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三つ子の次女だけは見分けられる俺、居候したら長女と三女にも迫られる  作者: MUHIRO


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第9話 - 少しだけ、頼ってもいいですか

『なんだ、この男は!裸じゃないか!』


男の怒声と近づいてくる足音に身をすくめた瞬間、目が覚めた。


知らない天井が見えた。

家のものとは違う、硬い枕。

心臓がまだ速く打っている。

今のは、夢だったのか。


体を動かそうとすると、手の甲に違和感があった。


「……ここ、どこだ……?」


自分の声が、ひどくかすれていた。

左手の甲には点滴の針が刺さっていて、管がつながっている。

その先を目で追って、ようやくここが病院だと気づいた。


そういえば、紬が来てくれて、熱を測って、それから……。


玄関の方から、男の声が聞こえた。

責め立てるような大声。

慌ただしく近づいてくる足音。

知らない男に覗き込まれたこと。


思い出した途端、胸の奥が冷たくなった。

嫌な記憶までよみがえりそうになった、そのとき。


「……織くん?」


静かな声がした。

顔を向けると、椅子に座っていた結が立ち上がるところだった。


「結……?」


「よかった。目が覚めたんですね」


俺の顔を覗き込む結は、いつもより表情が硬い。


「どこか痛むところはありますか?」


「頭は、ちょっと。あと喉」


「先生を呼んできます。待っててください」


結が廊下へ出る。


俺は病院へ運ばれた。

しかも、どうやら白石家にまで迷惑をかけたようだ。


◇ ◇ ◇


救急外来で診察を受け、いくつか質問に答えた。


医師によると、発熱が続いていたことに加え、十分に水分が取れておらず、かなり消耗していたらしい。

すでに点滴などの処置が行われていて、しばらく様子を見てから帰宅できるか判断することになった。


「ずっと一人でいたんですか?」


問われて、言葉が詰まった。


「……金曜日に早退して。……そのあと、友達が来てくれました」


「そうですか。高い熱が続いて、意識もはっきりしないときは、我慢せずすぐに助けを求めてくださいね」


反論の余地はなかった。


紬には何度も病院へ行こうと言われた。

電話で相談までしてくれたのに、結局、俺が動けずにいたのだ。


医師が出ていくと、処置室には静けさが戻った。

結は椅子へ座り直し、膝の上で両手を組んでいる。


「……心配かけたな」


「心配しました」


すぐに返事が返ってきた。

いつもより、はっきりした声だった。


「金曜日のお昼も放課後も、図書室に来なかったので……。三組の人に聞いたら、早退したって教えてもらいました」


「そっか」


「紬が看病していたことも、今日初めて知ったんです」


結はそこまで言って、一度言葉を止めた。


「……無事でよかったです」


いつも本の話をしているときに見せる笑顔は、そこにはなかった。


そういえば、誰かにこんなふうに心配そうな顔を向けられるのは、ずいぶん久しぶりな気がする。

最後に心配してもらったのがいつだったか、思い出せないほど昔のことだった。


「ごめん。結にも連絡できればよかったんだけど、連絡先を知らなかったし……」


「その話は、元気になってからにしましょう」


結はそう言って、少しだけ笑った。


「今はゆっくり休んでください」


俺も小さく頷いて、目を閉じた。


◇ ◇ ◇


しばらくして、処置室の扉がノックされた。

結の返事で目を覚ますと、二人の女子と一人の男性が入ってきた。


紬のことは、すぐに分かった。

髪に、昨日のリボンを結んでいる。

となると、もう一人の女の子は綴だろう。


そして、最後に入ってきた男性にも見覚えがあった。


暗い部屋で、大声を出していた人だ。

そのときのことを思い出し、体がわずかに強張った。


「織くん!」


目元を赤くした紬が、ベッドへ駆け寄ってきた。


「目が覚めたんだ……よかった……」


「紬、ありがとう。……本当に」


「昨日の夜、もっと強く言えばよかった。病院に行こうって……」


「……紬はちゃんと言ってくれたよ。俺が行かなかっただけだから……」


紬は何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わず、結の隣に椅子を寄せて座った。


すると、男性が俺のそばに近づき、静かに頭を下げた。

その姿を見ても、まだ自分が警戒しているのが分かる。


「絹道くん。白石 直哉(しらいし なおや)です。紬たちの父親です」


「……絹道 織です」


「先ほどは事情も聞かずに声を荒らげてしまった。申し訳なかった」


すぐには返事ができなかった。


直哉さんは頭を下げたまま、言葉を続けた。


「綴から、紬が何日も男の子の家に通っていると聞いて、心配になった。部屋は暗く、紬も薄着だったから……勝手に悪い方へ考えてしまった」


紬が言いづらそうに、それでもはっきりと口を開いた。


「お父さん。……私、看病だって最初から言ったよ」


「ああ。お前の話を最後まで聞かなかった。私が悪かった」


その言葉を聞いて、胸の奥が少し痛んだ。

大人が、自分の間違いを認めている。

それも、娘の前で。


「君がひどく具合の悪い状態だったのに、気づくのが遅れたことも謝りたい」


直哉さんはようやく顔を上げた。

その表情は、意識が朦朧とする中で見たものとは、まるで違っていた。

言葉にしなくても、申し訳なく思っていることが伝わってきた。


「本当に、すまなかった」


「……いえ。助けていただいたので」


俺は目を伏せた。

今は、そう答えるのが精いっぱいだった。


謝ってくれたことは分かっている。

