遺跡探検、その後
目の前には、陽光溢れる草原。
丈の短い草たちを、吹き抜けるそよ風がゆらゆらと揺らす。
傍らには様々な緑に彩られて森が広がり。
そんな光景の中、ぽつんと存在する朽ちかけた遺跡もまた、のどかな雰囲気を増長こそすれ壊すことはなく。
それらの穏やかな風景に包まれ、その人物は心からほっとしたような声を零す。
「……肌を焼くように燦々と降り注ぐお日様の光と、髪をすき上げて吹き抜ける風……ふぅ、実に心地いい……」
明るい日差しに包まれた光景は、確かにその人物が言う通りだろう。
ただ。
その言葉を零したのが、両手を腰に当て、どことなく恍惚そうな骸骨でなければ。
のどかで穏やかな光景の中、その台詞を吐いた人物だけが違和感ありまくりだった。
「おまえには焼かれるような肌も、すき上げられるような髪もないだろうがよ」
少し離れたところで気持ちよさそうに陽の光を浴びている骸骨を見ながら、木陰で胡座をかき、その膝に頬杖を着いた状態でヴェルファイアが呆れたように呟く。
ヴェルファイアのその呟きに、同じように木陰に腰を下ろして休んでいたソリオとポルテも、うんうんと同意を示すように頷いた。
ただ一人、トレイルだけが呆然と日光浴を続ける骸骨を見つめていたが。
「…………しかし、驚いたな。彼女の正体が本当に骸骨だったとは……」
「あ、トレイルさん。できればこのことは内密にお願い。別にコルトの正体がばれても別段構わないけど、大騒ぎになったり、コーラルの街から追放とかになったら困るんだ。あれでも同じチームの仲間だからさ」
両手を合わせて頭を下げて頼み込むソリオに、トレイルは狼に似た突き出した口元を緩めて微笑む。
「それは構わないが……彼女の正体はどれくらいの者が知っているんだ?」
「俺たち以外には、ジュークの親父さんぐらいかな?」
ソリオたちが拠点としている冒険者の店、「幸運のそよ風」亭の主人である妖鬼族のジュークには、例の地下道のこととそこで起きた一連の事件については説明してある。
その際、コルトの正体についてもジュークにだけは告げておいたのだ。
「ちょっと、コルト。いつまでも骸骨のままでいると、誰かに見られちゃうわ。 早く森妖族に化けなさい」
「ば、化けるとはなんッスか、ポルテさんっ!? あの姿もれっきとしたあっしの姿! あっしは花も恥じらう森妖族の乙女ッスよっ!?」
ポルテに注意されて、ぶつぶつと文句を言い返しながらもコルトは幻覚を封じ込めた指輪を填める。
途端、それまで骸骨だった彼女の姿が霞むようにぶれ、次いで可憐な森妖族の少女の姿が現れる。
「おおおおおっ!?」
「ぶふっ!!」
「…………っ!?」
その姿を見た男性陣三人が、それぞれ思い思いの声を上げた。
ヴェルファイアはとても嬉しそうに。
ソリオは顔を真っ赤にして鼻を手で押さえ。
トレイルは表情こそ変わらないものの尻尾をひょこひょこと振って。
男たちは明るい陽光の中に突如現れた、全裸の森妖族の少女の姿を思わず凝視する。
そのどこか儚げで美しい姿は、周囲の穏やかな風景と合わさって、ある種の神々しささえ醸し出した一幅の絵画のようであったのだが。
「おおっ!? 男どもはあっしの美しさにすっかりメロメロッスか? がははははは、ホント、あっしってば罪な女ッスなっ!!」
堂々と全裸を晒したその森妖族の少女さえ、口を開かなければ。
何か、いろいろと台なしだった。本当に。
「コルトっ!! いつまでそんな格好でいるつもりっ!? 早く服を着なさいっ!! それに男たちもっ!! いつまでもコルトの裸を見ていないで、しばらく向こうを向いていなさいっ!!」
ポルテの檄が飛び、男性陣が慌てて背中を向ける中、コルトは骨のダメージを確認するために脱いだ服を、改めて身に付けていった。
岩魔像が完全に沈黙し、戦旗を高々と掲げて勝利宣言をしたソリオ。
だがその直後、それに異を唱える者がいた。
「ちょおおおおおおおおおおおおおっと待ったああああああああああああああっ!!」
