第2話 - 双子と、もう一人?
教室の入り口で、自己紹介の順番を待っていた。
普段はあまり緊張しないほうだが、転校は初めてだからか、いつもより鼓動が少し速い。
先に教室へ入った担任に名前を呼ばれ、俺は教室へ足を踏み入れた。
教卓の前に立つと、これからクラスメイトになる生徒たちの視線が一斉に集まる。
一呼吸おいて、口を開いた。
「初めまして。絹道 織と言います。家庭の事情で、東京の高校から転校してきました。学期の途中からになりますが、よろしくお願いします」
今日から、ここ青葉ヶ丘高等学校での新しい生活が始まる。
自己紹介を終えると拍手が起こり、その後、いくつか質問が飛んできた。
当たり障りのない回答をしながら、少しずつ自分のことも話していく。
笑顔で話を聞いてくれるクラスメイトもいて、先ほどまでの緊張が少し和らいだ。
人と話すことは嫌いではない。
ただ、あまり深いところまで踏み込まれると答えに困る。
質問が一段落したところで、担任に教室の一番後ろの席を案内され、俺はそこへ向かった。
席に着くと、右隣の男子が話しかけてきた。
「俺、相田 悠真。よろしくな。あとで学校を案内するよ」
俺も簡単に挨拶を返したところで、一限目のチャイムが鳴った。
以前通っていたのは進学校で、高校の学習範囲はすでにある程度終えている。
そのため、この学校の授業でつまずくことはないだろう。
教室の雰囲気もよく、授業にも集中しやすかった。
一限目の終わりを告げるチャイムが鳴ると、左隣の席の女子が話しかけてきた。
「ねえ、絹道くん」
整った顔立ちで、明るく元気そうな女の子だった。
どこかで見たことがある気がしたが、記憶をたどっても思い当たらなかった。
「私、白石 紬。よろしくねー!」
「よろしく、白石さん」
「紬でいいよ!同じ名字の人、ほかにもいるから」
「そうなんだ」
「うん。あとさ、転校してきたばかりなら、困ったことあったらなんでも聞いてね!」
紬はにこっと笑った。
「何なら後で校内を案内してあげるよ!」
「ありがとう。でもさっき、相田に誘われてる」
「そっか。残念」
そう言いながらも、紬は楽しそうに笑っていた。
言葉と表情が一致していないところが、なんだか面白い子だと思った。
* * *
昼休みになると、相田と数人の男子が俺の席に集まった。
弁当を持ってきていなかったので、昼食をどうしようか迷っていた。
そんな俺の様子を見て、相田が購買まで案内すると言ってくれた。
相田と話していると、女子が何人か話しかけてきて、一緒に購買まで行くことになった。
購買へ向かう道中、次々と質問が飛んできた。
前の学校のことや趣味のことなど、答えているうちに購買へ到着した。
購買はそれほど広くなかったが、商品はまだ十分に残っていて、好きなものを選ぶことができた。
どうやら、この学校では弁当を持参する生徒が多いらしい。
商品を選んでいると、相田が話しかけてきた。
「そういや、お前、白石にもう声かけられてたよな」
「隣の席の?」
「そう。白石 紬。あいつ、誰にでも気さくに話しかけるからさ」
「明るくていい子じゃん」
「いや、そうなんだけど……一応、うちの学校の高嶺の花なんだ。勘違いしないほうがいいぞ」
「そうなんだ」
「興味なさそうな返事だな」
「興味ないというか、今日会った人は四十人以上だからな。一人にばかり注目してたら、他の人のことを覚えられないだろ」
その発言が、一緒に来ていた女子たちの興味を引いたらしい。
今度は相田や他の男子に代わって、女子たちから質問攻めにされた。
この数時間で、新しい学校でも案外普通にやっていけそうだと思えた。
* * *
午後の授業が終わり、俺は教科書を鞄にしまった。
帰る前に、図書室だけは見ておきたい。
前の学校は私立だったこともあり、図書室の蔵書は多かった。
ここはどうだろう。
図書室の場所は相田に聞いていたので、校内を見て回りながら一人で向かった。
渡り廊下に差しかかったところで、女子生徒の声が聞こえてきた。
少し先で、三人の女子生徒が横一列に並んで立ち話をしていた。
その真ん中にいる子に、見覚えがあった。
思わず声をかけてしまった。
「あ、この前会ったね」
俺が声をかけると、三人が一斉にこちらを向いた。
