第11話 - 次女と三女がいる朝
カーテンの隙間から差し込む朝日で、目が覚めた。
体を起こしたところで、廊下から声が聞こえてきた。
「織くん!入っていい?」
この元気な声なら、紬だと分かる。
「うん、いいよ」
返事をすると、襖が開き、紬が顔をのぞかせた。
髪には、昨日と同じようにリボンが結ばれている。
「おはよう!ちゃんと寝られた?」
「うん。でも、少し緊張したかな」
「そっか!知らない家だもんね。でも、私たちがいるからね!」
「うん。ありがとう」
紬は満足そうに笑うと、畳の上に腰を下ろした。
「……それで、何か用事があった?」
「朝ごはんまで、一緒にいようと思って」
「ここに?」
「そう!」
あまりにも当たり前のように言われて、思わず口元が緩んだ。
紬は腰を上げて膝立ちになると、俺のそばまで近づき、前髪をかき上げて額に手を当てた。
「昨日よりは熱くないね。一応、体温計でも測ろうね」
そう言って、枕元に置かれていた体温計を差し出してくれた。
受け取って脇に挟み、しばらく待つ。
三十七度ちょうど。
「昨日より熱が下がってるね!よかった!」
体温計の表示を確認すると、紬は嬉しそうに笑った。
そのとき、廊下からまた俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「織くん、少しいいですか?」
結の声だ。
「どうぞ」
襖が開き、本を二冊持った結が顔をのぞかせた。
後ろ姿でも迷わず見分けられる相手だから、正面を向いていればなおさらだった。
「おはよう、結」
「おはようございます。体調はいかがですか?」
「熱は昨日より下がってたよ。どうしたの?」
「退屈かもしれないと思って、本を持ってきました」
結は枕元に二冊の本を置いた。
「紬も、おはようございます」
「おはよう、結!」
「あとで来た方がよかったでしょうか?もし迷惑だったら言ってくださいね」
「迷惑じゃないよ。ただ、二人ともこんな朝早くから来るとは思わなかった」
「私も、少しでも一緒にいられたらと思いまして」
どうやら二人とも、しばらくこの部屋にいるつもりらしい。
もちろん、嬉しくないわけではない。
ただ、どう反応すればいいのか少し戸惑っていると、廊下から早苗さんの声が聞こえてきた。
「二人とも、織くんの朝の支度を邪魔してない?」
声だけで、紬と結がいることが分かったらしい。
早苗さんも襖を開けて入ってきた。
「邪魔してないよ、お母さん!」
「それは織くんが決めることでしょう?織くん、休みたいときは遠慮しないで言ってね」
「はい。今は大丈夫です。ありがとうございます」
「ならいいけど。二人とも、部屋に入るときはちゃんと確認してね。長居するときも、織くんに聞くこと」
「はーい!」
紬が元気よく返事をし、結も頷いた。
「それで、織くん。今日の学校はどうしましょう?」
「あ……」
すっかり忘れていた。
今日は月曜日だ。
熱は下がってきているものの、まだ学校へ行けるほど体調は戻っていない。
昨日の診察でも、もうしばらく休むように言われている。
どう答えようか考えていると、紬が先に口を開いた。
「織くん、まだ三十七度あるんだよ。学校は休んだ方がいいと思う!」
「そうよね。私は今日、有給を取ろうと思ってるの」
有給……つまり、会社を休むということだろう。
赤の他人である俺のために、そこまでしてもらうわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です。遅刻するかもしれませんが、アパートに制服と鞄を取りに戻って、そのまま学校に行きます」
「……だめよ。ちゃんと治ってからにしなさい。ぶり返したら、もっと休むことになるでしょう?」
これまでは俺の意思を尊重してくれていた早苗さんだったが、学校を休むことについては譲ってくれないようだ。
強く断れば学校には行けるかもしれない。
けれど、これだけお世話になっている人に、そこまで逆らうこともできなかった。
「……ありがとうございます。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「織くんが家で休むなら、私も休んで看病する!」
紬は元気よく右手を挙げた。
「だめよ。学校に行きなさい。私が様子を見ておくから」
「ええー!」
「紬、学校には行きましょう。その代わり、今日は早く帰ってきましょうね」
紬とは対照的に、結はいつもどおり落ち着いた口調だった。
ただ、その表情からは、俺のことを心配してくれているのが伝わってきた。
「あなたたち、朝ごはんを食べなさい。学校に遅れるわよ。織くんにはお粥を作るから、少し待っててね」
早苗さんに促され、紬と結は和室を出て、ダイニングへ向かった。