その声に、全員の視線が一点に集中する。
ソリオたちが見つめる中、異を唱えた者は怪我一つない身体で仁王立ちしていた。
「あっしっ!! あっしが損害を受けているッスっ!! 損害は皆無じゃないッスよっ!! よって、ソリオ様の勝利宣言は若干間違っているッスっ!!」
「あ、やっぱり無事だった」
「なんだ、無事だったのか」
「あれぐらいで死ぬわけないわよね。だってもう死んでいるんだから」
口々に勝ってなことを言いながらも、『真っ直ぐコガネ』は笑顔を浮かべて無事だったコルトの元へと歩み寄った。
ただ一人、コルトの正体を知らなかったトレイルだけが呆然としていたが。
「そ、そんな馬鹿な……あれだけの勢いで壁に叩きつけられて、あんなに元気なわけが……」
トレイルが思わず零した呟きを耳にしてた『真っ直ぐコガネ』。彼らは仲間内で顔を見合わせると、いまだに呆然としたままのトレイルに、コルトの正体を教えることにした。
「…………は? 彼女の正体が骸骨……?」
ぎ、ぎ、ぎ、と音がしそうな感じで、トレイルはコルトとソリオを何度も見比べる。
そんなトレイルに苦笑を浮かべつつ、ソリオはコルトの全身を改めて見定める。
「見たところ怪我とかはないみたいだけど……って、この見た目は幻覚だっけか。じゃあ、幻覚を解除してしっかりと調べてみよう。さすがに全くの無傷ってわけがないだろうからね」
とはいえ、この地下でコルトの身体を調べるのは少し躊躇われた。
魔像は動かなくなったようだが、先程の最後の全方位攻撃で壁や天井にも無数の穴が空いている。そのため、いつ何時壁や天井が崩れるとも限らない。
この部屋の探索は後回しにして、ソリオたちは念のために一旦外へ出ることにして、飛牙猿の一団を退治した時にも休憩した場所で、改めてコルトの全身を調べてみることにした。
男性陣の目の届かない場所で服を脱ぎ、幻覚の指輪をコルトが外すと、幻覚が解除されて彼女本来の姿である骸骨が現れる。
ポルテがコルトの全身を確認したところ、やはり身体の至る所に骨が欠けたり罅が入っている箇所が見つかった。
生きている人の骨なら、多少の欠損は自然と回復するものだが、既に死んでいる状態のコルトの骨はそれも見込めない。どうしたものかと悩んだポルテは、結局ソリオに相談してみた。
「このまま放っておくわけにもいかないし……ねえ、ソリオ。何かいい方法はない?」
「うーん……正直、俺にもよく分からないけど……取り敢えず、〈復元〉の紋章を試してみよう」
「それの紋章で、あっしの身体が治るッスか?」
「さあ? でも、刃の欠けた斧や鍬なんかの農機具なら直ったよ?」
「あ、あっしの身体は農機具じゃないッスっ!! 酷いッスよ、ソリオ様っ!!」
農機具と同列に扱われて憤慨するコルト。だが、実際に〈復元〉の紋章を試したところ、彼女の身体は〈復元〉の紋章で見事に回復してしまった。
見る見るうちに復元していくコルトの骨を見て、ソリオとコルトが思わずぽつりと零す。
「………………まさか、本当に〈復元〉で直るとは……」
「あっし自身もびっくりッス……一体、どうなっているんスかね、あっしの身体って……」
「不死者の身体って、物と同じ扱いなわけ?」
「さあねぇ? 俺も他に不死者を回復させたことなんてないから」
ポルテの質問に、腕を組んで首を傾げるソリオ。
その後、全身の欠損を回復させたコルトは、なぜか骸骨の姿のままで日光浴を始めたのだった。
休憩を終え、改めて『真っ直ぐコガネ』は地下へと潜った。
再びあの地下倉庫まで来ると、もう一度動かなくなった魔像を調べ、危険がないことを再確認する。
そして、いよいよ倉庫に積み上げられていた木箱を期待を込めて調べようとした。
が。
「…………ありゃ……」
「おいおい……」
「えー……そんなぁ……」
「こ、こんなのありッスか……?」
「まさか、こんなことになるなんてな……」
『真っ直ぐコガネ』は、落胆と共にその光景を目にする。