その中で、俺が視線を向けていた真ん中の子だけが、驚いたように目を丸くした。
「……え?」
「この前、本屋で会った。そのあと、カフェと図書館にも行ったけど、覚えてない?」
彼女はしばらく俺を見つめてから、ぱっと表情を明るくした。
「あっ!この前、本のお金を出していただいた方ですね」
「うん。よかった、覚えてて」
「覚えてます。九千七百六十円の方です」
「金額で覚えられてるの、ちょっと嫌だな」
思わず苦笑すると、彼女も笑った。
三日前、書店で出会った女の子だ。
長い時間を一緒に過ごしたのだから、さすがに間違えるはずがない。
両脇の二人は笑っていなかった。
右側の女の子が、俺と真ん中の子を交互に見た。
「ちょっと待って。今、誰に話しかけたの?」
「え?この子だけど」
「……どうして?」
問い返されても、何を不思議がっているのか分からなかった。
一度会って話した相手だから、覚えていただけだ。
ただ、それだけでは納得してもらえそうな雰囲気ではない。
「どうしてって。この前会ったから……」
「そうじゃなくて!」
右側の女子が一歩近づいてきた。
眉を寄せた表情からは、強い警戒心がうかがえる。
すると、もう一人の女子も口を開いた。
「絹道くん。なんで、この子だって分かったの!?」
先ほど教室で話しかけてきた紬だった。
俺は両脇の二人を見比べた。
顔立ちが驚くほど似ている。
「ああ、白石さん、双子なんだ?」
数秒間、誰も何も言わなかった。
最初に口を開いたのは紬だった。
「いや、その……私たち、三つ子なんだけど」
「……え?」
俺は改めて三人の顔を見比べた。
書店で会った彼女。
その両脇に並ぶ、そっくりな二人。
「……三つ子?」
「そう!三つ子」
どう見ても、そっくりな二人と一人にしか見えない。
「そっか。そういうこともあるんだな」
「何、その反応!普通もっと驚かない?」
「十分驚いてるよ。二人はまったく同じ顔なのに、真ん中の子だけ違うから」
正直に答えたつもりだった。
けれど、その言葉を聞いた三人の表情が変わった。
真ん中の女の子だけが、小さく首を傾げた。
「……私だけ、違って見えるんですか?」
「うん」
「どこがですか?」
「どこって言われても……」
困った。
違いを説明しろと言われても、『違う』としか言えない。
姉妹だと言われれば納得はできるが、彼女をほかの二人と見間違えることはないだろう。
「目とか、鼻とかですか?」
彼女が重ねて尋ねた。
「いや、そういう一部分じゃなくて。普通に違う人に見える」
再び、三人とも黙り込んだ。
「……もしかして、何かまずいこと言った?」
俺が尋ねると、真ん中の女子が勢いよく首を振った。
「まずくないです!むしろすごいです!」
そう言って、俺の腕を両手で掴んだ。
すると、左側の女の子が一歩近づいてきた。
顔を近づけられ、反射的に少し身を引く。
「ねえ、じゃあ私は。私が誰だか分かる?」
「えっと……さっき俺の名字を呼んだから白石 紬さん?」
「そう!紬だよ!じゃあこっちは?」
紬は右側の女の子を指さした。
「えっと、まだ自己紹介してないよね。でも、何も言われなかったら白石 紬さんだと思う」
「やっぱり……。あ、私たち三人とも白石だから、私は紬って呼んで!じゃあ、自己紹介して」
急に話を振られた右側の女の子は、呆れたようにため息をついた。
まだ警戒しているのだろうか。
ほかの二人とは表情も雰囲気も違い、少し怖く感じる。
「私は、二年六組の白石 綴。長女です。よろしく、絹道くん」
その声には、ほかの二人とは違う冷たさを感じた。
「いつまで手を掴んでいるの?結」
真ん中の女の子が驚いたように俺の腕を離した。
少し俯いたあと、改めて俺の目をまっすぐ見た。
「改めまして、二年一組の白石 結です。この前はありがとうございました。また会えて嬉しいです」
紬が俺の隣に移動し、二人へ向き直った。
「紹介するね!今日転校してきた、絹道 織くんです!私の隣の席なの!」
紬は楽しそうに、俺に代わって紹介してくれた。
三つ子だというのに、三人の雰囲気も態度もまるで違っていた。
「えっと……改めて、絹道 織です。よろしく」
軽く頭を下げ、顔を上げると、綴は腕を組んでいた。
「本当に結のことは見分けられるの?ちょっと試させて」
