4-2 運命の歯車/王の資格を持つ伏兵
〜【踊り子出禁事件】〜
カードゲーム[スターバトラー]アニメ化に伴い生まれた、主人公の使用デッキ【スターゲイザー】。
エースモンスターとなる火属性の竜種上級モンスター[スターゲイザー・ドラゴン]を場に出さない事には始まらないこのデッキは、ハッキリ言って当時の現実の環境で戦うには力不足と言わざるを得ない。
(青葉ウミが握るようになった【ディープアイ】などがアニメ放送開始と共に禁止制限にぶち込まれたように、全体的にゲーム環境がデフレし速度が落ち着いてきたものの、それを踏まえても上級を出してから動くのは遅すぎる。後の【レックスジャンプ】が単純に言えば"早期に上級を出すだけで勝つデッキ"だと表現すれば、その難しさは理解頂けるだろう)
そんな【スターゲイザー】のテコ入れとして実装されたカードが[星見の踊り子]である。
単体で容易く[スターゲイザー・ドラゴン]をタダ出しする手軽さに加えて、当時としては破格の汎用的な防御能力も兼ね備えている。
それだけならまだ良かったのだが、ここに2つの問題が重なった。
まず、このカードは書籍特典──発行部数の少ない雑誌の特典カードなのだ。
何かの特典というのは厄介なもので、その特典がある事込みで雑誌側と契約している都合上そう簡単には再録出来なくなってしまう。特に雑誌がまだ売っている間にそんな事をすれば裁判ものである。
カードゲームの性質上、同じ効果を持った別カードも作れない。単純にカード枚数制限を倍加しているようなものだ。
よってこのカード、そもそもの流通数が少ない。
(これはカードゲーム業界にとって初の雑誌付録という試みであり、[スターバトラー]側が雑誌の発行部数を調べずに温めていたとっておきのカードをお出ししてしまった事が原因である)
そして次に──これが恐らく最も重要な事だが──[星見の踊り子]は……とてもえっちなのである。
ホビーアニメなにするものぞ、青葉ウミを排出した我らに敵は無し……と言わんばかりにアニメの総力を上げてまぁ動く揺れる。ホビアニ主人公が使っていいカードではない。
イラスト/外見とは、カードの価値において効果の実用性と並ぶ力を持つ。
禁止カードになるまで誰もが使っていた[悪徳商人の善意]はおっさんの気色悪い笑顔がイラスト枠いっぱいに映っているイラストアド皆無なものだが実用性があるため売れたし、高い値段で取引された。[星見の踊り子]はその両方を兼ね備えていたのである。
おじさんへと向かいつつある当時の[スターバトラー]4年選手などは"実用性"という大義名分を掲げて世の[星見の踊り子]を、雑誌を買い漁る。
あーこいつ[星見の踊り子]とか待ってますよ!えっちだ!
ち、ちげーし!つえーから入れてんだし(割と事実)!
などと大人も子供もてんやわんや。
終いには1枚5000円を突破(時代を考えれば破格もいいところ)。しかも加速度的に値段が釣り上がっていく。
こうなるともうデッキに入れて他人の前で使う事も憚られる。窃盗盗難の恐れから、カードショップなどカードゲーム用のスペースを置いている店舗の一部では「[星見の踊り子]使用禁止」の張り紙まで出されていたとか……。
以上が[スターバトラー]20年の歴史に数多ある黒歴史の一つ、【踊り子出禁事件】である。
──◇──
──カードショップ【五芒星】2F スタッフ控え室
【五芒星】はショーケースによるカード個別販売が無いため、店としてのスペースはかなり節約されている。
入口側にパック、カウンター、奥にカードバトル用のフリースペースで全体の1/3。残りはバックヤードで倉庫になっている。
従業員は2階上がってすぐの待機室で作業・休憩をするが、それ以外のスペースは店長五稜ソウマと住み込み従業員の生活スペースだ。
現在の住み込みは3人。異世界転移者である五稜ソウマと三井サトル。
そして最後に、緋色の髪を揺らす少女──赤坂ホムラ。比較的高身長で大人びているが、これでも小学5年生である。
「三井さん。そろそろソウマが帰ってくるから裏口の鍵を開けておいて。私は夕飯を並べるから」
「っス。しかし大人の付き合いしてきてんスよねェ店長。晩飯腹に入るっスかねェ〜?」
「食べないなら二度とご飯作ってあげないだけです。ソウマもそれは承知してるから」
「うェ〜い……」
これでも小学5年生である。
彼女がアラサーおじさんと世紀末ハイスペモヒカンと同居しているのは理由がある(誘拐監禁ではない)。
なんなら三井サトルより先輩である。
赤坂ホムラはこの世界に生きる少女。アニメ[スターバトラー(無印)]には登場しなかったが、それでも必ずこの世界この時代に存在しなくてはならない人だ。
【五芒星】を拠点とするようになったのはここ最近──世界の刻が止まった後の話である。
それに伴い五稜ソウマは特例処置として事情を──運命や異世界転移に関わる触りの部分だけのはずが、逆に問い詰められ洗いざらい全てを──説明した。故に彼女はこの世界の原住民で唯一、この世界がアニメ世界であると理解している原住民である。
「ただいまー。三井君、手伝ってくれないかい?」
家主の帰宅。
想定より少し遅いが、大人同士の付き合いなどあるだろう。赤坂ホムラはまだ子供故に深くは分からないが、それを想定許容する事はできる。どんな小学生だよ。
しかし。
流石に見知らぬ美人を持ち帰るなど想定できるはずもなく。
「ソウマ。そこを動かないで。手首を切るから」
「確実に仕留めるという覚悟! 三井君助けて!」
「青葉さんはどうするんスかこの薄ら笑い軽薄男ォ!」
「青葉君関係無くないかな!?