それでも、あの大声を思い出すと、まだ体が強張ってしまう。

今ここで笑って許せるほど、気持ちの整理はついていなかった。


直哉さんは俺の返事を聞くと、それ以上は何も求めなかった。


「まずは休んでくれ。私は一度席を外すよ」


直哉さんが部屋を出ていくと、少しだけ息がしやすくなった。


「そういえば、どうして紬のお父さんが家に来たの?」


紬に聞いたつもりだったが、答えるより先に綴が近づいてきて、頭を下げた。


「……ごめんなさい」


「綴?」


名前を呼ぶと、綴は小さく頷いた。


「私が紬の行動を不審に思って、お父さんに連絡したの。……昨日も今日も、紬の後をつけてた。……それに、紬の部屋で絹道くんの住所が書かれたメモを見つけたの」


綴は言い終わると、もう一度頭を下げた。


「絹道くんにも迷惑をかけました。ごめんなさい」


どう答えればいいのか分からなかった。

きっと、綴は紬のことが心配だったのだろう。

休日に何度も男子の家へ通っていたら、家族として心配になるのも無理はない。


「……謝らなくていいよ。綴が紬のことを心配してたのは分かるから……」


そこまで言って、少し言葉を探した。


「ただ……俺は紬に何もしてないから」


綴は唇をきゅっと結んだ。


「分かってる。紬が看病していたのよね。買ってきたものも見たから、分かるわ」


買ってきたもの。


その言葉を聞いて、ふと支払いのことが頭をよぎった。


「この病院の支払いに必要なお金、今は手元にない……」


いつもの調子で話そうとしたせいか、喉に痛みが走り、すぐに咳き込んでしまった。

結が水の入ったコップを差し出してくれた。


「織くん、無理しないでください」


「……ごめん」


紬は椅子から立ち上がると、一歩近づき、少し微笑んで口を開いた。


「今はそのこと、考えなくていいよ。お父さんにも相談してあるから。とにかく、治ってから!」


◇ ◇ ◇


点滴が終わった後に、医師の説明を受けた。


数日間も高い熱が続いていたため、帰宅しても無理をせず、具合が悪くなればすぐに受診するよう言われた。


直哉さんも、隣で話を聞いていた。


「一人暮らしなんだそうですね」


医師に尋ねられ、頷く。


「はい」


「帰宅できる状態になっても、すぐに普段どおり動けるとは限りません。体調が落ち着くまで、誰かが様子を見られる環境はありますか?」


答えに詰まった。


親には頼りたくない。

父親は東京にいるし、母親もここから離れた祖父母の家にいる。

そして、その祖父母の家に俺の居場所はない。


「……ありません」


そう答えると、直哉さんが俺に視線を向けた。

何か言いかけたものの、一度口を閉じる。


その後、医師から今後の受診や休養について説明を受けた。

一通り話が終わったところで、直哉さんが改めて口を開いた。


「絹道くん……。絹道くんが嫌じゃなければ、うちでしばらく休まないか?」


思わず、聞き返した。


「……白石さんの家で、ですか?」


「そうだ。少なくとも、一人で動けるようになるまで」


「いえ、それは……」


言葉に詰まっていると、直哉さんは穏やかな口調で続けた。


「今すぐ決めなくていい。まずはお医者さんの判断が先だし、君の保護者にも確認が必要だからね」


「……保護者の確認は不要です」


「そうか……何か事情がありそうだね。今は聞かないでおくよ」


そう言って、直哉さんは困ったように笑った。


「紬と結が心配している。私も、もちろん心配だ」


返事ができなかった。


知らない大人の家で暮らす。

たとえ、ほんの数日だとしても、考えただけで落ち着かない。


何より、これ以上誰かと親しくなることが怖かった。


◇ ◇ ◇


医師からの説明が終わったあと、もう一度熱を測った。

体温は三十七度台まで下がっていた。

それを確認した医師から、帰宅してもよいと言われた。


処置室を出ようと歩き始めたが、ほんの少し歩くだけでも疲れてしまった。


ただ、まだやることがあった。

紬が俺のスマートフォンを持ってきてくれたおかげで、連絡を取ることができる。


メッセージアプリで母親の連絡先を探し、保険関連の書類について確認するメッセージを送った。


しばらくして、返信が届いた。


『書類関連は郵送します。お大事にしてください』


それだけだった。

返信の内容を確認すると、待合室の椅子に崩れるように腰を下ろした。


しばらくすると、直哉さんと三姉妹がこちらへ歩いてきた。

直哉さんの手には何枚かの書類と、薬が入っているらしい袋があった。


「すみません。もしかして、支払いを済ませていただいたんですか?お返しします。ATMを探してきます」


そう言って立ち上がり、ATMを探しに行こうとしたところで、紬に腕を掴まれて引き止められた。


「お父さんが今は大丈夫って言ってるから、動かないで」


紬に支えられながら、もう一度椅子に座らされた。

座り直して楽な姿勢になったところで、直哉さんが俺の正面にしゃがみ、目線を合わせてくれた。


「絹道くん。さっきの話だけど、覚えているかな」


「……白石さんの家で休む、という話ですか?」


「ああ。嫌じゃなければ、うちに来てほしい。どうかな?」


少し考えた。

一人で家に帰っても、自力で体調を戻せる自信はない。

また具合が悪くなれば、紬はきっと心配して駆けつけようとするだろう。


そんなことを何度も繰り返すわけにはいかない。


「……少しだけ、お世話になってもいいですか」


「もちろん。まずは元気になることだ」


直哉さんはほっとしたように笑った。

その笑顔から逃げるように、俺は視線を落とした。


初めて会ったばかりの大人に、こうして助けを求める日が来るとは思わなかった。

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