そう言うと、綴と結は渡り廊下の曲がり角へ歩き出した。
何が始まるのか分からず、その場に立っていると、紬が俺の手首を掴んできた。
「行こ!」
紬に連れられ、二人の後を追った。
曲がり角の少し手前で紬が手を離し、俺をその場に止めた。
そして、二人を追って角の向こうへ消えていった。
しばらくすると、三人が歩幅をそろえ、同じような歩き方で姿を現した。
そのまま俺の正面に横一列に並んだ。
誰も何も言わない。
どうやら、誰が誰なのか当てろということらしい。
俺は右側の女の子を指さした。
「えっと、結さん」
名前を呼んだ瞬間、その子の表情がぱっと明るくなった。
「正解です!」
「よかった。ごめん、二人はどっちか分からない」
「えー!ひどいー!でも結は当てたね。もう一回!」
紬はそう言うと、二人を連れて再び角の向こうへ戻っていった。
今度はどんな方法で試すつもりなのだろう。
何をするにしても、分かった瞬間に答えてみようと思った。
やがて、一人目が姿を現した。
続いて二人目が出てきた瞬間、俺は口を開いた。
「二番目。結さん」
また正解だったらしい。
結は嬉しそうにこちらを見ていた。
「また当てたわね。本当に結だけは分かるのね」
そのとき、スマートフォンの通知音が鳴った。
綴がスマートフォンを取り出し、画面を確認した。
「ごめん、もう時間だ。先に行くね、結、紬」
そう言うと、綴は廊下を小走りで去っていった。
少しして、結が一歩近づいてきた。
「……本当に、私だけ分かるんですね?」
「分かるよ。今試した通り。逆に、ほかの人は三人を見分けられないの?」
紬が勢いよく身を乗り出した。
「うん!黙ってたらまず当てられないよ。もちろん、当てずっぽうで当たることはあるけど、あそこまで迷わず答えられたことはないよね!」
紬は楽しそうに結の顔を覗き込んだ。
結は俯いたが、耳が少し赤くなっているように見えた。
「そういえば、絹道くん……織くんはどこ向かってるの?」
転校初日だというのに、名字から名前での呼び方に変えてきた。
ただ、馴れ馴れしさはなく、むしろ人懐っこい印象を受けた。
「図書室。本の数と種類だけ、ざっと見ておきたくて」
「そうなんですね。私も本を返しに行くところでした。ご一緒しても?」
「ああ、いいよ。まさか同じ学校だとは思わなかったよ。名前も聞かなかったし、もう会わないと思ってた」
「私もです。新刊の感想も言えなかったので、よかったら図書室に着くまで聞いてもいいですか?」
「私も用事ないけど、ついて行っていい?」
「もちろんです」
三人で図書室へ向かって歩き出した。
道中、結とは新刊の感想を言い合った。
作者のこと。
主人公の台詞について。
物語に散りばめられた伏線について。
そして、読み終えたときに感じたこと。
「すごくよかったです。でも、途中の展開は少し納得できなくて」
「どこが?」
「主人公が、友達の話を最後まで聞かなかったところです」
「あそこか。俺は逆に好きだったけどな」
「えっ、どうしてですか?」
理由を話し始めたところで、紬が会話に入ってきた。
「ちょっとちょっと!二人だけで話進めないでよ!」
「あ、ごめんなさい」
「二人って、いつの間にそんな仲よくなったの?」
結は少し考えてから答えた。
「仲がいいっていうか……本の話をしてただけですよ」
「そうなの?」
「はい。一緒に本を読んで、感想を話しているだけです」
それを聞いた紬が、不思議そうに眉を寄せた。
「一緒に?」
「この前、お財布を忘れた話はしましたよね?そのとき、絹道くんがお金を支払ってくれたんです」
「そう。その中に、その日発売された本があったから、読ませてもらったんだ」
「へー。でも、仲いいように見えるよ」
俺はその言葉に、少しだけ驚いた。
一度会って本の話をしただけで、仲がいいと思われるものなのだろうか。
もっとも、長い時間を一緒に過ごして、居心地がよかったのは確かだ。
そう考えると、紬の言うことも分からなくはない。
図書室に着くと、結が本棚の配置などを丁寧に教えてくれた。
思っていたよりも蔵書が多く、当面は楽しめそうだ。
「あの、絹道くん。さっきの本の話、もう少ししていいですか?」
「もちろん」
再び結と本の話を始める。
それを聞いていた紬が、少し不満そうに頬を膨らませた。