……え、そんなふうに見えてるの……?」
──◇──
ふざけている場合ではなく。
明らかに体調の悪い踊り子に対して野郎二人は慌てふためくだけ。見かねた赤坂ホムラ(11歳)の指揮の下に看病看護を開始した。
そして2時間ほど経過──
「……ありがとうございます、皆様」
「この通り、ちょっと寝たら回復したわ。
感謝せい野郎ども」
「「赤坂様ありがとうございます」」
女児にひれ伏す成人男性二匹。
とりあえずは体調の悪い人として扱ったものの、回復力はともあれ基本構造は人間そのもの。
だがこの場にいる誰もが彼女が人でない事を知っていた。
「あー……店長。このお方ァ〜……」
「[星見の踊り子]よね。コスプレ?」
「ホムラ君。本物って言ったら、信じる?」
「……んん……信じられないわね。ソウマは私に嘘をつかないのに」
赤坂ホムラは五稜ソウマにとって貴重な、原住民の認知能力判定要員である。
完全にこの世界の住民であり、とある理由で必ず生き延びる必要がある彼女は──運命的に保護されてはいるが、本筋の物語に出る事はできない。五稜ソウマは彼女に(言い負かされて)事情を説明してからは、双方合意の上でこの性質を利用する事となっていた。
五稜ソウマは必ず赤坂ホムラに嘘を吐かない。それでも赤坂ホムラが五稜ソウマの言葉を疑い、信じる事が出来ない場合──世界そのものにかけられた認識改変が干渉しているのだと判断できる。
例えば推理物の主人公が突き止めるまで、指名手配犯は捕まらないし見つからない。それでも主人公と出会うその時まで指名手配犯は生きていなくてはならない。それ故に原住民達は指名手配犯の顔を見てもなんとなくそれを連想できない……といった形だ。
「つまりその人は……どうしてもそうは見えないけれど、本物の[星見の踊り子]なのね。……で、どうしてここに?」
「はい。全ては、ソウマさまにこれを託すため」
踊り子が差し出すは1つのデッキ。
──またひとつ、歯車がはまる。
「……これは……」
「あるべきで無い事は確かです。
しかしもう貴方しかいない──」
踊り子が机にデッキを置いた──その瞬間。
「やはり、待ち構えておいて正解だったな」
闇が広がる。
否。これは何重にも塗り重ねられた絵の具の月夜。
「三井さん、ソウマを蹴り飛ばして!」
「オラァ!」
「ぐべっ」
一瞬の判断。
赤坂ホムラの指示を聞き返す事すら無く、三井サトルの蹴りは五稜ソウマの身体を吹き飛ばし──まだ染まっていない扉から廊下へ出される。
「ホムラ君!」
「もう眠いのよ私は。さっさと迎えに来なさい」
「──三井君!」
「っス! お二人にゃ傷一つ付けさせねェっスよォ!」
一番反応が遅れたのは五稜ソウマ。だがその必死さを三井サトルは汲み取った。
部屋の闇が収まる。五稜ソウマ一人を残して──
「……くそ。やられた」
都合が良すぎる。
[星見の踊り子]はどこからか逃亡していて、それをこの家で待ち構えていたのは"ブラック財団"の黒コートだ。不法侵入はまぁこの際いいとして、ここまでピンポイントに狙うものか?
きっとこれは。五稜ソウマは心のどこかで認めようとはしないが──恐らくは運命。
物語は動き出してしまったのか。
或いは──助長に伸びてしまった分岐路を潰しに来たのだろうか。
無力に打ちひしがれている場合ではない。五稜ソウマは立ち上がる。
「やるしかないか。ああクソ、不甲斐ないなぁ!
