二つの花の夜
川上の渡し場で、七枚花弁の札を下げた男が通行料を取り始めた。正式な渡船料に加え、黒花の護り代と称する銅貨を要求する。渡し守は追い払おうとしたが、男の連れが岸に立ち、客が怖がって舟へ乗らなくなった。
シオンは自分の印を使う相手を確かめに行った。黒い外套を見た男は一瞬黙り、次いで笑った。「元の持ち主なら、俺と組んだ方が儲かる」。彼は札の持ち主が罪に問われても、自分はただの売り子だと言い張れる仕組みを説明した。
シオンは誘いを受けるふりをし、売上帳を見せるよう求めた。帳面には通行した家族の数と、子供の分まで取った額が並ぶ。男はそれを知恵だと誇った。シオンは静かに帳簿を閉じた。「恐れさせる相手を選べない者が、恐怖を売るな」。
渡し守は帳簿を見せるよう迫ったシオンを止めようとしていた。男たちが暴れれば船に穴を空けられ、翌日の運航もできなくなる。客の一人が幼子を抱えて後退し、岸では馬がいなないた。シオンはその声を聞いても一歩踏み出した。相手を試すという自分の欲望が、他人の安全より前へ出た瞬間だった。
男の仲間が短剣を抜いた。シオンは護身用の細刃で払ったが、腕を裂かれた。川辺の石につまずき、外套の膝を破る。男たちは笑い、売上帳を抱えて逃げた。彼は追いきれず、渡し守が投げた綱に掴まって立ち上がった。格好のよい粛清などなかった。
夜、腕を縫ってもらいながら、シオンは男の台詞を思い返した。自分が恐怖を欲するから、同じものを安く売る人間が現れるのだ。笑われるだけでは済まない段階へ来ている。彼は止血の布を固く結び、渡し守から預かった売上の控えをヨエルへ届けた。




