拘束で報酬が銅貨二十枚? 安すぎだろ、これ」
「こっちは貴族の館の庭の草むしり? 半日拘束で銅貨五十枚……割は悪くないね。さすがは貴族ってところかな」
「でも、冒険者っぽい仕事は全くないわねー」
「やっぱり、割のいい仕事は既に受けられているンスかね?」
四人揃って掲示板を見上げる『真っ直ぐコガネ』。そんな彼らの背中を、「幸運のそよ風」亭に居合わせた他の冒険者たちがちらちらと盗み見ている。
初めての冒険で遺跡の未踏域を見つけた幸運の持ち主として、コーラルの街の冒険者たちの間では『真っ直ぐコガネ』はすっかり知られた存在となっていた。
彼らに向けられる目は様々なものだ。羨望、嫉妬、感心など、今も掲示板を見つめる彼らに色々な視線が向けられている。
中には、一見しただけでは儚げな美少女である誰かに、熱の篭もった視線を向けている者もいた。
そんな視線に気づいているのかいないのか。四人で相談しながら『真っ直ぐコガネ』は掲示板に張られた依頼を熱心に目で追う。
だが、結局条件の良い依頼を見つけることができなくて、四人は「幸運のそよ風」亭の酒場のテーブルを一つ占領して腰を下ろした。
「さて、と。めぼしい依頼はなかったわけだけど……これからどうする?」
各自が注文した飲み物が届いたところで、ソリオが他の三人に向けてそう切り出した。
「そうだなぁ。とりあえずは前回の実入りが良かったから、もうしばらくは仕事をしなくても構わないけどよ」
「できれば、懐に余裕のある内に稼いでおきたいわね」
「そうッスよね。ここの宿代だってかかるッスもんね」
現在、ソリオとヴェルファイア、そしてコルトは「幸運のそよ風」亭の四人部屋の一つを借りて生活しているが、ポルテだけは聖職者としての仕事との兼ね合いもあり、今まで通り神殿の一室で寝泊まりしていた。
ちなみに、ソリオたちは男女相部屋で生活しているが、これは庶民では良くあることである。
王侯貴族ならばともかく、庶民の間では男女で生活空間を分けることは殆どない。「幸運のそよ風」亭には大部屋はないが、他の宿屋で大部屋に泊まる場合、男女気にすることなく着替えなども行う。
さすがに年頃の娘などは異性の視線を気にする場合もあるようだが、それも結婚して年齢を重ねていくごとに気にしなくなる。
更には、他種族から見た場合に男女の差が殆ど分からなかったり、中には衣服を着る習慣のない種族などもあり、そのことが尚更男女間の垣根を低くしていた。
もっとも、ソリオたちの場合に限れば、コルトを見た目通りに「女」と判断するのもやや疑問が残るのだが。
「どっちにしろ、今日は冒険者としての仕事はしないことで決まりだね」
その判断に仲間たちが頷くのを見て、ソリオはポケットからある物を取り出した。それは、『最初の一歩の遺跡』の地下で見つけた、紋章の記憶装置だという例の水晶のプレート。
ソリオは一緒に見つけた日記帳と起動させたプレートを見比べながら、何やら熱心に浮かび上がる紋章に見入り始め、そんなソリオを他の三人が興味深そうに見つめる。
「……なあ、ソリオ。最近、そうやってそのプレートを熱心に見てばかりいるけど、おもしろいのか?」
「おもしろいって言うより興味深い、だね。このプレートに記録された紋章は、俺の知らないものばかりだからさ」
日記帳に記された記述と照らし合わせているのだろう。日記帳の中身とプレートの上に浮かび上がる紋章を何度も見比べながら、ソリオはヴェルファイアの質問に答えた。
「そういえば、そのプレートは学習装置も兼ねているって言っていたよな? もしかして、そうやって見比べながら覚えるモンなのか?」
「え?」
思わずきょとんとした表情を浮かべるソリオ。そして、その次には苦笑しながら首を横に振った。
「違う違う。今は記録されている紋章がどんな改良を加えられているのかを調べていたんだ。紋章の効果が分からないと折角覚えても使えないでしょ? 紋章を覚える時はこうやるんだ」
ソリオはプレートを操作し、今のところ効果が判明している紋章──遺跡の地下で見た〈施錠〉の紋章──の一つを浮かび上がらせる。そして更にソリオが操作を加えると、浮かび上がった紋章がプレートの上を離れ、そのまま彼の額に張り付いた。