地下倉庫の片隅に積み上げられていた木箱などは、魔像の最後の全方位攻撃に晒されてめちゃくちゃになっていたのだ。
「ごめん……自分たちを守ることで精一杯で、荷物を守ることまで頭が回らなかったよ……」
しょぼんと落ち込むソリオの背中を、トレイルがどんと少し強めに叩く。
「いや、君の判断は間違いじゃなかった。あの場合は自分たちを守ることが最も重要だったんだ。確かにここにあったお宝は駄目になったかもしれないが、お宝はここ以外でも手に入れることはできる。だが、ここで命を落とせば、次は永久にないのだからな」
先輩冒険者であるトレイルの言葉に、ヴェルファイアたちも微笑みながら頷く。
「そうだぜ、ソリオ。トレイルさんの言う通りだ。それに全部がだめになったわけじゃないかもしれない。探すだけ探そうぜ?」
「うん……そうだね。分かったよ、ヴェル。じゃあ、俺とヴェル、そしてトレイルさんで無事なものがないか探そう。ポルテとコルトは周りに注意していてくれ。もしも天井や壁が崩落の前兆を見せたらすぐに知らせるんだ」
「分かったわ」
「了解ッス!」
「おう! 力仕事なら俺に任せな!」
ソリオの指示に従い、それぞれ決められた仕事に取りかかる『真っ直ぐコガネ』。
殆どが残骸となった木箱を、それでも念入りに探索した結果、ソリオたちはいくつか無事な品物を発見することができた。
元々ここにあったのは食料や衣服などの日常的に使うものだったようで、魔像の全方位攻撃に晒されるよりも前にだめになっていたと思われるものが殆どだった。
それでも装飾品や宝石、日用品など、いくつか価値のありそうなものを見つけ出すことに成功する。
「……残念ながら、極めて高価なものはないな。だが……」
発見したものをざっと鑑定したトレイルの言葉に、期待に輝いていた『真っ直ぐコガネ』たちの顔が落胆で曇る。
「駆け出しの冒険者が、最初の遺跡探検で……しかも、完全に「枯れて」いると思われていた遺跡で発見したものとしては上出来の部類だ。そんながっかりした顔しないでもっと胸を張れ。君たちはかなり運がいいぞ」
続けてかけられたトレイルの言葉に、互いに顔を見合わせた『真っ直ぐコガネ』は改めて笑顔を浮かべた。
「そうだよね。最初から高額なお宝を手に入れたら、これから先がおもしろくないよね?」
「そうだとも。俺たち『真っ直ぐコガネ』はこれからさ! なあ、姉貴?」
「うん。これからがんばればいいのよ……あら?」
ポルテはヴェルファイア、そしてソリオの順に視線を巡らせる。
一人、足りない。
そう思って部屋の隅に視線を走らせれば、最後の一人がいまだに未練たらしく残骸と化した木箱を漁っていた。
「もっと……もっと他に金目のものは……きっと何か、まだあるはずッス」
「コルト……」
浅ましいと笑うべきか。それとも決して諦めない不屈の心と褒めるべきか。
なんと言って声をかけようかとソリオたちが悩んでいると、急にコルトががばりと身体を起こして走り寄ってきた。
「そ、ソリオ様っ!! こ、こんなものがあったッスっ!!」
そう言って差し出したのは、短辺十センチ長辺二十センチ、そして厚みが一センチほどの水晶と覚しき透明なプレートだった。
差し出されたその透明なプレートを見て、トレイルがほうと声を零す。
「このプレートは、時々クリソコラの遺跡で見つかるものだな。だが、これが何なのかいまだに判明していないんだ。見つかる確率からして、当時ではそれなりに需要があったものだと考えられているが……」
「ってことは何か? 価値はないのか?」
「ああ。見つかるプレートには殆ど差異がないため、好事家が収集しているという話も聞かないしな。はっきり言って、現状では二束三文な代物だ」
ヴェルファイアの問いに答えたトレイルの説明を聞き、ヴェルファイアとポルテ、そして発見者であるコルトが失意の表情を浮かべた。
だが。
「凄いじゃないか、コルト! よくこれを見つけたねっ!!」