ごめんね、みんな。無事でいてくれよ……!」
五稜ソウマは常に3つのデッキを携帯している。
対運命力持ち用の偏った【サイクルビート】、運命が干渉しない時用のスタンダードな【サイクルビート】。
そして──もうすっかり蓋を開く事もなくなった、最後の1つ。
──◇──
──荒翠市沿岸部 資材倉庫
背の高すぎる黒コートは、3人を捕まえてここまでワープした。
既に人智を超えているが──黒コートはカードの力を引き出す能力を持っている。故に"ブラック財団"に引き抜かれたのだ。
[星見の踊り子]と赤坂ホムラを縛り、しかし粗雑な対応はしない。二人をソファに座らせて黒コートは二人の前に立ち塞がる。
想定外の釣果だ。
[星見の踊り子]がカードショップ【五芒星】に向かう事は"ブラック財団"の外部顧問によって予言されていた。だがそこに赤坂ホムラまでいるとは。
聞かされていない。ならばそれは運命ではない。
本筋を崩しかねないような不安要素は避けたいのだが──外部顧問の言いなりというのも気に食わない。赤坂ホムラにも利用価値は大いにある訳だし、纏めて攫ってしまおう。
……一緒にいたチンピラは知らない。外で部下達に始末するよう指示をしておいた。
「……もう少々お待ち下さい。間も無く船が参ります」
「おうちに帰してくれない?」
「ははは。解放すれば即座に五稜ソウマに連絡するでしょう。ご同行願いますよ、お姫様」
「……いえ、私だけでいいでしょう。彼女を離して下さい」
[星見の踊り子]と黒コートが睨み合う。
──五稜ソウマさえいなければ問題は起きない。わざわざ外部顧問の記憶を頼って絶対に見つからない港を選定したのだ。ほんの僅かな可能性でも五稜ソウマに繋がってはならない。
「そもそも貴女が逃げ出さなければ良かったのです。
別に殺しはしませんよ。丁重にもてなします。
それに赤坂ホムラ君が不在だろうと……もうそれに気付く家族など居ないのですから」
黒コートの長い手が、ゆっくりと赤坂ホムラの頭に伸びる。
──人智を超えた特殊能力を持ち、加えてカードバトルの腕も強い。
故に黒コートは見誤った。
「──しゃオラァ不意打ちィ!」
「ぶげっ!?」
──"暴力"という解決手段を持つ三井サトルの力を。
三井サトルの跳び蹴りが黒コートを吹き飛ばす。すかさず三井サトルは持ち込んだ割れガラスで[星見の踊り子]と赤坂ホムラを縛る縄を切って解放。あまりに手慣れた動きである。
「三井さん! 無事だったのね」
「この世界の住民はよォ〜……どんな問題もカードで解決するよなァ。
それってつまり"暴力"じゃァ解決しないって事だよなァ。
だったら手加減しなくても死なねェって事だよなァ〜!」
「……野蛮が過ぎる。私の部下を殴って倒したというのか……!」
「場所が分かってんのに律儀に全員倒せるかよォ。
2、3人ぶん殴って後は逃げてきたぜェ」
三井サトルは、正直状況を飲み込めていない。
何故カードである[星見の踊り子]が実体化しているのか。
何故この黒コートは自分たちを拉致したのか。
まったくもって分からない。だが──任された以上は2人を守る。それしかない。
そしてそれは、できるだけ暴力で──
「──カードバトルを申し込む!」
黒コートの一言に、三井サトルの動きが止まる。
──やられた。
この世界に生きる以上は──多分、そう宣言された以上は試合を受けなくては運命に見放される。
だが。三井サトルの頭には、先日のひったくり事件の時の五稜ソウマの言葉が浮かんでいた。
──────
「普通にこの世界でも犯罪なんていくらでも起こりうるけれど、出来る事ならば直接干渉しない事だ。
アレを止めたら十中八九カードバトルに発展するし、この騒動が誰かの運命に関わっていて僕たちが負けたら、犯人に逃げる大義名分を与えてしまうだろう?」
──────
勝負を受ければ、恐らく間違いなく負けて黒コートには逃げられる。
勝負を受けなければ、運命によって黒コートは恐らく逃げられるようになる。
詰みだ。それでも──
「任されたんだよォ!受けて立つぜ、その勝負──」
「私がやるわ」
三井サトルを制して黒コートの前に立つは──赤坂ホムラ。
その側には[星見の踊り子]が佇んでいた。
「やめておいた方がいい。貴女はまだ戦えないはず──」
「デッキはあるじゃない。多分現状この世界で唯一、私が使う資格があるデッキが」
赤坂ホムラの手には──[星見の踊り子]が差し出したデッキ。黒コートの見る目の色が変わる。
──[スターバトラー]初代主人公のデッキ【スターゲイザー】。
使用者の名前は──
「私は赤坂ホムラ。赤坂グレンのたった1人の妹で、未来の女王!
お兄ちゃんのいない今、このデッキの所有権は私にあるわ。控えろ盗人!」
赤坂ホムラ。
アニメ[スターバトラー(無印)]主人公赤坂グレンの妹。
そして──アニメ二作目[スターバトラーNEXT]のメインヒロインである。