じわじわとソリオの額に浸透するように消えていく紋章。どうやら紋章を覚えるには何らかの苦痛があるようで、ソリオの顔が歪められている。
やがて、紋章はソリオの額に溶け込むように消えていった。
「……こうやって紋章は覚えるんだ。その代わり、一度覚えるとプレートからその紋章は消えちゃうけどね」
ふうと息を吐き出しながら、ソリオが仲間たちを順に見回す。
「さっきも言ったけど、これはあくまで紋章の形を覚えるだけで、その効果まで分かるわけじゃない。だから、事前に紋章の効果を調べていたんだ。まあ、実際に使えばどんな効果があるか分かるけどね」
とはいえ、いきなり効果の分からない紋章を使うのは危険である。
例えば、それが術者自身に何らかの害を及ぼすような紋章かもしれないのだ。そんなものを発動させるのがどれだけ危険か想像するまでもないだろう。
だから、できる限り事前に効果は調べておくべきだ、とソリオは付け加えた。
「なるほどねぇ。それで、やっぱり俺では紋章を覚えられそうもないのか?」
「うん……ってか、ヴェルじゃこのプレートを起動も操作もできないでしょ? これって自分で操作しないと覚えられないんだよ」
これまでにソリオが試したところ、どうやらこのプレートは操作している者に紋章を覚え込ませるらしい。そのため、そもそも紋章術が使えないと紋章を覚えることもできないようなのだ。
「ふーん。そりゃ確かにソリオ以外じゃ無理なわけだ」
ソリオと弟分のやり取りを黙って聞いていたポルテは、二人の会話が一段落ついた時を見計らってソリオに声をかけた。
「ねえ、ソリオ……聞いてもいい?」
「何を?」
「うん……ちょっと立ち入ったことかもしれないけど……いいかな?」
どこか思い詰めたような表情のポルテ。どうやら、気軽な質問の類のようではなさそうだ。
そう判断したソリオは、居住まいを正して真っ正面からポルテに向き直る。
「いいよ。俺に答えられることなら、ね」
ソリオが承知してくれたことで安心したのか、ポルテは一度大きく息を吐き出してから改めてソリオに尋ねる。
「私が聞きたいのは、どうしてソリオが今の時代に紋章術を使えるのか……どこでそれだけの紋章術を覚えたのか……それを……聞いてもいいかな?」
「おい、姉貴!」
さすがに立ち入り過ぎだと思ったヴェルファイアは、姉貴分に咎めるような視線を向けた。
だが、当のソリオがいつものようににかりと笑って、ヴェルファイアを制した。
「いいよ、ヴェル。別に聞かれて困るような話じゃないし。そうだね、どこから話そうか? 俺が幼い頃にヘマタイト村で拾われたことは話したよね?」
「ええ、聞いたわ。それで、拾われる前の記憶がないって言っていたわよね?」
「うん。幼い頃、森の中を彷徨っていたところを、俺を育ててくれた養父に拾われたんだ」
別に変に気負うこともなく、思い出話を語るように言葉を続けるソリオ。
そして彼が更に続きを語ろうとした時。
「幸運のそよ風」亭にいた他の冒険者たちが、一斉にざわりと騒ぎ出した。
何事かと『真っ直ぐコガネ』も店の入り口へと目を向ければ、一人の男性が店に入ってきたようだ。
細身ながらも長身なその男性。旅人がよく身に着ける外套は程よくくたびれている。少なくとも、旅に不慣れな人物ではないようだ。
輝く金の髪の間から長く伸びた耳が覗いているところから、この男性が森妖族であることが窺われた。
だが、森妖族だから珍しいなどということはない。このコーラルにも、森妖族はかなり暮らしているのだから。
ざわざわとざわめく中、その男性は店の中をゆっくりと見回す。どうやら誰かを探しているようだ。
その男性の目が、『真っ直ぐコガネ』がいるところでぴたりと止まる。次いで、森妖族の男性が柔らかな笑みを浮かべる。
店内に居合わせた者たちの視線も、自然と『真っ直ぐコガネ』に集まる。そんな中、ソリオが驚いたような声を上げた。
「お、おやじっ!? どうしてここにおやじがいるのっ!?」
『無敵の盾』更新。
今回より新章突入。ソリオの過去に関するシリーズとなります。
とはいえ、拾われてからの話なので、それほど前の話でもありませんが。
内容的に、今回の章は短めになるかと。
では、次回もよろしくお願いします。