なぜか、ソリオだけは興奮した様子でコルトを褒め称えた。
コルトからプレートを受け取ったソリオは、指先に魔素を宿らせるとプレートの表面に何かを書き込むように滑らせた。
するとプレートが淡く輝きだし、その表面に模様のようなもの──紋章がいくつも浮かび上がる。
「お、おい、ソリオ……このプレートは……」
「これはクリソコラ時代に使われていた紋章の記録装置なんだよ。そして、学習装置も兼ねているんだ」
「な……なんだとっ!?」
ソリオの説明を聞き、トレイルが目を見開いて驚く。
クリソコラ文明期に盛んに用いられていた紋章術。その紋章術の要ともいうべき紋章の詳細を記した記録は、これまで全く発見されていなかった。
だが、それらは書物などを中心に探した結果である。今の時代の学者たちは、まさか当時に専用の記録媒体を用いていたとは考えもしなかったのだろう。そのため、今まで紋章の記録を発見できなかったのだ。
「……こ、こいつは大発見だぞ……!」
震える声でトレイルが告げる。
紋章の記録装置だという水晶のプレート自体は、これまで相当数が発見されている。
今日まではこのプレートが何なのか分かっていなかったが、これが紋章の記録媒体だと分かれば、一気に紋章術に関する研究が発展するかもしれない。
そうなれば、その功労者である『真っ直ぐコガネ』の名前は、一気に世界中に知れ渡ることになるだろう。
と、興奮してそこまで考えたトレイルだったが、とあることに思い至って一気に興奮が冷めた。
先程、ソリオはプレートを起動させるのに紋章術を用いていた。それは紋章術が使えなければ、このプレートは使えないのだろう。
ならば、現代の学者たちではこの水晶のプレートを使えず、プレートが紋章の記録媒体と判明しても結果として今までと何も変わらないということになる。
「……しかし、君はどこでこれが紋章の記憶装置だと知ったんだ?」
「俺を拾って育ててくれた養父が、クリソコラの研究をしていてね。それでクリソコラ時代の遺物をいくつか所持していたんだ。で、その中にこのプレートも含まれていたってわけ」
そして、以前にそのプレートを何気なく弄っていた時、偶然プレートを起動させてこのプレートが何なのか知ったのだ、とソリオは語った。
「ねえ、ソリオ? ソリオはさっき、このプレートが学習装置も兼ねているって言ったけど……」
「お、おい……も、もしかして、こいつを使えば俺でも紋章術が使えるようになったりするのか……?」
そう言ったヴェルファイアの顔が期待に輝く。だが、ソリオは残念そうに首を横に振った。
「期待に添えなくて悪いけど……養父を始めとして、俺が育った村の村人全員に試したけど、誰も紋章術を覚えることはできなかったんだ。だから、ヴェルファイアに試してもきっと同じだと思う」
「ということは……このプレートを有効に使用できるのは、世界中でソリオただ一人ということか……それでは、今まで通りこのプレートの価値は二束三文だな」
「そうだね。でも、俺にとっては凄く価値のあるものなんだ。だから、これを見つけてくれたコルトには感謝だね」
「いやあ、それほどでも……だけど、ソリオ様がどうしてもって言うならば、もっとあっしを褒め称えてもよろしくてよ?」
少し褒めるとすぐに調子に乗るコルト。
どんな時でもぶれないこの骸骨の様子に、ソリオたちは大きな声で笑い合うのだった。
『最強の盾』更新。
今回で、「遺跡初探訪編」は終了です。
もちろん、次回より新しいシリーズを考えております。ただ、次のシリーズは少し短めになるかと。
次は主人公であるソリオの生い立ちについて、少し描写する予定です。
ところで、最近気付いたのですが……この『最強の盾』、ヒロインいないよね?
ポルテはヒロインというよりお姉さんポジションだし、コルトはアレだし……うん、いつかちゃんとしたヒロインを出そう。
って、今頃そんなことを言ってどうする自分っ!?
では、次のシリーズもよろしくお願いします。