襖が閉まったのを確認して、俺はもう一度布団に横になった。
高熱が出ていたときに比べれば、体はずいぶん楽になっている。
それでも、喉や関節にはまだ少し痛みが残っていて、完全に治ったとは言えない。
今は早苗さんの厚意に甘えて、ゆっくり休ませてもらおう。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
◇ ◇ ◇
廊下から聞こえてくる紬の声で、目が覚めた。
目覚めて最初に聞く声が紬の声なのは、今日これで二度目だった。
襖が開くと、三姉妹と直哉さんが立っていた。
紬は髪にリボンを結んでいるので、今なら三人とも見分けられる。
「おはよう、織くん。具合はどうかな?」
「おはようございます、直哉さん。昨日よりずいぶん楽になりました」
「それはよかった。ただ、今日も泊まっていってほしい。紬から君の様子を聞いて、まだ心配でね」
「……はい」
「明日は学校に行けるかもしれないから、私が仕事から帰ったら、車で君のアパートに必要なものを取りに行こうと思う。それまでは、しっかり休んでいてくれ」
「何から何まで、ありがとうございます」
「織くん、私もついていくからね!」
「私も一緒に行っていいですか?」
紬と結が続けて尋ねてきた。
「うん。三人ともありがとう。学校、頑張ってこいよ」
四人は襖を閉め、それぞれ仕事と学校へ向かった。
そのあと、早苗さんが用意してくれたお粥をいただき、再び布団に横になった。
朝から家で誰かと話すなんて、いつ以来だろう。
最後がいつだったのか、すぐには思い出せない。
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
* * *
熱は平熱まで下がり、俺はリビングのソファで結が持ってきてくれた本を読んでいた。
早苗さんは買い物に出かけていて、今は家に一人きりだ。
壁掛け時計に目をやると、すでに学校の放課後の時間になっていた。
玄関の扉が開く音が聞こえた。
それと同時に、元気な「ただいま!」という声と、小走りの足音が響いてくる。
「あれ?和室にいない」
やがて、廊下から紬と結がリビングに入ってきた。
「織くん、もう起きてて大丈夫なの?熱はない?」
「うん。平熱まで下がってるよ」
「よかった!」
そう伝えたにもかかわらず、紬は俺に近づくと、前髪をかき上げて額に手のひらを当ててきた。
「うん!大丈夫そうだね!」
「紬、そんなに慌ただしくしたら、織くんが疲れちゃいますよ」
「あっ、織くん。ごめんなさい……」
「気にしなくて大丈夫。それより、綴は?」
「先生に用事があるそうで、今日は私と紬の二人で帰ってきました」
「うん!お父さんが帰ってきたら、織くんの家に行くからね!それまではゆっくりしてて!」
その後、直哉さんと早苗さんがほぼ同じ時間に帰宅した。
直哉さんの準備が整ったところで車に乗り込み、俺のアパートへ向かった。
車で十分ほど走ると、俺が住む集合住宅に到着した。
「ここで待っているから。急がなくて大丈夫だからね」
「ありがとうございます」
俺が車を降りると、紬と結も続いた。
部屋の鍵を開けると、中の様子は救急車で運ばれたときのままだった。
救急隊員が通りやすいように、荷物が部屋の隅に寄せられていた。
「とりあえず、制服と明日の教科書、それから寝間着だけ持っていけばいいよな」
必要なものを鞄に詰めていると、結が本棚の前で足を止めていることに気づいた。
「織くん、本当にたくさん本を持っているんですね」
結は楽しそうに本棚を眺めていた。
必要なものを取りに来たはずなのに、本の方に夢中になっているのは少し意外だった。
それだけ本が好きなのだろう。
「この本、今度借りてもいいですか?」
「今、持っていってもいいよ」
結は嬉しそうに、借りた本を胸に抱えた。
一方、紬は金曜日に持ってきてくれたプリント入りの封筒を手に取っていた。
「織くん、これも必要でしょ?」
「そうだった。ありがとう」
紬から封筒を受け取り、教科書と一緒に鞄にしまった。
支度は思っていたよりも早く終わった。
三人で玄関へ向かい、最後にもう一度部屋を振り返った。
「織くん、忘れ物ない?」
「たぶん大丈夫」
二人と一緒に部屋を出て、玄関の鍵を閉めた。
そのまま直哉さんが待つ車へ戻り、白石家へ帰った。
白石家に戻ると、綴もすでに帰宅していた。
そのあとは白石家のみんなと夕食をとり、お風呂も使わせてもらった。
まだ病み上がりということもあり、食後は少し話をしただけで和室へ戻ることにした。
紬と結はまだ話し足りなさそうにしていたが、今日は休ませてもらうことにした。
今朝は綴とも顔を合わせたのに、結局、ほとんど話せないまま一日が終わった。




